第28話 次は国が奪いに来る
勝利の翌朝、と呼ぶには、あまりに早かった。
ミレーネが炉へ火を入れようとしたとき、工房の扉を叩く音がした。
戸口には、見慣れない身分証を提げた男が二人立っていた。復興省の執行官だ。片方が受渡し控えを開き、もう片方が封印付きの命令文を、工房の扉へ掲示した。
「復興省より、暫定管理命令です。受領の署名を」
執行官は、淡々と言った。
ミレーネは扉の紙を見た。
ハーゲンの差押目録とは、まるで違う。あれは事前照会の欄が空で、監査印もなかった。
だが、これは違った。
発行番号、法的根拠、管理対象、発効日、異議期限、提出先、執行条件、管理責任者。すべての欄が埋まり、復興省の印と受領欄もある。
昨日、地方管理官の権限を止めた。だが、彼を可能にした制度は、少しも消えていなかった。
もっと整った形で、工房の扉に現れた。
「エッダ」
ミレーネは奥へ声をかけた。
「本物か、確かめてください」
エッダが車輪付きの作業椅子で来て、執行官の身分証、発行番号、省印、受渡し控えを一つずつ照合した。
「番号も印も、登録と合ってる」
低い声だった。
「偽物であってくれ、という望みは捨てな」
命令は、戦時軍需帰属法を根拠にしていた。
工房の設備、設計の原本と写し、共鳴記録、調整記録、顧客の身体適合記録。それらを「国家安全上の技術」として、暫定的に復興省の管理下へ置くという。
「私費で買った設備も、工房で新しく作った部分も、客の記録も含んでいます」
ミレーネは紙へ目を走らせた。指が、紙の縁をつかみたがった。
破らなかった。
破いても、発行番号も、省にある原本も消えない。破れば、こちらが保全の手続を汚すことになる。
命令文の理屈は、整っていた。
国家が費用を負担した義肢、回復させた機能、軍務中に採取した共鳴記録には、返還義務または非常時に国が使う権利がある。
どこにも、生身の身体は国の所有物だ、とは書いていない。
書いていないまま、退役した者が自分の義肢をどう使い、誰へ身体の記録を見せるかまで、国が握ろうとしている。
整った文の隙間から、それが見えた。
ミレーネは命令文を貼られた状態で記録した。
掲示位置、時刻、封印、発行番号、立会人、執行官の身分、原本の外観。写しを複数作り、一枚ずつ頁番号と「写し」の印を付ける。
受領の署名を求められると、ミレーネは欄の下へ一文を加えた。
「受領は、内容への同意を意味しません」
執行官は文言を確かめ、同じ文の入った控えへ省の受領印を押した。ミレーネは、その一通を受け取った。
執行官が帰ったあと、エッダが命令文を最初から読み直した。
「異議期限は、受領から十四日目の夕鐘まで。提出先は職人組合の審査部だ」
日付を帳面へ書き写す。
「執行は十五日目、朝の鐘が二つ鳴ってから。復興省の管理官が立ち会い、対象目録を二通作る。封印方法と、持ち出した物の受領証も決まってる」
エッダは、もう一つの条項で指を止めた。
「異議を出しただけでは、執行は止まらない。止めるには、職人組合へ別に執行停止を申し立てて、認めさせる必要がある」
「手続の穴で、ひっくり返せますか」
ミレーネは尋ねた。
「無理だね」
エッダは首を振った。
「ハーゲンのとは出来が違う。穴を一つ見つけて即無効、なんて甘い話じゃない。執行までに残る時間と、中身を争う手続を分けて考えな」
争う中身なら、ある。
民間設備の所有権。私費の材料。工房独自の設計。顧客記録。身体のデータ。職人の守秘義務。国家支給部分と工房新造部分の区別。そして、使う本人が選ぶ権利。
「職人組合へ、正式に異議を申し立てましょう」
ミレーネは決めた。
異議と、執行停止の申立てを準備する。今日決めるのは、そこまでだ。所有権をどのような言葉で分けるかは、組合の書記と確かめなければならない。
ミレーネは、扉の内側へ新しい期限札を掛けた。十四の升目を引き、最初の一つへ墨を入れる。
「怖くないのか」
レオルが尋ねた。
「怖いです」
ミレーネは、乾ききらない墨を見た。
「だから、怖くないふりで急ぎません。十四日で、争うための道具と記録を、一つずつ確実に揃えます」
命令を聞きつけた客や村人が、工房の前へ集まり始めていた。
「戸を塞げばいい」
誰かが言った。
「設備を隠して、渡さなければいい。武器を持って、来た役人を追い返すんだ」
「それは、やめてくれ」
レオルが静かに言った。命令ではなく、頼む声だった。
「武力で工房を守れば、ここを使う人も、村の者も、反乱者として扱われる。客の身体の記録を守るために、客を罪人にしたら意味がない」
右上腕には、前日の赤みを冷やす布が当てられていた。救助用義手は着けていない。
「俺は英雄の名で人を集めない。籠城もしない」
レオルは、扉の命令文を見た。
「代わりに、客の記録を、本人の選択で分けて守る」
まず、客一人ずつへ、自分の記録に何が書かれ、どこに保管されているかを説明する。
写しを作るか。誰へ預けるか。本人の同意を取る。
氏名や住まいと、製品番号、設計、調整記録は分ける。それらを結ぶ対応表は別に封印し、別の場所へ保管する。客には自分の記録の写しを渡す。同意を得た写しだけを、職人組合や監査院へ預け、受領署名を残す。
「原本は隠さない。書き換えない。捨てない」
レオルは念を押した。
「番号を付けて封をする。誰の情報をどこへ移すかは、その人に決めてもらう」
無断で身体の情報を配りはしない。同意のない記録は、一枚も動かさない。一日ですべてを終えたことにもしない。
決めるのは、方針と手分けまでだった。
ミレーネが、掲示された命令と工房設備の保全、写しの作成。エッダが、期限、執行条件、異議手続。レオルが、顧客への説明と分散方針。セシルが、身体と適合記録の守秘範囲。リタが、封筒と番号札の準備。
逃げない。設備を壊さない。客を盾にも、兵にも使わない。
五人の仕事を紙へ書き終えて、ミレーネはもう一度、扉の命令文を見た。
署名欄の姓には、見覚えがあった。
祖父の隠し棚から出た拒否書簡。その宛先だった戦時軍需管理局の、当時の局長と同じ名だ。
書簡を本人が受け取ったのか。命令術式に関わったのか。ハーゲンへ犯罪を命じたのか。この紙だけでは、どれも分からない。
ただ、かつて祖父が拒否を伝えようとした相手が、いまは復興省の長として、継火工房を管理下へ置く命令に署名している。
ミレーネは、現在の役職とともに、その名を読んだ。
「復興大臣グレゴール・ヴァイル」




