第22話 祖父が隠した設計図
翌朝、ミレーネは炉へ火を入れず、三枚の紙を机へ並べた。
一枚目は、祖父の採寸帳だった。数頁が刃物で切り取られ、残った頁の裏へ分類番号の筆圧が薄く残っている。
二枚目は、ハーゲンが置いた差押目録の写しだ。設計図の欄に、同じ分類番号が記されていた。
三枚目は、盗難前に取った薄紙の写しだった。輪一と王国規格の連結片。その内側にあった、帝国式に似た線を写してある。
輪一と連結片は、先日の侵入で失われた。手元に残る現物は輪二から五までと、制作帳へ挟んだ写しだけだ。
二つの同じ番号と、一つの線。
まだ、三つが同じ資料を指すとは決められない。だが、別々に見つかった痕跡を、並べて調べることはできる。
「棚を壊して確かめるのは、最後です」
ミレーネは鏨とこじ開け具を、工具箱へ戻した。
リタが見つけた棚には、昨夜の「未確認・開封禁止」の札が残っている。鍵穴の上には、浅い切込みが二つ。ミレーネが描いた形とも一致した。
エッダが札の状態と時刻を記す。レオルも立会人として、棚の位置と傷の有無を読み上げた。
「昨日から、新しい傷はない」
「開ける前に、祖父の記録から条件を探します」
祖父は、道具を置いた場所まで帳面へ残す人だった。通常の工房台帳、工具台帳、軍への提出控え、棚の配置記録。ミレーネは綴りを机へ積み、三人で分けた。
紙を繰る音だけが、火のない工房へ続いた。
レオルは頁番号と見出しを声に出し、ミレーネが該当箇所を開く。エッダは出所の違う記録が混ざらないよう、照合表へ一冊ずつ記号を付けた。
先に見つかったのは、鍵ではなく、軍への提出控えだった。
採寸帳と差押目録にあった分類番号。その行だけ、受領印がなかった。代わりに、保管位置を示すらしい「双刻・四」という記号が記されている。
「印がない。それだけで、渡していないとは言えないよ」
エッダが、その行へ指を置いた。
「分かっています。別の記録を探します」
棚配置帳では、「双刻・四」は奥壁の第四棚を指していた。鍵穴の上に切込みが二つある、目の前の棚だ。
さらに、レオルが図面索引の番号を読み上げた。同じ分類番号の脇へ、二股に分かれる導線が小さく描かれている。
ミレーネは、盗まれた部品から取った薄紙を重ねた。分岐の位置と線の幅が合った。輪二から五にも同じ分岐があることを、現物と制作帳で確かめる。
受領印のない提出控え。特殊棚を指す配置記号。写しと重なる図面索引。
異なる三つの記録が、同じ分類番号と棚へつながった。
「軍へ渡されなかった資料を納めた棚。そう考える根拠は、揃いました」
次に、開ける根拠を探した。
工具台帳の末尾に、「二切込み型・保守用鍵」とある。鍵には番号が振られ、保管箱の位置まで記されていた。
別の工具在庫記録にも、同じ鍵番号があった。戦時中に一度、軍提出棚の修理へ持ち出され、その日のうちに元の保管箱へ戻されている。
二冊の記録が、同じ鍵と置き場所を示していた。
保管箱を開けると、布に包まれた細身の鍵があった。切込みは二つ。偶然合いそうな鍵ではなく、祖父がこの棚のために管理していた鍵だった。
エッダが、鍵番号と取り出した時刻を書く。ミレーネは立会人の名を確認し、封印札を棚から離れた台へ移した。
「開けます」
鍵は、抵抗なく半回転した。
ミレーネは扉だけを開き、中へ手を入れなかった。棚板ごとの配置を描き、上段の左から資料番号を振る。一冊ずつ机へ移すたび、エッダが番号と時刻を記した。
棚の中心にあったのは、書簡の控えと、薄い理論帳だった。
書簡は、軍から求められた命令術式の開発と提出を断る内容だった。義肢を、使う本人の意思に反して動かす仕組み。それを作ることも、既存資料を渡すことも拒んでいる。
文中では、輪形の部品を「帰還環」と呼んでいた。
ミレーネは、その名の脇へ紙片を置いた。初めて知った名称と、資料番号だけを書く。名が分かっても、何が引き金になるのか、どこまで届くのか、今も使われているのかは分からない。
分からないことを、分かった欄へは書かなかった。
もう一冊の表紙には、「拒否共鳴」とあった。
外から命令が来ても、使用者本人の選択を優先する。祖父は、その可能性を式へしようとしていたらしい。
だが、頁は途中で終わっていた。
「個体鍵の情報がありません」
ミレーネは欠けた項目へ札を挟んだ。
「安全に止める条件もない。命令を運ぶ発令波の記録もない。三つとも欠けています」
そのままでは組めない。解除もできない。試しに作り、誰かへ着けて確かめることもしない。
レオルの身体で起動させるなど、論外だった。
ミレーネは書簡へ視線を戻した。
祖父は、本人の意思を奪う仕事を断った。その選択は誇らしかった。祖父なら、そう言うと思っていた自分もいた。
それでも、指先は紙の端を強く押していた。
なぜ、一人で抱えたのか。なぜ誰にも知らせず、危険な資料を工房へ隠したのか。孫が後で見つけるかもしれないとは、考えなかったのか。
敬意があるから、腹が立たないわけではない。腹が立つから、拒んだ事実まで消えるわけでもない。
「祖父は、答えを残したんじゃありません」
ミレーネは、三つの欠落を書いた頁を閉じた。
「作るなと拒む、その理由を残したんです」
ならば、自分は同じ隠し方をしない。一人で答えを完成させようとも、危険ごと次の誰かへ渡そうともしない。
原本へ資料番号を付け、一時保全袋へ収めた。写しは別々に作り、エッダ、レオル、セシルへ渡す。誰が何を持つかも、受領欄へ残した。
「身体の側から見てください」
ミレーネは、セシルへ理論帳の写しを示した。
「本人の意思を守ると言えるのか。装着する人の同意と、安全に中止できる条件。そこを確かめてほしいです」
セシルは、頁へ触れる前に番号を読み上げた。
「拒否を示せない状態の人もいます。まず、身体を傷めず止める条件から分けます。使うかどうかは、その後です」
ダリオへは、外部協力者として依頼した。閲覧する写し、持ち出さない原本、照合の期限、記録の返却日を先に書面へした。
ダリオは相手の左側へ回り、薄紙と理論帳の写しを右手で受け取った。
「この分岐が帝国式と同じか、違うならどこか。そこまでは確かめられる」
ダリオは、線を目で追った。
「だが、王国が今どう使っているかは分からない。欠けた三つを、私が今日埋めることもできない」
それでよかった。似ているという記憶を、照合できる線へ変える。その範囲だけを、頼むのだ。
夕刻、ミレーネは最終封印の前に、書簡控えの宛名をもう一度確認した。
宛先は「戦時軍需管理局」。当時の役職録をエッダが開き、書簡の日付と同じ年の局長欄を照らした。
そこに、グレゴール・ヴァイルの名があった。
宛先だったというだけだ。この控えでは、書簡が届いたか、読まれたか、誰が開発を命じたかまでは分からない。
ミレーネは名と役職録の頁を控え、原本を封印袋へ戻した。
分かったのは、祖父が拒否を伝えようとした相手の名だけだった。




