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4/22

八年前3

――ポカンッ!!


乾いた音が響いた。


愛する弟の窮地に、割って入った影がある。


「優ちゃんをいじめる奴は、誰であろうとお姉ちゃんが許さないわ!」


両手に石を握った優莉だった。


その小さな背中が、優心を庇うように立ちはだかる。


ダゴンの前に。


支配者(かみ)に対して。


「・・・ほう。コスモを石に纏わせたか。幼な子にしては、ようやりおる」


深淵のような声が低く鳴る。


「そこをどかぬか、小娘。神である我の度量でなければ、死んでいたぞ」


優莉はただ睨みつける。


「本命はその少年だ。だが、微量ながら主様の血を引く予備の器・・・手荒な真似は避けたい」


あくまで、二人を器としてしか認識しないダゴンは、力ずくで連れ去ろうという気は”今のところ”ないようだ。


「嫌よ!絶対にどいてやるもんですか!」


即答だった。


そして鼻で笑う。


「だいたい、あなた何なのよ?さっきから話を聞いてれば、神だの、主様だの、器だの」


石を握る手に力がこもる。


「神なら人の命を奪うなッ!」


ダゴンの気配が揺らいだ。


「我々はお前たちの崇める神の類とは違う」


声が空間を震わせる。


「我は支配者。この地上の全てを主様の手中に収めるため、太古の時代に飛来した」


「つまり、どうしようもない最低最悪な神ってことね」


沈黙。


「悪いことは言わないわ。わたしたちを守ってくれてる神様が怒る前に、さっさと自分たちの故郷に帰って!!」


ダゴンが嗤う。


「笑わせてくれるな小娘よ。この状況において、まだ冗談を吐く余裕をもつとは、見上げた精神よの」


「残念でした。わたしは優ちゃん以外と言い合う冗談は嫌いなの」


その神経の太さに、ダゴンすらわずかに興味を持つ。


「で、どうするの?わたしは優ちゃんを手放す気はないわよ」


「では条件を出そう」


「望みを申せ。我の力をもってすれば人間如きの抱く陳腐な理想(ゆめ)など、大概を叶えてやれる」


優莉の目が細くなる。


「なんでも?」


「そうだ」


所詮は小娘、ダゴンは内心嘲る。


小娘が望むものなど知れている、と。


だが。


「決まったわ」


「わたしの願いはただ一つ。優ちゃんのことを諦めて」


空気が止まる。


「それだけか」


「それだけで充分よ」


優莉は一歩前に出た。


「それと主様とやらにも伝えなさい。優ちゃんは、わたしとずっと一緒に生きるって誓ったの。絶対に渡さないんだからッ!!!」


優莉の回答にダゴンの空気が変わる。


僅かだがダゴンに怒りの感情を募らせた。


「ふむ、沸き立つ主様の血の手前、下手に出ててはおるが、小娘よ。神に対してのその横柄な態度、我が目に余る。そう遠くない未来で必ず後悔するぞ」


「未来より、今、が大切なの!明日を優ちゃんと迎えられるなら、やれることは全部やってやるんだから!」


「ふむ、姉弟揃って勇気を履き違えているようだな」


ダゴンが嗤う。


「が、今夜は無礼講だ。大目に見てやるとしよう。我とて長年この時を待っていたのだ」


「ふむ、ならばこうしよう。どうしても少年と一緒がいいと申すなら───」


「くどい!」


石が飛ぶ。


ダゴンの額に当たる。


「わたしは死んでもここをどかないわ!」


ダゴンは自分に手を出せない、と踏んだ優莉は、ダゴンの気配に意識を集中させて攻撃に備えつつ、石を投げては注意を自分に向けさせる。


そして一瞬、背後の弟を見る。


苦悶の表情を浮かべる弟に心が痛むが


(優ちゃん。辛いだろうけど立って、今のうちに逃げて!)


「困ったものだな。主様の器が一つに、予備が一つ。大変喜ばしいこと─────だが」


人間の必死の抵抗も、神の前ではほんの小さな蟻の戯れ。


ほんの一瞬、視線を背後でうずくまる弟に向けていた優莉が、再びダゴンと向き合うと。


「あっ─────」


「器は一つで事足りる。ならば死ぬがよい」


ダゴンが動いた。


振り抜いた腕が標的を捉える。


それは百分の一秒にも満たない一瞬の出来事だった。


衝撃。


優莉の身体は空高く舞い上がった。


スローモーションで動く世界。


一撃で意識を失った優莉は、そのまま五十メートルほど離れた場所まで吹っ飛ばされ、瓦礫の山に激突。


「お姉ちゃんッ!!」


ダゴンが大きく口を開く。


悲しいかな。それだけで優心はこれからダゴンが起こすであろう最悪のシナリオを脳内で描けてしまった。


「お、おい、やめろよ!お前は俺に用があるんだろ!」


ダゴンは止まらない。


集約されていく凶暴なコスモは、常人ではその狂気で精神異常を引き起こす。


この姉弟が影響を受けないでいられる理由、それは姉弟が─────


「止めてくれ!頼むから!お願いだよ、何でも言うこと聞くから!」


泣き叫んで悪に対し、懇願する。


だが、もう遅かった。


ダゴンは優心の哀願を無視してエネルギー弾を放つ。


神の砲撃である


ドガァァァァン!!!!


「あ・・・・」


漏れ出た声は酷く情けない。


呆然と燃え上がる炎を眺める優心。


一雫の涙が落ちると、とうとう彼は膝を屈した。


「う、うわ・・・うわぁぁぁぁ!!」


遂に優心は壊れたのだ。


両親の死に直面しても耐え抜いた心は、自らの過ちによって最愛の姉を死なせ、限界を超えた。


「俺のせいだ・・・・・俺が、お姉ちゃんを死なせたんだ、守るって約束したのにッ・・・」


そう、全て自分のせい。


ヒーローごっこが姉を殺したのだ。


皮がめくれ、血は流れ、骨の砕ける音が鳴ろうとも、地面を殴りつける行為を止める気はなく、一振りごとに気の遠くなるような痛みが襲う。


拳が熱を帯びては、次第に冷えてゆく。


だがそれでも自分自身を呪い、姉の面影を偲んで、優心は嗚咽に唇を噛むのだ。


「・・・うぐっ、だ、誰か、助けて!!助けてくれよォォォォォ!!!」


声を絞り出すようにして助けを求めた。


しかし、この狭い世界では化け物の嗤い声が響くだけ。


それは優心の泣き声すらも掻き消す。


「頼む・・・誰でもいいから、助けてよぉ・・・」


生気を感じさせない、虚ろなほどに磨り減った声だった。


希望は潰えたのだ。


「邪魔者は消した。少年、運命(さだめ)を受け入れるのだ」


絶対に手を出してはいけない、関わったら最後。


それが、神である。


「・・・ふむ。どうにも解せぬな」


ダゴンはゆっくりと首を傾げ、値踏みするように優心を見下ろした。


「何故だ、少年。何故そのように沈み込み、すべてを諦めたような顔をしておる。理解に苦しむぞ」


一歩、また一歩と距離を詰める。


「貴様は選ばれし存在だ。数十億という有象無象の中から、唯一選定された、聖なる“器”。それがどれほど尊い意味を持つか、分からぬはずもあるまい?」


低く、だがどこか愉悦を滲ませて告げる。


「さぁ、誇れ。歓喜せよ。己が運命を受け入れ、その価値を知るがいい」


沈黙。


何も返せない。


身体は重く、鉛のように沈み、思考すら霞んでいく。


抵抗しようという意思は、とうに擦り切れていた。


(・・・もう、いいや)


運命(さだめ)という言葉が、やけに現実味を帯びて胸に落ちる。


この先、自分は“人間”として扱われずに、ただの器として、誰かのために生きるだけ───違う、生かされるだけ、の存在になる。


(・・・間違えた、俺が悪い、か)


ゆっくりと、優心の視線が落ちた。


その反応を見て、ダゴンは満足げに頷く。


「うむ。ようやく理解したか。実に賢明だ、少年」


ゆるやかに腕を持ち上げる。


「案ずるな。乱暴に扱うつもりなど毛頭ない。このダゴン、主様に誓って、貴様を丁重に迎え入れようではないか」


ぬるり、と伸びる左手が禍々しく、そして確実に優心へと迫る。


罪の意識が胸が締め付けられて、押し潰されそうである。


(ごめん)



誰に向けられた謝罪か。父か、母か、優莉か。おそらくその全てに向けられたそれが、心の奥で滲んだその瞬間。


空間が、裂けた。


全吸収の魔術(ブラック・ホール)


音もなく、しかし確実に現実を侵食する穴。


闇よりも濃い漆黒が渦を巻き、光すら拒絶する。


回転する虚無。


存在そのものを否定するかのような無。


それは突如としてダゴンの左腕を呑み込んだ。


「ぐぁぁぁぁっ!?」


絶叫。


ダゴンの顔が歪む。


引き抜こうと力を込めるが、遅い。既に渦は肘を越え、さらに奥へと喰らいついていた。


「な、何だこれは・・・っ!離れろ、離れろと言っておるだろうがぁッ!!」


暴れる。


だが、抗えない。


“吸収”ではない。


“消失”に近いそれは、容赦なく侵食していく。


その時だった。


静かに。しかし確実に、場の空気を塗り替える声が響いた。


「もう大丈夫だ」


低く、落ち着いた声。


不思議と、胸の奥にすっと入り込んでくる。


「怖がらなくていい。ここから先は、俺が全部引き受ける」


一拍置いて、優しく言い切る。


「俺が、ついている」


その言葉だけで。


張り詰めていた何かが、ほどけた。


優心は、ゆっくりと顔を上げる。


己を守るようにして、そこに彼は立っていた。


どこか間の抜けた、狐の面。


場違いなほど飄々としたその表情の奥に、しかし確かな意志が宿っている。


そして、風もないのに揺れる真紅のマントは、まるで純粋な正義そのものを象徴しているかのようだった。


ダゴンが低く唸る。


「・・・ぐっ・・・なるほどな。気配すら悟らせず、この我に不意を突くか」


忌々しげに歯を鳴らす。


「しかも・・・腕を一本、持っていくとは。面白い。実に面白いぞ、貴様」


殺意と興味が入り混じった視線が、ヒーローへと向けられる。


優心はただ、瞬きを繰り返していた。


一度。


二度。


三度。


現実を確かめるように。


(・・・え)


だが、理解が追いつかない。


夢なのか。


幻なのか。


それとも――


「・・・あなたは?」


喉から、かすれた声が零れる。


目の前にいる存在を、ただ見つめながら。


それでも確かに、そこに立っているのは。


あの日より優心の生き方そのものを変えた“正義のヒーロー”だった。



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