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準備

 捕虜救出作戦はすぐに行われた。ワルキューレの中から精鋭五百騎を選抜し、残りは軍港に行き、海路からシタリ王国を目指す。

 捕虜が収容されているのは前線に近いアラル砦。五千の兵が守る巨大な砦である。しかしそこの警備兵は皆、緩み切っていた。敵であるワルキューレたちはこれまで後退を繰り返してばかりで反攻してくる気配はない。攻められる危険などないとたかを括っていたのだ。城兵は東から荷馬車の一団がこちらに向かって走ってくるのを見た。彼らは何者かに襲われていた。

「た、助けてくれ!」

 荷馬車を守る騎士が叫んだ。彼らを襲っているのはワルキューレだった。城兵は騎兵を大量に繰り出して戦乙女たちを追い払った。救出された荷馬車部隊は全員怪我をしていた。逃げ散ったワルキューレたちを殲滅するために城兵の半分が出撃した。

「ワルキューレどもめ。目にものみせてやるわ!」

 司令官マルクスは城壁の上から出撃する部隊を見送った。彼らが地平線の向こうに消えたその時、兵士が慌てて城壁に上がってきた。

「さ、先ほど保護した荷馬車に乗っていた兵が一人もいません!」

「何⁉︎」

 荷馬車兵はティンニバル兵ではなかった。ヴィクトリア第四部隊が扮装した姿である。彼らは自ら傷を作り、ワルキューレたちに襲われているように演じて砦の中に潜り込んだのだ。

「すぐに探し出せ! 奴らは我が国の兵ではない!」

「そ、それはどういう…」

「敵の罠に嵌ったのだ! 城の外に出た兵も呼び戻せ!」

 兵士たちは走り出す。しかしそれはすでに遅かった。城の中心から火の手が上がった。ノアたちは城内で捕まえたティンニバル兵から地下牢の場所を聞き出していたのである。暴れに暴れて捕虜たちを解放したノアたちは城門を目指して走る。しかし当然、城門は閉まっている。

「ぶっ壊せ!」

 ノアの赤い雷が城門に直撃した。それが何度も繰り返され、城門は崩れた。ウィクトリア兵は捕虜十五名を保護したまま城外に飛び出した。するとウィクトリア第四部隊の分隊が彼らの馬を引き連れてやってきた。騎兵となった兵士たちは城兵の追撃をかわしてどこかに逃げ去った。

「あっはっはっは! 上手くいったなー!」

「良かったなー、敵が馬鹿で」

「いや、まあまあ判断早かったぞ」

 ノアたちは陸路を行き、ワルキューレ部隊と合流してティンニバル王国領土を横断して翌日の昼頃にシタリ王国に到着した。ノアから一連の話を聞いたベレボス王と王子カンメルは笑い転げていた。その頃、シタリ王国には帝国の将軍アウグストゥスが到着していた。ノアより二つ年上の将軍で、数日前に将軍職に就いたばかりだという。

「全く…面倒ごとばかり押し付けられる…」

 アウグストゥスは面倒ごとをもたらしたノアに文句をこぼした。

「あはははは、わりー」

 ノアは悪びれもせず言った。結局酒を奢らされることになった。帝国から旅費は充分にもらっているのでこれくらいの出費は問題ない。アウグストゥスは酒に弱いようですぐに酔い潰れた。

「めんどくせー、めんどくせーけどよー、仕事はぁー、ちゃんとやるからよおー。安心して任せなー! 酒のぉー、礼じゃー!」

 ノアの肩に腕を回して叫ぶ。ノアの方はというと大して迷惑そうな顔をせず笑って酒を飲んでいた。

 翌日、海路からやってきたワルキューレらと合流し、陸路から帝国領を通過してノイアフォードに帰還した。無事に帰ってきたノアたちを住民たちが笑顔で出迎えた。

「ノア様、おかえりなさい!」

「戦争の準備できてるよ!」

 大通りを進んでいると仕事を切り上げてやってきたミラが正面からやってきた。

「おかえりなさいませ、我が君。壮健であられるようで何よりでございます。状況はおってお伝えしますので今はごゆっくりお休みください」

「あっはっは! 元気だから飯食いに行ってくる」

 ミラの目に映ったのはウィクトリア第四部隊の後ろにいる無数の戦乙女たち。彼女は硬直して動きを止めた。昼食を摂りにどこかへ行こうとするノアの肩を掴み、引き戻して尋ねた。

「我が君、彼女たちは何者でしょうか? 三万名ほど移民が来ることは知っていましたが…」

「ワルキューレ全員連れてきた! 今日から家族だ!」

 ミラは白目を剥いて倒れた。

 彼女らは類稀なる戦闘力を誇る戦闘民族。攻勢に出る際にその真価が発揮され、戦場を破壊する。世界大戦の際は度重なる帝国の要請で参戦し、ラントフォード軍と双璧を成す活躍を見せた。それがそっくりそのままノイアフォードに来ているのだ。

「ほ、本当に…全員連れてきたのですか…⁉ 気難しく、本当に認めた相手にしか力を貸さないというあのワルキューレたちを…⁉」

「全員だ。あの地に我らの同胞は一人もいない」

 現れて言ったのはワルキューレたちの王フィリア。音に聞こえし戦乙女たちを統べる戦闘女王である。レナードは彼女の顔を知っていたようで口を開け放って驚愕した。彼も卒倒しそうになったがなんとか耐えた。ワルキューレは強く、また、普段は騎兵であるが短期間であれば宙に浮くこともできる。何より彼女たちは国民全員が兵士である。すなわち平時には農業や工事を行うこともできるのだ。彼女たちを仲間にした利点は大きい。彼女たちと敵対していたいくつかの国を敵にしてもお釣りは返ってくる。ノアはそのことに気付いていないようで新しい仲間と親交を深めている。

 ノアたちはある飯屋に行った。そこそこに賑わっている。ノアのお気に入りの店だ。そこを経営するのはノアの知人だ。

「おお、来たか領主様」

 初老の男が店の奥から出てきた。彼はラフマートに娘を売りに来た時にノアと出会い、ノアがラフマートに潜入するのを手助けしたマッキン・セインだ。ラフマート崩壊後、養子のシャビィと共にノイアフォードに移住し、小さな飯屋を営んでいるのだ。今度の商売はうまくいっているようで二人とも肉付きが良くなった。ほとんどの人間がノイアフォードに移住してから豊かになっている。彼らも例外ではなかった。

「あ、ノア様ですね。お久しぶりです」

 シャビィが出てきてノアたちを席に案内した。

「飯くれ! たくさん!」

「あいよ!」



 食後、ノアはノイアフォードの中心に勝手に建てられていた居城エリュシオンに戻った。城にはノアが不在時に雇用を求めてやってきた才ある者たちが集められている。その数は約十人。彼らを採用するかを決めるのはノアの仕事だ。多少の役職の任命権はミラに委ねていたはずだが彼女が雇用の可否を決めていないということはかなりの役職を求めているということだろう。ノアはあまり使っていない執務室に彼らを通した。侍従長のエリナが彼らのプロフィールを持ってきてくれた。気分を出すために度が入っていない眼鏡をかける。ロイトやユミルもそれに倣う。

「まずは…ワンドマリガ出身の…ウェルハンさん」

 エリナが最初の応募者の名前を読み上げる。すると真ん中に座っていた威風堂々とした態度の男が立ち上がり、名乗りを上げた。

「私の名前はウェルハン・ガドゥム‼ ワンドマリガの軍人であった‼ だが! 腐敗しきった軍上層部と反りが合わずに軍職を降りた‼ そのため、義を重んじる貴様にならば力を貸してやっても良いと考えてここに来た次第であるッ‼」

 鼓膜が破れそうなほど大きな声だった。窓ガラスがびりびりと振動している。加えて非常に尊大だ。

「貴様とか力を貸してやっても良いとかこの人面接受ける態度ではありませんね。以前はどれくらいの階級にいましたか?」

「千人隊長だ‼ しかし、この俺を雇いたいのなら…それ相応の役職を与えてもらわねば困る」

エリナとユミルはため息を吐いた。しかしノアは違った。腹を抱えて大笑している。

「あっははははは! こいつおもしれえ! 採用! 今、あんまり兵士いねえから千人隊長で採用する! 兵士が増えて、お前も力を俺に見せれたら将軍にでもしてやるよ!」

 笑い転げて椅子から落ちながらノアは言った。こんなに面白い人物は世界中を探しても滅多にいない。ワンドマリガ王国とは因縁があるロイトも特に異議はなさそうだったので採用することにする。その頃にはもうノアは眼鏡に飽きて外していた。

「ほほう? 人を見る目があるな…。良かろう! とりあえず千人隊長で我慢しよう。そうだな、俺が将軍になったら…貴様を世界の王にしてやる‼ わーはっはっは‼」

 ウェルハンは上機嫌になって退室していった。退出してからもしばらくは彼の笑い声が響いていた。ノアは彼のことがかなり気に入ったらしく、彼の声が聞こえなくなっても笑っている。

「お次は東国連合サンスティア王国出身のラハムさん」

 ウェルハンの隣に座っていた小柄な男が立ち上がった。

「領主殿よ、私は技術者だ。主に軍事技術の研究をしている。モットーは良い物を大量に生産することだ。それが科学の到達点! 私を雇ってみる気はないか?」

「食い物を…大量生産できるようになったりすんのか?」

 ラハムは一瞬だけたじろいだが力強く頷いた。

「食品は専門外だが…敢えて言おう! 科学に不可能はないと!」

「うおおおお! 科学ってすげー!」

 ノアの一存で採用が決まった。良いものを大量生産するという方向性は現在のノイアフォードに適していた。ノアの無計画な移民計画によってノイアフォードの住民は爆発的に増加している。地下を掘って食料の生産を行っているため食料問題はないがそれ以外となると少し不安が残る。彼が大量生産の基盤を整えてくれればノイアフォードの住みやすさも上昇するだろう。

 それ以降も癖の強い者たちとの面接を行った。大工やら商人やら法律家やら全員を採用した。残りは二人。雪のように真っ白な髪の目を閉じた少女と灰色の髪の若者。正直疲れてきた。

「ルシアよ。ノイアフォードの英雄さん、私を護衛として雇ってみない?」

 エリナの紹介を待たず、少女は立ち上がった。

「護衛かー、ラミナスがいるから充分な気がすんだよなー」

 ノアの背後に控えるラミナスはほんの少し頰を緩ませた。他にもユミルやロイトらがいる。彼らがいれば滅多なことはない。ノア自身もラミナスに次ぐ強さを持っている。ラミナス以外に護衛など必要ないというのが彼の本音であった。

「雇ってみて損はないんじゃないかしら? 私のことが気に入らなかったら解雇すればいいし、逆に私が貴方を気に入らなかったら辞めさせてもらう。気軽な関係でいきましょう」

 気軽に関係を結ぶと面倒ごとに巻き込まれるのが目に見えてるのだがユミルたちは言わないでおいた。

「…本音を言いなさい。馬鹿なノア様は騙せても私を欺けるとは思わないことね」

 これまで何も言わなかったラミナスが口を開いた。ユミルも彼女は別の目的があると見抜いていた。

「馬鹿って言った?」

「まー、実際馬鹿だし」

 ロイトがノアの肩を叩いた。

「鋭いわね。でも別に敵意はないわよ。ただ、最近良くも悪くも新聞を飾ってる貴方に興味が湧いただけ」

 ルシアは微笑みを崩さずに答える。その注意は殺気を放っているラミナスには一切向けられていない。ノアがどんな人間か見抜こうと彼に集中しているようだった。ノアは笑って採用を告げた。

「暗殺者とかじゃないのか。じゃあ採用」

「ふふふ、私は飽きやすいから…飽きさせないように頑張ってね」

 最後に残ったのは理知的な目をしている若者。最初からノアの言葉を聞き逃さないように気を張っているのをラミナスは見抜いていた。彼がノアに集中するのはノアを尊敬しているからではない。彼が尊敬に値する人間かどうか見定めようとしているからだ。彼はまた、ノアの周囲の人間、ユミルたちのノアに対する言動も見ていた。

「では最後の方は…あら?」

 エリナは彼のエントリーシートを見て目を丸くした。

「どした?」

「はい、このエントリーシート、氏名以外空欄です」

 ノアに彼のエントリーシートを渡した。確かに出身地、人種、性別、年齢、経歴などを書き込む欄が空白になっている。

「領主殿、恐れながらお尋ねしますが私が空欄で提出した部分の情報は重要な点でしたでしょうか?」

「いや、名前だけ聞くのも素っ気ないって言ってミラが書き足しただけだ。うちじゃ国も人種もバラバラだし聞く意味がない」

 エントリーシートには名前だけが書いてある。名はシューベル・アーキマン。丁寧な字だ。育ちの良さがわかる。

「貴方がどのような国を目指しているかはミラ殿からお聞きしました。その志は私が望むものでもあります。問題は貴方が私をどう遇するか…です。どうかこれをお読みください」

 シューベルはノアに封筒を差し出した。その中には一通の手紙が入っていた。差出人はミラ。宛先はノア。内容は彼の政治理論は素晴らしく、まだ若いが政治職に就けばノイアフォードをさらに発展させるであろうというもの。つまりは推薦状だ。どうやらノアが帰ってくる前に語り合ったらしい。

「シューベル、俺はいつか国を創ることになるとおもう。お前が思う分活躍できれば俺の国はどんな国になる?」

 今度はノアが尋ねた。

「…何者にも踏み躙られることのない自由な国をお約束しましょう」

 不敵な笑みでシューベルは答えた。

「よし、採用! とりあえずは官僚の地位で働いてもらう。そこで人望と実績を得てラントフォードの気風に慣れたら政務長官を任す!」

 政務長官とはノイアフォードの文官のトップだ。現在は政治家としての呼び声も高かったミラが兼任している。彼を政務長官に任命するということは立法、政策、経済、学問等について彼に一任することになる。

 シューベルは目を丸くした。そして深々と頭を下げた。

「まさかそこまでの役職を与えてくださるとは…。かしこまりました。このシューベル・アーキマン、全力をもって貴方の期待に応える所存です」

「ああ、よろしくな!」

 彼は始終ノアを試していた。少しでも主君に相応しくないと判断した場合、仕官しないつもりでいたのだ。だがノアは見事彼の信頼を勝ち取ることができた。出自で判断せず、人柄と能力を見て惜しみなく役職を与える。また、無鉄砲に見えるが、最初から高官につけるのではなく様子見を経てから要職に就かせるといったある程度の慎重さがある。それがシューベルの求めていた答えであった。彼は数日、ノイアフォードを見て回った。それだけでこの街が異様であると共に一種の理想であると感じた。多種多様な種族が平和に豊かに暮らし、支え合っている。強い者も弱い者も己にできることを見つけ、頑張っている。この街を築いた者は並大抵の人物ではないことはすぐにわかった。

 ノアの方もミラがそこまで絶賛する人材であれば全面的に信頼することができる。彼女は過去の輝かしい栄光を持っているだけではない。苦しく、屈辱的な政治的な失敗を経験してここにいる。軍部に過度な干渉をせず、また暴走を放置しない人物であれば全面的に押し出してくるだろう。人類最南端国家ライジス王国。北上を続ける魔王軍を打ち破るには軍が節度を守りながら自由に動けることが求められる。その実現には彼が必要だと彼女が判断した。ノアはそれを疑わない。

 彼らを加えて戦争の準備が進められた。ワンドマリガ王国だけでなくライジス王国も軍を南に向け、遠征の準備をしているらしい。両国の軍をノイアフォード軍で撃破する策をミラが立てていたがロクラスの方も全軍に戦争の支度をさせていた。ラントフォード軍も戦うつもりのようである。

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