表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
両腕を失った英雄に「死ぬための剣をくれ」と頼まれた女鍛冶師は、生きるための手を作る  作者: 他力本願寺


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/56

第22話 祖父が隠した設計図

翌朝、ミレーネは炉へ火を入れず、三枚の紙を机へ並べた。


一枚目は、祖父の採寸帳だった。数頁が刃物で切り取られ、残った頁の裏へ分類番号の筆圧が薄く残っている。


二枚目は、ハーゲンが置いた差押目録の写しだ。設計図の欄に、同じ分類番号が記されていた。


三枚目は、盗難前に取った薄紙の写しだった。輪一と王国規格の連結片。その内側にあった、帝国式に似た線を写してある。


輪一と連結片は、先日の侵入で失われた。手元に残る現物は輪二から五までと、制作帳へ挟んだ写しだけだ。


二つの同じ番号と、一つの線。


まだ、三つが同じ資料を指すとは決められない。だが、別々に見つかった痕跡を、並べて調べることはできる。


「棚を壊して確かめるのは、最後です」


ミレーネは鏨とこじ開け具を、工具箱へ戻した。


リタが見つけた棚には、昨夜の「未確認・開封禁止」の札が残っている。鍵穴の上には、浅い切込みが二つ。ミレーネが描いた形とも一致した。


エッダが札の状態と時刻を記す。レオルも立会人として、棚の位置と傷の有無を読み上げた。


「昨日から、新しい傷はない」


「開ける前に、祖父の記録から条件を探します」


祖父は、道具を置いた場所まで帳面へ残す人だった。通常の工房台帳、工具台帳、軍への提出控え、棚の配置記録。ミレーネは綴りを机へ積み、三人で分けた。


紙を繰る音だけが、火のない工房へ続いた。


レオルは頁番号と見出しを声に出し、ミレーネが該当箇所を開く。エッダは出所の違う記録が混ざらないよう、照合表へ一冊ずつ記号を付けた。


先に見つかったのは、鍵ではなく、軍への提出控えだった。


採寸帳と差押目録にあった分類番号。その行だけ、受領印がなかった。代わりに、保管位置を示すらしい「双刻・四」という記号が記されている。


「印がない。それだけで、渡していないとは言えないよ」


エッダが、その行へ指を置いた。


「分かっています。別の記録を探します」


棚配置帳では、「双刻・四」は奥壁の第四棚を指していた。鍵穴の上に切込みが二つある、目の前の棚だ。


さらに、レオルが図面索引の番号を読み上げた。同じ分類番号の脇へ、二股に分かれる導線が小さく描かれている。


ミレーネは、盗まれた部品から取った薄紙を重ねた。分岐の位置と線の幅が合った。輪二から五にも同じ分岐があることを、現物と制作帳で確かめる。


受領印のない提出控え。特殊棚を指す配置記号。写しと重なる図面索引。


異なる三つの記録が、同じ分類番号と棚へつながった。


「軍へ渡されなかった資料を納めた棚。そう考える根拠は、揃いました」


次に、開ける根拠を探した。


工具台帳の末尾に、「二切込み型・保守用鍵」とある。鍵には番号が振られ、保管箱の位置まで記されていた。


別の工具在庫記録にも、同じ鍵番号があった。戦時中に一度、軍提出棚の修理へ持ち出され、その日のうちに元の保管箱へ戻されている。


二冊の記録が、同じ鍵と置き場所を示していた。


保管箱を開けると、布に包まれた細身の鍵があった。切込みは二つ。偶然合いそうな鍵ではなく、祖父がこの棚のために管理していた鍵だった。


エッダが、鍵番号と取り出した時刻を書く。ミレーネは立会人の名を確認し、封印札を棚から離れた台へ移した。


「開けます」


鍵は、抵抗なく半回転した。


ミレーネは扉だけを開き、中へ手を入れなかった。棚板ごとの配置を描き、上段の左から資料番号を振る。一冊ずつ机へ移すたび、エッダが番号と時刻を記した。


棚の中心にあったのは、書簡の控えと、薄い理論帳だった。


書簡は、軍から求められた命令術式の開発と提出を断る内容だった。義肢を、使う本人の意思に反して動かす仕組み。それを作ることも、既存資料を渡すことも拒んでいる。


文中では、輪形の部品を「帰還環」と呼んでいた。


ミレーネは、その名の脇へ紙片を置いた。初めて知った名称と、資料番号だけを書く。名が分かっても、何が引き金になるのか、どこまで届くのか、今も使われているのかは分からない。


分からないことを、分かった欄へは書かなかった。


もう一冊の表紙には、「拒否共鳴」とあった。


外から命令が来ても、使用者本人の選択を優先する。祖父は、その可能性を式へしようとしていたらしい。


だが、頁は途中で終わっていた。


「個体鍵の情報がありません」


ミレーネは欠けた項目へ札を挟んだ。


「安全に止める条件もない。命令を運ぶ発令波の記録もない。三つとも欠けています」


そのままでは組めない。解除もできない。試しに作り、誰かへ着けて確かめることもしない。


レオルの身体で起動させるなど、論外だった。


ミレーネは書簡へ視線を戻した。


祖父は、本人の意思を奪う仕事を断った。その選択は誇らしかった。祖父なら、そう言うと思っていた自分もいた。


それでも、指先は紙の端を強く押していた。


なぜ、一人で抱えたのか。なぜ誰にも知らせず、危険な資料を工房へ隠したのか。孫が後で見つけるかもしれないとは、考えなかったのか。


敬意があるから、腹が立たないわけではない。腹が立つから、拒んだ事実まで消えるわけでもない。


「祖父は、答えを残したんじゃありません」


ミレーネは、三つの欠落を書いた頁を閉じた。


「作るなと拒む、その理由を残したんです」


ならば、自分は同じ隠し方をしない。一人で答えを完成させようとも、危険ごと次の誰かへ渡そうともしない。


原本へ資料番号を付け、一時保全袋へ収めた。写しは別々に作り、エッダ、レオル、セシルへ渡す。誰が何を持つかも、受領欄へ残した。


「身体の側から見てください」


ミレーネは、セシルへ理論帳の写しを示した。


「本人の意思を守ると言えるのか。装着する人の同意と、安全に中止できる条件。そこを確かめてほしいです」


セシルは、頁へ触れる前に番号を読み上げた。


「拒否を示せない状態の人もいます。まず、身体を傷めず止める条件から分けます。使うかどうかは、その後です」


ダリオへは、外部協力者として依頼した。閲覧する写し、持ち出さない原本、照合の期限、記録の返却日を先に書面へした。


ダリオは相手の左側へ回り、薄紙と理論帳の写しを右手で受け取った。


「この分岐が帝国式と同じか、違うならどこか。そこまでは確かめられる」


ダリオは、線を目で追った。


「だが、王国が今どう使っているかは分からない。欠けた三つを、私が今日埋めることもできない」


それでよかった。似ているという記憶を、照合できる線へ変える。その範囲だけを、頼むのだ。


夕刻、ミレーネは最終封印の前に、書簡控えの宛名をもう一度確認した。


宛先は「戦時軍需管理局」。当時の役職録をエッダが開き、書簡の日付と同じ年の局長欄を照らした。


そこに、グレゴール・ヴァイルの名があった。


宛先だったというだけだ。この控えでは、書簡が届いたか、読まれたか、誰が開発を命じたかまでは分からない。


ミレーネは名と役職録の頁を控え、原本を封印袋へ戻した。


分かったのは、祖父が拒否を伝えようとした相手の名だけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ