アイリスの幸福(アイリス視点)
幼い頃、父と母は言った。
『贅沢は貴族様がするものよ。 私達のような平民は毎日の暮らしが過ぎさえすれば、それだけで幸せでいられるの』
他に兄弟姉妹もいない私は両親と三人で、村の一軒家に住んでいた。
二人とも働き者で誰からも信頼される人間。
私もそんな両親が自慢だったし、幸せなのだと思っていた。
だから疑った事もなかった。
自分が他人の家の子供だなんて。
☆ ☆ ☆
私が七歳の誕生日を迎えたある日の事だった。
『ミア、誕生日だから好きなお菓子でも買ってらっしゃい』
母にお小遣いの硬貨を渡された私は、店の立ち並ぶ屋台通りへと走った。
『何を買おうかしら』
嬉しくて色んな店を覗きながら、見た事もないような宝石色をした飴細工が目に入る。
『美味しそう』
私はその飴細工を買って両親にも食べさせたら喜んでくれるかもしれないと思い、迷いなく買った。
『一つだけ舐めてみようかな』
袋から取り出してポンッと口の中に放り投げると、甘くて蕩けそうな味が一杯に広がる。
『こんな美味しいの、初めて食べた』
私は驚きと感動で、小躍りしそうだった。
残りの飴細工は大切に持って帰って両親の口の中にも放り込んであげるのだ、この美味しさは私だけでは勿体無い。
そう思った途端、家まで駆け出すには僅かな距離だが、飴が口の中で溶けて無くなる前に帰りたかったのだ。
すると、曲がり角で誰かにぶつかった。
『あ、ごめんなさい!』
ぶつかった相手は大人の女性で、仕立ての良い上等なドレスを着ていた。
おそらく、私の母とも年頃の近いはず。
ところが、その女性は私に見向きもしない。
まるで犬か猫がぶつかったかのように、ポンポンとドレスを払っただけだ。
その女性は買い物に来ていたらしく、使用人にたくさんの荷物を持たせて、その前を颯爽と歩いて行く。
『貴族様、かな?』
私とは違う世界の人、そんな感覚しかなかった。
『飴細工が駄目にならなくて良かった』
私の思考はすぐに飴細工へと戻って行く。
だから、その女性がまさか自分にそっくりな子供を連れているなんて思いもしなかったのだ。
『アイリス、誕生日はきっとお父様から素敵なプレゼントがあるわよ』
『本当? 私、お父様が下さる物なら何でも嬉しいわ』
そんな会話が耳に入って来る。
『あの子も誕生日なのか、私と同じね』
貴族様の娘と同じ誕生日なのが、なんとなく嬉しかった。
勝手に自分も貴族の一員になれたような気がしたからだ。
その後の家までの帰り道は決して駆け出すような真似はせずに、貴族様っぽく淑やかに歩いてみせた。
みすぼらしい格好には不似合いの、幼い子供の些細な遊びのつもりだったのだ。
たくさんの買い物を済ませた女性と子供が馬車に乗り込む時には、既に私は真似事貴族に夢中。
おそらく誰も気付いていなかったはずだ。
それが姉妹の、私を産んだ本当の母親との出会いだったなんて。
☆ ☆ ☆
幼い頃の私は母親の手料理が大好きだった。
特段に豪華なわけでもなく、ごく普通のパンとスープくらいのものなのに。
それでも温かくて優しい母の作るものが毎日の楽しみだったのだ。
そんな母がある日、寝込んだ。
過労が祟ったのかもしれない。
いつでも私の事を考え、思ってくれるから頑張らせ過ぎたのかもしれない。
だから元気になった母と、食卓を囲む為の食材の買い出しに村の中心部まで出掛けた時はとても嬉しかった。
『ねぇ、お母さん。 ハンカチって高いの?』
『物によるわね』
『この間ね、貴族の格好をした親子がいたの。 その子がとても綺麗なハンカチを手にしていたのよ』
『あら、そうなの?』
『あ、ほら! きっとあの子よ! 使用人が同じ人だもの』
『あれは……』
そこから少し遠い距離ではあったが、確かに間違いなく同じ使用人だった。
ただ、少女の顔は見ていなかったので同じかどうかはよくわからない。
それでも、どういうわけだか確信があった。
あの時、ドレスを着た女の人と一緒にいた子だと。
『あら……? ねぇ、お母さん。 あの子、私によく似ていると思わない?』
私とは正反対の綺麗なドレスに帽子も被り、使用人は傘で少女を陽射しから守っていた。
まるで私と生き写しのような少女。
『ねぇ……お母さん』
気持ちが悪くなった。
どうして私があそこにいるの?
私ではない私があんな綺麗な格好をしているのはどうしてなの?
すると、お母さんは途端に私の手を強く握り、家路を急いだ。
『お母さん、どうしたの?』
買い出しの荷物を片手に私の手を引っ張るように歩いて行く。
何も言わない、口を閉ざしたままだ。
その日の夜、早めにベッドで寝るように言われた私は目が冴えて眠れなかった。
村で見た今日のあの子の顔が散らついてしまう。
あれは何だったのか。
私によく似ている気がしたのは、そこから遠かったから見間違えたのだろうか。
そう思ったら、余計に眠れなくなったのだ。
ベッドで何度も寝返りを打ちながら、目を閉じて寝ようとした。
そこへ、扉の向こうから話し声が聞こえて来る。
両親がまだ起きていて、声を潜めながら何か話をしているらしい。
私は上半身を起こして扉に近付き、聞き耳を立てた。
『まさか、あんな所で出会すだなんて思わなかったわ』
『ミアは気付いたのか?』
『多分、似ていると思っただけで気付いてはいないはずよ』
『しばらくミアを村に出さない方がいいな』
『えぇ、そうね。 自分が捨てられただなんて知ったら、どんなにショックを受けるか……』
『姉は金持ちだというのにな……』
『それについては毎月、給金が出されているのだもの』
『だが……渡せと言っているだろ』
『嫌よ! どれだけ私達が……』
『そうとも、あの子は私達の娘だ』
『渡してたまるものですか』
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