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8-2 悠星視点 別に

朝の電車。いつもの同じドア、いつもの位置。

俺はごく自然な動作を装って鈴木の前に立ち、背後の混雑から彼女を守るようにして、自分の胸の前にさりげなくスペースを作った。

(よし、キープ……と)

毎朝同じドアで待ち伏せして、アイツの「壁」になる。

最初は理性の限界との戦いで死にそうだったこの配置も、1ヶ月近く続けばもう特別なことじゃなくなって、俺たちの間で当たり前のルーティンみたいになっていた。

背中越しに、鈴木がカバンを前に抱えながら、じっとこっちの背中を見つめている気配が伝わってくる。

(……今日も、ちゃんと守れてるよな?)

言葉を交わすわけじゃない。だけど、自分が「守る側」で、アイツが「守られる側」にいるっていう無言の了解が、二人の間に確かにあった。

そのとき、ガタコンッ!と電車がいつもより強めに揺れた。

人の波が一瞬だけ、どっと後ろから押し寄せてくる。

(おっと、クソ、押すな押すな――っ!)

俺はぐっと足元に力を入れ、背中でその圧力を完全にブロックした。

鈴木の小さな身体には、1ミリも後ろからの衝撃を通さない。

彼女が前みたいに慌てたり、怯えたりしてないのが背中越しに分かった。俺の背中を信じて、じっと静かに止まっている。

(……大丈夫。これくらい、余裕で耐えてやるから)

何も言わず、ただ少しだけ足の位置を変えて踏ん張る。男の意地ってやつだ。

鈴木はその俺の足元の動きを、じっと見ているみたいだった。

(あー……今、俺ちょっと格好つけて踏ん張っちゃったな。ダサくなかったろーか……)

ポーカーフェイスの裏側でそんな恥ずかしい自問自答をしているうちに、電車は次の駅に近づき、乗客が少しずつ降りていった。

周囲の密度が緩み、二人の距離がほんの少しだけ開く。

張り詰めていた緊張がふっと解けた、その瞬間だった。

「……ありがと」

背後から、消え入りそうな、小さな小さな声が聞こえた。

(ッ……!?)

不意打ちのデンプシーロールを食らった気分だった。心臓がドクンと跳ねて、一気に顔に血がのぼる。

振り向くなんて絶対に無理だ。今どんな顔をしてるか自分でも分からない。俺は前を向いたまま、必死に声を低く絞り出した。

「別に」

ぶっきら棒に、それだけ。

あー、もう! もっと気の利いたセリフ言えねぇのか俺は!

少しの間。

電車のガタゴトいう音だけが響く中、自分の出した「別に」という声が、いつもよりトーンが低くて、なんだか前よりやわらかい響きになってしまっていたことに気づいて、さらに耳が熱くなった。

後ろの鈴木は、それ以上何も言わなかった。

だけど――。

(……今の「ありがと」はヤバイ。マジで心臓に悪いって……)

ただ、真っ赤になった耳の後ろを鈴木に見られないように、悠星はいつも以上に直立不動の姿勢を保つのが精一杯だった。

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