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創技と学校

この世界には、「創技(そうぎ)」と呼ばれる力が存在する。


それは、無から有を生み出し、人が思い描いた“理想”という名の不確かな幻を、現実という冷たい地平へ強引に引きずり出すための術である。


言葉にしてしまえばただそれだけのものに過ぎない。


だが、その本質を正しく見つめようとするならば、それは人間という種が本来触れてはならなかった領域へ、理想と技術の名を借りて指先を伸ばした、人智を超えた現象に他ならなかった。


創技とは、いわば魔法に限りなく近い概念である。


もっとも、この世界においてそれは幻想でも伝承でもなく、古びた神話の中にのみ存在する奇跡でもない。


学校の教科書に記され、軍の訓練課程へ組み込まれ、国家予算によって研究され、戦場において敵を殺すための明確な技術として体系化されているのだ。


その根幹にあるのが、コスモと呼ばれる不可視のエネルギーだった。


コスモとは、人間の体内に宿る目に見えない力であり、それを操ることで人は身体能力を飛躍的に向上させ、武器や装備を強化し、さらには炎を生み、水を操り、風を起こし、大地を揺るがす─────といった、常識という薄い膜の上では到底説明のつかない現象すらも引き起こすことができる。


そして、そのコスモを用いて発動されるあらゆる攻撃、あらゆる防御、あらゆる異常現象の総称こそが、創技である。


創技には様々な系統が存在し、教科書に記され誰もが学ぶ基礎的な技から、一族の血と歴史の奥底に封じられ、外部へ漏れることを許されない秘匿された奥義。


あるいは国家レベルで研究・開発され、都市一つの命運すら左右しかねない戦略兵器級の創技まで、その形はあまりにも多岐にわたっている。


それらは、親から子へ、師から弟子へ、時に血によって、時に意志によって、時に国家という巨大な機構の命令によって受け継がれ、積み重ねられ、洗練され、そして戦場という最も残酷な実験場で幾度となく試されながら、現在の「創技」と呼ばれる体系を形作ってきた。

 

さらに、コスモには明確な“性質”が存在する。

 

主に分類されるのは、火、水、風、土─────いわゆる“四大元素”である。


それらは古代の人間が世界を理解するために用いた素朴な概念でありながら、コスモという未知の力を説明する上では、皮肉にも現代科学の言葉よりも直感的な正しさを持っていた。


火は水に弱く、水は風に流され、風は火を増幅させ、土は火の勢いを削ぐ。


それは単純な優劣ではなく、相性によって戦況が揺らぎ、同じ力量の戦創師であっても、属性の噛み合わせ一つで勝敗の天秤が傾く構造だった。


しかし、それでも属性の有利不利は絶対ではない。


最後に勝敗を決めるのは、結局のところ戦う者自身の力量であり、経験であり、恐怖の中でも思考を止めない精神であり、そして己の内に宿るコスモをどこまで現実へ引き出せるか、である。


だが、誰もが創技を扱えるわけではない。


コスモを“宿す”人間そのものは、決して珍しい存在ではなく、むしろこの世界においてはありふれており、世界総人口約七十億人のうち、実に八割が何らかの形でコスモを内包しているとされている。


しかし、そこから先が決定的に違う。


コスモを“持っている”ことと、それを“扱える”ことの間には、海溝よりも深く、星々の距離よりも遠い隔たりが存在するのだ。


創技としてコスモを行使できる者、すなわち実戦レベルでその力を制御し、己のイメージを現象として具現化できる人間は、そこから一気に数を減らす。


才を秘める者は、およそ百人に一人。


だが、それはあくまで“可能性を持つ”という段階に過ぎず、実際にその才を開花させ、創技を自在に操る域へ到達できる者は、さらにその中のごく一部に限られている。


つまり、コスモを内に宿しながらも、何一つ為せぬまま終わる人間の方が、圧倒的に多いのだ。


優心の通う学校─────私立第一戦創師官学園は、そうした“選ばれし可能性”を持つ者たちを集め、戦創師として育成することを目的として設立された、国家公認の教育機関である。


同様の学園は全国に八つ存在し、そのすべてが御八家の管理下に置かれており、毎年およそ二百名の新入生が、未来の戦創師となることを夢見てその門を叩く。


だがしかし、そこで待っている現実は、英雄譚に憧れる少年少女が思い描くほど甘いものではない。


入学後に待ち受けるのは、想像を遥かに上回る競争と、常軌を逸した過酷なカリキュラムであり、定期的に実施される適性検査において、コスモの保有量、制御精度、戦闘能力、そのいずれかにおいて成長が認められなければ、容赦なく切り捨てられる。


退学。


ただ、それだけである。


夢があろうと、努力があろうと、正義があろうと、誰かを守りたいという願いがあろうとも─────結果として証明できなければ、その者は学園に残る資格を失う。


そのため、志半ばで去る者は後を絶たない。


それでもなお、この制度が維持され続けている理由は極めて単純である。


その理由とは─────それほどまでに、“質の高い”戦創師という存在が圧倒的に不足しているからだった。


入学時には二百名を超えていた生徒も、卒業時にはその数を大きく減らし、最終的には半分残ればいいとされている。


それは決して日本だけの問題ではなく、世界各国に共通する構造的な課題でもあった。


コスモを持ちながら、創技を扱えない者。


その膨大な層を、いかにして戦力へと昇華させるか。


この難題に対し、いち早く具体的な解答を提示した国がある。


アメリカだ。


彼らが開発したのが、《コスモ・コンダクター》通称CCU。


それは、コスモの制御と増幅を補助するための装置であり、使用者の適性や戦闘スタイルに応じて、剣型、槍型、弓型など様々な武器形状へと最適化される、現代技術の象徴とも呼ぶべき発明だった。


本来であれば創技を扱うに至らない人間であっても、このCCUを使用することで一定水準の戦闘行動を可能とし、未熟な才能を無理やり戦場へ引きずり出すその革新性は、瞬く間に世界へ広まった。


現在では軍事、教育、民間を問わず、あらゆる分野で標準装備として採用されており、国ごとに仕様や細部の構造は異なるものの、その基本原理は共通している。


人間の未完成を、機械で補う。


才能の不足を、技術で埋める。


それは進歩であり、救済であった─────と、同時に、人間という生物をより効率よく戦場へ送り込むための冷徹な仕組みでもあった。


そして、私立第一戦創師官学園の目的は明確である。


数少ない“本物の戦創師”を育て上げること。


それは国家から課せられた義務であり、御八家に与えられた責任であり、この国が次の時代を生き残るために選び取った、最後の手段でもある。


ここでは、才能だけがすべてではない。


だが、才能がなければ何も始まらない。


生徒に求められるのは、一定水準以上の学力、コスモを扱うに足る資質、それを伸ばし続ける成長力、そしていつか自分が戦場に立ち、誰かの命を奪い、誰かの命を守ることになるという現実から目を逸らさない覚悟だった。


それを証明できなければ、どれほど努力しても、どれほど強い想いを抱いていても、一切の例外なく切り捨てられる。


ここは、そういう場所なのだ。


夢を育てる学び舎であると同時に、夢だけでは生き残れないことを叩き込む選別場であり、未来の英雄を生み出す炉であると同時に、英雄になれなかった者たちの残骸を静かに呑み込んでいく、国家という巨大な怪物の胃袋でもある。


そしてその門の内側で、優心もまた、自分が何者であるのかを知らないまま、ゆっくりと試されているのであった。

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