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両腕を失った英雄に「死ぬための剣をくれ」と頼まれた女鍛冶師は、生きるための手を作る  作者: 他力本願寺


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第45話 逃げない被告人

監査院の審問準備室は、広間ではなかった。


木の長机が二列。壁際に、職人組合が割り振った刻限の札が下がっている。同意した工房の利用者と村人が、少人数ずつ、登録証人として順を待っていた。大群衆はいない。感謝の声もない。証人ごとに、何について話すのかが札へ書かれ、関係のない者の身体記録は見せないよう、待つ場所も分けてあった。


彼らは、ミレーネへの恩返しに来たのではなかった。自分が持ち、自分が使っている道具と契約について、自分のために証言しに来ていた。


ミレーネは、工房へ帰れないままだった。王都の外へ出ず、工房の原本にも押収品にも単独では触れない。それでも、逃げなかった。証拠を隠すこともしない。正式な照合で争う。それだけを決めていた。


エッダが、車輪付きの椅子で長机の端に着いた。職人組合の伝令と二通の受領控えを通して届いた資料を、種類ごとに分けていく。原本は、工房の封印場所から動かしていない。王都へ来たのは、封を開けた者と時刻を記した目録と、許可された写しだけだ。


「混ぜないよ」


エッダは、机の上へ間隔を空けて置いた。材料の購入票と部品のロット。製作日の仕事札。用途と顧客の受領署名。修理の日と交換部品。失敗の記録。使っていない番号、廃棄した番号、欠けた番号。そして、押収武器の製品番号と熱処理の痕。一束ずつ、別の出所として扱う。


ノエラを含む三人の審問官が席に着いた。ノエラは、工房側の説明だから正しいとも、復興省の保管庫から出た書付だから正しいとも言わなかった。


「番号が同じ。それだけでは、うちが作った証明にはなりません」


ミレーネは、まず製品番号台帳の写しを示した。一つの番号には、品名、用途、受取人が一つずつ結びついている。告発状で武器の番号とされたものは、台帳では、生活用の扉鉤に割り当てられていた。


証人の一人が前へ出た。公開試験で、扉用の鉤を使ってみせた男だった。彼は自分の鉤を布の上へ置き、受領の控えを開いた。


「これを受け取ったのは、この日です。告発状にある納品の日にも、うちの扉で使っていました。毎朝、これで戸を開けている」


信じてくれ、とは言わなかった。受領署名は工房の写しと一致した。鉤先を調整した日の修理控えには、本人と、受渡しへ立ち会った村人の署名がある。その日は、告発状が武器の納品日とした日の三日後だった。同じ番号の鉤が、生活道具として村にあったことを、別の日付と別の署名が支えていた。


同じ番号が二つある。片方は、いま男の前にある扉鉤。片方は、押収された武器。一つの番号が、どこかで写された可能性が、机の上に立った。だが、どちらへ誰が写したのかは、まだ分からない。ミレーネは、そこで断じなかった。


次に、材料を比べた。


男の鉤の鋼材は、仕事札と購入票で同じロットを示した。一方、押収武器の接続部品は、購入台帳にも、返品票にも、払い下げ品の受領票にもない。職人組合の規格表では、寸法と検品刻印が軍需規格に一致した。


「この番号の部品を、うちは買っていない」


「言えるのは」ミレーネは慎重に区切った。「この武器が、軍需の供給経路と、どこかで接しているということまでです」


誰が組んだのか。大臣が命じたのか。省ぐるみなのか。そこまでは言わなかった。分かることと、分からないことを分けた。


熱処理の痕も比べた。ただし、男の扉鉤を、刃物と同じ焼き戻しで作ったことにはしなかった。扉鉤の仕事札には、そもそも刃の焼き戻し工程がない。武器の番号が、その仕事札へ結びつかないこと自体が、食い違いだった。


告発の納品記録は、押収品を切断用の刃と記している。継火工房の切断具の仕事札では、焼き戻しの範囲はすべて「淡麦」だった。工房が提出済みの色見本と、前日の立会記録へ写した押収刃の色を、同じ規定油灯の下で並べる。押収刃は青紫だった。


後から誰かが修理し、焼き直した可能性は残る。だが、継火工房の修理履歴には、その武器も、その製品番号もない。削り取りや破断による検査は、ノエラの許可なしには行わなかった。青紫は、青紫のまま、工房の工程にない痕として記録された。


第一日の照合が終わるころ、告発に添えられた納品記録そのものにも、穴が見つかった。


復興省の保管庫から、告発を提出した部署へ移されたとされる記録だ。だが、途中の受領者の名、引き継いだ時刻、封印番号が、一か所だけ抜けている。前後の書付には同じ三欄が埋まっているのに、その一件だけが空白だった。


エッダが、指で空欄の縁を押さえた。「ないことを、あるとは書けない。けど、ここがつながっていないことは書ける」


ノエラは工房を庇わなかった。


「提出された写しだけでは、真正を確かめられません」


復興省の原本保管庫との公的な照合を命じた。ミレーネは移動を制限されている。同行しない。監査院の書記と、指定された審問官が、原本保管庫の担当者立会いのもと、封印、貸出簿、綴り、頁番号、用紙、受領印を確かめる。


二日目、ミレーネは準備室で結果を待った。


以前の自分なら、自分が行かねばと焦っただろう。誰より遅くまで残り、届いた写しを一人で全部読み直したかもしれない。だが、決めた休憩の鐘には食事を取り、夜は資料を閉じた。


エッダが帳簿を守る。ノエラと審問官が手続を進める。セシルが、証人の身体記録を本人の同意範囲に限って扱う。ダリオは、押収武器の導線について尋ねられた箇所だけを照合し、この告発の製作者を推測しない。役割は分けてある。


一人で炉を守る職人ではなく、記録と役割を分けられる工房主として、ミレーネは告発に向き合っていた。工房へ帰れなくても、任せた仕事が自分を支えていた。


三日目の朝二鐘、再審査が開かれた。


原本保管庫から戻った審問官が、現地照合記録を読み上げた。告発の納品記録は、保管簿の受入目録に載っていなかった。綴りの頁番号は前後と続いて見えるが、その一枚だけ綴じ穴の位置がずれ、受領印を押した時刻の記録もない。正規の連続した保全経路は、確認できなかった。


後から綴りへ差し込まれたのか。内部の資料を使って別の場所で作られたのか。そこまでは一つに決められない。だが、継火工房の製品番号一覧、軍需規格部品、復興省内の保管記録。その複数へ接触できる者が関与した可能性は高い。


ノエラは「正規の内部閲覧権限を持つ者が関与した可能性」と記録させ、そこで筆を止めた。実行した者の名も、グレゴールの命令も、省全体の共謀も、確定しない。


ノエラを含む三人の審問官が、証拠を総合した。


同じ番号の真正な民間用具が現に存在する。顧客の受領署名と修理履歴が一致する。押収武器の軍需規格部品は、工房の購入票にない。番号が示す扉鉤の工程と、武器の形も熱処理も一致しない。工房による再加熱の修理記録もない。納品記録には、保全経路の空白がある。


決め手は、証人の数でも、同情でもなかった。技術と記録の照合だった。


「この告発は、継火工房による製造と納品を支える証拠を欠きます」ノエラが合議の決定を読んだ。「棄却します」


ミレーネに課されていた、この告発に伴う移動制限も解かれた。無実の勲章を与えられたのではない。立証できない告発によって、これ以上行動を縛られないと決まったのだ。


中央の暫定管理命令は、まだ残っている。国家支給義肢の調査も、命令術式の問題も終わっていない。勝ちきったわけではないことを、ミレーネは忘れなかった。


証人たちが順に帰っていく。扉鉤の男が、布へ包み直した自分の道具を持ち上げた。


「あんたを庇いに来たんじゃない。俺の鉤が、武器を売った記録にされてたから、その話をしに来た」


ミレーネはうなずいた。それでいい。自分の道具と生活について、他人に勝手な記録を作らせないために口を開く。その一つずつが、告発を崩したのだった。


その日の夕刻、原本保管庫を調べた書記が、追加の照合記録と、封印された認証写しを持ってきた。納品記録が後から差し込まれた可能性を受け、同じ貸出番号で動いた綴りをすべて照合した。その一冊に、軍病院の書面が綴じられていた。原本は保管庫に残し、該当頁だけを認証したという。


軍病院の「帰還命令」だった。


ノエラが封印番号を確かめ、書記が認証写しを開く。ミレーネは、記入欄を順に目で追った。


装着者本人の同意欄が、空白のままだった。


そこには、前線へ戻す日付だけが、書き込まれていた。

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