6-2 悠星視点 同じ場所に立つようになった朝
あの日以来、悠星は毎朝のルーティンを少し変えていた。
まず電車を乗る扉を鈴木と同じにして待ち構えることにした。鈴木の最寄り駅でドアが開く直前、スマホをポケットにしまい、周囲の人の流れをそれとなく確認する。そして彼女が乗り込んできた瞬間、何も言わず、ごく自然な動作を装ってほんの少しだけ身体の向きと立ち位置を変えるのだ。
(よし……この位置なら大丈夫だろ)
気づけば、自然と鈴木の前に立つポジションに収まっている。
最初の数日は、鈴木も「今日はちょっとマシかも」くらいにしか思っていなかったみたいだった。我ながら完璧なステルス・ガード(ただの壁)っぷりだと思う。
だが、何日も同じことが続けば、さすがに気づかれる。
ガタガタッと電車が大きく揺れた時。
いつもなら周囲の圧力で押し潰されそうになるはずの鈴木の身体が、目の前にある悠星の背中という「壁」によってピタリと受け止められた。
鈴木がふと視線を上げたのが、背中越しになんとなく伝わってくる。
(あ、ヤベ。気づかれたか……?)
次の日も、その次の日も同じ。
人の流れに合わせて、悠星がほんのわずかに、でも確実に鈴木の後ろの奴らをブロックするように立ち位置を微調整しているのを、彼女じっと見つめていた。
(……まぁ、守ってくれてる? とか思われても別に構わねぇけど……)
お互いにそれを口にすることはない。確かめるようなことでもない。
悠星はただの「無関心な同級生」の顔をして、いつも通り彼女の前に立ち続ける。背後で鈴木がスクールバッグを握る手に、少しだけぎゅっと力を込めた気配がした。
安心感。
言葉にはしないけれど、確実に二人の間の空気が変わっていくのが分かった。
――が、守る側の悠星にとっては、ここからが本当の試練だった。
(……いや、近い。近いってマジで)
いつも通りの距離。鈴木を背後の混雑から守るために、自分の胸の前にスペースを作っているわけだが、いかんせん満員電車だ。どうしても限界がある。
ガタコン、と電車が揺れた拍子に、一瞬だけ二人の距離がぐっと詰まった。
(おわっ……!)
慌てて踏ん張ってそれ以上の密着は防いだが、視線を戻した瞬間、ふわりと鼻腔をくすぐるものがあった。
(……っ、いい匂い……)
髪からなのか、肌からなのか。女の子特有の、あの甘くて清潔な匂いが、ダイレクトに脳を揺さぶってくる。
(――って、ヤバイヤバイヤバイ! 思索を止めろ俺! やめろって!!)
慌てて脳内の煩悩スイッチを力ずくでオフにする。
何のために同じ扉から乗って、前に立ってるんだ。下心で近づくクソ野郎どもから、アイツを守るためにボディーガード気取ってここにいるんじゃねぇのか。
(触るな。意識すんな。俺はただの壁だ。無機質なコンクリートの壁だ……!)
自分に猛烈に言い聞かせる。
鈴木は悠星の後ろ姿にすっかり安心しきっているのか、心なしか前より緊張が解けた様子でじっと静かに立っている。その信頼感が嬉しい反面、男としての理性の限界値はガリガリと削られていく。
(……くそ、守るって決めたのは俺だけどさ……)
目の前の可愛い同級生から漂ういい匂いと、時折触れそうになる距離感。
(……毎日ずっとこのまま耐え続けるのは、正直めちゃくちゃキツいな……)
ポーカーフェイスの下で、悠星は今日も人知れず、嬉しさと甘い拷問のような苦しさに悶絶していた。




