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両腕を失った英雄に「死ぬための剣をくれ」と頼まれた女鍛冶師は、生きるための手を作る  作者: 他力本願寺


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第47話 記録院襲撃

伝令の後を追って坂を上ると、王都記録院の上に、黒い煙が立ち上っていた。


石造りの正面に、灰色の旗を掲げた者たちがいる。窓のいくつかから、炎が舌を出していた。ミレーネは、灰の旗を見て、すぐに灰旗団だと思いかけ、その考えを自分で止めた。


旗だけで、決めてはいけない。


レオルが、走る足を緩めずに低く言った。「違う」


輸送隊が襲われたときに残っていた、ガイルたちの配置とは動きが違う。あのときは、護送員を殺さず、退路を残していた。だが、今は、避難する職員の道まで塞いでいる。原簿のない執務室にも火を投げ、誰が逃げ遅れるかを見ていない。灯りの合図も、交替の間合いも違った。


「灰の旗を持っていることと、ガイルの一団であることは、別だ」


ミレーネは、その区別を頭へ刻んだ。


王都警備隊が、すでに周囲を封鎖していた。記録院の守備員と消防の担当が、井戸から水桶を回している。ノエラは現場指揮官へ身分証と権限書を示し、証拠保全を担う書記を安全区域へ置いた。


最初に決めたのは、人が先だということだった。


燃える原簿のために、職員や工房員を火の中へ戻さない。王都警備隊が外周、襲撃者への対応、消火と撤退判断。記録院職員が館内配置、在室者数、防火区画を示す。ノエラが搬出の記録。レオルは声と視線で避難順と退路、人数を確かめる。ミレーネは防火戸、支持具、運搬台、記録箱を安全に動かす手順を組んだ。


セシルは、煙を吸った者と転んだ者を診る。エッダは煙の中へ入らず、安全区域で索引と棚番号、搬出目録、時刻を照らし合わせる。ダリオは聞こえる側を職員へ向け、防火機構の図面と現物が食い違う箇所だけを確かめた。


レオルの右の装着部は、まだ休養の途中だ。継火も保持具も使わない。重い物を運ばず、単独で火の中へも入らない。彼が使ったのは、指揮する声だった。


「西の階、あと三人。東は確認済み。南の中庭へ抜けろ」


避難した者の名を、書記が名簿へ印す。だが、西の保管廊下から戻るはずの職員が三人、まだ出てこない。


記録院職員が図面を指した。「防火戸が途中で止まったのかもしれません」


ダリオが、入口から見える連動棒を確かめた。「熱で歪んでる。閉じる力と、開ける力がぶつかっている」


ミレーネは、火の届いていない側から支持具を噛ませる位置を決めた。王都警備隊員二人が支持具を入れ、別の二人が外側の解除索を引く。一人の身体へ防火戸の重さを預けない。戸が人一人分だけ上がったところで固定し、職員三人が低い姿勢で抜けてきた。


レオルが人数を数え直す。記録院の責任者も名簿を読み返した。在室者は、全員、外へ出た。


それを確かめてから、保存できる原簿を防火区画へ移し始めた。


原本は、勝手には持ち出さない。棚番号、箱番号、頁の範囲、運んだ者、時刻、受け取った者、移した場所。書記が二通の搬出札へ記し、片方を箱へ、片方をエッダの目録へ渡す。


エッダは索引から、恩給停止の処理に関わる棚と、住民の戸籍や土地記録を分けた。全部を一度に救おうとはしない。火の回り方と運べる人数から、失えば生活を直ちに損なう記録を先にした。


ミレーネは、運搬台の車輪止めを確かめ、防火区画の段差へ傾斜板を渡した。帳簿も消火も一人で抱えない。原簿を載せる者、台を押す者、傾きを見る者、受領を書く者。役割は分けてあった。


その間にも、灰色の旗を掲げた者の一部が、灯りと笛で合図を送っていた。


王都警備隊の指揮官が、部下に合図を一つずつ書き取らせた。短い灯り二度、長い笛一度。持参した警備規格表と、以前の工房潜入者から適法に押収した暗号紙の写しを照らす。


「復興省警備用の退避合図と一致します」指揮官がノエラへ報告した。


言えるのは、そこまでだった。復興省警備の訓練を受けた者か、規格を手に入れた者が混じっている。省全体の命令とも、グレゴールの指示とも、警備隊ぐるみとも断じない。ノエラは、合図の時刻と、使った者の位置を別々に記録させた。


裏手の窓で、格子が鳴った。


灰色の義手を持つ男が、崩れた搬入口から中へ入っていた。ガイルだった。


彼は、まだ逃亡の身だ。ダリオを攫い、輸送隊を襲い、人質の要求を出した事実は消えていない。王都警備隊員が制止の声を上げたが、その奥から、閉じ込められた職員が扉を叩く音がした。


ガイルは命令書を探すより先に、そちらへ向かった。


煙の中で、内側から動かなくなった仕切り戸を、残った左手と肩で押し開く。灰色の義手を、万能の武器のようには使わない。職員を一人ずつ先へ出し、自分は最後に退いた。


咳き込む職員が安全区域へ着くと、ガイルはレオルへ短く告げた。


「団長。俺は、俺たちを追い詰めた命令書を探しに来た」


必要な分だけ明かし、それ以上は話さなかった。レオルは、助け出された職員を見てから答えた。


「救けたことは、受け取る」


罪が消えるとは言わなかった。ミレーネも同じだった。


火を広げていた者の一人が、他の襲撃者と離れ、恩給処理原簿の保管廊下へ進んでいた。棚の案内板を見もしない。最短の角を曲がり、防火区画を内側から閉じようとする。手には、火種を詰めた小壺があった。


ガイルが、その男を見て声を上げた。「そいつだ。原簿を狙ってる」


男は復興省警備用の合図を送り、閉鎖具へ手を伸ばした。王都警備隊が正面から回り、ガイルは逃げ道側の防火戸を閉じた。それだけの、目的を限った連携だった。ガイルが警備隊員になったわけでも、無罪になったわけでもない。


男は殺されず、殴り伏せられもしなかった。火種を砂桶へ落とされ、王都警備隊が適法に拘束した。所属も命令者も、その場では決めなかった。


救出された記録院職員が、棚の奥を指した。「恩給特例の指示綴りが、まだ中にあります。却下理由の元になった書付です」


ガイルは、かつて自分たちへ届いた却下通知の処理番号を口にした。エッダが安全区域の索引を引き、その番号が示す棚と箱を読み上げる。命令書の場所は、勘ではなく、通知番号と索引でつながった。


火が保管区画へ回り込む直前、ガイルが指定された箱から、封印のある命令書綴りを抜き取った。残った左手で外封の端を持ち、内容は開かない。


彼が触れた事実を、誰も隠さなかった。


見つけた棚と位置。手に取った時刻。火から移した理由。外封の状態。頁番号。その場にいた職員と警備隊員。ノエラの書記が順に記した。ガイルは命令書を持って逃げず、地面へ置かれた証拠受渡し布の上へ、自分で載せた。


「読むのは、あんたたちの手続でやれ」


ノエラが外封と印を確認し、警備隊の証拠袋へ収める。ガイルが無断で触れたことも、証拠の鎖へそのまま残った。破りも、書き換えも、群衆への読み上げもしなかった。


命令書を渡したあと、ガイルには逃げられる道が一つ残っていた。避難路として開けていた裏の通用門だ。王都警備隊は、逃げる者より、まだ残る火へ人を割いていた。


それでも、ガイルは門へ向かわなかった。


灰色の義手を下ろし、腰の得物を足元へ置く。左手を見える位置へ上げ、警備隊が近づくのを待った。


「逃げない。俺がしたことも、知っていることも、話す」


善行一つでは、罪は消えない。だから、救った職員を盾に赦しを求めず、証言し、裁きを受ける。逃げずに残ることで、その選択を示した。


レオルは投降を命じなかった。すぐに許しもしない。ただ、元部下が自分で残ると決め、拘束を受けるまでを、最後まで見届けた。


やがて火は鎮まった。在室者は全員確認され、煙を吸った者もセシルの確認では休養と経過観察で済んだ。原簿の一部は縁を焼かれたが、恩給処理の主要な箱と索引、内部命令書は保全された。


ノエラは、立会人と新しい封印番号を確かめてから、確保した命令書綴りを開いた。全部は読まない。まず、表題、発行部署、文書番号、末尾の指示を確かめる。


発令者の名と提出先は、符号と部署名だけだった。


末尾には、こう記されていた。


「治安悪化後、非常再動員案を提出せよ」


ノエラは、そこから先を断じなかった。


ミレーネは、その一行を、煤の匂いの中で聞いていた。

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