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戦乙女の国

 ノアは気を失って砂浜に流れ着いていた。鮫がノアを離したのが幸運だった。あの鮫が空腹だったらノアは死んでいた。悪運が強い彼を見つけたのは一人の女。気絶しているノアの元に駆け寄り、短い悲鳴をあげた。

「お、男…!」

 助けるかどうか悩んだが、助けることを選んだ。人を呼び、応急処置をして連れて行く。彼が目を覚ましたのは数時間後のことだった。

「…どこだここ…?」

 まず目に入ったのは鉄格子。自分は檻の中に閉じ込められている。さらに遠くを見るとたくさんの女がいた。見渡す限り全方位に鎧を纏った女がいる。手足は動くが、体は重い。状況が飲み込めない。

「目を覚ましたか。異国の男」

 冷たい声が玉座らしき豪奢な椅子に腰掛けた女から浴びせられる。白い髪に青い瞳。目付きは鋭く、油断せずこちらを見ている。

「えーと…俺は…鮫と喧嘩して負けて…溺れたな。あ! お前ら、助けてくれたのか! ありがとう!」

 ノアは笑って頭を下げた。今更思い出したが自分は泳げなかった。なのに怒りに任せて海に飛び込んだりしたから死んでもおかしくなかった。

「悪いがお前には死んでもらう。どのような経緯で流れ着いたにせよ男は悪だ。生かしてはおけない」

「生まれつき男だからどうしようもなくね? ていうかここどこ? お前ら誰だ?」

 何が何だかわからないが殺されそうになっているのはわかる。周囲の女たちも武器を構え、こちらに向けている。寝ている間に何かしてしまって檻に入れられてるのかと思ったがそうではなかった。

「お待ちください陛下。この男がどんな人間か調べてから処分を下すべきです!」

 彼女は海辺で散歩していたところノアを見つけて介抱した人物だ。ノアにとっては命の恩人だ。今まさに命を奪われそうになっているが。

「調べる? どうやって?」

 陛下と呼ばれた女の隣には黄金の髪の美女が立って言った。彼女はノアに敵意を向けていなかった。ただただこの状況を楽しんでいるように見える。

「どこから来て何をするつもりなのか尋ねる。陸から来たならまだしも海から流れ着いた人間だ。敵とは限らない。それに男だから殺すなんて野蛮だ!」

「尋ねたところでその答えが嘘か真か確かめる術はないでしょう? 貴女も分かるでしょう? その男、手練れよ」

 二人は言い争う。さっきからいろいろ質問しているが答えてくれない。わかっていることはただ一つ。男がいない。ノイアフォードでもよく開かれている女子会というやつかなどと思いながら欠伸をする。逃げようと思えば逃げられる。今のところは静観しておくことにした。

「これ以上の問答は不要ね。陛下のご決断を仰ぎましょう」

 戦士たちの視線が玉座の女に注がれる。女は立ち上がり、ノアを見下ろして言った。

「確かに無抵抗の人間を殺すのであれば我らは外界の野蛮な者共と変わらない。そこな異人よ、お前の真意を問うことはしない。流血をもって己の行く末を定めるがいい」

 ノアは首を傾げた。

「お前は剣を使うのか?」

「剣だけは得意だ」

 胸を張ってノアは答えた。剣についての知識はそれなりにある。剣を蒐集する癖があるノアはどんな剣でも使いこなす自信がある。

「なら私と戦え。剣のみでだ。私に勝てたらなんでも望みを叶えよう。だが私が勝ったら命をもらう。それでいいか?」

「ああ!」

 ノアは檻から解放された。ようやく自由になれた。だが周囲には兵士たちがいる。逃げるのは骨が折れそうだ。観念してセシリアからもらった剣エレネリウスと名剣クラウディウスを構える。終極の赤は今回は待機だ。あの雷の力を使えるほど体力は回復していないし剣そのものも手に馴染んでいない。

 対して女は質素な剣を握った。鍔に巻かれた鎖が特徴的だった。

「フィーレイ・ワルキュリア王国女王フィリアの名においてお前を裁定する! 覚悟はいいか!」

「ん?」 

 フィリアと名乗った女がノアに斬りかかる。ノアはクラウディウスでそれを受け流し、セシリアの剣で首を狙う。瞬間、フィリアの姿が消えた。違う。消えたのではない。高速で移動したため消えたように見えたのだ。彼女はノアの背後に回り込み、鋭い突きを放った。起きたばかりで動きの鈍いノアはそれを避けることができずに突き刺された。彼の背中から鮮血が噴き出す。フィリアは勝利を確信した。剣をさらに押し込み、肉を切り裂く。だが、彼はフィリアが思うより強かった。背中に手をまわして彼女の剣を掴み、振り向きざまに強烈な一撃を放つ。

「!」

 彼女は側頭部に攻撃を食らった。こめかみから血が流れている。殺す気はなかったが剣の腹で全力で放った一撃だ。できれば気絶させたかった。少なくとも転倒することを期待していたのだが目の前の女戦士はノアが思うよりずっと頑強であったのだ。

 ノアは再び剣を構える。勝てるかどうかはわからない。相手は丸腰だがこちらは重傷を負っている。傷の修復が始まったものの、激しい戦闘を行うことはできない。相手さ手練れだ。優れた動体視力を持つノアの目でも捉えられないほど速い動きでノアの背後に回り込んだのである。勝てる気はあまりしなかった。

「剣を下ろせ。勝ったのはお前だ」

「は?」

 青年は呆気に取られた。

「言ったはずだ。剣のみで戦うと。剣を奪われた私の負けだ」

ノアは剣をしまう。盛り上がらない幕引きだったがこれ以上戦い続けるよりは遥かに良いというものだ。フィリアに剣を返す。

ノアとフィリアはすぐに治療を受けた。一通りの治療を終えたノアたちは向き合った。

「約束は約束だ。なんでも望みを叶えよう」

「その前にここどこだ? あとお前誰?」

 ノアは疑問を口にした。さっきからしていたが無視されていた。

「まさか…それすら知らずに流れ着いたのか…」

 フィリアはため息を吐いた。彼女の傍らに控えるのはノアを庇った青髪の女と彼女と言い合っていた金髪の女。どうやら彼女たちはかなり位が高いらしい。二人も苦笑を浮かべている。

「ここは人類最西端の国家フィーレイ・ワルキュリア王国。戦乙女の国だ。私は国王フィリア。私の右にいるのは宰相セーネ、左にいるのは軍総司令官セレイラ」

 ノアは目を見開いた。

「ここがフィーレイ王国か! 俺、この国に来る途中で船から落ちたんだ。着いてよかったー!」

 何とかなるものだと、思い知った。自分ひとりだけではあるが目的地に到着した。あとは仲間たちが来るのを待つだけだ。

「この国に何をしに来た? それ次第では首をもらう」

「仲間にワルキューレがいて帰りたがってたから送りに来た!」

 今度はフィリアたちが驚いた。

「その者の名を聞かせてくれ」

 ノアを助けてくれたセレネが尋ねる。

「五年前に姉ちゃんと誘拐されたアンってやつだ。フロンフォンっていうところに住んでたらしい」

 セーネはどこかに走り去っていき、しばらくして黒いノートを持って戻ってきた。ページをめくり言った。

「陛下、この者が言っていることは本当だ…。五年前、ティンニバル王国軍に連れ去られたフロンフォン地区のサンとアンという姉妹がいる」

「何だと…?」

 フィリアは信じられないというようにノアを見つめた。

「本当にお前は敵じゃないのか」

 周囲の兵士たちのノアを見る目が変わった。

 ノアは頷く。

「他にもカリン、シュアナ、イース、ミリス、カナイ、ヒアナの六人のワルキューレが俺の領地にいる。帰りたがってなかったから連れてこなかったけど」

 その六人の名前も帳簿に記録があったようだ。セーネの両目から涙が零れた。涙を拭いながら報告する。

「彼女たちも…数年前に攫われた者たちだ…! 生きていてくれたのか…!」

 フィリアが立ち上がり、頭を下げた。

「我が国の民を救い、守ってくれていたこと…心より感謝する。本当にありがとう。そして謝らせてもらう。我々は大恩あるお前を檻に閉じ込め、傷つけ、疑った。どうか許してほしい」

「いいよ、気にすんな。勝手に入ってきたのは俺だししゃーねーよ」

 ノアは笑う。非があるのはお互い様だ。彼女たちを責める理由はない。なんにせよ誤解は解けたようだしめでたしめでたしだ。

「旅人さん、貴方はどちら様かしら?」

 セレイラが問う。

「そういや名乗ってなかった。俺はノア。ノイアフォードってとこから来たんだ」

「!」

 セーネは懐から新聞を取り出す。新聞とノアの顔を見比べる。

「ノイアフォードの英雄か!」

 英雄というより勝手気ままに暴れまわる犯罪者の方が表現としては正しいのだが、若き英雄としての呼び名が広まっている。そのおかげでいろいろ動きやすくなっているから文句はない。

「ラフマートをぶっ壊した張本人⁉ すごーい!」

「なんか見たことある顔だなって思ってたけど本物なんだ」

 騒ぎ立てる兵士たちをセーネが制止する。

「話の続きだ。ノア、約束通り望みを叶えよう。約束は約束だ。望むならこの身でも捧げよう」

 フィリアが言った。

「なら一つ、頼みがあるんだ!」

 全員が彼の答えを待った。女王フィリアは並外れて美しい容姿を持っている。そんな彼女が身を捧げると言ったのだ。普通の男なら答えは一つだろう。果たして彼は他の凡夫と同じで卑しい願望を口にするのか、それとも国そのものを望むのか。いずれにしろ、普通の人間には手に入らないものだ。

「仲間の船がアンを乗せてもうすぐここに来る。アンを守ってくれ」

「⁉」

 そこにいる誰もが驚愕した。彼がどんなに高潔な人間であったとしても一国の王に望む願いなら多少利己的な願いなものであると思っていたからである。

「アイツ、売られた先で五年も酷い目に遭わされてきたんだ。姉ちゃんも死んだ。アイツはもう十分辛い思いをした。だからアイツが安心して暮らせる場所を作ってやってほしい」

 青年は頭を地面に擦り付けた。土下座までして頼みこむその姿勢に心打たれる者は多かった。

「…顔を上げてくれ、ノア。お前の想いはよくわかった。だがその願いは聞き届けられない。私にはこの国を守る力がない。国土は削られ、富は奪われ、民を失い続けている。この国に安住の土地はないんだ…!」

 絞り出すような声で女王は言った。悔しさと怒りが混じった苦しみの声だ。ノアはこの声を知っている。兵士たちも今にも泣きだしそうな顔をしている。皆、苦しい中今まで必死に戦ってきたのだ。

「彼女たちはお前が守ってくれ。私は…最後の王としての責務を…果たす」

「なら願いを変える。俺に、俺たちにお前の国を守るから俺の領土に来てくれ」

 ノアの言葉に皆言葉を失った。その言葉の真意を問いただすことは誰にもできなかった。彼はなんの偽りもなくこの国を助けようとしているのが誰の目にもわかったからだ。兵士たちの中には涙を流す者もいた。

「みんな、俺の家に来いよ! ラントフォードに住む奴はみんな俺の家族だ! 絶対に奪わせない!」

 フィリアの右目から涙が零れる。彼女は手で顔を覆った。それを見兼ねたセレイラがマントで彼女の顔を隠した。軽薄そうに見えて気遣いができるようだ。

「本当に…いいのか? 私たちがノイアフォードに移れば要らぬ火種をもたらすことになる…」

「心配すんな。ワンドマリガとかラフマートでやらかした件で戦争になりかけてるし今更だ! ていうか戦争終わってからうちに来るか?」

 元々はワンドマリガだけでなく全世界を敵に回しても仲間を守るつもりだったしその意思表示はすでにしてある。

「…すまない。本当にすまない。どうか助けてくれ…! その代わりワルキューレの軍勢はお前の為に戦おう!」

 これでフィーレイ王国国民三万名がノイアフォードに移住することになった。しかしその前にすべきことがあった。前の戦闘でフィーレイ王国の兵士が数人、ティンニバル王国軍の捕虜になってしまったのだ。彼女たちを捨てていくわけにはいかない。彼女たちを救出してからが大移動の始まりだ。

 伝球でラミナスたちに無事を伝え、フィーレイ王国の軍港に来るよう伝える。ラミナスはかなり怒っていたが仕方ない。鮫の危険性を知りながらノアを自由にさせていたユナもかなり叱られたという。

 翌日、ラミナスたちの船が港に到着した。彼女たちに事情を説明し、協力してもらうことにする。

「わりいなアン。故郷に戻ってきたばっかなのにノイアフォードに逆戻りだ」

「いや、謝らないでほしい。私もノイアフォードを気に入っている。それに貴方をこれからも守れるのだから文句はない」

 戦乙女の少女は微笑んだ。


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