第35話 敵味方が同じ炉を使っていた
夜明け前、工場の裏手から戻ったラウラが、荷番号を書き写した紙を差し出した。
割れた外壁から、木箱の外面が見えたという。王国印の箱と、帝国印の箱。昨夜、ミレーネが見たとおりだ。だが、両方の箱の角には、もう一つ、同じ印が捺してあった。
剣でも、国章でもない。天秤を図案にした商会印だった。
「灰旗団が、回答を聞くための対面だけは認めた」
ラウラは工場脇の通気口を示した。格子越しで、一刻の半分まで。ミレーネの後ろに隊員を二人置き、旗が下がったら即座に退く。追わない。単身では近づかない。それが条件だった。
格子の向こう、柱際にダリオが座らされていた。聞こえやすい左側を向けようと、拘束された身体を少しひねる。
「箱の角に、天秤の印があります」
ミレーネが伝えると、ダリオの目が細くなった。
「帝国の義肢研究所でも見た。同じ形だ」
低く答えたあと、すぐに言葉を足す。
「だが、私が見たというだけでは足りない。番号を読んでくれ」
足りない。その言葉を、ミレーネは受け取った。記憶一つで事を決めない。それは継火工房の流儀でもある。
ラウラの写しには、商会印の下の荷番号もあった。王国箱は中立商会を示す三文字と、規格番号、王国向けの枝番。帝国箱は同じ三文字と規格番号に、別の枝番が続いていた。
「帝国で見た番号も、頭は同じだった」
ダリオは言った。
「末尾だけが帝国向けになっていた。だが、それも私の記憶だ。王国側の買付記録はあるか」
対面を終えると、ラウラは正式に取り寄せた軍需受領記録を広げた。休戦前、王国の軍需工場が購入した品の控えだ。
ミレーネは、箱の外装番号と記録を並べた。中立商会の三文字、規格番号、王国向けの枝番が一致する。品名は、共通規格の関節環と制御導線だった。
その下に、もう一行ある。
「基礎共鳴式第一式、使用許諾一件」
帝国箱の送り札にも、同じ第一式を示す略号が残っていた。ダリオは帝国側でも、部品箱と一緒に、その許諾書を受け取ったと証言した。
部品だけではない。命令系統へ転用できる基礎術式まで、同じ商会が両国へ売っていた。
それでも、完成した命令術式を売った証拠にはならない。ミレーネは、工房の廃部品から写した帝国式に似た導線と、灰色義手の検分図を並べた。入口の基礎配列は近い。だが、その先の分岐と帰還環へのつなぎ方は違っている。
「帝国では、この分岐を軍の研究所で足した」
ダリオは格子越しに説明した。
「私は技師というだけで集められ、軍用義肢を研究させられた。だから帝国で何が足されたかは分かる。だが、王国が何を足したかは、王国の記録で確かめるしかない」
ダリオは、自分が引いた線もある、と隠さなかった。拒めば別の技師が連れてこられた。従えば、誰かの身体を縛る部品が増えた。その間で、完成を遅らせるために測定値を書き直したこともあったという。
「だからといって、私が何もしていないことにはならない。だが、帝国で起きたこと全部を、私一人の罪として差し出すこともできない」
ミレーネは慰めなかった。責任の範囲を、本人の代わりに軽くもしない。ただ、誰が何を命じ、ダリオが何をしたのかを分けて残す、と答えた。
帝国の罪を、ダリオ一人へ負わせることはできない。彼の知識を、解放と引き換えにすることも違う。
分かったのは、両国が同じ土台を買ったこと。そして、そこから別々に、本人の意思を奪う技へ育てたことだった。両国が手を組んだ記録も、同じ場所から命令を送っている証拠もない。
レオルは、受領記録の王国欄を見ていた。
「王国も買った。そして、支配の技へ変えた」
自国だけを正しいとはしなかった。帝国だけを悪ともしない。
「だが、関わった者を一つにまとめて裁くのも違う。制度を作った者、命じた者、実行した者。それぞれの記録で分けるべきだ」
声に、昔の号令の響きはなかった。
格子の内で、灰色の義手の男が動いた。ガイルだった。
「王国は、帝国の技を憎めと俺たちに言った」
彼は箱の印を睨んだ。
「その裏で、同じ商会から買った技で、退役した俺たちの身体を縛った。これが裏切りでなくて、何だ」
「だから、技師を縛ったのか」レオルが尋ねた。
ガイルの顎が固くなった。
「止める方法が要った」
「必要だったことと、攫ってよかったことは同じじゃない」
返事はなかった。ガイルは目を逸らさなかったが、ダリオの拘束を解きもしなかった。
怒りには、確かな根があった。だが、ダリオを攫い、輸送隊を襲った責任は消えない。ミレーネは、怒る理由と、負うべき責任を同じ皿に載せなかった。
ヴァルドが鼻で笑った。
「なら、同じ部品を使った工房も、職人も共犯だ。お前の工房も、払い下げの部品を買ったはずだろう」
責任を区別せず、際限なく広げる言葉だった。
「買いました。使いました」
ミレーネは隠さなかった。
「でも、共通部品を使うことと、危険を知りながら、本人の同意を奪う仕組みへ組むことは別です」
知らなかったから無罪だ、と逃げるつもりもない。
「危険が分かったら、使うのを止める。客へ説明し、記録し、点検し、直し、同意を確かめ直す。そこからが、職人の責任です」
天秤の印を、もう一度見た。技術の言い争いに勝つために来たのではない。ここにいる人を、生きて返してもらうために来たのだ。
対面後、ラウラたちは工場図を囲んだ。警備隊が公文書庫から得た旧図面と、偵察が写した出入口、見張りの位置と交替時刻を重ねる。
旧図面には自動防衛機構も記されていた。ただし、今も図面どおりとは限らない。搬送に使えそうな通路と、車輪が通れない狭い階段を分けて印した。
目的は、人を先に運び出すことだ。
ラウラが外周警戒と、突入、撤退を決める。レオルは救出班と警備隊の合図、救出順、退路を組む。単独では動かず、未許可の装具も使わない。
笛を一度なら前進、二度なら停止、長く一度なら撤退。声が届かない場所では、同じ回数だけ灯りを遮る。入口ごとに合図役を置き、一人でも応答がなければ先へ進まない。レオルはその手順を読み上げ、ラウラが警備隊の規則に合うかを確かめた。
ミレーネは、補助具、運搬具、切断具を用途別に揃えた。まだ誰にも配らない。セシルは歩ける者と、運ぶ必要がある者の両方を想定し、担架と車輪台を用意する。誰の状態も、診る前には決めなかった。
エッダは見張りの時刻と工場図を照らす。リタは安全な後方で、交換部品を番号順に並べる。敵拠点にも、突入班にも入れない。
道具を配ることも、踏み込むことも、この日はしなかった。救出路と、誰がどこに立つかを決めるところまでだった。
最後の対面で、ミレーネはダリオへ尋ねた。
「中にいるのは、あなた一人ですか」
「違う」
ダリオは、聞こえる側を格子へ向けた。
「奥に退役兵がいる。故郷へ戻れず、難民だと名乗った人たちもいる。私が話せた範囲だけで、七人だ」
その数だけでは決めなかった。偵察班は、奥の高窓を時間を変えて二度確かめた。ダリオとは別に、六つの人影が一室へ集められていた。さらに戸口の陰に、動けるか分からない一人が横たわっている。
ダリオの言葉と、外から数えた人影。二つが重なった。
全員の名も、身体の状態も、まだ分からない。それでも、ダリオ以外にも囚われている者がいることは確かだった。
ミレーネは、工場図に七つの印を置いた。
まず、人へ続く路をつなぐ。




