第13話 偽物はどちらですか
試験の朝、セシルはレオルの右上腕を診た。
「腫れは引いています。ただ、破れた皮膚は塞がりきっていません」
触れる場所と手順を伝え、レオルの許可を得てから、布を外す。指先が傷の近くで一度震えたが、セシルは呼吸を整えて診察を続けた。
「帯金の圧をかければ、また開きます。今日は機能装具を使いません。保護の当てと、肩を無理に動かさない固定具だけです」
「鉤も、保持具もか」
「使いません。試験へ身体を合わせないと、決めましたね」
レオルは傷を見下ろし、うなずいた。
継火工房の前の広場には、村人と退役兵が集まっていた。試験用の扉、荷箱、木材を組んだ模擬瓦礫、湯気の立つ椀が、用途ごとに離して置かれている。
ハーゲンは役人二人を連れ、革表紙の綴りを抱えていた。その隣には、地方庁から来た法務立会人がいる。試験の記録と、地方命令の手続を確認する権限がある者だった。
ハーゲンの目が、レオルの右側で止まる。
「双剣の獅子どのが、今日は何も付けておられない」
広場へ届く声で言った。
「橋で肩を潰したそうだな。道具が役に立つと言いながら、当の英雄が使えない。延期はしない。戦えない英雄は、そのまま立っていればいい」
「肩は潰れていません」
セシルが静かに訂正した。
「装着部の皮膚を治療中です。使えないのではなく、今日は使わないと、本人と確認しました」
ミレーネはレオルを見世物の中央へ出さなかった。ハーゲンの言葉へ怒りを返す代わりに、法務立会人へ通知書を差し出す。
「始める前に、五点を記録してください。試験の目的、対象品、判定基準、立会人、記録方法です」
立会人がハーゲンを見る。
「基準は、当日示すとの通知だった。いま、示してもらおう」
ハーゲンは綴りを開いた。
「対象品が、申告された用途に役立つか。それだけだ」
「申告した用途は、生活、作業、救助です」
ミレーネは、三枚の用途札を掲げた。
「戦闘力は含みません。判定は、記録した限界の中で動くこと、安全手順を使用者が選べること、実際の民間用途が確認できること。この三点でよいですか」
判定を曖昧なまま始めれば、後から戦えないことを失敗にできる。
法務立会人は三点を試験記録へ書き、ハーゲンへ確認を求めた。ハーゲンはしばらく黙ったあと、異議を記す欄へ「戦闘用途を含まず」と書いた。
対象品の番号、実演者、各動作の成否、失敗と中止の理由は、立会人と工房が一通ずつ記録する。二通の最初の頁へ、双方が時刻と名を入れた。
「では、実演します」
最初は、扉だった。
使うのはレオルではない。右上腕の半ばから先を失った村の男が、本人用に仮調整した鉤と肩帯を付けている。
この七日間に、用途、接触位置、外し方、使えない扉を説明した。本人の同意を書面へ残し、低い荷重から三度練習している。
男は鉤を取っ手へ掛けた。踵へ体重を移すと、扉が内側へ開く。鉤を外し、肩で板を押して閉じた。
「自宅の扉でも、同じ重さまで試しました」
男は受領署名の横へ、自分の言葉で用途を書いていた。
次は、荷運びだった。
エッダは作業椅子の低い荷台へ箱を留め、傾斜板を越えて棚の前で後輪を固定した。箱は落ちず、両手で帳面を開く。
「強い横力では向きが変わる。そこは失敗記録に書いてあるよ」
模擬瓦礫では、脚に麻痺のある男が足踏み板を押し、支持架で木材を上げ、大工が楔を差した。一度目は楔が浅く、半寸下がったため中止する。角度を直した二度目に、身体ではなく支持架と楔で、荷を取り出せる高さへ支えた。
最後は、匙だった。
左上腕の半ばから先を失った母親が、本人の寸法へ合わせた匙保持具を使う。触覚はない。肩と呼吸を合わせ、豆のスープをすくう。
最初の一口は、半分こぼれた。母親は休むか続けるかを尋ねられ、「続ける」と自分で選んだ。
二口目が、口へ届いた。
拍手より先に、立会人の筆が動いた。成功だけでなく、一度目にこぼした量と、本人が続行を選んだことも記された。
「見世物としては、悪くない」
ハーゲンが言った。
「だが、軍務技術の派生物ではない証明にはならん。それに、橋では使用者を傷つけたのだろう」
「傷つけた事実も、出します」
ミレーネは橋の救助記録を開いた。
「主荷重を受けた杭二本、引き手六人、案内綱を保持したレオル、中止線を越えた時刻、私の中止合図、従わなかったこと、装着部の負傷。その全部です」
レオルが、固定具だけの右側をかばわずに立った。
「俺一人が救ったのではない。六人が引き、ミレーネが荷重を分けた。俺は中止合図に従わず、負傷した。次は同じ使い方をしない」
失敗を消して有用に見せたのではない。失敗した条件を残し、次に使わないための道具にしていた。
「証拠を照合します」
エッダが、用途別の証拠束を広げた。
私費購入票。制作記録。現物番号と寸法。失敗記録。納品日の仕事札。使用者が書いた用途と受領署名。
レオルの器具には、有償の労働契約と相殺明細が付く。エッダの椅子には、交換した労働の記録が付いていた。
匙保持具の番号を、母親が自分で読み上げる。エッダが購入票の番号を示し、ミレーネが制作帳の寸法を読む。三つが一致した。
「これは、私が娘に匙を運ばせず、自分で食べるために使います」
母親は、誰かの代わりではなく、自分の生活を証言した。
扉の男も、鍬を受け取った農家も続く。書面だけでなく、使う本人の言葉が、道具の行き先を埋めていった。
「では、差押目録も照合しようか」
エッダが別の綴りを出した。
表紙には地方役所の認証印と、写しを受け取った日付がある。戦時軍需帰属法の公開手続要領だった。
「地方接収の前に、対象が国家資産の派生物か、所管部署へ事前照会する。回答番号を目録へ記し、監査担当の印を受ける。要領には、そうある」
ハーゲンの差押目録を横へ置く。
事前照会の回答欄は空白だった。監査印の枠にも、印はない。
法務立会人が、認証写しの条項、ハーゲンの目録、査察時の受領控えを順に確かめる。
「照会は、追って行う予定だった」
「予定の日付も、回答番号もありません」
エッダは事実だけを返した。
ミレーネは、試験で動いた四つの道具と、不備のある差押目録を見た。
「偽物は、どちらですか」
広場が静かになる。
「失敗まで記録し、使う人が用途を語った道具ですか。それとも、必要な照会と監査を終えたように扱われた、この目録ですか」
「言葉を慎め」
「目録が偽造だとは断定していません。手続が完了していない、と確認しています」
法務立会人が、公開手続要領を閉じた。
「事前照会と監査印のない目録では、接収を執行できない。地方接収命令は、本日付で仮停止とする」
仮停止書を二通作り、対象目録の番号、停止理由、原本を工房で保全することを書く。ハーゲンとミレーネへ一通ずつ渡された。
「中央の法解釈は、まだ未決だ」
ハーゲンは綴りを閉じた。
「これで終わったと思わないことだ」
完全な勝利ではなかった。番号の意味も、中央が民間用器具をどう扱うかも残っている。
それでも、目の前の接収は止まった。
レオルの英雄名ではない。ミレーネの設計、使う人の選択、エッダの照合、残した記録が止めた。
役人たちが去っても、広場の人は帰らなかった。
杖をついた者。片方の袖を留めた者。脚をかばう者。試験を見に来た退役兵たちが、工房の前へ集まってくる。
「相談したい。まだ受注契約ではなく、希望を書くんだね」
エッダが用意した注文希望票を一枚ずつ渡した。したいこと、困っている動作、今使っている道具、急ぐ理由を書く欄がある。これは受注契約ではなく、相談の受付だとも明記していた。
「自分で戸を開けたい」
「赤子を安全に抱く方法を相談したい」
「畑へ戻るために、何ができるか見てほしい」
声は同じではなかった。望むものも、身体も、一人ずつ違っている。
注文希望票を持つ列は、工房の扉を越えて広場の端まで伸びた。
エッダが受付番号を数える。九十を越えても、まだ列は途切れなかった。
百件近い注文希望が、まだ引き受けるとも作れるとも答えていないまま、ミレーネの前へ積み上がっていった。




