第44話 反乱軍へ武器を売った女
拍手が引くと、部屋の空気が、音もなく張り替わった。
書記が、告発状の提出番号、差出元の部署、封印、受領の時刻、添付目録を、順に読み上げていく。ノエラは二人の審問官と封の切り口を確かめ、先ほどの審問記録とは別の番号を振らせた。
ミレーネは、工房側の席から立つよう告げられ、告発を受けた者の席へ移った。手枷はない。牢へ連れていかれるわけでもない。それでも、椅子を一つ替わっただけで、部屋中の視線の意味が変わった。
「告発を受理したのであって、事実と認定したのではありません」
ノエラは傍聴席へ向けて明言した。先ほどの拍手も、この告発も、証拠の代わりにはしない。その線を、最初に引いた。
資料は、三つの束に分けて示された。
一つ目は、復興省の保管庫で保全されていたとされる納品記録。二つ目は、継火工房が使う形式で刻まれた製品番号の一覧。三つ目は、工房襲撃の際に、ヴァルドの強硬派からラウラの警備隊が押収した武器と、その押収目録だった。押収の場所、時刻、担当隊員、受領者、封印番号まで記されている。
告発状は、納品記録の番号と武器の刻印、数量、日付が一致すると主張していた。書面の上だけを見れば、継火工房が灰旗団へ武器を渡したように読める。
ミレーネは、並んだ数字を目で追った。反論の芽は、もう胸にあった。番号が同じだけでは、作った者までは決まらない。だが、今それを叫んでも、場は動かない。何と何を照らせば確かめられるか。その順を、先に作る必要がある。
グレゴールが、静かに口を開いた。
「これは報復ではありません。工房殿は、国家へ厳密な手続を求められた。ならば、工房へ向けられた疑いも、同じ手続で調べるのが筋でしょう」
先ほどの執行停止への意趣返しだとは、認めなかった。通常の監査だと繰り返し、復讐の色を言葉から丁寧に拭い取っていた。この告発を、彼が命じたのか。納品記録を、誰が作ったのか。今ある書面からは、まだ分からない。
ノエラも、工房を救うために告発を退けたりはしなかった。三人の審問官が短く協議し、書面の決定を出した。証拠の保全と、関係者への不当な接触を防ぐための、一時的な移動制限だった。
王都の外へ出ないこと。工房の原本と押収品へ、単独では触れないこと。監査院の宿舎と審問準備室には滞在してよいこと。エッダ、セシル、ダリオ、レオル、職人組合とは、記録の残る方法で連絡できること。異議は書面で申し立てられ、三日後の朝二鐘に再審査すること。
通信の遮断も、面会の禁止もなかった。対象、期限、許される連絡、異議の提出先まで、決定書に書かれている。
「受領は、同意ではありません」ミレーネは確かめた。
「そのとおりです」ノエラが答えた。
ミレーネは、その一文を受領控えにも書かせてから、署名した。ノエラは味方ではない。国家へ向けたのと同じ厳しさを、工房にも向ける者だった。
工房へ帰れない。そう知った途端、ミレーネの胸の奥で、古い恐怖が頭をもたげた。自分がいなければ、工房が止まる。炉が冷える。客を待たせる。三日眠らず、槌を握り続けた夜の感覚が、指先へ戻ってきた。
だが、逃げることは選ばなかった。原本を奪い返すことも、隠すことも、一人で夜を明かして反証を組むことも。あの夜と同じ間違いは、もう繰り返さない。
レオルも、英雄の名でミレーネを連れ出そうとはしなかった。警備を破ることも、ガイルの手を借りることも口にしない。
「逃げれば、記録の鎖を自分たちで切ることになる」レオルは低く言った。「正面から、確かめよう」
「怖いです」
ミレーネは、隠さずに答えた。
レオルは、右の装着部を休ませたままだった。継火も保持具も着けていない。「近くへ行ってもいいか」と尋ね、許可を待ってから半歩だけ寄った。左肩を、ミレーネへ向ける。
ミレーネも「触れても」と確かめ、その肩へ額を短く預けた。腕に抱かれることはない。口づけもしない。それでも、作業着越しの体温はあった。
「一人で抱えるな。約束しただろう」
その言葉で問題が消えるわけではない。ただ、恐怖を隠さず分けられる場所がある。それで、息を整えられた。
工房へ戻れなくても、やれることはある。
ミレーネは、照合をエッダへ委ねた。エッダも王都にいる。二人は職人組合の正式な伝令を呼び、工房の留守を預かる成人職人へ送る照会項目を分けた。
製品番号に対応する材料の購入票。製作日の仕事札。用途と、顧客の受領署名。修理の履歴と交換部品。失敗の記録。使っていない番号、廃棄した番号、欠けた番号の有無。どれか一つの帳面に答えを求めず、別々の記録を突き合わせる。
「原本は動かさない。書き足さない。封を開けた者と時刻を残す」エッダが読み上げた。「取り寄せるのは、目録と、許可された写し。伝令の受領控えは二通だ」
ミレーネがうなずき、エッダが発送目録へ署名した。答えを全部、自分で出そうとはしなかった。自分にしか分からない技術上の確認項目だけを選び、エッダへ渡した。
リタへ任せる範囲も、明記した。証拠を運ばせない。押収品を検分させない。炉へ入れない。成人職人の目が届く場所で、冷えた台帳の位置を確かめ、番号札を読み上げ、封筒を用意する。それだけだ。
「あとは、熱処理です」ミレーネは言った。「仕事札には、焼き戻しの範囲を『淡麦』と記しています。色の濃淡と、刃のどこからどこへ移るかは、私の手が覚えています」
その日のうちに、押収武器の外観を確認する機会が設けられた。
審問準備室で、ノエラと書記、警備担当が立ち会った。押収目録の品番号と封印番号を読み合わせ、北窓からの昼光と、決められた油灯の下へ武器を置く。封を切った者、武器の向き、照明、確認を始めた時刻まで、書記が記録した。
ミレーネは、武器へ触れなかった。
製品番号は、継火工房の形式と一致して見えた。数字の刻み方も、位置も、よく似ている。喉が、一瞬、詰まった。
だが、刃の根元、峰に近いところに、青紫の色が残っていた。
焼き戻しの色だった。
製品番号は写せる。書付の真偽は、経路をたどらなければ分からない。だが、どこまで火を入れたかは、鋼そのものへ色となって残る。
継火工房の切断具は、仕事札にも残してあるとおり、淡い麦色の範囲で熱を通す。青紫まで戻せば、同じ鋼なら刃の性質が変わる。自分の切断具として、その色を残したことは一度もない。
ミレーネは、用意された色見本を刃へ近づけてもらい、触れずに位置と広がりを図へ写した。けれど、色だけで偽物とは断じなかった。灯りの加減かもしれない。材質が違うのかもしれない。誰かが後から修理し、焼き直した可能性もある。
言えるのは、自分が最初に焼いた刃なら、ここにこの色は残らないということだけだ。
「確認を終えます」ノエラが言った。「証言を、記録します」
武器は元の位置へ戻され、新しい封印番号が読み上げられた。ミレーネは青紫の色見本の隣に、自分の製作工程についてだけ、言葉を置いた。
「これは、私が焼いた刃ではありません」
書記がその一文を読み返し、ミレーネが相違のないことを確かめた。日付と立会人の名が入り、記録は再び封じられた。




