3-2 悠星視点 カバンがあっても近すぎる距離
りこの身長は158cm、悠星の身長は172cmの設定です。
次の日の朝。
最寄り駅から電車に乗り、すでにそこそこの混雑に揉まれながら、悠星はドア付近のポジションをキープしていた。
(……今日も混んでんなぁ)
ぼんやりとスマホを眺めながらも、電車が次の駅に滑り込むにつれて、なぜか心臓の鼓動が少しずつ早くなっていく。
(いや、意識しすぎだろ、俺。来るわけないって、そんな都合よく……)
プシューとドアが開き、ドッと乗客が流れ込んでくる。
その人の波の隙間に――見覚えのある制服と、小柄なシルエットが見えた。鈴木りこだ。
(ぶっ、本当に乗ってきた……!)
一瞬で全身の細胞が跳ね起きる。
鈴木は乗車した勢いのまま、人の圧力に押し出されるようにして、まっすぐ悠星のいる奥の方へと詰められてくる。
(待て待て待て、こっち来るな! 近い近い近い!!)
心の中の叫びも虚しく、電車がガタリと揺れた瞬間、一気に距離が詰まった。
(来る――っ!)
悠星は思わず奥歯を噛み締め、昨日のあの脳が溶けるような「ダイレクトな柔らかさ」の衝撃に身構える。
――ゴン。
(……あれ?)
胸元に当たったのは、昨日とは違う、少し固い感触。
見下ろすと、鈴木がスクールバッグをぎゅっと胸の前に抱え込んで、盾のように挟んでいた。
(あ、カバン……。なんだ、ちゃんと対策してきたのか)
正直、一瞬だけ、本当に1ミリだけ「チェッ」と思ってしまった自分を、悠星は心の中で猛省した。いや、これでいい。これが正常だ。カバンという強固なディフェンスがあるおかげで、昨日みたいな「大惨事(ご褒美)」にはなっていない。理性を保つには十分な心理的バリケードだ。
(よし。落ち着け、俺。今日は大丈夫だ)
そう自分に言い聞かせ、ふっと視線を落とした――のが間違いだった。
(……いや、でもやっぱり近くね??)
カバンがあるとはいえ、172cmの悠星の視界には、鈴木の頭頂部ときゅっとすぼめられた華奢な肩がすぐそこに見える。カバンを必死に抱きしめているせいで、彼女の腕のラインが強調されていて、それはそれでなんだか、ものすごく無防備に見える。
(……やめろって。考えるな、俺)
慌てて視線を天井の吊り広告へとパッと逸らす。
「カバンがあってよかった」とでも言いたげに、彼女が小さく「ふぅ……」と息を吐く音が、ダイレクトに耳に届いた。その吐息が、悠星のシャツの胸元あたりにかすかにかかる。
(あーーー、もう! 意識すんなって!!)
悠星はただの彫刻のように、表情を完全に消して直立不動を貫いた。
脳内では必死に「円周率」を唱えているが、すぐ目の前の女の子から漂う甘い匂いのせいで、まったく集中できない。
数駅の間、電車が揺れるたびに、カバン越しに彼女の体温がじんわりと伝わってくる。
やがて、目的の駅が近づき、周囲の人の密度が緩み始めた。
すうっと身体が離れ、ようやく確保されたパーソナルスペース。
(……助かった……)
心の中でガッツポーズをしながらも、悠星はどこか、胸のあたりにふっと涼しさを感じていた。
昨日よりは確実にマシだった。理性に危機が訪れることもなかった。
でも――。
カバン越しでも伝わってきた彼女の小ささや、かすかな呼吸の気配が、どうしても頭の片隅にこびりついて離れなかった。




