シタリ王国
翌日、ノアとユミルは目を覚ました。そして戦没者を埋葬し、弔った。それから生き残った者たちで宴会が開かれた。ノアたちは笑い、食べ、飲んだ。ロイトは酒を飲みすぎて早々に潰れてしまった。
「ノア殿、もっと飲みましょうよー」
セシリアがノアの杯に酒を注いだ。彼女も戦後すぐに回復し、ノアの看病をしていた。ノアは彼女たちと肩を組み、歌った。
ワルターも酒宴を楽しんでいるようだった。両目の縁に涙の跡を残しながらも王の遺志を果たせたことを喜んでいる。宴会は夜を徹して続いた。それが生き残ったメレモロ城の人々の新しい時代の幕開けでもあった。
「この剣、本当にもらっていいのか?」
「終極の赤」を腰に提げたノアがセレカに問う。
「ああ。誰も文句はねえよ。俺たちはたぶんお前が来るのをずっと待ってたんだ」
セレカは笑った。
「バルトルサの王様が何でこれを欲しがったんだ? 勇者がどうのこうのって言ってたけど」
「そればっかりは俺らもわからねえ。どうやってここに『終極の赤』があることを突き止めたのかもわからん。フルヴァルト本国が沈黙してる理由もわからん。あいつは人間辞めて魔人になったらしいが…」
セレカが肩を竦める。
「そのことですが…あの男はかつて前線国家で奴隷たちが起こした反乱の首謀者アシュラン。反乱鎮圧後にどこかへ逃れ、魔人となったようです。なぜ王位を簒奪し、『終極の赤』の存在を知ったのかはわかりませんが…」
セシリアが会話に入ってくる。彼女は世界人類同盟の盟主である帝国の皇女であり将軍である。ノアらが知らない情報も多く持っているだろう。
「南スーディルは魔人化の研究を行っていると聞きます。恐らくそこで人ならざる者に成り果てたのでしょう。かの国はきな臭い研究を多々行っているらしいのです」
「そういやあそこは魔術が発展してる国だったな。そこで色々知ったのかもな」
仮定などいくらでも立てられる。だがそれを立証する方法はない。加盟国とはいえ南スーディル王国は独立した主権国家。帝国が立ち入り調査を行うことはできない。南スーディル王国は前線に近い国家であるしそこでトラブルを起こすことも帝国としては避けたかった。しかし警戒はされることになるだろう。
戦後処理は終わり、ノアたちは大量の食料を受け取って出発するところだった。セシリアは帝国に戻り、戦いの終結と「終極の赤」の目覚めをディアナに報告した。この件を認められ、ノアはこの旅行において帝国の支援を受けることになった。どうせならということでウィクトリア第四隊を伴い、冒険を続けることにした。セレカやメレモロ城の住民たちがノイアフォードに移住すると聞いた時は驚いたがミラに連絡したところ快諾された。騎兵ばかりのノイアフォード軍に歩兵部隊を設置したかったようだ。
ワルターも同時にメレモロ城を出発し、祖国に戻る予定らしい。ディアナの推薦でバルトルサ王に即位することが決まった。王位を簒奪するために王を裏切ったとみられるのではないかとワルターは推薦を断ろうとしたが他に国を導ける者はいなかった。宿将イワンは既に亡く、他の有力な将軍たちは今回の王の暴走を止められなかったことを恥じてワルターを王に推したため受け入れざるを得なかった。
「ノア、本当にありがとう。君のおかげでバルトルサは守られた。感謝してもしきれない」
「俺だけじゃねえよ。お前も頑張った。みんなで守ったんだ。だろ?」
「…!」
ワルターは涙を流し、ノアと握手を交わし、国へ帰っていった。ノアたちもメレモロの住民たちに見送られながらさらに西へ歩みを進める。次に向かうのはワナンナの故郷のマルセル平原だ。マルセル平原にはかつて大小様々な部族が存在していた。だがある一族が勢力を拡大し、百年の間に平原を統一してしまった。その部族の族長の息子がワナンナである。彼のシタリ族は南方から移住してきたラントフォードの一部族である。彼らは国家と呼べるほどの領土を持ち、シタリ王国を自称しているが、世界人類同盟に加盟しておらず、人攫いが横行し、周辺国家からの侵略を受けている。ワナンナも人攫いによって誘拐され、奴隷とされていた。
「久しぶりの帰郷だね。楽しみ?」
ユミルがワナンナに尋ねた。
「はい。早く村のみんなに会いたいです」
「ははは、ちょっとだけ男見せれたもんな!」
ノアは彼の肩を叩いた。出会った時は頼りなかったが今は少しだけ精悍な顔つきになった。
フルヴァルト王国を横断するとマルセル平原だ。マルセル平原の南方にはアウレル王国、東にはティンニバル王国がある。ティンニバル王国は少しだけノアたちにとって都合の良くない国家だ。支援していたカルル族を支配下に置いたを理由にシタリ王国が世界人類同盟に加盟することを反対し、非加盟国であることをいいことに戦争をしかけている。また、貨幣の概念がないため世界人類同盟に加盟できないフィーメイ王国にも攻撃している。フィーメイ王国はアンの故郷の戦士の国だ。場合によっては戦いになるかもしれない。だがそれに備えてウィクトリア第四部隊がいるのだ。恐れる必要はない。
五十人という大所帯の移動のため、宿が見つからない可能性が予想されていたが、フルヴァルト王国が道中の宿泊施設を手配してくれたため、その危惧は無駄となった。帝国か同盟の差し金かと思ったがディアナも知らないらしい。それどころか、政府の高官がやってきてノアに跪き、もてなした。
「おっさんありがとな!」
「お気になさらず。貴方の旅路を支えるのが我が国の使命でありますから」
ノアを含め、その言葉の真意を理解できる者はいなかった。だが懸念が一つ解消されるのは素直に喜ばしいことであった。深くは追求せず、フルヴァルト王国の好意に甘えることにした。
王国のさらに東、マルセル平原に入ったノアたちは近くの集落を見つけて立ち寄った。村民たちはノアたちを奇異な目で見ていたが、国王の息子が帰還したことを知るとすぐに村の長を呼びに向かった。村人たちに呼ばれてやってきたのは壮年の男。目付きは鋭く、均整の取れた体つきの戦士だ。
「驚かれた。まさか若様がお戻りになられたとは。陛下はひどく悲しまれておりましたぞ!」
「あはは…。心配させてすみません」
申し訳なさそうにワナンナは謝った。
「いえ。ご無事であるのなら何より。以前より逞しくなられたか。この一年、悪いことばかりではなかったようですね」
「はい。ラフマートにいた頃は地獄でしたけど…ノアさんに助けられてからはとてもいい日々でした!」
「わはは、照れるなー!」
ノアは笑う。
村を出てまた東に向かう。向かうは王都バルガマーン。ワナンナにとっては一年ぶりの帰郷だ。バルガマーンは小さな草原地帯にあった。元々は小規模部族だったため首都もあまり大きくない。平原を統一したものの各部族の長の代表という形で国王は在位している。各部族が独立したままだといずれアウレル王国やティニンニバル王国に飲み込まれる恐れがあるとしてシタリ族が平原統一に乗り出し、その志を知った各部族の族長たちが賛同していったという経緯があるからだ。
バルガマーンに到着したノアたちはシタリ兵に丁重に迎えられた。王の要望もあってすぐに王宮まで通され、謁見することになった。王が玉座に現れるまでの間、ワナンナは落ち着かない様子だった。
「おお! ようやく帰ってきたか、我が子よー!」
背後から一人の男が走ってきてワナンナを抱き締めた。驚いたワナンナは奇妙な声をあげて抱き締められた。男はワナンナに頰を擦り付けた。よく見るとここにいる誰よりも豪華な服を着ている。
「ち、父上…」
そこにまた青年がやってきた。青年はワナンナに抱きつき、涙を流した。
「よく帰ってきてくれたなぁ! 俺はもう駄目かと…!」
「兄上…」
どうやら彼らはワナンナの父と兄。即ちシタリ王国の国王と王子。彼らは群臣が止めるのも聞かず、ワナンナの帰還を喜び続けた。しかしノアたち客人が来ているのを思い出すとワナンナから離れ、王は玉座に、王子はその隣に立った。
「よくぞ我が子を連れ帰ってきてくれた。王として、父として感謝する」
王は頭を下げた。
「申し遅れた。俺はシタリ王ベレボス。お前たちは…ノイアフォードの若き英雄ノアとその配下…。ワンドマリガ東部事件、ラフマート破壊事件、魔王軍との戦い、巨人王との同盟、世界人類同盟議会での啖呵…」
ベレボスは懐から新聞を取り出し、笑う。
「新聞の表紙をよく飾る男だ。世界はお前に注目している。次に何をやらかすのか、とな! 無論、ラントフォードを故郷とする俺も同郷のお前の活躍を楽しみにしている」
「あんま問題起こすなって言われるけどな!」
ミラだけでなくセシリアやディアナ、レナードから言われている。最も近くで彼に仕えているラミナスは言っても聞かないし殴っても止まらないともう諦めている。申し訳ないとは思っているが仕方ない。ミラやレナードは切実だ。毎回ノアのやらかしの尻ぬぐいをさせられている。レナードはもう慣れたものだが、ノイアフォードに来たばかりのミラにとっては悩みの種だ。だがそんな人間に仕えた自分の不運が悪いのだ。ちなみにロクラスはノアがやらかすたびに大笑いしている。
「助けてもらったばかりのところで悪いのだが…一つ頼まれてくれんか?」
「俺にできることなら!」
ワナンナの家族の頼みなら断る理由がない。
「我が一族の民の一部をラントフォードに連れて行ってやってくれぬか」
「!」
それはノアたちにとっても嬉しい話だった。人手は多ければ多い方がいい。メレモロ城の住民たちの移住を受け入れても居住地や食糧には余裕がある。ミラの計画も大きく進むだろう。
「知っているとは思うが…我らは百三十年前にラントフォードを捨ててこの地に移住した。住んでいた地を魔王軍に荒らされ、住めなくなったからだ。その時代を生きていた者はもういないがあの草原に還ることを望む者は多い」
王は続けた。
「ここも良いところだがな! 特に肉が美味い! 本当ならばもっと多くの民を戻してやりたいが外敵を抱えていて叶いそうにない」
「わかった! 俺の街に来たい奴は全員受け入れる! けど魔王軍の侵攻のことは伝えておいてくれ」
ノアは快諾した。断る理由がない。故郷にこだわる理由はノアには理解できなかったが望むのなら叶えてやればいい。だがこの地に住まう者たちにとって魔物の脅威は未経験なはずだ。精強無比のラントフォード軍に守られているとはいえ万が一のこともありうる。来るのなら拒みはしないし歓迎するが覚悟はしておいてほしい。
「本当か! 真に助かる!」
王は再び頭を下げる。
「あと、俺たち、ワンドマリガと戦争になりかけてるから迎えに行くのは無理そうだから帝国に頼むことになりそう」
ディアナに言えば護送の兵士を送ってくれるだろう。利用するようで悪いが仕方ない。思えば彼女にも世話になっていた。今度、ノイアフォード名物の魔牛の乳から作られた溶けないアイスを送ることにした。




