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遭遇6

十月二十二日。


第二回二学期適性検査。


その日、実技棟に設けられた広大な演習場には、普段の授業とは明らかに異なる、冷たく張り詰めた空気が満ちていた。


数百人を収容できる空間の至るところから生徒たちの話し声が聞こえてくる。


だがしかし、それらは昼休みのような気楽な談笑ではなく、胸の内側で膨らみ続ける不安を少しでも紛らわせるため、意味もない言葉を交わし、形ばかりの笑顔を浮かべているに過ぎなかった。


今日の検査によって明らかにされるコスモの属性と反応強度は、今後の授業方針や修得すべき創技の系統、使用するCCUの調整に関わってくる。


そして、自分が戦創師としてどの道を進み、どの程度の価値を持つ人間として扱われるのかを左右するため、ここにいる生徒たちは皆、表面上こそ平静を装いながらも、これから下される結果が、自分の未来に消すことのできない線を引くことを理解していた。


やがて教壇の前に立っていた教師が一歩前へ出た。


すると、それまで演習場を満たしていたざわめきは、潮が引いていくように徐々に小さくなり、最後には衣擦れと僅かな呼吸音だけを残して消えていった。


「これより、第二回二学期適性検査を開始する」


低く重みのある声が空間を打ち、音が響きやすいよう設計された演習場の壁や天井へ何度も反射しながら、生徒一人ひとりの耳へ逃げ場なく届いていく。


「実技へ入る前に、事前に通達していたコスモ属性の測定を行う。今回調べるのは、保有量の単純な大小だけではない。君たちの体内を循環するコスモが、四大元素─────火、水、風、土のうち、どの性質と強く共鳴するのかを明らかにするための検査だ」


教師は整列する生徒たちの顔を一人ずつ確かめるように視線を巡らせ、全員が自分の言葉へ意識を向けていることを確認してから続けた。


「属性は、将来的に修得する創技の系統や、使用するCCUの調整方針にも大きく関わる。ただし、適性が判明したからといって、それだけで強くなれるわけではない。どれほど優れた適性を持っていようと、それを磨く努力を怠れば、力は決して本人へ応えてはくれない」


そこで教師は一度言葉を切り、演習場の中央へ視線を向ける。


「とはいえ─────自分が何者であるかを知らなければ、何者になるべきかを選ぶこともできない」


その言葉と共に教師が手を向けた先には、成人男性の胸元ほどの高さを持つ、艶のない黒い測定石が据えられていた。


長い年月を経た天然の岩石を思わせる表面には、規則性の判然としない無数の溝が刻まれている。


コスモを流し込むことで、その性質に応じた色や現象を示す適性検査専用の測定器であると説明されてはいたものの、その姿は最新技術によって作られた精密機器には見えず、どこか太古の時代を感じさせるものであった。


「名前を呼ばれた者は前へ出て、この測定石へ手をかざせ。石は体内から放出されたコスモに反応し、その属性と強度を、光と現象によって示す」


教師は黒い石へ手を触れることなく、その傍らへ立つ。


「反応は正直だ。本人がどのような結果を望んでいようと、測定石が示すのは、現在の君たちが持っているものだけであり、虚勢も、家柄も、言葉も通用しない。結果が期待に届かなかったとしても取り乱すな。今日の検査は、あくまで現在の自分を知り、これから何を積み上げるべきかを確かめるためのものだ」


そう言いながらも、教師自身、その言葉だけで生徒たちの不安を拭い去れるとは考えていないようだった。


測定石の前では、努力も願いも、本人が自分へ抱いている期待さえ意味を持たない。


石が強く光れば可能性を称賛され、反応が弱ければ失望され、何も起こらなければ、自分の内側には求めていたものが存在しないという事実を、周囲の目が集まる中で否応なく突きつけられる。


これは単なる検査ではない。


人間の内側へ隠されている、才能という名の不平等を、誰の目にも分かる形で暴き出すための、静かで残酷な選別でもあった。


「それでは始める。番号順に前へ出ろ」


最初に名を呼ばれた生徒が、緊張で強張った足取りのまま測定石へ向かった。


そして、僅かに震える手を黒い表面へかざすと、数秒の沈黙を経て石の内側へ小さな赤い光が灯った。


「火属性。反応強度は標準域だ」


「よ、よかった・・・」


生徒が胸を撫で下ろすと、周囲からも安堵を分かち合うような小さな拍手が上がった。


続いて手をかざした者には淡い青色の光と共に細かな水滴が現れ、別の者が前へ出れば空気が渦を巻いて制服の裾や髪を揺らし、さらに別の者では低い振動音と共に、測定石の足元を支える床が微かに震えた。


赤、青、緑、黄褐色。


生徒が手をかざすたび、黒い石はそれぞれの内側に眠る性質を色彩と現象へ変えた。


火に選ばれた者は喜び、水に適応した者は安堵し、予想とは異なる属性を告げられた者は戸惑いながらも、自分へ与えられた結果を受け入れていった。


歓声が上がり、落胆の息が漏れ、友人同士で互いの結果を比べる声が交わされる中、そのすべては、次の名が呼ばれた瞬間、僅かに静まった。


「次─────茶羅木」


「・・・へっ。やっとかよ」


待ちくたびれたと言わんばかりに肩を回しながら、茶羅木秀和が列から前へ出る。


その足取りには緊張も迷いもなく、むしろこの瞬間を待ち望んでいたことを隠そうともしない自信が表れており、測定石へ向かう途中で周囲を一瞥すると、わざと全員へ聞こえるように声を張った。


「見とけよ、お前ら。まぁ、こんな石を使わなくたって、結果なんか最初から分かりきってるけどな」


「茶羅木くんなら、絶対すごい反応が出るよね!」


「だって、茶羅木家の次期当主候補だもん!」


「測定石、壊しちゃったりして」


取り巻きの女子生徒たちが期待に満ちた声を上げると、茶羅木は面倒そうに片手を振りながらも、口元には隠しきれない笑みを浮かべた。


「うるせぇな。分かりきったことを、いちいち言うなっての」


軽口を返しながら測定石の前へ立った茶羅木だったが、黒い石を真正面から見下ろした瞬間、その表情から僅かに軽薄さが消え、視線が鋭くなり、呼吸が一定の間隔へ整えられていった。


素行や態度に問題があろうと、茶羅木が自分の力を軽んじているわけではなく、彼は自らの血統と、これまで積み重ねてきた訓練と、何より自分が周囲よりも優れた存在であるという確信を、ただの一度も疑ったことがなかった。


「・・・行くぜ」


右手をかざした、次の瞬間だった。


ゴォォォッ─────!


測定石が爆ぜるような勢いで赤く輝き、同時に放たれた熱風が周囲の生徒たちの制服や髪を激しく揺らし、肌へ突き刺さるような熱気が、演習場の中央から一気に広がっていった。


「うわっ・・・!」


「熱い・・・!」


「何だよ、これ・・・!」


思わず腕で顔を庇う者、反射的に数歩後ろへ下がる者、突然の反応に息を呑む者が相次ぎ、誰もが目を見開く中、測定石の内部では、赤い光が灼熱の炎さながら激しく渦巻いていた。


「火属性・・・それも、かなり高い反応値だ」


教師も僅かに目を見開き、手元の測定端末へ表示された数値を確認する。


「保有量だけではない。熱量への変換効率も高い。茶羅木、お前はやはり、純粋な攻撃系統の火属性に強く適応している」


「だろ?」


茶羅木は短く笑った。


そこで手を離していれば、優秀な生徒が相応の結果を示したというだけで終わっていただろう。


しかし茶羅木は、自分へ向けられる驚愕と称賛が心地よかったのか、彼は測定を終えようとはせず、口元の笑みをさらに深めた。


「この程度じゃ、まだ全部じゃねぇよ」


体内のコスモをさらに測定石へ流し込むと、石を覆う赤い光は一段と濃くなり、熱によって周囲の景色が歪み始め、やがて黒い表面には、内側から焼け割れるような細い亀裂状の光が幾筋も浮かび上がった。


「きゃっ・・・!」


「測定石が・・・!」


「茶羅木、そこまでだ!」


教師の鋭い制止が飛ぶ。


「測定に必要な出力を超えている。直ちにコスモの供給を止めろ!」


だが、茶羅木はすぐには応じなかった。


自分へ向けられた驚愕の視線を確かめるように、あと僅かな時間だけ出力を維持してから、ようやく満足したように手を離す。


「はっ・・・こんなもんかよ」


赤い光が消えた後にも、肌を焼くような熱気だけが演習場へ残っていた。


「茶羅木。ここは力を誇示する場ではない」


「壊れてねぇんだから、別にいいだろ」


「問題はそこではない。測定器の限界を無視した出力は、周囲の生徒を危険へ晒す行為だ」


「はいはい。次から気をつけますよ」


反省の色など欠片もない返事を残して列へ戻ろうとした茶羅木は、その途中で優心の姿を見つけると足を止めた。


そして、先ほどの熱をまだ掌へ残したまま、見せつけるように指を開いた。


「見たかよ、瑞沢。これが才能ってやつだ。コスモってのはな、持ってるだけじゃ意味がねぇ。こうやって自分の力として外へ出して、初めて価値が生まれるんだよ」


言葉の一つ一つへ、露骨な優越が滲む。


「まぁ、お前には意味のねぇ話だったかもしれねぇけどなっ!」


取り巻きたちが笑ったが、それを咎める声は上がらない。


茶羅木の態度へ反感を抱く者でさえ、今見せつけられた反応が本物であることだけは否定できないため、演習場に漂う空気そのものが、彼の傲慢さを裏づけるように変わっていた。


「やっぱり、物が違うな・・・」


「あれが御八家にも匹敵するって言われる、茶羅木家のコスモか」


「態度は最悪だけど、実力だけなら本物だよ」


賞賛、嫉妬、畏れ─────様々な感情が視線となって茶羅木へ注がれるる


そしてその余韻がまだ消えないうちに、教師は名簿へ目を落とし、次の名前を読み上げた。


「次─────瑞沢」


その瞬間、先ほどまでとはまるで異なる意味で、演習場が静まった。


優心は、ゆっくりと一歩を踏み出す。


周囲から向けられる視線に期待はない。


あるのは好奇心と憐れみ、そして結果をすでに知っている者特有の気まずさだけであった。


茶羅木が生み出した熱気が今なお測定石の周囲を揺らしている光景は、直前に立った者と、これから立つ者との間にある埋めがたい差を、あまりにも分かりやすく見せつけていた。


だが、それでも優心の歩みは止まらなかった。


一歩。


さらに一歩。


教師も、周囲の生徒たちも、そして何より優心自身も、結果がどうなるかを知っている。


それでも名を呼ばれた以上、前へ出なければならない。


測定石の前へ立つと、表面には茶羅木が残した熱がまだ僅かに宿っており、優心が右手を近づけた瞬間、掌へ微かな温度が伝わってきた。


(・・・分かってる)


何も起きない。


石が赤く輝くことも、青い光を帯びることも、風を巻き起こすことも、大地を震わせることもない。


そんなことは、これまで何度も受けてきた検査によって、誰よりも理解している。


それでも優心は、黒い石へ手をかざした。


一秒。


二秒。


三秒。


沈黙だけが積み重なっていく。


光は生まれず、熱も変化せず、空気も床も僅かほども揺れないまま、黒い石は優心という存在を前にして、まるで最初からそこには誰も立っていないかのように、冷たく沈黙し続けていた。


その無反応こそが、何より明確な回答だった。


演習場を満たしていた空気が、茶羅木の時とは正反対の意味で変する。


先ほどまで聞こえていた囁き声は途絶え、誰かの呼吸音さえ目立つほどの静寂が広がっていく。


笑う者はいなかった。


笑えば、あまりにも露骨だからだ。


だが、気まずそうに目を逸らす者はいた。


中には、露骨な憐れみを向ける者もいた。


そして、茶羅木だけが、口元へ薄い笑みを浮かべていた。


「・・・瑞沢」


教師は手元の端末を確認し、僅かに声を落とした。


「反応はない。もういい、下がれ」


優心は動かなかった。


測定石へ向けた右手も、下ろそうとはしない。


「瑞沢?」


「・・・いえ」


小さな声だったが、それは確かに演習場の隅々へ届いた。


「まだ、やります」


生徒たちの間から僅かなざわめきが広がり、教師は困惑するように眉を寄せた。


「結果は出ている。測定石には反応がない。これ以上続けたところで、結果が変化する可能性は─────」


「違います」


優心が、教師の言葉を遮った。


周囲にいた生徒たちが僅かに息を呑む。


普段の優心は教師へ逆らうような生徒ではなく、指示には素直に従い、頼まれたことは進んで引き受け、相手の言葉を途中で遮ることなどほとんどなかったからこそ、その一言は声量以上の強さを持って響いた。


「まだ、終わってません」


「何が終わっていないと言うんだ」


「俺は、まだ・・・全部出してないです」


しかし、その言葉とは裏腹に、優心の体内には測定石へ流し込むべきコスモが存在していないのだ。


何かを抑えているわけでも、制御に失敗しているわけでもなく、どれほど絞り出そうとしても、そもそも出すべきものがないことを、彼自身が誰よりも理解していた。


それでも、手を下ろすことだけはできなかった。


「お願いします」


声が、僅かに震える。


「もう少しだけ・・・やらせてください。今度こそ何か反応するかもしれない。やり方が違うだけかもしれないし、集中できていないだけかもしれない。だから、あと少しだけ─────」


「瑞沢」


「昨日も鍛えました。呼吸の仕方も見直しました。身体の使い方だって、前よりは─────」


「これは、筋力や呼吸によって結果が変わる検査ではない」


教師の声は決して冷たくない。


教師なりに、これ以上続けさせることの方が残酷だと理解しているからこそ、一つ一つの言葉を慎重に選んでいるようだった。


「測定石は、体内に存在するコスモの性質へ反応する。努力の量を測るものではないし、お前がこれまでどれだけ鍛えてきたのかを、否定しているわけでもない」


「だったら・・・」


「だが、存在しないものを、意志だけで存在させることはできない」


その言葉が、優心の胸の奥へ重く沈んだ。


演習場にいる誰も、何も言わない。


教師の言葉が正しいことを理解しているからだ。


努力すれば誰もが報われ、諦めなければいつか夢は叶う─────という言葉は、人が希望を失わずに生きるためには必要なのかもしれない。


だがしかし、現実はすべての人間へ平等に入口を用意しているわけではないのだ。


どれほど走ろうとしても進むべき道そのものが存在しない者がいれば、どれほど手を伸ばしても生まれた時から決して届かない場所もある。


そして測定石は、人間が普段は優しさや建前によって覆い隠しているその不平等を、僅かな光さえ見せない沈黙によって、誰よりも正直に告げていた。


「諦めろ、瑞沢」


教師の声は静かだった。


怒鳴りつけるでも、突き放すのでもなく、ただ変えることのできない事実を伝えるための声音。


だからこそ、その一言は茶羅木の嘲笑よりも、周囲から向けられる憐れみよりも、遥かに深く優心の胸を傷つけた。


────諦めろ。


それは、これまで何度も聞いてきた言葉だった。


────コスモを持たない人間が戦創師を目指しても意味はない。


────どれほど身体を鍛えても創技には勝てない。


──── お前には、もっと別の道がある。


────そこまで無理をする必要はない。


誰もが優しさや現実的な助言として口にしながら、その実、優心が目指す場所から彼を静かに遠ざけようとしてきた言葉だった。


それでも優心は手を下ろさない。


指先へ力を込め、掌の奥から、腕から、胸の中心から、存在しないはずの何かを無理やり絞り出そうとした。


しかし、石は何も応えない。


光は灯らない。


奇跡は起こらない。


ただ時間だけが過ぎ、生徒たちの視線と沈黙が、逃げ場のない重みとなって少しずつ優心の肩へ積み重なっていった。


「瑞沢」


もう一度、教師が名を呼ぶ。


今度の声には、僅かな痛ましさが混じっていた。


「もう、下がりなさい」


その声音を聞いて、ようやく優心の指先から力が抜けた。


右手をゆっくりと下ろす。


黒い測定石の表面には、最後まで何一つ浮かばなかった。


「・・・分かりました」


掠れた声でそう答え、優心は測定石へ背を向けると、元いた列へ戻るため、真っ直ぐに歩き始めた。


誰も笑わない。


誰も声をかけない。


その沈黙が、どのような嘲笑よりも苦しかった。


優心は顔を上げたまま歩いた。


俯けば負けたような気がし、拳を強く握ればその手が震えていることを知られそうだったから。


だから、何でもないような表情を作り、今起きたことなど自分にとって何でもない出来事だったかのように、元いた場所へ戻っていく。


その背中へ、茶羅木の声が小さく届いた。


「・・・これが現実だ、瑞沢」


優心は振り返らなかった。


返事もしなかった。


ただ、歩き続けた。


測定石は再び黒い沈黙へ戻り、次の生徒の名が呼ばれれば、何事もなかったように新たな光を示すのだろう。


赤く。


青く。


緑に。


あるいは、大地の色に。


誰にでも何かしらの可能性を示す黒い石は、優心にだけ、最後まで何も与えなかったのである。

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