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両腕を失った英雄に「死ぬための剣をくれ」と頼まれた女鍛冶師は、生きるための手を作る  作者: 他力本願寺


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第27話 帳簿は燃えませんでした

翌朝、ハーゲンが管理する軍需倉庫から、煙が上がった。


ミレーネが駆けつけたとき、記録庫の窓から灰色の煙が噴き出していた。ラウラの警備隊は、すでに倉庫の周囲を閉じている。


前夜、ラウラは捜索と保全の令状を得ていた。


復興物資の不足。廃棄済みと記された義手番号と、回収現物の矛盾。工房が正規に買った部品と、倉庫検品印の一致。出所の異なる資料を添えて申請したものだ。


「令状の範囲で封鎖します」


ラウラが隊員へ命じた。


対象は、この倉庫の在庫と、出庫、廃棄、受領の記録。職員の私物や、関係のない建物には手を出さない。


だが、いまは捜索より火だった。


記録庫の屋根裏へ炎が回り、乾いた音を立てて梁が爆ぜた。ミレーネは、原本が焼ける、と思った。


口にしたのは、別のことだった。


「人が先です。中に倉庫員は」


「二人、まだ確認できません」


隊員が答えた。


「火元の区画へ入らないでください。延焼を止めて、出口側の煙を払います」


ラウラが消火の指揮を取り、隊員と倉庫員へ役目を分ける。ミレーネは水桶の列と、濡れ布を配る場所を整えた。


「レオル。避難した人の名と人数を」


レオルは前日の救助で、右の装着部を傷めたばかりだった。冷やした布を当てたまま、救助用義手も重い桶も使わない。


倉庫員の名を一人ずつ呼び、返事を聞いて、道の反対側へ導いた。避難済みの者へ持ち場を尋ね、残る二人が記録庫の隣の荷捌き場にいたと確かめる。


やがて二人が、煙にむせながら裏口から出てきた。ミレーネは濡れ布を口元へ当てさせ、セシルへ任せた。セシルが呼吸と火傷の有無を確かめ、レオルは隊員へ、二人の名に避難済みの印を付けるよう頼んだ。


全員が出たと確認してから、ラウラは記録庫側の扉を閉じさせた。消火は外から行う。原本を救いに戻ろうとした倉庫員も、隊員が止めた。


誰も、帳簿のために炎へ戻さなかった。


火が下火になると、隊員が焼け跡へ番号札を置き始めた。火元の位置、開いていた錠、鍵の管理記録、最後に入室した時刻。棚の前には、紙を寄せたような焦げ跡が複数あった。


放火とも事故とも、まだ決めない。見つけた状態を、「証拠隠滅の疑い」の記録として保全する。


そのころ、ハーゲンが倉庫へ来た。


煤を避けるように道の端で足を止めたが、取り乱してはいなかった。


「不幸な事故です」


整った声で言った。


「記録庫が焼けた。原本は失われました。原本がなければ、何も照合できない。お気の毒ですが、手続とはそういうものです」


ミレーネは、彼が火をつけたとは言わなかった。分からないことだった。


代わりに、エッダが車輪付きの作業椅子で進み出た。焼け跡から十分に離れた平らな場所で止まり、膝の上の綴りを開く。


「原本が焼けた、ねえ」


乾いた声だった。


「あいにく、写しがある」


ハーゲンの眉がわずかに動いた。


「写しですか。火災後に作られたものなら、証拠にはならない」


「火事のあとになんか、作ってないよ」


エッダは、綴りの先頭を見せた。


頁番号、複写日、原本を確認した者の名、第三者の受領印、送り先。資料を手に入れるたびに写しを取り、村役場とラウラの証拠庫、監査院へ分けて送っていた。


送付控えには日付がある。村役場と証拠庫から返った受領証も、同じ番号で綴じられていた。


「一か所を燃やせば消えるような帳面は、補給の記録とは呼ばない」


エッダは言った。


「順に合わせるよ」


最初に開いたのは、複写帳簿と倉庫出庫票だった。


退役兵へ送るはずの包帯と国家支給義肢。品目、数量、出庫日、荷の番号。エッダが読み上げ、ミレーネが該当する行へ細い確認札を置く。


包帯四十巻と記された荷は、封を開ける前から十二巻足りなかった。出庫票の数量と、輸送隊で確かめた現物が合わない。


「事務上の誤差でしょう」


ハーゲンが言った。


「一つなら、そう言えたかもしれないね」


エッダは二つ目の綴りを開いた。


灰旗団の襲撃現場で公的に回収された、灰色義手の国家管理番号。誰の所有物かは、まだ確定していない。義手は現場で一度だけ、誰も触れないのに指を閉じた。


その番号が属する在庫には、「廃棄済み」と記されている。ところが、廃棄日より後の出庫控えにも、同じ番号が残っていた。


「廃棄済みのはずの現物が、襲撃現場にあった」


エッダは、回収時の受領控えを並べた。


「記録の誤りだけでは、現物の所在を説明できない」


三つ目は、工房が正規に買った払い下げ部品の購入控えだった。


仕入れ日、売り手、部品番号、代金。その部品の内側にあった検品印は、ハーゲン管理倉庫の印見本と寸法が合い、外縁の同じ場所に同じ欠けがあった。


「うちは、この部品を民間の売り手から買った」


エッダが控えを叩いた。


「倉庫から民間へ出た経路がある。それを確かめるのが、次だ」


ラウラが、封印袋に入った受領証を示した。


工房の購入控えにある売り手を前夜に照会し、払い下げを仲介した取引先から任意提出を受けた原本だった。提出日時と提出者、受領した隊員の名が封印控えにある。


受領証の荷番号、数量、日付、代金、受取印。それが倉庫出庫票と一致した。さらに、受領証の出荷確認番号は、倉庫側の控えにある番号と同じだった。帳簿では退役兵向けとして処理された荷が、別の取引先へ渡っていた。


「出庫票と、取引先の受領証」


エッダは別々の出所から来た二枚を並べた。


「その間を、工房の購入控えと現物の刻印がつないでる」


ハーゲンは綴りを見たまま、口を結んでいた。


「文書偽造というのは、何の話です」


やがて、そう反論した。


エッダは、もう一組の書類を出した。


退役兵たちから、照合への使用許可を得て預かっていた恩給却下通知だ。別人の通知なのに、同じ週の日付、一字一句同じ却下理由、役所印の同じ位置に同じ欠けがある。


その通知番号を、地方役所から正式照会で得た発行原簿と処理台帳へ合わせた。


通知の発行者欄は、ハーゲンが管理する地方復興物資管理局だった。


だが原簿に、その番号の却下通知はなかった。処理台帳では、申請は審査中のままになっている。通知に使われた印の欠けも、正規の役所印見本にはない。


「本人へ届いた却下通知と、役所に残る処理が食い違っている」


エッダは言った。


「倉庫の検品印の欠けとは、別の傷だ。混ぜちゃいない。こっちは、恩給通知が正規に発行されたものではない疑いを示す傷だよ」


中央から誰が命じたのか。ハーゲンが一人で作ったのか。それは、この照合だけでは分からない。


だが、横流しと偽造の疑いは、別々の記録から重なった。


エッダは最後に、工房侵入時の工具痕の写しを置いた。


「この痕は、軍需倉庫規格の工具と重なる。ただし、同じ規格は外にも出回ってる。侵入した者も、命じた者も、これでは決められない」


主証拠にせず、補強の束へ戻した。


そのとき、監査院からの使者が到着した。


エッダが事前に送った写しを正式に受領し、調査を引き継ぐという通知だった。発行元、日付、対象となる資料番号が、送付控えと一致している。


監査院が有罪を決めたわけではない。だが、原本が焼けても、調査は止まらなかった。


ラウラが、ハーゲンの前へ進んだ。


「ハーゲン・ブロム」


令状と、現場で保全した記録と、監査院の受領通知を示す。


「復興物資と義肢の横流し、文書偽造、証拠隠滅、違法差押えの容疑で逮捕します」


逮捕は有罪の確定ではない。役職の権限と、事件に関係する財産は、監査が終わるまで暫定的に保全される。


村人の誰も、ハーゲンへ石を投げなかった。歓声も上がらない。隊員が手続を読み上げ、受領品と封印番号を記録していく。


ミレーネは、焼けた記録庫を見た。


帳簿を守るために、誰も炎へ戻さなかった。それでも、記録は消えなかった。エッダが写し、番号を付け、別々の場所へ預けていたからだ。


火に勝ったのは、燃えない紙ではない。


一人の手元へ置かなかった、エッダの仕事だった。


隊員に付き添われ、ハーゲンが歩き出す。倉庫の門を出る前に足を止め、ミレーネたちへ静かな声を残した。


「命令したのは私ではない。次は省そのものが来る」

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