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アイリスの執着地点(アイリス視点)

「君はこれからどうするつもりだ?」


「ジョルジュと結婚するだけよ」


「だが……」


「心配しないで。 貴方とジョルジュは見た目が似ているもの、誰にもわからないわ」


 何もない、ただのお腹を擦りながら言った。


「そういう問題では……」


「ジョルジュは好きよ。 私を心から想ってくれているようだし、伯爵家ですものね」


「育ての御両親には会おうと思わないのか?」


「今はミアの両親よ」


「だが、御両親も君に会いたがっているはずだ」


「そうよね……。 気付かないわけがないのよね」



 ☆ ☆ ☆



 寄宿学校の、あの魔術師が私に告げた言葉を思い出す。


『どんなに願っても、運命は変えられないのだよ』


 私が地獄の世界を彷徨う運命は、キャンベル家から捨てられた時点で決まっていたのだろうか。

 だとしたらミアを平民に突き落としても、彼女がそこで幸せを手に掴むのは決められた運命だったのかもしれない。

 そしてカークスがメリル様を一生の伴侶にするのが変えられない運命なら、ジョルジュが私の為に彼との時間を許したのも変えられない運命。


 もしも、お腹に子が宿ったとしたら、その運命はどこへ向かうのだろうか。

 その子を私はどのように愛するのだろうか。


 カークスの屋敷を後に、馬車で私が向かったのはある場所。


 どうしても、この目で見ておきたかった。

 ずっと避けていた過去と見ないようにしていた事実。


 夜明けのまだ少し薄暗く、通りを歩くのは配達人や採れたての食材を入れた籠を持って裏口を行く下働きらしき人間ばかり。


 私は馬車を降りて、その車体の影に隠れた。


 もう、私はあの頃のミアではない。

 煌びやかな貴族の姿に夢を見ていた幼い少女はもうどこにもいないのだ。


 今の私はジョルジュの婚約者、貴族姿の女がこんな所にいたら不審がられるのは当然で、チラチラと視線を送られる事も多くなってきた。


 それでも、ここを動けないのはきっと私の過去がそうさせるのだ。


 しばらく裏口を行き交う使用人達を眺めていると、何処かに行こうとしている下働きの女が他の使用人と扉の前で楽しそうに会話している。

 その後、女は扉の外に出て一人どこかへと歩いて行く。


 私にはそれが誰なのか、すぐにわかった。

 わからないわけがない、私を拾った人なのだから。


 キャンベル家から支払われる金を目当てに私を育て、騙していたのだとずっと信じていた。

 あの両親がその後、どうなろうとどうでもいいと思っていた。

 だから何も知らずにいたし、知りたいとも思わなかった。


 なのに、こんなにも感情が強く揺さぶられるのはどうしてなのだろうか。

 十年ぶりに見る懐かしい顔はずっと憎かったはず。


 少し痩せただろうか、年より老けて見える気がする。

 歩く姿は昔ならもっと元気で軽やかだったのに、今は猫背、過ぎた年月を感じさせる。


 大好きなはずだった母の歩く姿を見て、涙が止まらない。


 キャンベル家のお母様とは数回しか顔を会わせた事がない。

 お母様が私を避けているらしいのは気付いていたし、会いたいとも思わなかったから天国に召された時も悲しくなかった。


 なのに今は、育ててくれた憎いはずの母が恋しくてたまらない。

 私は両手で顔を覆って泣いた。


 キャンベル家とあの子から奪われた私の時間を取り戻したかったのに、もう取り戻せないものがそこにある。


 どのくらい、そうして泣いていただろうか。


 人の気配を感じて顔を覆っていた手を離すと、そこにいたのは目の前に昔と変わらない顔。


 さっきまでどこかへ行こうとしていたはずなのに。


「お若い貴方、どうなさったの?」


 私は何も答える事ができない。


 彼女は優しく微笑んで、そんな私に静かに話す。


「あのね、娘がもうすぐ子供を産むの。 男の子かしら、女の子かしら。 娘が幼い頃は飴細工が好きでね、お小遣いで買った甘くて美味しいそれを私の口にポンと入れてくれたのよ。 その時の笑顔がとても素敵な可愛い子だったわ。 でもね、私はそんなあの子に取り返しの付かない過ちのせいで酷く傷付けてしまった。 言葉は凶器なのよ。 だからもう、私のあの子はどこにもいないの。 今いるあの子は私が愛したあの子の代わりに神様が遣わした贈り物なのかもしれないわ」


 彼女は遠い記憶を遡って、愛おしそうな顔をする。


「私も、もうすぐ結婚して子供を産むのです……」


 懐かしい彼女の顔を見ながら、これが最後なのだと心に誓った。


「子供が産まれたら、決して離しては駄目。 愛しているのなら、その手で抱き締めてあげて」


 彼女は私の手を取って、その嗄れた両手で包んでくれた。

 とても温かくて懐かしい、記憶。


 彼女は去り際に言った。


「愛してるわ。 娘に会ったら、そう伝えて下さいな」


 私の容貌は幼い頃とはあまりに違いすぎる。

 もしかしたら私だと気付かないままだったかもしれない。


 それでもきっと、これでいいのだと思った。


「さようなら、お元気で。 お母さん……」


 その背中に小さく僅かに呟いて手を振ると、彼女は振り返った。


「幸せにおなりなさい」


 失った代償の大きさに気付いてしまったのは、やはりこれも運命だからだろうか。



 ☆ ☆ ☆



「アイリス様、こんな太陽の登った朝方までいったいどちらに……」


 執事のアルトは一晩帰らなかった私を叱責する事はなく、ただ心配そうな顔で迎えてくれた。

 私は何の言い残しもしていなかったというのに。

 本当に心配してくれていたのが窺える。


「ごめんなさいね。 キャンベル家に急ぎの用があったの。 昨日のうちに戻るつもりだったのに本当に悪い事をしたわ」


「ご無事で何よりでした」


 ジョルジュ様は、と聞くと執務室だと言う。


 ヘンダーソン伯爵の容態が落ち着いてはいても、起きて執務を始めるまでは当分時間が掛かるだろう。

 だから、それまで彼は多忙を極める事になる。


 執務室のドアをノックしてみた。

 中から声は聞こえない。

 執務の最中に邪魔になるかもしれないが、顔が見たかった。


 そっとドアを開けて、そこにいたのはソファーに横たわって眠る姿。


 執務机にはたくさんの文書の数々。

 テーブルの上にはウイスキーの瓶とグラス。

 どうやら眠る為に飲んだのか、眠れなくて飲んだのか、瓶の中身はもう残り半分以下。

 昨日はまだ開けたばかりだったはずなのに。

 疲れた顔色だ、目の下に隈がある。

 そうさせた原因の一つに私が関わっているのは承知の上。

 ずっとさせてきたから。


 初めて会った時から一度も愛した事なんてない。

 カークスに近付く為なら誰でも良かった、それがたまたまジョルジュだっただけ。


 婚姻が間近に迫る、ほんの一ヶ月前。

 あの魔術師が私の願いを叶える術を授けてくれた。

 赤い満月の夜だ。


 ジョルジュの私を想う愛が強く、揺れる事はないとわかっていたから少しだけ利用した。

 そしてカークスに偽りを語る事で、私への不変の愛を心に刻んだのだ。


「ジョルジュ様、起きて」


 横たわり、眠る彼にそっと声を掛けると、うっすらと目を開けた。


 最初に目に映るものが私だという事実がどうしてこんなにも喜ばしく思えるのだろうか。

 愛した事はないと思っていたのに。


「ジョルジュ様、こんな風に寝ていてはいけませんわ」


「アイリス……」


 彼はぼんやりと私を見つめ、そして窓の明るさを確かめるとゆっくり身体を起こした。


「眠れなくて」


「ごめんなさい、ジョルジュ様。 キャンベル家に戻っていましたの。 早く帰って来るつもりがこんな時間になってしまいましたわ」


「そうか」


 そう言って、静かにぼんやりと目を落とした。

 おそらく気付いているはず、私の嘘に。


「帰って来ないかもしれないと思っていたよ」


 私はソファーに座るジョルジュの隣に腰掛けた。


「ジョルジュ様、もうすぐ私達は夫婦になりますのね」


「あぁ……」


「私、良い伴侶になってジョルジュ様を支えますわ。 貴方の妻として」


「アイリス、君は……」


「私の婚約者は貴方ですもの。 これからの歩む道は二人で」


 彼の手を取って両手で包んだ。

 母がそうしてくれたように。

 そして、その手に私の口付けで誓った。


『決して離しては駄目よ』




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