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メリルの喜び(メリル視点)

「今日も上手くできましたね、メリル様」


「教え方が分かりやすいおかげよ」


 私の最近の楽しみはアップルパイ作り。


 近くの村人が美味しい林檎を作っていて、それをたくさん届けてくれるのだ。

 お礼に焼いたアップルパイを使用人に届けさせると、とても喜んでいたという報告を受けるのが楽しみ。


 誰かが作って、食べて美味しいと言ってもらえて、また作りたくなる、そんな循環に幸せを感じるのは不思議だ。


 それだけではない。

 一人で何かを楽しむという、ほんのちょっとの事が私にとっての大切な時間なのだ。


 例えば刺繍をしたり、本を読んだり、愛犬を撫でたり。

 庭園の手入れは手が掛かるから、私にはなかなかできないし、させてもらえない。

 それでも、その様子をお茶を飲みながらテラスから眺めているのは飽きない。


 ただ、いつもテラスにばかりいたせいで、これからの季節は体調を崩してはいけないと暖炉の前にいる事が増えてきた。


「メリル様、身体の具合はいかがですか?」


 椅子に腰掛け、お茶とアップルパイを楽しみながら暖炉の前で本を読んでいると、居間の戸口の方から声がした。


「あら、先生」


 にこやかな笑みと診療鞄が代名詞のような人物。

 それは、いつも私の診察をして下さる先生だ。


 年配のどっしりした落ち着きのある男性で、実はスコーンが大好物。

 ならば、私の作ったスコーンも食べて下さるかしらと黙って差し出したら喜んで平らげていた。

 それ以来、先生が診察の為に訪問に来る時は必ず用意しているのだ。


 先生は執事にコートと帽子を預けている。


「今日は先生がおいでになる日でしたの? 私、うっかり忘れていたのかしら」


「いいえ、近くに患者さんが引っ越しましてね。 ついでで申し訳ないが、ちょっとメリル様の顔を見に寄らせて頂きました」


「まぁ、そうでしたのね」


 ハンナにお茶とスコーンの準備をするように言い付けた。


「少しずつ寒くなって来ましたから、厚手の羽織る物が欠かせなくなりますよ」


「えぇ、ハンナがいつも用意してくれるので助かります」


「うん、お顔の色も変わらずに良さそうですね」


 先生は私の顔色や目、口腔、首回り、心の音等を確めつつ、言った。


「先生のおかげですわ」


「ですが、無理はいけませんよ。 メリル様はすぐ我慢なさろうとするから」


「ハンナにも、いつもそれで叱られてしまいます」


 私が小さく笑うと、先生も笑う。


「ハンナさんは私の良い助手になりそうだ」


「あら、私の大事な侍女ですわ」


 と、そこへハンナが嬉しそうに口を出す。


「まぁ。 何をお話かと思えば、私を取り合っていたとは。 これを天にも登る気持ちというのでしょうか」


 ハンナはスコーンの他に、私の作ったアップルパイも持って来てくれた。


「今日、私が焼いたパイですわ」


「ほぉ、メリル様が?」


 先生は楽しそうに一口頬張る。


「うん、パイ生地はサクサクしているのに中の林檎はほんのり甘酸っぱい。 なかなか美味いですな」


「良かったですわ」


 誰かに喜んでもらえる幸せというのは、もしかしたら心も元気にする作用があるのかもしれない。


「あ、そういえばカークス様よりお預かりして来ましたよ」


 診療鞄の中から取り出したそれを、私の手に手を添えて手渡す先生。


「ジョージが元気を失くしていましてね、カークス様があまりに心配なさるから先に診察して来たのですよ」


「ジョージが? 具合はどうですの?」


「元々は年の割に元気な男ですからね。 何も心配いりませんよ」


「それなら良いのですが……」


「ジョージもメリル様に会いたがっていましたよ」


「えぇ、私もジョージには本当に心配掛けてしまって申し訳ないと思っていますの……」


「詳しい事はおそらくカークス様の文に書いてあるでしょうから、そちらで」



 ☆ ☆ ☆



「メリル様、お夕食を少しでも」


「ごめんなさいね、あまり食べたくないの」


「では、温かいスープだけでもお持ちしましょう」


 そう言いながらハンナは心配そうに振り返りつつ、寝室を出て行った。


 カークス様の文には、ここ最近の様子が書かれてある。

 それを読んだ私は少しだけ気分を悪くしてしまった。


 時々、カークス様からの文がこうして私の元に届く。

 それに応える形で私からも文を書き、カークス様の元に届けて頂くのだ。


 私がこの別荘に来て、一週間以上が経過した。

 本来なら私とカークス様との正式婚約の御披露目が間近に控えていて、その準備に奔走している段階のはずだ。


 ところが今の私達には何もない。

 帰る場所も、その先の未来も、絆も。


『婚約破棄したい』


 私からお父様にお願いしたのはここに来て数日後の事。

 それは裏切りがあったからではない、私という存在が彼を縛っているような気がしたのだ。


 カークス様の幸せを待ち望んでいるし、彼の想うアイリス様は素敵な方だ。


 私はずっと婚約者として幸せな日々を過ごして来た。

 そこに想いが何もなかったとしても、カークス様の側にいられて本当に幸せだったから。

 だから彼の幸せが私以外のどこかにあるのなら、その想いを遂げて欲しいと思ったのだ。


 なのにカークス様は文の中で言う。

 私との些細な何気ない日常が自分にとっての幸せだった、と。

 ここに会いに来た時もそうだ。

 自分にとっての婚約者は私だけだ、と。


 どうしてだろうか。

 今のカークス様の方が、不幸せな気がするのは。

 彼をさらに縛っている気がするのは。


 私はカークス様の幸せとアイリス様の願いを望んだはずなのに。






評価、ブクマ等、お待ちしています。

あると、励みになります。


残り話数、多分一話位かな?

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