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遭遇2

張り詰めていた空気に、別の声が割って入った。


「その辺にしておけ、茶羅木」


低く、それでいてよく通る声だった。


茶羅木の内側から漏れ出したコスモの圧も、優心の怒りによって生まれた静かな緊張も、その声に触れた瞬間だけ、まるで熱せられた鉄に冷水を浴びせられたかのように形を変え、今にも火花を散らしそうだった空気は、別の熱を孕んだものへと塗り替えられていった。


一歩踏み込むようにして二人の間へ割って入ったのは、熱田潔(あつだいさぎ)だった。


背筋を伸ばし、正面から茶羅木を見据えるその姿には、相手を威圧するための派手さこそなかった。


だが、血統や家柄を振りかざして他人を見下す茶羅木とは対照的に、熱田潔という男は、己の内側で燃え続けるものだけを頼りに立っている、心の熱い男だった。


「もうすぐ教室移動の時間だ。ここで無駄に時間を潰している余裕が、お前にあるとは思えんがな」


その言葉には叱責と忠告が半々で混ざっていた。


茶羅木を敵として潰そうとしているわけではない。


同じ学園に通う生徒として、そして同じ戦創師を目指す者として、最低限の線を越えるなと告げる、彼らしい不器用な正しさがあった。


茶羅木は舌打ちを鳴らす。


「・・・ちっ、出てきやがったな、暑苦しいのが」


「暑苦しくて結構だ。少なくとも、見て見ぬふりをして薄ら笑いを浮かべるよりは、その方がよほどましだと思っている」


「はっ、説教かよ?ほんとお前も飽きねぇな」


「俺は友を侮辱されて黙っていられるほど温厚じゃないんだ」


潔は一歩も引かず、まっすぐに茶羅木を見据えた。


「それに、お前は人を貶す前に、まず自分のやるべきことを片付けろ。課題も提出していないだろう。先生方が困っているのを知っていて、見て見ぬふりをするつもりか?」


その言葉には、どこか正義感めいたものがあり、暑苦しいと言われればその通りで、融通が利かないと言われれば否定はできないのだが、少なくともそれは誰かを見下すための正しさではなく、自分自身に課した規律を他人にも向けてしまう、不器用で真っ直ぐな熱だった。


しかし茶羅木は、その熱を鼻で笑う。


「はん、くだらねぇな。課題なんてやって、コスモの扱いが上手くなるのかよ?紙に文字を書いて強くなれるなら、誰も苦労しねぇだろ」


「基礎を疎かにする者が、応用だけで長く立っていられると思うな」


「その基礎ってやつに縋ってる連中が、実技で俺に勝てるのか?」


茶羅木は一歩前に出ると、自分こそが正論だと言わんばかりに胸を軽く叩いた。


「俺たちは戦創師になるんだぜ?この国を背負って立つ、選ばれた側の人間だ。優先すべきは実技だろ。敵を倒す力だろ。実戦で問われるのは、提出物の綺麗さでも、先生に褒められる真面目さでもない。敵を燃やせるか、敵を斬れるか、それだけだ」


その視線が優心へ向く。


「なぁ、瑞沢。お前もそう思うだろ?いや、お前に聞くのも悪りぃか?お前は実践以前の問題だったな」


取り巻きの一人が小さく笑ったが、優心はその笑いを拾わず、暫し考える素振りを見せてから、静かに口を開いた。


「・・・そうだな」


淡々とした声だった。


「茶羅木は、間違ったことを言ってないよ」


その言葉に潔がちらりと優心を見て、茶羅木は勝ち誇ったように口角を吊り上げた。


「ほら見ろ。本人も分かってんじゃねぇか」


茶羅木が喉を鳴らし、潔が眉を寄せると、優心はほんの少しだけ苦笑したが、その僅かな緩みは、すぐに別の声によって断ち切られた。


「あっ、生徒会長よ!」


甲高い声が廊下に響いた。


茶羅木の取り巻きの女子生徒の一人が、わざとらしく声を張り上げており、その指の先へ、優心、潔、茶羅木の三人はほぼ同時に視線を向ける。


三年校舎側の廊下を、数人の生徒が整然と歩いていた。


先頭に立つのは、瑞沢寧。


整った所作、無駄のない歩き方、揺るぎのない背筋。


その姿はただ廊下を歩いているだけにもかかわらず、まるで規律という目に見えない概念が人の形を取って現れたかのようであった。


その後ろに控える生徒会の面々もまた、自然と彼女の歩調に合わせ、乱れのない列を作っている。


ただ通り過ぎるだけ、それだけの光景だった。


だが、そこにいるだけで空気が引き締まり、廊下のざわめきは完全には消えないまでも、誰もが無意識に声量を落とし、背筋を伸ばし、余計な動きを控える。


御八家の次期当主。


生徒会長。


この学園において、瑞沢寧という名は単なる成績優秀者のそれではなく、序列と規律と期待を背負った、学園の象徴だった。


「・・・邪魔が入りやがったな」


茶羅木が不機嫌そうに吐き捨てると、そのまま踵を返す。


「俺は帰るからな」


「待て、茶羅木。どこへ行くつもりだ」


「決まってんだろ」


茶羅木は振り返りもせず、手をひらひらと振った。


「サボるんだよ。そんな当たり前のことも分かんねぇのか?」


「授業をサボるのが当たり前なわけがあるか。戻れ。次は実技だろうが」


「だから面倒なんだよ。どうせ今日の内容も基礎確認だろ。俺が今さら混ざって何か得るものがあると思うか?」


「あるかどうかを決めるのは、お前じゃない。積み重ねを軽んじるな」


「はいはい、立派立派。お前らはそうやって一生、積み重ねだの努力だの友情だの言ってればいい。俺は俺のやり方で強くなる」


茶羅木と取り巻きたちは、潔の怒声を背中に受けながらも悪びれる様子なく廊下の向こうへ歩いていった。


残されたのは、静寂だけだった。


そして、その静寂を埋めるように、背後からひそひそとした声が漏れ始める。


「ねぇ、あの二人って本当に姉弟なの?」


「どうしてあんなに差があるのかしら?あの御八家の人なのに」


「でも、筆記試験は上位らしいわよ。たしか、学年五位とか」


「それで何になるの?コスモの才能がなきゃ、結局意味ないじゃない」


遠慮のない会話だった。


悪意はないのかもしれない。


ただ、目の前にある事実を自分たちなりに整理しているだけなのかもしれない。


だからこそ、余計に刺さる。


人は悪意で誰かを傷つける時より、正しさや無邪気さの中で言葉を投げる時の方が、ずっと深く相手を切り裂くことがある。


(・・・まぁ、姉弟は姉弟でも、義理だけどな)


優心は心の中でそう呟き、無意識にそちらへ視線を向けると、目が合った女子生徒は一瞬だけ言葉に詰まり、気まずそうに視線を逸らした。


「・・・ったく」


隣で、潔が小さく舌打ちをする。


「聞こえていないと思ってるのか、あいつらは」


怒りを隠そうともしない声音だったが、優心は軽く肩をすくめただけだった。


「だから、俺は気にしてないよ」


そう言って苦笑する優心を、潔はしばらく黙って見ていたが、それ以上その話を引きずることはせず、少しだけ間を置いてから、先ほど生徒会一行が通っていった方を一度見た。


「・・・なぁ、優心」


「ん?」


「お前、副会長と知り合いなのか?」


「副会長?」


「ああ。生徒会一行が通った時、会長ではなく、副会長がお前の方を見ていたような気がした。気のせいかもしれんが、何か気にしているような目だった」


さきほどの視線の動きに気づいていたのだろう。


優心は、ほんの一瞬だけ黙り込んだ。


「・・・いや」


小さく首を振る。


「世間話どころか、挨拶すらしたことない」


「そうなのか?」


「ああ」


優心は乾いた笑みを浮かべた。


「どうやら俺ってさ、副会長さんに嫌われてるらしいんだよな」


自嘲混じりの言葉だったが、潔はそれを聞いて、フっと鼻で笑った。


「はっ、それはありえないな」


力強く、あまりにも迷いなく言い切る。


「お前を嫌うような奴がいたら、そいつの方がおかしい」


「・・・いや、さすがにそれは言い過ぎだろ」


「言い過ぎではない!」


「いやいや、俺のこと嫌いな人なんて・・・いくらでもいると思うけど?」


「いや!いるはずがない!」


その言葉に、優心は少しだけ目を丸くし、そして小さく笑った。


熱田潔。


この男を一言で表すなら、熱い、ただその一言に尽きるだろう。


だが、その熱さは単なる気合いや勢いではなく、内側から燃え続けるような、決して消えることのない意志の炎である。


彼を形作る三つの要素を挙げるなら、努力、友情、そして不屈だった。


決して天才ではない。


御八家のような特別な血筋を持つわけでもない。


だが、彼はコスモを扱える側の人間であり、それも生まれつき恵まれていたわけではなく、人一倍の鍛錬を積み、何度も失敗を重ね、それでも諦めずに食らいついた末に、ようやく自分の力として掴み取った側の人間だった。


コスモの保有量は平均的で、圧倒的な才能も派手さもないが、制御精度と持久力に関しては学年でも上位に食い込み、誰よりも真っ直ぐで、確実に戦える力を持っている。


だからこそ、優心とは気が合った。


コスモを持つ者と、持たない者。


本来ならば交わることのない立場だったはずなのに、それでも潔は、持っているかどうかではなく、どう在ろうとするかを見てくれる人間だった。


だから優心は、この男の前では自然体でいられる。


「・・・ありがとな、潔」


「礼を言われるようなことはしていない」


優心が笑うと、潔は納得していない顔をしながらも、それ以上は追及しなかった。


そして優心の胸の奥には、茶羅木の言葉も、周囲の視線も、潔の真っ直ぐすぎる言葉も、それぞれ違う温度を持ったまま残っているのであった。

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