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メリルの赤色(メリル視点)

「メリル様、もう夕方です。 そろそろ屋敷内に入りませんと身体が冷えてしまわれます」


「そうね」


 広い庭園が挑める屋敷のテラスにはテーブルと椅子以外、何もない。

 そこは庭園から続く階段上にあるので、そのまま奥の居間に移れば屋敷内に入れる。


 今の季節は肌寒く、ついこの間まで暖かった同じ時間帯でも随分と体感が違う。

 侍女が肩に厚手のショールを掛けてくれていたのに、それでも寒さを一旦感じれば途端に物足りなくなる。


「もう、そんな季節なのね」


 カークス様のご実家である、ウォーカー伯爵邸の庭に咲いていた可憐な花々のように色取り取りの種類が咲いているわけではない。

 庭師が丁寧に剪定した緑の木々がアーチ状に並んでもいない。

 どこまでも続いていきそうな、なだらかな芝生。

 庭園の真ん中には池があり、その中心部を高く突き上げる噴水。


 特に何もない、絵画の世界にもならないような光景。

 そんな庭園が昔から私のお気に入りだった。


 そしてもう一つのお気に入りは、愛犬達が元気に駆け回る姿だ。

 壊して困るような物は何もないから、思い切り遊べる場所。


 愛犬達は今ではすっかり年を取り、子供を産んだ雌の犬は我が子の動きを横たわって眺める親犬となった。

 子供達はとにかく元気で、どれだけ走り回って親犬に窘められても、まだ走り足りないと言わんばかりにまた走り出す。


 そんな日常風景が逆に新鮮で、飽きないのだ。


「あの仔犬達はどこか引き取り手はあるのかしら?」


 私が侍女のハンナに尋ねると、彼女は答えた。


「あの仔犬達が産まれた時、旦那様はこのまま飼おうかと奥様と話しておられましたよ」


「あら、そうだったの?」


「えぇ、私は奥様付きの侍女でしたから」


「そうだったわね。 そんな貴方を私の侍女に下さって、お母様は本当に良かったのかしら」


「奥様はメリル様をいつでも愛していらっしゃいますから」


 居間の暖炉は赤々と燃え、冷え掛けていた私を溶かしてくれる。

 ハンナは暖炉の側の椅子に座った私に膝掛けを乗せて、言う。


「私もメリル様の世話をできて光栄です」


 この侍女はお母様と年の頃は変わらない。

 なのに一度も結婚する事なく、ずっとベネット子爵家の侍女として仕えて来てくれた。


 ハンナが言ったらしい。


『私はただの侍女でいたいと思います。 一番身近な使用人としてお世話がしたいのです』


 温かで、母でもないのに心休まる落ち着きを持たらしてくれる存在。


 今まで私の世話をしてくれていた若い侍女は結婚し、田舎で子育ての真っ最中だ。

 私にとっては姉のような存在で、侍女であっても自身の幸せを得られたのが自分の事のように嬉しかった。


 その後、私の新たな侍女となったのが彼女、ハンナだ。


「メリル様、明日は良い天気になりそうですね」


 暖炉の火を見つめていた私にハンナが声を掛ける。


「そうなのかしら」


「えぇ、火がパチパチとよく燃えていますもの」


「明日はパイを焼いてみたいわ」


「キッチンの方に話しておきましょう」


「お願いね。 カークス様はサクサクのパイがお好きなのよ」


「ですが、カークス様はこちらには……」


「えぇ、ハンナ。 それでも待っていると言ったのは私だもの」



 ☆ ☆ ☆



 あれ以来、夢を見る事はなくなった。

 いつも気付くと朝。

 何事もなく平穏に、ハンナがカーテンを開ける音で目覚めるのだ。


『おはようございます、メリル様。 気持ちの良い朝ですよ』


 平和な、ただの一日であり、私には大切な無の時間。

 何も考えない、何も起きない、過ぎ行くだけ。

 消えて無くなりそうな私という存在が辛うじて留まる事のできる、何もない場所。


 ジョージが言っていた。


『月は人を狂わせます、良くも悪くも』


 だとしたら、私は宵闇に酔ったのかもしれないと思った。

 心地悪くはなく、どこかフワフワして飛んで行きたくなるような。

 私が飛んで行ったら、カークス様は捕らえて下さるだろうか。

『どこへ行くのだ』

 そう言って抱き締めて下さるだろうか。

 そんな風に夢見ながら寝入る事はたくさんあるのに。


 あの日の夢はきっと赤い月が持たらしたのだ。

 カークス様の想いとアイリス様の想いがトライアングルな形として。


 私は幼い頃からカークス様だけを想って来た。

 時が来れば正式な婚約をして、いつか結婚して二人の愛が結ばれていくものだと。


 ところが、カークス様の想いがアイリス様へと向いているのだと気付いた時、私には揺れ動く感情より確かなものが存在した。


 カークス様の幸せが私にないのなら、その先の向こう側で幸せを祈ればいい、と。

 私にとって変わらずに存在するカークス様への愛は、失われる事がないから。


 だからカークス様を失ったとしても、私の想いは変わらずに生き続ける。

 それでいいのだと思った。


 ところが、お父様の訪問を受けて私の考えは脆く崩れ落ちたように見えた。

 こんなにも私は儚い人間だったのだろうか。


 お父様が言っていた。


『メリル、お前はまるで薔薇だね。 深い血の色をした赤い薔薇だ』


 それはカークス様への想いと同じ。

 一途に愛し続け、私の奥に咲き誇るのだ。



お読み頂き、ありがとうございます。

評価、ブクマもありがとうございます。

今後も評価、感想、ブクマ等、お待ちしています。


よろしくお願いします。

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