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6/22

八年前5

白とも青ともつかない閃光が、容赦なく視界のすべてを焼き潰し、網膜の奥に焼き付くような残像だけを残していく。


一瞬、遅れて────音が消えた。


爆発も、風も、まるで切り取られたかのように途絶え、世界が完全な“無音”へと沈み込む。


そして、その静寂が頂点に達した次の瞬間。


場面が、唐突に切り替わる。



遠く、冷たい風が吹き抜けていた。


乾いた大地の上を、砂と灰が細かく舞い上がり、擦れるような音を立てながら流れていく。


見上げれば、どこまでも広がる灰色の空。


厚く垂れ込めた雲が陽光を遮り、世界全体を鈍く沈んだ色へと染め上げている。


その下に広がるのは、砕けた石と、無惨にひしゃげた鉄の残骸。


崩れ落ちた建物の壁。


焼け焦げ、骨組みだけを晒した構造物。


弾痕によって抉られた地面。


それらすべてが重なり合い、この場所が紛れもなく戦場であることを、言葉よりも雄弁に物語っていた。


鼻を刺すのは、焦げた土の匂い。


そして、それに混じる、血の匂い。


鉄を舐めたような、生暖かく、どこまでもまとわりつく臭気。


その中心に、一人の青年が立っていた。


年の頃は、十代後半から二十に届くかどうか。


まだ若が、その立ち姿には、年齢と釣り合わない静けさがあった。


嵐の中に立ちながら、そこだけが切り離されたかのような、奇妙な安定感。


そして、瞳。


蒼いそれは、透き通るような色でありながら、どこまでも深く、底の見えない冷たさを宿している。


感情がないわけではない。


だが、その感情はどこか遠くにあり、目の前の現実と噛み合っていない。


青年───フリードリヒは、ゆっくりと自分の手を見下ろしていた。


指先に残る、わずかな震え。


その震えが、自分のものなのかどうかさえ、確信が持てないような曖昧さ。


その手に握られているのは、一振りの剣。


装飾を一切排した、実用一辺倒の無骨な造り。


戦うためだけに存在する、無機質な鉄の塊。


だが、その刃には黒ずんだ血が、べったりとこびりついていた。


乾ききってはいない。


まだ湿り気を帯び、光を鈍く反射している。


ほんの少し前まで、それが“生きていた”証。


視線が、ゆっくりと足元へ落ちていく。


そこに横たわっているのは、一人の兵士。


敵国の軍服。


見慣れぬ徽章。


裂けた胸元からは、深い傷が覗き、その奥にあるはずの命はすでに失われている。


流れ出た血が地面に広がり、乾いた土を黒く染めていた。


もう動かない。


もう、声も上げない。


ただそこにあるだけの物体。


フリードリヒは、その姿をじっと見つめていた。


瞬きすら忘れたように。


わずかに、喉が上下する。


息を吸う。


そして吐く。


だが、その呼吸はどこか現実と噛み合っていない。身体はここにあるのに、意識だけが少し離れているような感覚。


「もう、終わりか?随分と呆気ないものだな。俺はまだまだ、足りないというのに」


ぽつりと、言葉が零れた。


小さく、低く、押し殺した声。


誰に聞かせるでもない、ただ自分の内側に落とすためだけの言葉。


だが、その奥には確かな焦燥があった。


「こんな程度じゃ・・・届かない」


ぎし、と剣の柄を握る手に力がこもる。


革の感触が歪み、血で滑る感触が指にまとわりつく。


それでも、握りを緩めない。


(違う)


胸の奥で、何かが強く否定する。


(俺が望むのはこんなものじゃない)


目の前には、確かな結果がある。


人を斬り、倒したという現実。


それでも、その現実に意味を見出せない。


(もっと・・・もっと、別の何かだ)


何を求めているのか。


何に焦っているのか。


自分でも分からない。


それでも、足りないという感覚だけが、異様なほどはっきりと残り続けている。


その時。


背後から、声がかかった。


「あー!ここにいたのね?フリッツ」


高く、よく通る声。


青年は振り向かない。


ただ、視線だけがわずかに揺れる。


「また一人で前に出たのね」


足音が近づいてくる。


装備の擦れる音。


呼吸を整えようとする気配。


「王様に勝手な行動は慎めと言われているのに。今の貴方は、まだ───」


言葉が、途中で止まる。


視線が、フリードリヒの足元へと落ちたからだ。


倒れている兵士。


一撃で断ち切られた致命傷。


無駄のない結果だけが、そこにある。


沈黙。


短いが、重い沈黙。


やがて、少女・・・と思われる人物は小さく息を吐いた。


「・・・・やったのね」


確かめるような声。


責めるでも、賞賛するでもない。


ただ事実を受け止めるための問い。


フリードリヒは、ゆっくりと振り返る。


その顔に浮かぶのは、誇りではない。


達成感でもない。


ただ、起きたことを理解しているだけの表情。


「ああ」


短く答える。


それだけ。


だが、次に続く言葉には、わずかな苛立ちが滲んでいた。


「だが・・・弱い」


はっきりと、言い切る。


足元の兵士へと、再び視線を落とす。


まるで対象を評価するかのように。


「こんなものでは、満たされない」


小さく、首を振る。


「俺が求めるのはもっと別にある」


言葉は曖昧だ。


だが、その曖昧さの中にだけ、奇妙な確信がある。

自分でも理解していない何かを、確かに求めている。


大人は眉をひそめる。


理解が追いつかない、という表情。


「・・・何を言っているの?戦果ならばもう充分でしょ。だって、此度の戦争はあなた一人で勝ったようなものなのだから」


フリードリヒは答えない。


代わりに、ゆっくりと空を見上げる。


灰色の雲が重く垂れ込め、すべてを覆い隠している。


その向こうに──────


何かがいる気がした。


見えるわけではない。


確証もない。


それでも、確かにいると感じる。


胸の奥がざわつく。


心臓の鼓動が、わずかに速くなる。


「奇妙なものだな」


小さく、吐き捨てる。


「この感じ・・・・・・・・・嫌いではない、が」


そう、不快とも違い、恐怖とも違う。


だが、確実に無視できない。


何かに“見られている”ような。


あるいは、自分が“そこへ向かっている”ような。


風が吹く。


外套が大きく揺れる。


その影が地面に伸び、ゆらゆらと歪む。


その背に、”王”の風格はまだない。


未熟で、粗く、完成には程遠い。


だが、いずれ王となる者の重さだけが、確かにそこにあった。

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