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モイラ王国

 ノイアフォードはワンドマリガ、ライジスの代わりに帝国から支払われる賠償金や戦争時に捕らえた敵貴族の身代金でさらなる発展を果たすこととなる。また、ラントフォードの噂を聞きつけて各国から移民が来るようになり、人口も急増した。広大な領土の割に人口が少なかったラントフォードは比較的温暖な気候である北部の土地を彼らに貸し与え、農工業を行わせた。

 ノアは侵攻してくる魔王軍との戦いを繰り広げていた。今日も今日とて魔王軍を完膚なきまでに叩き潰した。その最中、ラントフォードに隣の前線国家モイラ王国から救援要請が届いた。魔王軍による猛攻を受けて王都以南の都市を全て失ったのだという。

「よっしゃ行くぞ!」

 ノアはウィクトリア中隊、精鋭二千騎、ワルキューレ三千騎を率いて救援に向かった。道中でラントフォード兵五千騎を麾下に加え、東に向かう。モイラ王国が倒れればライジス王国や南スーディル王国が前線国家となる。南スーディル王国の武力の程度はわからないがライジス王国に魔王軍と戦うだけの力はないだろう。あれば一地方軍に敗北を喫することはなかっただろう。下手をするとライジス王国が陥落し、四方を魔王軍に囲まれることになるかもしれない。

 モイラ王国軍は王都ティランで必死の抵抗を見せていた。レイシア率いる北スーディル王国軍や南スーディル王国軍の援軍も到着し、包囲は解かれようとしている。そこにノア率いるラントフォード軍一万騎が到着し、王都周辺の魔王軍を打ち払う。

 しかし魔王軍の侵攻は本気のようで次から次へと新手が現れる。

「一旦逃げるぞー!」

 さすがのラントフォード軍でも後退を余儀なくされるほどの大軍であった。そして事態の重さを感じ取った帝国軍は東国連合軍と共に四万の兵を派遣してきた。その兵を率いるのはセシリアとアウグストゥス。東国連合の大将はミハイル・ワグナー。歴戦の猛将であり、連合の長でもある。

「初めまして、ラントフォードの英雄。君と会って話がしてみたかった」

 馬上でミハイルが手を差し出してきた。ノアはその手を握り、笑う。

「あっはっは。初めまして! よろしく!」

 ノアでも彼のことを知っていた。非前線国家の出身でありながら対魔王軍との戦いで多大な戦果を挙げている。その戦いぶりを知る者は彼を東の英雄と称する。ラントフォードより小さい小国の連合体である東の国々を纏め上げ、魔王軍や東の国と呼ばれる非加盟国の侵略に対抗している。彼もまた、世界に必要な将軍である。

「すぐに作戦会議をしよう。時間はあまりない」

 モイラの王都ティランで主だった将軍たちによる作戦会議が開かれた。モイラ王国にある戦力はモイラ王国軍八万、ラントフォード軍一万、帝国軍二万、東国連合軍二万。北スーディル軍一万五千、南スーディル軍一万計十五万五千の大軍だ。しかし魔王軍の数はそれ以上と判断された。正面から戦っても勝てないだろう。そうなれば策を用いるまで。彼らはその策について話し合った。今回の連合軍はあまり士気が高いとは言えない。内戦状態のスーディル王国軍の集結や東の国の帝国や東国連合への侵略。外部だけではなく内部にも種々の問題を抱えている。特に問題があるのが南スーディル軍の将軍ホステムス候だ。横柄な態度で会議を邪魔してくる。犠牲は少ないが最も戦果が上げられる配置に置いてくれ、と暗に告げていた。追い出そうかとも思ったがこの状況で一万の兵が抜けるのは苦しい。歴戦の将軍たちも苦笑するしかなかった。そして作戦会議は終了し、翌日動くことになった。

 ノアは自室に戻る。出発前、ミラが言った言葉が気になっていた。恐らくモイラ王国は滅亡するであろうことを。通常であればラントフォード軍が数万の援軍を派遣できるのだが今回はラントフォードにも十万以上の魔王軍が攻めてきている。ラントフォードへの攻勢はそこまで激しくはない。だが気は抜けない。ミラや前線で戦い続けた将兵はその意図を読み取っている。ラントフォードに攻めてきた魔王軍はただの足止め。本命はラントフォード周辺の国家。ラントフォードを孤立させるのが目的だろう。つまりモイラ王国に攻め込んできた魔王軍は本気でモイラを潰しに来ている。それを証拠にどれだけの魔物や魔族が殺されようが次から次へと軍を送ってきている。ノアには逐一戦況を報告するよう言いつけ、指示を出すという。

「さーて、寝るか!」

 考えても仕方がない。考えるのは将軍たちの仕事だ。ベッドに身を投げたその時、寝室のドアがノックされた。ユミルやロイトにはノックするという発想がないからラミナスかフィンかと思って入室を許可した。がちゃりと音がしてドアが開く。ドアの前に立っていたのは北スーディル王国軍を率いて援軍に駆けつけていたレイシアだった。彼女は部屋の中に入るとドアを閉めた。

「お久しぶりですね、ノア」

「ああ、久しぶり! 元気してたかー?」

 レイシアは微笑んで頷いた。

「そちらこそお元気そうで。ご活躍は我々の耳にも届いていますよ」

 まるで自分のことのように嬉しそうに言った。二人はしばらく他愛のない話に花を咲かせた。雑談が一段落し、レイシアは表情を引き締めた。

「南スーディルにお気をつけください。率直に言います。彼らは人類などどうでもいいのです」

 国を失った王侯貴族は血縁関係を頼って別の国に行くか帝国の北部に領地を貰い、上級貴族程度の生活が保障されている。だから余程国にこだわりがない限り、王侯貴族にとっては国とはどうでも良いものなのでる。しかし前線国家がそれでは困る。その防止のため、やる気と能力のない主君は同盟の決議を受けて更迭され、帝国から公爵の位をもつ者が王として派遣され、その国は公国と称することになる。

「…私の立場でそれを言うのは私情が混じっているように見えますが…。我が姉ローレライについての噂を知っていますか?」

「知らねーな」

 ノアは首を横に振った。レイシアの姉ローレライは本来ならばスーディル王国を継ぐはずであったが、彼女たちの父にしてスーディル王のセーレウスは体が弱く社交的ではないローレライより武芸に優れ、勇敢なレイシアを後継者に定め、ローレライをミズラエタ公国の公王マイセンに嫁がせた、という話は教養として知ってはいたがそれ以上のことは知らない。

「…彼女はミズラエタ公王に嫁ぎましたが、部屋に軟禁され、それは酷い乱暴を受けたそうです。姉は父に助けを求める手紙を送りましたが全て公王に破棄されていました。家臣たちの手引きでなんとか帰国できましたがその頃にはもう姉上は壊れていました」

 レイシアは俯いた。どこか自分を責めているようにも見える。たとえ袂を分つとも姉妹であることに変わりはない。

「幼い頃は姉は私に色々なことを教えてくれました。私の知らないことをなんでも知っていて夢のような魔術を自在に扱う自慢の姉でした。しかしミズラエタ公国から帰ってきた姉には生気がなく、少しの物音でも驚いて叫び声を上げ、泣き出してしまうほどでした」

 彼女は続ける。

「姉は自身の居場所を求めるようになりました。それがスーディル王国です。彼女は父王の死後、自らの体で有力な貴族たちを籠絡すると突如として即位宣言をし、南部に国家を打ち立てました」

「…」

 ノアは何も言わなかった。言えなかった。彼には血の繋がった家族がいない。だから彼女の苦しみがわからない。

「私も内戦を避けられるのなら王位を譲ることも構いません。ですが姉を王に戴く輩は権力や富、肉欲に溺れて国政を縦にし、人類の存亡などどうでもいい奸賊どもです。人の国の王冠を戴く者として私はそれに膝を屈するわけにはいきません」

 彼女の言葉に力が宿る。そこには王としての矜持があった。人間としての意地があった。正しくあろうという意志が表れていた。

「いえ、こんな話をするべきではありませんね。私が言いたいのは南スーディルの上層部は本気で魔王軍と戦おうとは考えていません。ホステムス候も我らが劣勢になればすぐに逃げるでしょう。確実とは言えませんが…どうかご留意を」

「ああ、ありがとう!」

 ノアは笑う。ラントフォード軍は明日の戦いではホステムス侯の南スーディル軍と組んで戦う。友軍の将の性格を多少なりとも知れるのは嬉しい。

 その時、再びドアをノックする者がいた。するとレイシアは慌ててノアの布団の中に潜り込んで姿を隠した。

「どうした? 逃げてんのか?」

「貴方と一緒にしないでください! こんな夜中に殿方の寝所にいたと知れたら要らぬ噂が立ちます!」

 レイシアは小声で返す。

「別にいいじゃん」

 たかだか寝室にいたくらいで大した噂は立たない。事実、世間話をしていただけだ。途端にレイシアの顔が赤く染まる。

「え…そ、それは一体どういう意味で…」

「? そのまんまだろ。ま、隠れたいなら隠れてろ」

 ノアは二人目の来客を迎え入れた。入ってきたのは部屋着のセシリアだった。彼女はうっすらと頬を紅潮させ部屋に入ってきた。

「夜分遅くにすみません。ここにノア殿がいると聞いていてもたってもいられず押しかけてしまいました」

「気にすんなよ。会いにきてくれると嬉しいからな!」

 セシリアは花のような笑顔を浮かべる。

「夜食を持ってきました。一緒に食べませんか?」

「食う!」

 彼女は笑い、持参したバスケットを持って椅子に腰を下ろした。その時、彼女が表情を変えた。多少の怒りを帯びた真顔。冷たさと疑念を宿した瞳をノアに向ける。ノアは彼女に向かい合うように座った。セシリアはぽつりと、しかしはっきりと言った。

「…女の匂いがします」

 ノアは身を強張らせた。

「ラミナス殿でもユミル殿でもない…気品を感じさせる匂いです。ノア殿、どこの女を連れ込んでいるのです?」

 ラミナスとユミルに気品がないと暗に言っているが別にどうでもよかった。確かにあの二人には気品はない。女帝に比べればという条件ではあるが。

「レイシアが南スーディル軍に注意した方がいいって注意しにきてくれたんだ。もういねえよ」

 ノアは目を逸らしながら答えた。

「嘘ですね。今、ここにいる匂いです! 私という女がいながら他の女を寝室に連れ込むなど…!」

 彼女は立ち上がり、周囲を見渡して見つけた。不自然に盛り上がっている布団を。そしてずかずかと歩み寄り、一気に布団を引き剥がした。暑苦しい布団の中で息を殺していたレイシアは少し汗をかいていた。

「…レイシア王…。なぜ貴女がここにいらっしゃるのです…?」

「そ、それは…明日、南スーディル軍と共に戦うノア殿に助言をと…」

「ならば身を隠す必要はありませんよね?」

 一国の王相手に容赦のない言い方だ。さすがのミラでもここまでの詰め方はしない。セシリアは笑ってはいるものの目は笑っていない。

「私とノアとの関係について根も葉もない噂が流れてしまわないように…」

「根も葉もないのであれば隠れたりせず正々堂々と関係を否定すればよろしいではございませんか?」

 騎士の中の騎士と呼ばれるレイシアが借りてきた猫のように縮こまっている。彼女は助けを求めるようにノアを見たがノアは二人の仲裁を諦めてセシリアが持ってきた夜食を食べ始めていた。

「それでレイシア王、私のノア殿とはどのようなご関係で?」

「…か、彼は恩人であり友人です!」

 彼女はノアと出会った経緯について話した。その一件にはセシリアも大きく関わっている。彼女が働いてくれたからこそどうにかなった案件でもある。今からすればライジス王国が前線国家でなくなったからライジス王国がラントフォード公国に戦争支援金を支払うことになったのだが。時代の流れというのは滑稽なものだ。

「ですので、彼とは男女の関係ではありません!」

 しかしその頬は赤い。彼女が動揺しているのは火を見るより明らかだった。セシリアの疑念は消えないどころか強まっていく一方であった。相手が一国の王であるということを忘れてさらに詰め寄る。公式な場でこれが行われていたら国際問題に発展していただろう。

「そういう貴女はノアとどのような関係なのですか⁉」

「婚約者です。正式なプロポーズはまだですが。ですので正妃の座は私のものです」

 レイシアが信じられないという目でノアを見る。周囲に美女を侍らせているくせに異性関係には無頓着そうなこの若き領主の辞書に婚約という文字が刻まれていることが彼女にとって意外なことであった。

 ラントフォードでは一夫多妻制が認められているがノアは別に家庭を築くつもりはなかった。いまいち家庭人となった自分を想像できないのだ。ノアは食事を終えて趣味である剣の手入れをしていた。良い武器を集めるのが趣味だがその手入れも欠かさない。数千以上の武具が地下倉庫に収納されている。普通はノイアフォードの配下にやらせているが暇なときは自分でもやっている。ノアはレイシアとセシリアのやり取りを我関せずといったように他ごとをしていた。

「ノア、どういうことですか? 説明してください」

「俺もよくわかんない。頭痛くなってくる」

 欠伸をしながらノアは答える。

「いいんですかそれで…」

 セシリアには敵わないと悟ったレイシアはそそくさと帰っていった。それを見届けたノアはベッドに寝転がった。セシリアは彼の傍らに腰を掛け、ノアの頭を自身の膝に乗せた。青年は目を閉じた。

「明日は…大変な戦いになるでしょう。勝てないかもしれません。危なくなったらどうか逃げてください。私が盾になりますから。貴方には生きてほしい」

 囁くように彼女は言った。

「ああ、俺は死なねえよ。絶対生きる。お前も一緒にな」


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