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両腕を失った英雄に「死ぬための剣をくれ」と頼まれた女鍛冶師は、生きるための手を作る  作者: 他力本願寺


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第55話 継火

勝利炉が、最大出力へ向かって唸っていた。


封を解いた運搬箱の中で、レオルの私製装具が震えている。帰還環はない。個体鍵も更新されていない。外から命令されているわけではない。それでも強い発令波は、着けていない道具の導線へ出力雑音を起こしていた。


本人の同意を得て検査台へ置かれた、別の職人の私製義手二つにも、同じ警告が灯っている。


炉の唸りと同じ時刻に、旧軍需網へつながる自動兵器と防衛設備が起き始めた。鉄格子が下り、壁際の搬送腕が、避難を終えた通路へ張り出していく。炉心への道と、開けたばかりの退路が、両方とも狭められていた。


「道を開けないと、炉心へ進めません」


ミレーネは運搬箱を見た。塞いだ部材を切り、動く設備を人から遠ざけ、崩れかけた縁を支える道具が要る。


箱の中にあるのは、継火だった。


「使うなら、権限書の手順を踏みます」


セシルが作戦前にまとめた権限書を開いた。レオルの許可を取り、左右の装着部を確かめる。左の皮膚と肩の動き。右の赤みと熱、押したときの痛み。工房防衛戦から十日あまり、段階復帰を戻したままの側だ。


「右は、前回より落ち着いています。でも、使ってよくなったという意味ではありません。発令波の干渉があります。時間も荷重も、試験時より短くします。再び炎症を起こすことも、機械が途中で止まることもあります」


セシルは、四半鐘の使用上限、警告が二段目へ達した時点での中止、外部から外せる離脱具を読み上げた。


地面へ荷重を逃がす支持架。胸と背で姿勢を支える帯。左右を別々に止められる遮断具。それらを先に並べる。


「その条件で、使いますか」


レオルは一つずつ目で確かめた。


「短時間、監督付きで使う。警告が出た側は、俺が止める」


決めたのは本人だった。ミレーネは、装着する場所を告げた。


「左肩、次に右上腕、最後に胸帯へ触れます」


「頼む」


装着した直後から、右側の表示が細かく揺れた。レオルが肩と背で無負荷の入力を送り、左右を別々に試す。左は追従した。右は動きが一拍遅れ、その遅れを埋めるように出力が跳ねた。


警告が一段、二段と上がった。


「右を止める」


レオルが、はっきり言った。


作業員が支持架へ荷重を移し、離脱具を操作する。右側を外して遮断し、運搬箱の固定具へ戻した。右の装着部には薄い赤みが出たが、皮膚は破れていない。セシルが時刻と状態を記録した。


誰も、もう少しなら使えるとは言わなかった。


「左だけで、できる範囲をやる」


レオルは腰と脚で立ち、胸肩帯を支持架へ預けた。左の継火へ短刃を接ぐ。連結すれば大剣の形になる道具を、今日は連結しない。


最初に塞いでいたのは、半ば下りた鉄格子だった。ミレーネが切断してよい継ぎ目を図面と現物で確かめる。


「左下の留め板だけ。柱は切らないでください」


レオルが短刃を当てる。警備隊員が格子へ綱を回し、作業員が反対側から楔を打つ。切れた瞬間の重みを一人へ落とさないよう、滑車へ逃がした。


次は、左右へ振れ続ける搬送腕だった。鉤爪で端を引き、鍛造用の固定具を軸へ噛ませる。レオルが一人で押さえたのではない。三人が綱を引き、二人が杭を打ち、建築用の支持具が最後の重みを受けた。


「西の楔、二つ目。引くのは、俺の合図のあとだ」


声と、脚と、残った一つの装具。いくつもの手が合わさって、炉心への道が開いた。


同じころ、旧自動防衛の枝線を止める作業が、三つの場所で進んでいた。


西部連絡所から、ラウラの署名がある中継報が届く。フェルゼ村側では、住民を旧設備から離したあと、四本の枝線のうち三本を手動遮断済み。最後の一本は、王都側の停止と同時でなければ逆流する、と記されていた。


リタが番号札を付けた交換端子を、成人職人が伝令へ渡した時刻も、控えに残っている。リタ自身は、村の安全な作業場所から出ていない。


別の監督室では、拘束されたガイルが、ノエラの立会いのもとで口述していた。灰色の義手は封印されたままだ。


「団長――操作は、そっちがやってくれ。俺は、順番を言うだけだ」


旧部隊で使った停止順を、灯りの長短と弁の番号で示す。その供述を、制御班が正式図面、保守記録、現在の表示と照らした。三つが一致した箇所だけを採用する。


レオルが通路の全員を支持線の内側へ退かせ、王都側の合図を送った。ラウラの班が西部の最後の枝線を切り、制御班が旧軍用系統の弁を順に閉じる。


通路を塞いでいた防衛設備が止まった。だが、炉心から送られる発令波そのものと、それを受ける中央系統は、まだ生きている。外側の道を止めただけだった。


ミレーネは、護衛と技術班とともに炉心へ進んだ。レオルも、開けた道の安全と人数を確かめながら、入口まで合流する。


炉心では、ダリオが正式図面と保守記録と現物表示を照らしていた。


「帝国と共通する基礎の線は、これだ。王国が足した命令の線は、こっち。ここは、まだ分からない」


分からない線には触れない。ノエラの指定書記が、操作権限、原記録、接触者、時刻を記す。セシルは熱と煙を測り、続けられる限界を全員へ伝えた。


祖父の拒否共鳴理論。中央塔で完成した拒否回路。勝利炉の安全札。出力記録。現物の構造。


五つを突き合わせると、命令波の送信部だけが、生産炉の動力から枝分かれしていると分かった。兵器と部品を作る炉、冷却機構、地下の支持系統まで止める必要はない。


隔壁の向こうから、グレゴールの声が届いた。


「炉を止めれば、王都と西部の防衛は落ちる。生産も、国境への即応も失われる。市民を危険へさらすのか」


国を守るための選択だと信じているようにしか聞こえない、静かな声だった。


「全部は壊しません」


ミレーネは図面の分岐を指した。


「生産炉も、冷却も残します。人の身体を強制する命令波だけを、本人の拒否を上回れない回路へつなぎ直します。そのあと、外への送信部を切ります」


非常印も、元の命令も、操作履歴も消さない。書記が記録面を封じ、別の操作盤へ写しが残ることを確かめた。


ミレーネは外付け端子を試験口へ接ぎ、拒否回路を命令波の分岐へ渡した。ダリオが波の空白を読み上げる。操作員が生産炉の出力と冷却を一定に保つ。


「次の空白。三、二、一」


ミレーネが切替具を回した。


最大出力の命令波が、低い中立出力へ落ちる。だが、勝利炉側が最後の命令を押し返した。表示に、逆流の警告が走る。熱が切替具を伝い、革手袋の内側へ食い込んだ。


右の手のひらから前腕へ、焼ける痛みが走った。指が開きかける。ここで離せば、切替具は命令側へ戻る。


ミレーネは、次の止まり位置までだけ回した。


金具が噛み合う。拒否回路が上位へ通り、外部送信の弁が閉じた。命令波の表示が、零へ落ちる。生産炉と冷却の灯りは消えなかった。


「中止です。工具を離して」


セシルの声に、ミレーネは従った。工具を安全台へ落とす。火傷を隠さず、手袋を無理に剥がさないまま冷却を受けた。右の手のひらから前腕に赤みと水疱がある。指は動く。セシルが所見と時刻を記し、清潔な布で覆った。


痛みは、消えなかった。


レオルが炉心の入口で足を止めた。「ミレーネ」


「切替えは終わりました。治療を受けています」


「分かった」


それ以上、彼は作業を奪おうとしなかった。ミレーネも、彼の残る装具の判断を代わりにはしなかった。


各地から、旧自動兵器が停止したとの報告が届き始める。生産炉は、低い火を保っている。施設も、命令の記録も残った。


その直後、レオルの左装具に警告が鳴った。道を支え続けた荷重と干渉が、機械限界へ達していた。


「左も止める」


装具は安全位置で固定された。作業員が支持架へ重みを移し、外部から離脱する。爆発も、装着部の断裂もない。レオルは一歩退き、声で退避の順を組み直した。


命令波は止まった。だが、炉心には熱と圧力が残っている。支持構造の表示が、まだ上下していた。


低い、地鳴りのような音がした。


「退いて!」


原因を確かめる間もなく、巨大な支持梁が軋みながら落ちた。炉心の出口を塞ぐ。継火の支持具を差し込んでも、梁はわずかにも上がらない。


炉心側に残ったのは、ミレーネ、レオル、ダリオ、セシル、護衛と操作員。ラウラとリタはフェルゼ村に、ガイルは監督室にいる。


自動兵器は止まった。命令波も止まった。生産炉は残った。


だが炉心は不安定で、出口の梁は、誰か一人では上がらなかった。

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