第36話 武器工場から人を運び出せ
夜明けと同時に、救出班が割れた外壁から工場へ入った。
レオルの合図を受け、隊員が灯りを一度遮る。前進だ。ラウラの隊が外側の見張りを引きつけるあいだに、一行は収容区画を目指した。
内壁の奥で、歯車が低く唸った。
旧図面にあった自動防衛機構だ。通路の要所で鉄格子が下り、床下から遮断壁がせり上がり始める。図面と同じ位置もあれば、違う場所もあった。
「壊しますか」
隊員が破砕具へ手をかけた。
格子を一つ壊すあいだにも、別の通路が閉じていく。機械を止めることへ時間を使えば、人を運び出す猶予が消える。
「機械は後です。人が先」
ミレーネは言った。ラウラが即座にうなずき、救出班を先へ送った。
収容区画には、ダリオを含めて八人いた。
ダリオは柱際で、胴、右手首、左の残った前腕を革帯で縛られていた。ミレーネは正面から近づき、聞こえやすい左側へ回る。
「触れます。胴から切って、右手首、左の腕の順です。いいですか」
ダリオがうなずいた。
ミレーネは切断具の刃を、身体と革帯のあいだの当て板へ滑らせた。まず胴。次に右手首。最後に、左の残存前腕を締める帯を切る。皮膚へ刃を向けず、一つずつ外した。
ダリオは自由になった右手で、制御盤のある方角を示した。
「主動力を落とすだけでは駄目だ。閉じかけた格子が、その位置で固まる。安全停止には順番がある」
彼は、警備隊が持ち込んだ旧図面と、制御盤の表示、壁際の安全札を照らした。記憶だけでは動かさない。三つが重なる箇所から確かめる。
「先に人を運びます」
ミレーネが言うと、ダリオも図面を畳んだ。
セシルは、拘束されていた七人へ、一人ずつ声をかけた。
「歩けますか。支えがあれば歩けますか。それとも、運んでほしいですか」
立たせてから判断することはしない。答えを聞き、足を動かしてもらい、本人と運び方を決める。
二人は、肩を借りれば歩けると答え、幅広の支持帯を使った。左脚へ体重をかけられない退役兵は、低い車輪台を選ぶ。立ち上がれない一人は、触れる場所を確かめて担架へ移した。残る三人も、歩くか、短い距離だけ肩を借りるかを自分で決めた。全員を同じ道具へ載せなかった。
ミレーネは、救出班へ道具を渡した。
支持帯は姿勢を支えるため。車輪台と担架は、人を運ぶため。切断具は、拘束と退路を塞ぐ革や木を断つため。誰かを傷つける用途には使わない。
工場の外では、リタが交換部品を番号順に並べていた。
担架の継ぎ手が一つ足りないと伝令が走る。リタは札を二度確かめ、正しい番号の金具を渡した。中へは入らない。それでも、後方の一つの金具がなければ、前の担架は動かない。
「第一班、動けます」
レオルは通路の分岐で、各班の声を拾っていた。右上腕には保護当てだけがある。灯りを持つ二人の隊員へ、遮る回数を声で伝える。
一度で前進。二度で停止。長く一度で撤退。
左の入口から応答が返らなかった。レオルは進ませず、全班を止めた。伝令が確認へ走り、格子の音で合図が聞こえなかっただけだと分かる。応答が戻ってから、再び一度の灯りが送られた。
制御盤では、ダリオが左の安全弁を開いた。次に中央の戻り止めを外す。旧図面なら、それで奥の格子が上がるはずだった。
だが、戻り止めにつながる棒が、途中で別の歯車へ継ぎ替えられている。格子が一段、余分に下りた。搬出路の一つが、半分まで塞がる。
「図面の後で、組み替えられている」
ダリオは手を止めた。分からないまま、次の弁へは触れない。
「停止作業を中断します」
ミレーネはラウラへ告げた。
「人を先に、残った路から出します」
ラウラが退路の変更を決める。レオルが新しい順を読み上げ、合図役が灯りを二度遮って各班を止めた。北側の通路が開いていると確認してから、一度の合図へ切り替える。
その北側で、灰色の義手が格子の閂へ掛かっていた。
ガイルだ。彼は自分たちの側の閂を外し、重い格子を壁際へ寄せた。
「最後の一人が出るまで、こちらから手は出さない」
一時の休戦だった。生きて出すために、避難路を開ける。それ以上の約束ではない。
ミレーネは、その行為を認めた。だが、道を開いたことは、ダリオを攫い、輸送隊を襲い、人質交換を迫った責任を消さない。二つは別の記録へ残る。
別の通路で、木箱が床を擦る音がした。
ヴァルドが、規格部品と灰色義手を荷車へ積んでいる。天秤印の箱を重ね、搬出路を半分塞いでいた。
「人が通る道だ。どけろ」
ガイルが怒鳴った。
「国が先に奪った物だ」ヴァルドは荷車を離さなかった。「取り返す物を、なぜ選ぶ」
「人を置いて、箱を運ぶのか」
ガイルが荷車の前へ身体を入れた。二人の肩がぶつかる。だが、ミレーネは争いへ加わらなかった。
荷車の脇には、腐った木柵と吊り幕がある。ミレーネは留め革だけを切断具で落とした。救出班が木柵を外すと、人一人と担架が通れる幅ができた。
ヴァルドは舌打ちし、強硬派の数人を連れて保守用の横道へ退いた。持ち出せたのは、小箱一つだけだった。ガイルは追わず、避難路へ戻った。人と物のどちらを先にするか。その亀裂は、もう隠れなかった。
搬出が始まった。
担架を四人で持ち、車輪台は段差の手前で速度を落とす。支持帯で歩く者の呼吸に、左右の救助員が歩幅を合わせた。
途中で、担架の前棒が留め具から浮いた。伝令が後方から届いた継ぎ手を差し込み、二人が両側から固定する。リタが選んだ番号は合っていた。担架は傾かず、また進んだ。
誰か一人が、全員を背負ったのではない。
姿勢を支える補助具。人を載せる運搬具。拘束と障害だけを断つ切断具。
戦えない道具が、八人分の帰り道をつないでいた。
ミレーネの胸に、炉の火とは違う熱が上がった。剣を断った日から作ってきたものが、いま、人を傷つけずに武器工場から人を運び出している。
最後にダリオが外壁の隙間を越えた。自分で歩けると答えたが、足元の瓦礫だけは隊員が声で知らせた。聞こえる左側から合図を受け、一歩ずつ進む。
八人全員が、工場の外へ出た。
セシルが一人ずつ名前か、本人が望む呼び名を確かめる。エッダが搬出時刻と人数を読み上げ、ダリオと七人がいることを照合した。救出の途中で状態を悪くした者はいなかった。
レオルは救出班の終了をラウラへ報告した。右上腕の保護当てにも、ずれや赤みはない。彼が一人で敵を倒す場面も、重い物を抱える場面もなかった。
人が退いたあと、ラウラがダリオへ尋ねた。
「防衛機構を止められますか。無理に戻る必要はありません」
ダリオは工場を見た。
「戻る。今度は、私が選んで止める」
警備隊の護衛を付け、ダリオは制御盤へ戻った。
旧図面、継ぎ替えられた棒、壁の安全札を、ラウラの隊員とミレーネが一緒に確かめる。主動力を落とす前に、開いた格子へ機械式の止め杭を入れる。三か所を固定してから、最後の弁を閉じた。
歯車の唸りが、ゆっくり止まった。
全国の義手を止めたわけでも、命令術式を解いたわけでもない。この工場の防衛機構を、安全な順で眠らせただけだった。
ヴァルドたちが横道から退いたのを確認し、ラウラの警備隊が工場を確保した。設備の一部、制御盤の記録、残った部品箱、帳面。位置を測り、番号を振り、採取者と受領者を記す。
継火工房の者は、何も勝手に持ち去らなかった。工場も焼かず、壊さない。部品の経路、命令を出した者、各地の義手異常の共通原因は、揃った記録から調べる。
平地では、救出された八人が毛布にくるまっていた。片脚へ体重をかけられないと言った退役兵が、車輪台の縁をなでた。
「これは、何だ」
「人を運ぶための台です」
ミレーネが答えると、男の肩から力が抜けた。
「武器じゃないのか」
「ええ。戦えません」
男は目を閉じ、車輪台へ背を預けた。
夜が明けきる前、ガイルが工場の縁まで出てきた。
避難路を開けても、投降はしない。残った仲間の側に立ち、工房の作業着を着たレオルを見ていた。
レオルは合図役へ救出班の終了を告げ、ガイルへ向き直った。
「あんただけ、帰る場所を得たんだな」
ガイルの声には、責める響きと、確かめるような間があった。
「話をしたい。あんたと」
レオルは、短くうなずいた。
ミレーネは答えを代わりに言わなかった。朝の風が、煤の残る平地を静かに渡っていった。




