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18/22

遭遇7

適性検査がすべて終了して、生徒たちがそれぞれ指定された区画へ散っていった。


だがしかし、続いて行われる実技訓練の準備へ移り始めても、演習場には張り詰めたような空気が確かに残り続けていた。


結果について興奮気味に語り合う声と、貸与された訓練用CCUの状態を確かめる金属音が交錯する中、優心は人の流れから少しだけ外れた壁際に立ち、一人、胸の奥に溜まっていた息を静かに吐き出した。


結果など、最初から分かっていた。


それは今回に限ったことではない。


これまで受けてきたどの検査でも、優心の体内からコスモが検出されたことは一度もないのだ。


例え、何度測定石へ手をかざそうと、そこに光が宿る可能性などないことは、誰よりも自分自身が理解していたはずだった。


それでも、いざ大勢の生徒たちの前で何一つ反応しない黒い石と向き合い、教師から”諦めろ”と告げられると、胸の内側には理屈だけでは処理しきれない重いものが残ってしまう。


今もなお、先ほど向けられた好奇と憐れみの視線が、皮膚へまとわりついているような感覚が消えなかった。


「なぁ、瑞沢ぁ?」


その背後から、気だるさを装いながらも、相手の傷口へ指を差し込むことを愉しんでいるのが隠しきれていない、粘つくような声がかけられた。


誰なのか、振り返って確かめる必要さえない。


「・・・何だ、茶羅木」


優心が顔だけを僅かに向けると、そこには予想通り茶羅木が立っていた。


その背後では、先ほど彼の測定結果へ歓声を上げていた女子生徒たちが、これから始まるやり取りを見物するつもりなのか、笑みを浮かべている。


「いやぁ、別に大した用じゃねぇんだけどさ?」


茶羅木は両手をポケットへ入れたまま距離を詰めてくる。


「この後の実技、お前、俺と組もうや」


「茶羅木が俺とするのか?」


「ああ。頼むよ・・・マジでさ。今日、ちょっと体調がヤバくて、いつもの調子で動けそうにねぇんだよ」


そう言いながら、茶羅木は大袈裟に肩を回し、首を左右へ傾けて骨を鳴らした。


だが、ついさっき測定石へ規定以上のコスモを流し込み、周囲へ熱風を撒き散らした者の行動には、体調不良を窺わせるものなど何一つない。


「ほら、俺って座学も課題も面倒だから、最近ちょっと出席日数がヤバいんだよな。このままだと普通に単位が飛びそうだし、さすがに留年とか補習とかはダルすぎるだろ?」


茶羅木は優心の顔を覗き込み、口元を歪めた。


「だからさ、今日くらい楽な相手と組んで、ちゃちゃっと実技を終わらせたいわけ。優しい瑞沢くんなら、こういう時に困ってる”友達”を”見捨てたり”しないよな?」


言葉だけを切り取れば、体調の悪い級友が助けを求めているようにも聞こえる。


だが、その実態はあまりにも明白だった。


茶羅木が求めているのは、練習相手ではない。


コスモを持たず、CCUの機能も引き出せず、抵抗らしい抵抗もできないまま一方的に倒される、単位取得のための都合のいい標的だった。


「ねぇ、それって瑞沢くん、可哀想じゃない?」


取り巻きの一人が、言葉とは裏腹に楽しそうな声を上げた。


「でも、瑞沢くんって優しいから断らないんじゃない?」


「茶羅木くんの体調が悪いなら、助けてあげるべきだよね!」


くすくすと笑い声が重なる。


断れば、困っている相手を見捨てたと言われる。


受け入れれば、実技の間中、茶羅木の鬱憤を受け止めるだけのサンドバッグになる。


どちらを選んでも、彼らにとっては笑い話になるのだろう。


優心は茶羅木の顔を見つめたまま、ほんの僅かに考えた。


「・・・いいよ」


やがて、静かに答える。


「一緒にやろう、茶羅木」


予想していたはずの取り巻きたちが、一瞬だけ驚いたように目を見開いた。


「え、本当に?」


「さすがに優しすぎない?」


「いや、優しいっていうより・・・」


最後まで言わず、含みのある笑いを浮かべる。


茶羅木も一瞬だけ意外そうな顔をしたものの、すぐに優心の返答を、自分への服従と解釈したらしい。


「はっ。やっぱ、お前はチョロいな」


唇を吊り上げ、隠そうともせず嘲笑する。


「まぁ安心しろよ。こっちも一応は加減してやるからさ。間違って何本か骨が折れたとしても、学園の医療設備ならすぐ治るだろうし─────」


「待ちなさい」


凛とした声が、その場に生まれかけていた下卑た笑いを、一太刀のもとに断ち切った。


声量そのものは決して大きくない。


だが、その声が届いた瞬間、茶羅木の取り巻きたちから笑みが消え、周囲で実技の準備を進めていた生徒たちまでもが、何事かと視線を向けるほど、場の空気が明確に変化した。


茶羅木が不機嫌そうに舌打ちし、肩越しに振り返る。


「・・・あぁ?」


そこに立っていたのは、咲須麗華(さきすれいか)だった。


幼さを残した柔らかな輪郭と、完成された美を思わせる端正な顔立ちを併せ持ち、仄かに桃色を帯びた唇も、スっと通った鼻筋も、見る者の視線を引きつけるには十分すぎるほど整っている。


そしてそんな彼女を単なる”美少女”という枠へ収めることを許さないのは、その瞳に宿る気高さと、相手の虚勢や嘘を一目で見抜くような冷たい鋭さだった。


入学以来、筆記と実技の両方で学年首位を維持し、コスモの保有量、制御精度、創技の構築速度、そのすべてにおいて同学年の水準を大きく上回る、一年生にしてすでに学園最強格の一人と目される女子生徒。


文武両道や才色兼備といった言葉でさえ、彼女を語るには陳腐に聞こえる。


それほどまでに、咲須麗華とは、ただそこへ立っているだけで、周囲に序列という見えない線を引いてしまう存在だった。


麗華は優心と茶羅木の間へ視線を走らせ、状況を確かめるための質問をすることさえなく、ゆっくりと一歩踏み出した。


「練習相手を探しているのでしょう?」


抑揚の乏しい声だった。


しかし、静かだからこそ、その奥にある圧力が鮮明に伝わってくる。


「それなら、私と組まない?」


麗華は茶羅木を真っ直ぐに見据え、僅かに首を傾けた。


「さっきの測定では、随分と余力があるように見えたもの。私なら、あなたが体調不良でも・・・そうでなくても、相応の練習相手になってあげられるわよ?」


「・・・」


「それとも、体調が悪いというのは嘘で、自分に抵抗できない相手を選ばなければ、まともな結果を残せないのかしら?」


茶羅木の眉が、ぴくりと動いた。


「てめぇ・・・」


「何?」


麗華の表情は変わらない。


「私は、あなたの希望に応えているだけよ。単位が欲しいのだったわね。なら、体調不良の中で、私と組んだって先生方が知ったら・・・喜んで単位くらいくれるわよ。どう?私で不足はないでしょう?」


言葉の形こそ提案だったが、実際には茶羅木の逃げ道を一つずつ塞いでいく、冷徹な挑発だった。


茶羅木も、それを理解している。


ここで拒めば、分かりきってることとは言え周囲からは、”弱者を一方的に嬲りたいだけの次期当主候補”と認識される─────それはさすがに、茶羅木と言えども望ましい結果ではなかった。


だからといって、麗華の提案を受け入れれば、自分が優位に立てる保証はない。


そして、麗華の実力を考えれば、大勢の生徒が見ている前で完膚なきまでに叩き潰される可能性の方が遥かに高かった。


「どうしたの?」


麗華が、さらに一歩だけ近づく。


「自分から相手を探していたのでしょう。まさか、相手が私になった途端、怖くなったわけではないわよね?」


演習場のあちこちから、息を潜める気配が伝わってくる。


茶羅木の頬が、僅かに引きつった。


だが結局のところ、彼はその挑発を正面から受けることができなかった。


「・・・ちっ。やっぱいいや」


乱暴に吐き捨て、優心から視線を逸らす。


「病人相手に本気を出しそうな奴と組む趣味はねぇよ。俺は別の奴を探す」


「そう。残念ね」


麗華は引き留めなかった。


茶羅木は舌打ちを残して踵を返すと、先ほどまでの余裕を取り戻そうとするように両手をポケットへ入れ、取り巻きたちを従えてその場から離れていった。


麗華には正面から逆らわない。


それは一年生の間で、既に共有されつつある暗黙の了解だった。


茶羅木たちが去ると、その場には一時的な静寂が戻った。


優心は助けられたことへの礼を口にするべきか迷ったが、麗華が次に自分へ向けた視線を見て、無意識に身構えてしまった。


「・・・咲須?」


優心が名前を呼んでも、麗華は答えない。


そのまま真っ直ぐに歩み寄り、互いの肩が触れ合う距離まで近づくと、避ける素振りすら見せず、コツン、と自分の肩を優心の肩へ意図的にぶつけた。


「・・・っ」


僅かに体勢を崩した優心が振り向くより早く、麗華は顔を寄せ、周囲の人間には聞こえない声量で、その耳元へ囁いた。


「放課後、屋上へ来なさい」


吐息が触れそうなほど近いにもかかわらず、その声には親しさも照れもなく、ただ冷たい強制力だけが込められていた。


「え・・・何で?」


「質問は許可していないわ」


「いや、でも俺、放課後は─────」


「来なさい」


優心の言葉を途中で断ち切り、麗華は一語ずつ念を押すように続けた。


「拒否権があるなんて、思わないことね。逃げても無駄よ」


「いや、逃げるつもりなんて・・・」


「そう。なら、理解した?」


その問いは、確認ですらない。


優心が何と答えようと、すでに決定は覆らないことを告げるための、最後通告に近い言葉だった。


「・・・分かったよ」


優心が渋々答えると、麗華は満足した様子も見せずに身を離し、何事もなかったかのように踵を返した。


そして一度も振り返らないまま、周囲から集まる好奇の視線を引き連れて、演習場の反対側へ歩いていく。


あとに残されたのは、美少女から耳元で何かを囁かれた優心へ向けられる羨望とも疑念ともつかない視線と、その中心で一人浮かない顔をして立ち尽くす優心だった。


普通に考えれば、美少女から放課後の屋上へ呼び出されるなど、思春期の男子高校生にとって胸を躍らせずにはいられない出来事なのかもしれない。


秘密めいた誘い。


二人きりの場所。


何か特別な言葉を告げられる可能性。


だが、優心にはそんな甘い期待を抱く余地などなかった。


あの声も。


あの視線も。


耳元へ突きつけられた言葉も。


どれを取っても、好意から生まれたものではないだろう。


(俺、何かしたか?)


記憶を探ってみても、麗華とはまともな会話を交わしたことさえほとんどなく、彼女の怒りを買うような行為に心当たりはない。


心当たりがないからこそ、余計に不気味だった。


「どうした、優心?」


不意にかけられた声に、優心は意識を現実へ戻した。


振り向くと、そこには訓練用の防具を片手に抱えた潔が立っており、その真っ直ぐな瞳が、優心の顔へ浮かんでいる陰りを隠すことなく見つめていた。


「何かあったのか?ずいぶん暗い顔をしているぞ」


「・・・いや」


優心は一瞬だけ、麗華から屋上へ呼び出されたことを話すべきか迷った。


だが、理由も分からず、潔を巻き込むほどの話でもない。


「何でもないよ」


そう答え、いつものように笑ってみせる。


しかし、それは心からの笑みではない。


相手へ余計な心配をかけないため、長い時間をかけて身につけた作り笑いだった。


潔はすぐにそれを見抜いたらしく、僅かに目を細めた。


「・・・本当か?」


「本当だって。少し、さっきの測定を引きずってただけだから」


「・・・そうか」


潔は完全に納得したわけではないようだったが、無理に問い詰めることはせず、大きな手で優心の肩を軽く叩いた。


「お前が今は話したくないと言うなら、俺から無理に聞くことはしない。だが、本当に困った時は一人で抱え込むなよ。俺でよければ、いつでも聞く」


「・・・ありがとな」


その何気ない言葉と仕草に、胸にのしかかっていた重さが、ほんの僅かだけ薄らいだ。


優心は一度息を整えると、気持ちを切り替えるように潔へ向き直る。


「それよりさ、潔」


「ん?」


「次の実技、俺と組んでくれないか?」


その言葉を聞いた瞬間、潔の顔が目に見えて明るくなった。


「おおっ!?」


演習場中へ響きそうな声を上げ、大袈裟なほど身を乗り出す。


「お前から俺を誘ってくるとは珍しいな!どうした、ついに俺の隠しきれない魅力に気づいたのか!?」


「違うから」


優心は間髪入れず否定した。


それでも、つい先ほどまで胸の中を満たしていた重苦しさが、潔の馬鹿正直な明るさによって、少しずつ押し退けられていく。


潔は冗談めかした笑みを浮かべていたが、やがて拳を軽く握り、優心へ真っ直ぐに差し出した。


「まぁ、理由が何であろうと、俺は嬉しいぞ。任せておけ、優心。今日の実技、お前が積み重ねてきたものを、周りの連中へ思い知らせてやろうじゃないか」


「・・・いや、普通の訓練だからな?思い知らせる必要はないだろ」


「何を言う。訓練であろうと、全力を尽くさずして何が戦創師か!」


根拠など何一つない。


優心の体内に突然コスモが生まれるわけでもなければ、この実技で誰もが驚くような成果を残せる保証もない。


それでも、迷うことなく自分の隣へ立ち、何の疑いもなく「任せろ」と言い切る潔の言葉は、教師から告げられた現実や、周囲から浴びせられた憐れみを、僅かな時間だけ遠ざけてくれるほど頼もしく聞こえた。


優心は差し出された拳を見つめたあと、自分の拳を軽く重ねた。


「・・・よろしく頼む、潔」


「おう!俺たちなら、絶対にいい結果を出せる!」


その確信に、理由はなかった。


だが時として人間は、正しい根拠よりも、誰かが自分を信じてくれるという事実によって、もう一度だけ前へ進むことができる。


優心は小さく笑うと、潔と並んで実技用の区画へ歩き始めた。


胸の片隅には、放課後に待つ麗華との約束が、抜けない棘のように残っている。


それでも今だけは、隣を歩く友人の大きな声に耳を傾けながら、これから始まる実技へ意識を向けることにした。

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