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両腕を失った英雄に「死ぬための剣をくれ」と頼まれた女鍛冶師は、生きるための手を作る  作者: 他力本願寺


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第49話 動けという命令

整備広場の朝に、金属が一斉に鳴った。


何百という腕と脚が、同じ拍で、それぞれ同じ角度へ跳ね上がった。右手を挙げるつもりのなかった者の義手が、肩の高さで止まる。歩くつもりのなかった者の義足が、半歩前へ出た。


「動くな。なんで動く」


老いた退役兵が、自分の腕へ叫んでいた。若い女が、勝手に伸びた義足へ身体を引かれて転ぶ。そばにいた年配の女が背を支え、整備係が膝の下へ畳んだ布を差し込んだ。


別の列では、義手が隣の者へ向かって伸びた。装着者は残った手で自分の胸帯をつかみ、必死に身体を後ろへ引いている。


「俺は、殴りたくない。そっちへ行くな」


義肢を着けた者たちは、兵器ではなかった。怪物でも、人形でもない。自分の意思と違う動きを押し返そうとし、止めてくれと、周りの者へ頼んでいた。


その数息前、広場の北側に設けられた壇上で、公の手続が動いていた。


グレゴールが、治安非常事態の宣言書を読み上げた。国境輸送隊への襲撃。王都記録院への襲撃。公的記録への攻撃。それらを根拠に、現行法上の非常使用権を行使すると告げた。


怒鳴りはしない。嘲笑もない。


「国家が費用を負担し、回復させた機能です。非常時に国民を守るため、これを使用する権利が国家にはあります」


市民を守る職務だと信じる者の、落ち着いた声だった。グレゴールは書記が差し出した発令票へ、復興大臣の非常印を押した。


中継塔の上部で、青白い表示灯が一度、明滅した。その直後、広場の金属が鳴った。


ノエラは、動き出した人々より書面を優先したのではなかった。王都警備隊へ、まず広場の門を開き、巻き込まれた市民を逃がすよう求めた。そのうえで書記を二手に分けた。一方は非常宣言書と発令票を保全し、もう一方は中継塔へ認証の記録を取りに走る。


非常印を押した者。押印時刻。中継塔が認証を受けた時刻。送信開始時刻。同期対象の個体群番号。記録は別々に作られ、それぞれへ立会人が付いた。


広場の端に設けられた検分卓でも、灰色の指が閉じていた。


ガイルの義手は、起動より前、ノエラの正式な照合命令によって封を解かれていた。封印番号、開封時刻、立会人を記録し、外装の個体番号を整備記録へ照らす。個体鍵の照合表示は、装着者側の受け部へ接続した時だけ現れる造りだった。


ガイルは拘束されたまま、その理由と危険を聞いた。認証信号が発せられていないことを確かめたうえで、短時間の再装着を自分で選んだ。警備員が着けさせたのではない。セシルが右の装着部を診て、身体を支える者と、外から操作できる離脱具を用意した。


そこへ、非常発令が届いた。


灰色の前腕が残った肘を急に曲げ、閉じた指が胸元へ引きつけられた。ガイルの右肩が前へ持っていかれる。支えの警備員が背を受け、セシルが装着部へ荷重が集中しない位置を告げた。


「俺は、動かしていない」


ガイルは歯を食いしばりながら、それでも自分の声で言った。


「指を閉じる気も、肘を曲げる気もなかった」


警備員が身体を支えたまま、別の者が離脱具を操作した。義手は外れたあとも一度だけ指を閉じ、それから固定箱へ収められた。セシルは、装着部の赤みと右肩の引き攣れを確かめた。開いた傷や脱臼の徴候はない。だが、意思に反する動きが身体へ負担をかけたことは、本人の言葉、所見、起動時刻、装具の表示、中継塔の送信時刻で重なった。


それはガイルが受けた被害の記録だった。ダリオを攫い、輸送隊を襲った責任を消す記録ではない。二つを、ミレーネは混ぜなかった。


広場では、次の命令が届いていた。


義足を着けた者たちが、西の門へ身体を向けさせられる。義手は肩の高さへ揃い、列の間隔まで同じになっていく。制圧に用いる隊形だった。だが、誰も望んで並んでいるのではない。片脚を引きずって列から外れようとする者がいた。義手の動きに抗い、「近づくな」と周りを逃がす者もいた。


セシルが、広場へ声を張った。


「金属を力ずくで押し戻さないでください。残った腕や肩、腰へ負担が集まります。まず、転ばせないで」


身体を支え、義足の荷重を地面の支持台へ逃がす。胸帯や受け部の圧迫を緩める。外せる装具だけ、本人へ許可を取り、複数人で離脱させる。全員へ同じ処置はしない。痛みや転倒の原因も、診ずに一つへ決めなかった。


左の義手を上げられた男が、支えに来た隊員へ、自分で伝えた。


「腕を押さえるな。胸の帯を緩めてくれ。外す留め具は背中だ」


隊員は勝手に身体へ触れず、許可を聞いてから帯へ手を回した。命令術式に腕を奪われても、何をしてほしいか決める力まで失ったわけではない。そばの家族が、その言葉を別の支援者へ伝えていった。


王都警備隊の隊員たちは、公的な非常命令と、目の前の人命の間にいた。それでも現場の指揮官は、使用者を押さえつける命令ではなく、市民の避難と転倒者の支持を選んだ。隊員が二人ずつ組み、動かされる者の身体へ直接しがみつかず、支持台と布帯で重みを受ける。


レオルは、国家支給義肢を持たない。強制起動の対象にはならなかった。右の装着部も休養中のままだ。


彼が使ったのは、声と目だった。


「東の門へ。子どもと家族を先に。動かされている者の正面には立つな。南の通路は空けておけ」


英雄の名で群衆を従えず、王都警備隊の指揮官と退路を組む。広場から出た人数を互いに読み上げ、整備係と見物人を外へ送った。重い物を持たず、誰か一人を身体で止めようともしなかった。


「ミレーネ」レオルが呼んだ。「ここは俺たちで道を空ける。塔を頼む」


代わりに方法を決めたのではない。役割を確かめる声だった。


ミレーネはうなずいた。動かされている人と戦うつもりはなかった。義手や義足を身体から無理に切り離すことも、一つずつ壊して回ることもしない。命令を送る側で、安全に止める方法を探す。


ノエラが監査院の権限書を示し、王都警備隊員二人を護衛につけた。ミレーネとダリオ、エッダは、許可された入口から中継塔へ入った。無断で制御室を奪わず、操作員の名と、入室時刻と、触れた記録を残す。


エッダが、広場の受付簿から写した個体群番号を、軍病院の更新記録と中継塔の同期票へ重ねた。同じ番号が並んでいる。ダリオは塔の正式図面と整備記録、現物の表示を比べた。


帰還環。更新された個体鍵。王都中継塔の命令波。グレゴール名義の非常印。


四つが揃い、今回の命令が動いた。グレゴールがこの非常発令を認証した事実は、押印記録と塔の受領記録に残った。過去の横流しや扇動、記録院襲撃まで彼が直接命じたかは、そこへ混ぜなかった。


壇上からは、グレゴールの説明がまだ聞こえていた。この起動は現行法上、合法である。国家が費用を負担した機能を、治安危機に際して使用している。認証権限も法に定められている、と。


ミレーネは、怒りだけを返さなかった。非常印、塔の認証、対象番号、送信時刻、広場で生じた身体の負担。それらを、あとから切り離せない形で記録へつないだ。今回の発令責任を残すことと、まだ確かめられていない過去の犯罪を断定することは、別だった。


中継塔の操作員が、主電源の遮断器へ手を置いた。


「待ってください」


ミレーネとダリオの声が重なった。


遮断器の脇に、安全札があった。ダリオは札の番号を正式図面の注記へ照らす。エッダが現在の出力記録を読み上げた。


命令波が途切れた場合、帰還環側の保持機構は、戦場で装具が急に脱力しないよう、最後に受けた出力を保つ。現在の表示は、制圧動作の最大出力だった。


いま主電源を落とせば、命令は更新されなくなる。だが、義手と義足は、最後の姿勢を最大の力で保ったまま固まる。動きが止まっても、その力は、残った腕や肩、腰へかかり続ける。


止めれば安全なのではなかった。


動かし続ければ、人が傷つく。電源を切れば、傷つける力が身体に残る。


朝の表示灯が赤く点滅する前で、ミレーネは、どちらも選べない二つの道を見ていた。

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