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両腕を失った英雄に「死ぬための剣をくれ」と頼まれた女鍛冶師は、生きるための手を作る  作者: 他力本願寺


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第33話 王都の工房を与えよう

差押えの令状ではなく、絹布をかけた木箱が、朝の土間へ置かれた。


復興省の使者は、腕章と身分証、大臣名の委任状を机へ並べた。提案書の番号と、箱の内容目録もある。


エッダが既存の通知と一つずつ突き合わせた。


「省印も、委任の番号も通ってる。本物だね」


ミレーネは受領控えへ一文を加えた。


「箱を預かるのは、中身を確認するためです。提案への承諾ではありません」


使者は文面を読み、異議なく署名した。開封時刻、立会人、返却する品も記録する。命令ではなく贈り物として届いたことが、かえって重かった。


箱の中には、爵位の内示状、王都の工房図面、国費支給の見積書、派遣予定の熟練職人名簿が収められていた。使者は、どれも目録と合う順に机へ置いた。


王都の工房は、継火工房より広かった。炉は三基。適合を見る部屋と、訓練用の庭もある。名簿には、鍛冶師、革職人、魔導技師が並んでいた。


ミレーネは、図面の炉間を目で測った。これだけの広さがあれば、作業椅子も救助具も、同時に試せる。百件近い相談を待たせずに済むかもしれない。革職人が常にいれば、身体支持帯のほつれも早く直せる。


欲しくないものではなかった。だからこそ、何と引き換えるのかを、端まで読む必要があった。


「この人員と設備があれば、今の何倍もの依頼を扱えます」


使者は穏やかに言った。


「優れた技術と人材、記録を中央へ集める。規格を揃えれば、少ない費用で多くの傷病者を救える。国家が費用を負担する以上、製作の優先順位を決める権限は、国家が持つべきだと大臣は考えています」


脅しではなかった。使者は、正しい理屈を説明するように話した。


ミレーネは提案書を繰った。継火工房が持つ設計権の譲渡。顧客記録の移管。国家案件を、民間の注文より先に製作させる権利。


「顧客記録の移管には、本人の同意を取るのですか」


「受諾後は、国家管理の記録になります。既存の同意は、移管に伴って整理されます」


「整理、というのは」


「国の規則に沿って、閲覧と利用の範囲を定め直すということです」


「本人が、嫌だと言った場合は」


「国家安全に関わらない範囲で、希望は考慮されます」


客が自分で選んだ範囲を、国の規則で選び直す。その言い換えに聞こえた。


ミレーネは、工房の受付札を見た。正式受注は八件。そのうち二枠を、食事や厠、家の危険といった緊急のために空けている。国家案件へ優先権を渡せば、その順を国が動かせる。


「設計は、私の仕事です。譲るかどうかは、私が判断できます」


ミレーネは、提案書から目を上げた。


「でも、顧客の身体と暮らしの記録は、私の手柄ではありません。本人の同意なしに、私だけでは渡せない。それに、使う人と決めた順番を、国の都合だけで変える仕事は選びません」


使者は、反論を急がなかった。


「王都へ行けば、救える人数は増えます」


「人数が増えることと、選ぶ権利を渡すことは、同じではありません」


ミレーネは一人で答えた。レオルが何を選ぶかは、まだ聞いていない。


「この提案は、お断りします」


内示状も図面も名簿も、目録の順に箱へ戻した。エッダが点数を読み上げ、使者が返却を確認する。ミレーネは拒否と返却の控えへ署名し、自分の一通を受け取った。


「別の刻限に、アシュベル氏へも提案があります」


使者が言った。


「同席されますか」


「いいえ」


ミレーネは即答した。相手の返事を、自分の選択の重しにしたくなかった。レオルの選択にも、自分の顔を置きたくない。


昼前、ダリオが工房へ立ち寄った。帝国式に似た導線の指定写しを、村外れの借り作業場で照合する予定だった。エッダが資料番号、頁、複写なし、返却期限を台帳へ記す。


「夕鐘の一つ前には戻ります」


ダリオは帰着時刻を自分で書き、封筒を右手で持って出ていった。


昼を過ぎると、使者はレオルを記録室へ招いた。エッダが手続の立会人として入る。ミレーネは工房に残り、冷えた扉鉤の修理記録を整理した。


閉じた戸の向こうの言葉は、聞き取れなかった。聞こうともしなかった。


やがて戸が開いた。先に出てきたエッダの膝には、二通目の拒否受領控えが載っていた。


レオルは署名補助具を着けていない。右上腕は段階復帰の途中だ。使者は辞退内容を読み上げ、レオルが自分の声で確認する。エッダが立会人として、時刻と確認方法を記した。


「以上が、俺の返事だ」


使者は控えを封筒へ収めた。怒りも、捨て台詞もなかった。


「大臣へ、二つの回答を届けます」


使者が木箱を提げて去ると、工房の音が戻ってきた。エッダは二通の拒否記録に、別々の受付番号があることを確かめた。一通はミレーネの署名。もう一通はレオルの口頭確認と、立会いの記録だった。


その夜、後片づけを終えてから、ミレーネはレオルと小卓を挟んだ。


「何を提示されたんですか」


「騎士団長への復帰。軍制式の高性能義手。直属の部隊だ」


使者は義手を持ち込まず、図面と性能表だけを示したという。触覚が戻るとも、昔の腕になるとも書かれていなかった。


「条件には、非常時の再動員があった。任務を変える国の権限と、装具と共鳴記録を国が管理する条項もだ」


レオルは、条文を二度読んだあとで断ったと話した。騎士団への復帰は、すでに一度、自分で辞退している。


「戦う地位じゃなく、暮らしを守る救助を選んだ。高性能な腕を貰えるかどうかで、選び直すつもりはない」


「騎士団の仕事を否定しているわけじゃない。ラウラの隊がいなければ、崖道の通行止めも、倉庫火災の避難もできなかった」


「警備隊とは、これからも組む。だが、非常時の一言で役目を戦闘へ変えられる地位には戻らない。救助を選んだまま協力する」


「私がここにいるから、ではなく」


「あんたが何と答えたかは、知らなかった」


レオルが短く笑った。


「俺が選んだ仕事の話だ。あんたは」


ミレーネも、自分の理由を話した。顧客記録は預かりものであること。生活の注文を、国の命令だけで後ろへ回す仕事はしたくないこと。


「あなたが断ると思って、断ったわけではありません」


「俺もだ」


同じ答えへ、別々の道でたどり着いた。寄りかかるためではない。それでも、同じ方を向いていると知れたことが、ミレーネには嬉しかった。


「近づいても、いいですか」


「ああ」


ミレーネは半歩を詰め、レオルの額へ自分の額を寄せた。


「口づけても」


「頼む」


短く唇を合わせ、すぐに離れた。


そのとき、エッダが帰着台帳を開く音がした。


「ダリオが戻ってないよ」


夕鐘の一つ前、と書かれた時刻は、もう過ぎていた。返却予定の封筒も、受領欄が空白のままだった。


エッダは予定の行き先と、借り作業場の名を台帳で確かめた。別の場所へ寄る届出はない。ミレーネは、まず宿へ使いを出した。ダリオは戻っていないとの返事だった。


リタとセシルを工房へ残し、ミレーネとレオル、エッダで村外れへ向かった。遅れただけなら、それでよい。だが、借り作業場の扉は半ば開いていた。


「待って」


ミレーネは声でレオルを止めた。三人とも敷居の手前に残る。


灯りを高くすると、机が斜めにずれ、椅子が一脚倒れているのが見えた。床には書付が散っていた。その上に、見覚えのない灰色の布片が落ちている。


エッダは車輪を止め、手を膝へ戻した。


何が起きたのかは、まだ分からない。遅刻なのか、争いなのか。誰がいたのかも、この布だけでは決められない。


ミレーネは扉の内へ一歩も踏み込まずに言った。


「触らないでください。このまま、ラウラさんを呼びます」

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