第32話 職人組合の審査
昼鐘を過ぎた工房で、炉はもう静まっていた。
審査員は提げてきた木箱を土間へ置いた。腕章と身分証、封印された派遣状は、先ほどエッダが照合している。発行元も派遣番号も組合印も、事前の通知と合っていた。
今日行うのは、二日後の正式審理へ添える現物の確認だけだ。審理の日は変わらない。審査員はそれも記録へ読み上げ、エッダが工房側の控えへ時刻を書いた。
箱から出てきたのは、剣の強度試験器だった。
刃を挟み、横から力をかけ、たわみと折れる点を測る。審査員が開いた様式には、その数値で製品を軍需か民間かに分ける欄があった。剣も軍用義肢も生活用具も、同じ欄へ入れる書式だった。
「この試験では、うちの道具は測れません」
ミレーネは試験器へ手を触れずに言った。
「剣がどれだけの力で折れるかを測っても、食事や扉の開閉、避難や救助に使えるかは分かりません」
審査員は様式から顔を上げた。
「では、何を測ればよいと考えますか」
ミレーネは用意していた紙を開いた。生活動作、作業用途、救助用途、安全停止、修理可能性、本人が使うか使わないかを選べること、訓練と点検、使用限界の説明。八つを順に読み上げた。
審査員はいくつか理由を尋ねた。ミレーネが実例と記録の頁を答えると、様式の余白へ新しい罫を引いた。
「現地審査の追加項目として、記録します」
「限界を書けば、評価が下がりますか」
ミレーネが尋ねると、審査員は引いたばかりの罫を見た。
「限界を隠す品と、限界を説明できる品。同じ欄へは置けません。説明と記録も、審査します」
最初に、エッダが作業椅子で棚まで進んだ。車輪を止め金具で固定し、空いた両手で帳簿を抜き取る。
「階段は上れない。深い泥地も無理だ。強い横向きの力がかかれば、椅子ごと向きが変わる」
エッダは床の傾斜板を指した。
「段差には、これが要る。炉の近くでは、決めた動線を外れない。万能の椅子じゃないよ」
審査員は、移動可能、ただし段差、泥地、横荷重に制限あり、と書きつけた。
次に、片腕の母親が身体支持帯を着けた。赤子の代わりに、同じ重さの砂袋を入れる。母親は身体で重みを受け、空いた手で冷たい水差しを運んだ。
「長い時間は使いません。開いた火のそばにも行きません」
母親は帯と留め具を、自分で確かめた。
「糸がほつれたり、金具が緩んだりしたら中止します。子が重くなれば、また調整が要ります。金具で子どもを握る道具ではありません」
審査員は、その言葉を中止条件の欄へ写した。
救助鉤は、固定試験架へ取り付けた。レオルの身体には着けない。砂袋で荷重をかけると、制限を越えたところで出力が落ちた。横に立つ者が、外側の離脱具で鉤を外す。
「装着者一人へ、人一人分の重さを預けてはいけない」
レオルが、試験架の脇で説明した。
「単独救助には使わない。杭と滑車と綱、複数の救助員、監督と事前の荷重確認が要る。警告か中止の合図が出たら、離脱する」
レオルは、二冊の記録を審査員へ示した。
「橋では、俺が中止の合図を守らずに負傷した。崖道では、警告で中止し、他の者へ引き継いだ。道具だけでなく、手順も変えた」
審査員は日付と頁番号を控えた。成功記録だけでなく、失敗から手順を改めた経緯も確かめていく。
日常装具は、同意を得た別の利用者が実演した。食事用の保持具へ匙を差し込み、肩と背と呼吸を合わせて、空の椀から口元まで運ぶ。
「念じるだけでは動きません。動かす練習が要ります」
利用者は、匙を台へ戻した。
「触覚は戻らない。熱さも細かい感触も分かりません。皮膚が赤くなったり、長く着けて疲れたりしたら外します。今日は使わない、と決めることもあります」
審査員が、レオル自身は実演しないのかと尋ねた。
「右上腕は、段階復帰の途中です」
セシルが、本人の同意を得た確認記録を示した。
「今日の実演に必要だからと、許可のない装具は着けません」
レオルは立会いと記録に回った。利用者の名と製品番号を読み上げ、エッダの控えと一つずつ照らす。装具を使わない日にも、彼の仕事はあった。
修理記録は、製品番号ごとに綴じてあった。用途の聞き取り、適合確認、試作と失敗、修理日、交換した部品、利用者の確認、中止条件、次の点検日。壊れない品ではなく、どこが壊れ、どう直したかを追える品だと示す記録だった。
料金については、エッダが帳簿と契約を開いた。
「材料費、工賃、適合訓練費、点検費、修理費を、先に分けて見せる。有償が原則だ。一度に払えなければ、分割か、期限を決めた労働交換を本人が選ぶ」
エッダは、審査用の値引きも無償配布もないと言った。障害を理由に、同じ仕事の単価を下げることもない。
審査員の指が、一枚の書付で止まった。ダリオの仮滞在証だった。
「帝国出身の外部協力者が、設計や身体の記録を国外へ漏らす懸念はありませんか」
「国籍ではなく、役割と必要性で閲覧を限っています」
ミレーネは閲覧台帳、資料の封印記録、複写と返却の控えを並べた。
担当、閲覧理由、顧客本人の同意、範囲と期限、頁番号、複写の有無、返却日、受領者と立会人、保管場所。それぞれが別の記録から照合できる。
ダリオが見たのは、帝国式に似た導線と、拒否共鳴理論のうち、照合に必要な指定の写しだけだった。顧客の名と住所、身体適合記録の原本、完全な設計図、個体鍵、全顧客分の記録、対応表は見せていない。
「王国人の工房員でも、担当外の資料は自由に見られません。同じ決まりを、全員に使っています」
ダリオを雇用したり、国籍を変えさせたりしなくても、閲覧を制限して記録することはできる。審査員は複数の記録で頁番号と返却日を確かめ、疑義の欄へ書いた。
「閲覧は役割と同意で制限。記録の照合が可能」
現地審査の記録には、通しの頁番号が振られた。工房側も写しと受領控えを得る。炉は、最後まで冷えたままだった。
二日後。九日目の朝二鐘に、正式審理が開かれた。
職人組合が出したのは、条件付きの暫定認証だった。
生活、作業、救助の用途に限る。武器や軍用命令技術の製造認証ではない。高荷重の救助は監督を付け、定期点検と修理記録を続ける。顧客の同意と情報管理を守り、使用限界と中止条件を本人へ説明する。一定期間の後、再審査を受ける。
認証書には、「民間適合工房」と記されていた。
エッダは認証番号、発効日、再審査の期限を読み上げた。ミレーネも同じ箇所を指で追う。喜ぶより先に、条件を一つも取り落とさず受け取る。それが、営業を続ける側の仕事だった。
別に申し立てた執行停止も、範囲を限って認められた。民間設備、私費で買った部品、工房が新しく作った部品、本人の同意で管理している顧客記録。それらは、監査院の法解釈審査が終わるまで、暫定管理の執行対象から外れる。
中央の命令そのものが、違法になったわけではない。撤回もされていない。国家支給の部品と軍務共鳴記録について、国にどこまで権利があるかは、監査院へ送られた。
それでも、継火工房は営業を続けられる。
ミレーネは認証書の文字を見た。完全な勝ちではなかった。剣の折れる強さしかなかった様式に、生活と救助を測る欄が正式に増えた。その小さな線を、消さずに残せた。
工房へ戻ると、エッダは認証書を壁へ飾らず、耐火箱へ収めた。写しだけを、規則札の隣へ留める。
「明日も、いつもどおりですか」リタが尋ねた。
「ええ」ミレーネは答えた。「朝の鐘で開けます。条件を守って、仕事を続けます」
審査記録は、組合から復興省へも正式に送られた。
数日後、封印付きの手紙が工房へ届いた。エッダが発行番号と省印、受領控えを確かめてから、ミレーネへ渡した。
書き出しには、職人組合の審査記録を読んだ、とあった。
そのうえで、継火工房の仕事について話を聞きたい。王都で面会したい、と続いている。
差出人は、復興大臣グレゴール・ヴァイル。
ミレーネは、その署名を見つめた。祖父の古い書簡で見た名が、今度は自分を王都へ招いていた。




