表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
両腕を失った英雄に「死ぬための剣をくれ」と頼まれた女鍛冶師は、生きるための手を作る  作者: 他力本願寺


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
57/60

第57話 名前を読み上げる日

勝利炉から、数週間が過ぎていた。


即日の裁きはなかった。起訴があり、被告と弁護側への証拠開示があり、反論を準備する期間が置かれた。証人には、実名、匿名、非公開を選び、途中で変えられることも説明された。


その手続きを経て、公開裁判の日が来た。


ミレーネの右手は、まだ包帯の下にある。握るのは短時間だけと、セシルから言い渡されていた。レオルの右装着部も再評価中で、装具は着けていない。二人とも、治りきってはいなかった。


法廷の正面には、三人の裁判官が座っている。ノエラは、その席にはいない。彼女は調査と証拠保全、資料提出を担う側だ。一人で有罪も刑罰も決めない。


被告の席も、事件番号ごとに分けられていた。グレゴール、ハーゲン、ヴァルド、ガイル。共通する事実だけを同じ場で照らし、それぞれの行為、故意、結果、その後の協力を、別の判断欄で裁く。四人には、弁護人と、発言と、証拠へ反論する機会が与えられていた。


最初の証人が、前へ出た。


「国家支給の左義手を使っています。整備広場では、拒否の入力に声を選びました」


あのとき、「止めろ」と自分の義手へ告げた男だった。これまでの公開記録には、個人名を出していない。


「今日は、名前を述べます。ヨナス・レンです」


彼は負傷前、荷役の仕事をしていた。左腕を失ったこと。恩給を止められた週。届かなかった冬の物資。保守審査へ響くことが怖くて、整備召集を断れなかったこと。義手が勝手に動き、胸帯と肩を引いた痛み。荷を以前と同じ方法では運べなくなったこと。それでも今は、倉庫で番号札の管理を覚え始めたこと。


一つずつ、自分の言葉で話した。


演説ではなかった。問われた事実に答え、誰が自分の個体鍵を更新したのかと尋ねられると、「分かりません」と答えた。知らないことまで、国のせいだとは断じなかった。


続いて、当事者が一人ずつ証言した。義足が意思と違って一歩を踏み出した女。装着部と肩を傷めた者。恩給が怖くて召集を断れなかった者。誘拐され、拘束され、技術を要求されたダリオ。輸送隊襲撃で危険にさらされた護送員。


本人が同意した範囲だけが公開された。匿名を選んだ人の名も、住所も、診療記録も、読み上げられなかった。


ミレーネは、全員を代表して語らなかった。


レオルも国家支給義肢を受けていない。一斉起動の直接被害者としては証言せず、英雄像、軍制式義手を提示された条件、再動員の勧誘、整備広場での救助、勝利炉で自分が担った作業だけを述べた。


ミレーネも、工房への暫定管理命令、偽造武器の告発、命令回路の構造、勝利炉で行った切替え、記録を残した手順。自分が確かめた範囲で止めた。


証言の数でも、同情でも、有罪は決まらなかった。


ノエラが、封印番号を読み上げる。書記が、出所の違う記録を別々の卓へ置いた。


グレゴールの非常印と、中継塔の認証受領簿。押印時刻と、命令波の送信時刻。同期された個体群番号と、装具表示と、本人の身体被害。


恩給停止の内部命令と、処理原簿と、本人への却下通知。倉庫の出庫票と、横流し先の受領証と、エッダが守った複写帳簿。扇動者の支払い票、復興省の現地協力費記録、放棄工場の帳面。記録院襲撃者が使った合図と、所持していた受領札。


最後に、勝利炉で保全した原本が開かれた。


そこに「反乱を起こせ」とは書かれていない。だが、現地協力費の受取符号と金額を承認した決裁番号が、扇動者の支払い票と一致した。民間工房の納品記録を「補完」する指示番号は、偽造記録の貸出箱と、挿し込まれた頁の受領印へつながった。恩給停止、物資処理、治安報告、非常再動員案を次の部署へ送る番号も、官房の決裁簿へ収束していた。


一枚の紙だけではない。原本の指示、送信側、受領側、支払い、貸出、実行時刻、押収品。二つ以上の出所が重なった行為だけを、判決へ使う。


グレゴールは、最後まで国防の必要を説いた。


「国境は休戦にすぎなかった。輸送隊も記録院も襲われた。治安の危機は現実にあった。国家が費用を負担し、機能を回復させた。即応を失えば、市民が危うい。非常権は法にあった。下位部署の個別犯罪まで、私が命じたわけではない」


声を荒らげず、謝罪もしなかった。自分は職務を果たしたという主張を、崩さなかった。


弁護人も、非常権が法にあったこと、横流しや襲撃は下位者の独断だった可能性、直接「反乱させろ」と書いた命令がないことを述べた。


合議体は、国防の必要そのものを否定しなかった。


「しかし、必要性は、必要な手段を無制限にはしない」


裁判長は、罪ごとに証拠と条文を示した。


恩給を一括で止め、退役兵を困窮へ向けること。届けるべき物資を流すこと。公金を扇動者へ渡し、その暴力を治安悪化の根拠へ使うこと。工房を反乱軍の供給元に見せる記録を作ること。本人の同意なく身体を動かすこと。断りにくい召集で人を拘束すること。記録を焼き、勝利炉を違法に最大稼働させること。


それらは、国境の危険によって正当化されない。


グレゴールの直接責任は、原本、官房決裁、非常印、送受信簿、支払い承認、貸出記録が具体的に結ぶ範囲で確定した。記録院襲撃も、偽造納品も、横流しも、勝利炉の原本だけで断じず、それぞれの実行記録と照らされた。


判決が読み上げられる。


非常権の濫用。本人同意のない強制再動員。違法な召集と拘束。文書偽造への指示と承認。公金の不正流用。証拠隠滅への関与。勝利炉の違法稼働。


グレゴールは有罪。復興大臣を罷免され、爵位を剥奪された。不正利得と関係する財産は被害弁済のために保全され、法定の範囲で禁錮に処された。家族は連座させず、事件と無関係な財産までは取り上げなかった。


ハーゲンは、別の判決を受けた。


物資と部品の横流し。帳簿と廃棄記録の偽造。工房への違法差押え。記録庫火災による証拠隠滅。出庫票、受領証、複写帳簿、検品印、火元、鍵、入退室記録、焼却準備の跡が、一つずつ照合された。


上からの指示があっても、自分で実行した責任は残る。ハーゲンにも禁錮と、横流し・差押えによる損害を弁済する責任が言い渡された。グレゴールと同じ罪名にも、同じ刑にもされなかった。


ヴァルドは、工房と民間人への襲撃、物資と武器の強奪、避難路の妨害について有罪となった。目撃記録、押収品、被害記録が一致している。国に奪われた怒りは、人を襲った責任を消さない。救助も投降もなく、量刑を軽くする事情は認められず、禁錮と被害弁済を命じられた。


ガイルは、輸送隊襲撃の指揮、ダリオの誘拐と拘束、技術の要求、人質交換の要求、灰旗団の指揮について有罪となった。


同時に、別の欄で量刑事情が読まれた。放棄工場で避難路を開けたこと。記録院で職員を救い、命令書を引き渡したこと。自ら投降したこと。自分の罪と国の計画を証言したこと。勝利炉の救助へ、拘束下で協力したこと。そして、ガイル自身も恩給停止と物資不足の被害を受けたこと。


被害は罪を消さない。協力も無罪にはしない。だが、ヴァルドと同じ刑にもならなかった。ガイルには、それらを考慮した禁錮と、輸送隊とダリオへの被害弁済が言い渡された。


「団長」


被告席から、ガイルが一度だけ言った。


レオルは顔を向けたが、許すとも、待つとも言わなかった。ダリオや護送員にも、許しは求められなかった。


傍聴席は静かだった。石も罵声も飛ばず、判決が読み上げられるたび、書記の筆が動いた。


ヨナス・レン。その名前の横へ、奪われた生活と、誰が何をしたかが記された。匿名を選んだ者の欄には、本人が選んだ符号が残った。


名前と責任を、正しい場所へ戻す。それが、この日の裁きだった。


被害弁済の手続も示された。不正利得と関連財産の保全。身体の治療費。義肢と生活道具の修理費。奪われた物資。工房と輸送隊の損害。未払い恩給の個別再審査。


窓口、申請期限、必要な資料、判断への異議申立先が、書面で配られた。証言した者だけを優先せず、匿名や非公開を選んだ被害者も同じ手続きを使える。


閉廷後、ノエラが机の端へ、一綴りの案を置いた。表紙に「身体と道具の権利章典案」とある。


「裁いた後に、同じことをできなくする法が要る」


ミレーネは、包帯の巻かれた右手を膝へ置いた。


名前は、戻り始めた。だが、それを守る法は、まだ机の上の案でしかなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ