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遭遇3

「潔くん、瑞沢くーん!そろそろ移動しないと、授業に遅れちゃうよー?」


廊下に残っていた刺々しい沈黙を、少し息を弾ませた柔らかな声がほどくようにして響く。


すると、茶羅木たちが去っていった方向とは逆側から、二人のもとへ小走りで駆け寄ってきた女子生徒は、さっきまでそこにあった侮蔑や緊張とはまるで無縁の場所から現れたかのように、周囲の空気を和らげる穏やかな雰囲気を纏っていた。


肩口で揺れるショート寄りの髪は淡く明るい色合いで、はっきりと整った目鼻立ちをしている。


しかし、その印象は決して強く押し出されるものではなく、見る者へ自然と柔らかさや安心感を与える。


華園真紀(はなぞのまき)


その名の通り、花のようにふんわりとした空気を持つ少女であり、見た目だけなら活発そうにも見えるが、その実、性格は控えめで、少し人見知りな一面を持っている。


しかし、一度心を許した相手には、とことん寄り添う、そんな少女だった。


そして何を隠そう、彼女は熱田潔の許嫁でもあった。


政府主導での政略結婚が推奨される現代において、許嫁という制度は珍しいものではない。


特に名家や戦創師の家系においては、血統、適性、家格、将来の役割といったものが本人たちの恋愛感情より先に並べられることも多い。


しかしそれは古びた慣習であると同時に、今なお国家と家が、未来の優秀な戦創師を生み出すための、最も有効な手段として受け入れられていた。


事実、このクラスだけでも三組の男女が許嫁の関係にある。


そしてその中でも潔と真紀の二人は、周囲から見ても出来すぎているほど、お似合いの組み合わせだった。


「そうか。もうそんな時間か」


真紀の言葉に潔が軽く頷くと、彼は先ほどまで茶羅木へ向けていた険しい表情を少しだけ緩めた。


「だが心配するな。少しばかり、あの素行不良生徒に注意をしていただけだ」


「う、うん・・・でも、潔くんがそういう顔をしてる時って、大体ちょっと危ないことになりかけてる時だから、私心配になっちゃって」


「俺は大丈夫だ。だが、心配をかけたのならすまない」


潔はそう言いながら手を伸ばすと、ぽん、と真紀の頭に手を置いた。


そしてそのまま、慣れた手つきでゆっくりと撫で始める。


「あ、えへへ・・・」


真紀はそれを拒むことなく嬉しそうに受け入れると、目を細めながら、どこか安心しきったような表情を浮かべた。


そんな二人が無自覚に漂わせる甘い空気に耐えかねた優心は、思わず視線を逸らす。


(・・・仲のよろしいことで)


内心でそう呟きながらも、嫌な気分ではなかった。


むしろ、ほんの少しだけ、羨ましいとすら思ってしまう。


互いの存在を疑わず、触れることに迷いがない。


心配することも、心配されることも、まるで呼吸のように当たり前になっている関係というものは、優心にとってどこか遠い場所にある光景のように見えた。


「・・・あ、あの」


ふと、真紀が不安げに声を漏らし、潔の腕にそっと身を寄せた。


すると、その陰に半分隠れながら、先ほど生徒会一行が去っていった廊下の先をちらりと覗き込んだ。


「副会長・・・さ。さっき、瑞沢くんのこと、すごく怖い顔で見てなかった?」


怯えたような小さな声だった。


その仕草は、彼女の柔らかな見た目との相性もあって妙に庇護欲を刺激するものだったが、優心は苦笑交じりに肩をすくめた。


「・・・ああ。どうやら俺、副会長さんに嫌われてるらしいんだよな。理由はよく分からないけどさ」


「ええっ!?そ、そんな・・・瑞沢くん、何か失礼なことしちゃったの?」


真紀はパっと顔を上げ、純粋な驚きと、ほんの少しの心配を滲ませてそう言った。


その反応に、潔がすぐさま口を挟む。


「こら、真紀」


やや強めの声だったが、怒っているわけではない。


真紀の言葉が優心を余計に傷つけないよう、先回りして受け止めようとしているのだ。


「俺の親友が、そんなことをするような奴に見えるか?」


真っ直ぐな言葉だった。


迷いも、疑いもない。


それを受けて、真紀は慌てて首を振った。


「う、ううん!そんな風には全然見てないよ!瑞沢くんに限って、それは絶対にあり得ないと思う・・・!」


少し必死に思える口調だった。


その言葉に、潔は満足そうに頷く。


「そうか、分かってくれるか」


そして、にやりと笑った。


「流石は俺の愛する許嫁だな」


「ッ・・・!?」


真紀の顔が、一気に赤く染まった。


「も、もう・・・!潔くん・・・!」


慌てて周囲を見渡し、声を潜める。


「瑞沢くんの前・・・だよ?そ、そういうこと言われると、その・・・わ、私、すごく恥ずかしいんだけど・・・!」


視線を泳がせながら、もじもじと指を絡める真紀の様子は、いかにも恋する女の子といった感じだった。


つい先ほどまで、茶羅木の言動によって冷え切っていた廊下の空気が、ほんの少しだけ温度を取り戻したように思えた。


そんな二人を見て、優心はふっと笑った。


「・・・お前たち、本当にお似合いだよな」


ぽつりと漏らす。


すると、潔が珍しく動揺した声を上げた。


「よ、よせやい!」


「いや、なんで急に江戸っ子みたいになるんだよ」


「い、いきなり何を言い出すんだ、優心!そういうことを言われると、その・・・俺だって、さすがに照れるだろうが!」


耳まで赤くなっている潔を見て、真紀がくすりと笑った。


「ふふっ、潔くんってば自分が言われちゃったら、いつも慌てるね!」


「真紀まで笑うな!」


「だって、いつもはすごく真面目で、何を言われても堂々としてるのに、こういう時だけ分かりやすいんだもん」


「お、俺はッ!分かりやすく、などッ・・・!」


「うん、でも、そこも好きだよ」


「・・・っ」


今度は潔が完全に言葉を詰まらせた。


優心は思わず小さく吹き出しそうになったが、それを堪えるように咳払いをする。


「やっぱりお似合いじゃないか」


「だから、やめろと言っているだろう!」


潔が抗議する一方で、真紀はまだ顔を赤くしたままだ。


しかし、どこか嬉しそうに優心へ視線を向けた。


「でも、急にどうしたの?瑞沢くん、あんまりそういうこと言うタイプじゃないのに・・・」


少し首を傾げる仕草に、優心は軽く肩をすくめた。


「いや、なんとなく思っただけだよ」


視線を外しながら、少しだけ声を落とす。


「見ててさ、そういうの・・・なんか、いいなって思った」


その言葉は、驚くほど素直に口から零れた。


許嫁という制度そのものは、時に冷たく、時に残酷で、人の未来を家や血筋が勝手に決めてしまうものでもある。


けれど、少なくとも目の前の二人に関しては、その決められた関係の中に、ちゃんと互いを思いやる温度があった。


潔が真紀を守るように立ち、真紀が潔のそばにいることで安心し、二人が互いの存在を恥ずかしがりながらも確かに寄り添い合うその光景は、優心の目に眩しいものとして映った。


「・・・そっか」


真紀は優心の表情を見て、何かを感じ取ったのか、少しだけ柔らかく笑った。


「瑞沢くんにも、きっとそういう相手ができるよ」


「いや、俺はそういうの別に」


「できるよ!」


真紀は珍しく、はっきりと言い切った。


「だって瑞沢くん、優しいもん。ちゃんと人のこと見てくれるし、傷ついてる人を放っておけないし、そういうところを分かってくれる人は、きっといると思う」


「・・・買いかぶりすぎだろ」


「全く、買いかぶりすぎではない」


潔が即座に口を挟んだ。


「真紀の言う通りだ」


「お前ら、たまに二人がかりで褒め殺しに来るよな」


「事実を言っているだけだ」


「そうだよ。事実だよ!」


「・・・息ぴったりだな」


優心が呆れたように笑うと、二人は顔を見合わせ、それから少しだけ照れたように目を逸らすのであった。

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