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両腕を失った英雄に「死ぬための剣をくれ」と頼まれた女鍛冶師は、生きるための手を作る  作者: 他力本願寺


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第58話 身体と道具の権利章典

判決から、ひと月あまりが過ぎていた。


正式な告知と準備の期間を置いて、当事者公聴会が開かれた。傍聴席には、退役兵、義肢を使う者、使わない者、職人組合、治療師、監査院の書記がいる。壇の上には、ノエラが置いた権利章典の案が積まれていた。


最初に発言を許されたのは、エッダだった。


彼女は車輪付きの作業椅子で、壇の下まで進んだ。杖は膝の上にある。


「あたしは、義足を使いません」


乾いた声だった。


「この椅子が、あたしの足です。仕事の道具です。杖も、傾斜板も使う。義足だけは使わない。選んだのは、あたしだ」


会場が静かになった。


「法律が守るのは、義肢を使う権利だけじゃ足りない。着けない、外す、使わない。椅子や別の道具を選ぶ。その権利も、同じ紙に書いておくれ」


書記が、条文の余白へ書き取っていく。守るべきものは道具の形ではなく、本人が選ぶことだ。その一文は、原案になかった。


章典の審議は、単純にはならなかった。


一つの義肢にも、いくつもの権利と出所が混ざっている。国家支給の部品。私費で買った部品。工房が新造した部品。完成した装具の所有と占有。工房の設計権。本人の身体と適合のデータ。修理と調整と使用の記録。


かつて継火工房で契約を作ったときと同じだった。「全部本人のもの」と一行で済ませれば、国家部品を無断で奪ったことにされる。「公費だから全部国のもの」とすれば、私費の部品や身体の記録まで呑み込まれる。


そこで、移行目録と引渡し手続を設けた。完成した個人用義肢と、組み込まれた国家支給部品の所有と占有は、手続を経て使う本人へ移す。工房の設計権、本人による適合データの管理、修理記録の扱いは、別の権利として書き分ける。既存の混成義肢は、部品番号と出所を本人立会いで確かめ、受渡しの控えを残す。


国家が費用を負担したことは、本人の身体を意思に反して動かす権利を生まない。安全点検や回収の手続を置いても、本人の同意なく使わせることはできない。その一文を、ミレーネは何度も確かめた。


条項は、禁じること、本人が選べること、記録を残すことへ分けられた。


外部から身体を強制する命令術式と帰還環、同意のない個体鍵更新は禁止する。装着、訓練、整備、修理、データ共有には、説明を受け、後から撤回できる同意を要する。


「恩給を失うのが怖くて従った返事を、同意にしないでください」


ヨナスが言った。沈黙も、生活を失う恐れの下での承諾も、同意とは扱わない。その言葉が、条文へ入った。


使う、外す、拒む、中止する、義肢なしで暮らす。身体と適合のデータは本人が管理し、閲覧者、時刻、目的を台帳へ残す。安全な修理に要る情報は、本人の同意があれば、資格ある別の職人へ移せる。


恩給の個別再審査、義肢を使わない者も含む生活と雇用の支援、全国の修理点検網と職人資格は、施行の項へ分けた。


意思をその場で示せない人については、セシルが条文を直した。


「事前に示された意思か、適法な代理人の確認を使います。確認できるまでは、低危険の、一時的な身体保護だけです」


彼女は、原案の「必要な処置を行える」という箇所へ線を引いた。


「必要かどうかを、誰が決めるのかも書きます。意思を示せないから同意した、とは扱いません」


安全基準にも、彼女の修正が入った。装着部の確認。本人と周囲の誰でも求められる安全停止。異常や負傷を隠さず残す報告。緊急時の保護は、危険を避ける最小限に限ること。再開は、身体確認と本人の意思を得てからにすること。


ミレーネの原案が、そのまま法になったわけではなかった。


ヨナスの言葉に続き、エッダが使わない選択を述べ、セシルが安全と同意の線を引いた。職人組合は、設計権と修理情報、部品供給、資格と訓練について条文を足した。


ダリオは、許された技術記録の範囲だけを、正面を向いて説明した。


「共通の商会が、基礎の技術を両国へ売った。王国と帝国は、それぞれ別に、身体を強制する技へ育てた。帝国だけが悪い、とは言えない」


彼はガルディア出身の外部協力者のままだった。顧客の名も、完全な設計原本も見ない。知っている範囲と、知らない範囲を分けて述べた。


ミレーネの原案には、取り消し線と追記と言い換えが重なった。守りたかった芯は残る。けれど、言葉を決めたのは彼女一人ではなかった。


反対も、現実のものとして出た。部品を本人へ移す費用。恩給再審査の人員。全国修理網、職人育成、定期検査の金。資格ある職人の不足。施行期限。国境防衛と非常時への懸念。


「命令設備を止め、地方の修理所も整わないままなら、故障した装具を誰が直すのです」


国境領の代表が尋ねた。身体を奪いたいのではなく、冬までに間に合うのかを問うていた。


「初めの被害回復には、保全した不正利得と関係財産を充てな」


エッダが帳簿を広げた。


「命令術式の維持費は、民間修理と恩給再審査へ組み替える。ただし、一度きりの金で、制度が永久に回ると思うんじゃないよ。続く費用は通常予算へ入れて、毎年、帳簿を公開し、監査を通す」


ミレーネは、継火工房が全国修理を独り占めする案を退けた。認定された地域工房。部品を公平に入手できる仕組み。本人同意つきの修理履歴の移転。職人資格の審査。資格停止への異議申立て。それらを含む修理網を提案した。


公聴会は三日続いた。その後の半月、修正案は当事者と職人組合と法務の書記を往復した。


身分会議では、費用と期限をめぐって、もう一度審議された。修正を加えた章典は採決を通り、国王が公布した。公聴会で足された言葉も、削られた言葉も、そのまま公布文の履歴へ残った。


即日施行されたのは、強制命令技術の凍結。新たな帰還環の装着と、同意のない個体鍵更新の禁止。命令記録の保全。同意と身体データの保護。被害者への緊急治療だった。


中継塔と軍病院の命令設備には、停止時刻と封印番号が付けられた。装着者へは、本人の同意なしに開封も更新もしないという通知と、負傷を申し出る窓口が渡された。


既存義肢の目録は、監査院と地方役場が今季中に作る。本人への所有移行と恩給の個別再審査は、次の冬が終わるまで。職人組合と復興を引き継ぐ新部署は、一年以内に地域修理所と資格訓練を始める。雇用と、義肢を使わない者への生活支援は、村と都市の窓口が一件ずつ受け付ける。


期限も担当も書かれた。遅れたときの異議先もある。それでも、公布の日に全国の暮らしが直るわけではなかった。


王国とガルディア帝国の恒久和平条約は、章典とは別の卓で進んだ。外交使節が条文を持ち帰り、両国の議会が確認し、それぞれの君主が批准した。


双方は、本人の意思を奪う身体命令技術の開発と使用を禁じた。義肢を検査する場合は本人の同意を要し、違反を確かめるための記録と検査基準を共有する。国境の争いが、その一通で消えたわけではない。それでも、再び同じ技術で人を兵にすることを、両国が禁じる土台はできた。


公布の会場を出た廊下で、ミレーネは包帯の残る右手を胸元へ寄せた。セシルから許された範囲は、短く指を曲げるところまでだ。隣に立つレオルも、右装着部の再評価を終えていない。


「左肩に、触れてもいいですか」


「ああ」


ミレーネは、彼の左肩へ自分の肩を短く寄せた。二人とも、まだ治る途中にいる。それでも、別々の役割を終え、同じ廊下へ帰ってきていた。


数日後、フェルゼ村から、ラウラの署名がある正式な連絡が届いた。


再建途中の継火工房で、リタが職人試験を受ける日。次の春、十二日目の朝二鐘。合否の欄は、まだ空白だった。


ミレーネは、その日付を指でなぞった。


守るべき次の一日は、もう決まっていた。

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