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カークスの覚悟

「キャンベル男爵にお会いして来たよ」


 アイリスの表情がない。

 そこから見える感情も何も伝わって来ない。


「違和感の正体を知りたくてね」


 応接間の隅で静かに立つジョージを目で確認して、大きく息を吐く。


「数日前まで俺はジョルジュの仕事を手伝いながら君とも過ごした。 そこで君はおかしな事を言ったね」


「何かしら」


「これで私も安泰だわ、と」


「いけなかった?」


「おかげで、妙な事を言うものだと疑惑が俺の中で沸き上がったよ」


 アイリスの顔から表情が完全に消えた。


「君は女中相手にこうも言ったそうだね。 俺の子を宿せば王族の仲間入りができる、と」


 ジョージが一瞬だけ身動いだが、俺は目で制した。


 確かに俺の父上は王家出身で、国王は俺の伯父だ。

 父上には元々、三人の兄がいたらしいのだが、二番目の兄が病で亡くなり、三人兄弟となった。

 前王が亡くなり、一番上の兄である現在の国王がその後を継いで、三番目の兄や父上は結婚して相応の爵位を得、独立した。

 もちろん、重要な役職にも就いている。

 俺自身も将来的には父上の後を継ぐ事になるだろう。


 だが……。


「君はこの国の王族をよくわかっていないようだ」


「どういう意味?」


「もしも仮に君が俺の子を宿していたとしよう。 だが、それでも君が王族の仲間入りをする事は決してないんだよ。 その子もね」


「え?」


「正式な妻以外の女が子を産んだ場合だがね」


「だったら大丈夫。 私達は正式に結婚するもの」


「万が一、君とそうなったら俺は王族としての全ての権利を放棄するつもりだ。 もちろん、貴族的立場もね」


 アイリスはようやく顔色が変わった。

 どうやら狙っていたのはやはり社会的地位らしい。


「俺はメリル以外の女と伴侶になる気は全くない」


「カークス! 貴方は私を愛してくれたじゃない」


「君を愛しているのはジョルジュだけだよ」


 アイリスが下唇を噛んで、俺を睨む。


 あれほど想っていたのに。

 心からアイリスを欲していたはずなのに。

 あの想いが嘘のように引いていく。


「最初はキャンベル男爵が後ろで糸を引いているのかとも考えた。 彼は男爵の地位を得た人間だからね、君を唆しているのかも、と」


 ベネット子爵邸を出た後、俺はキャンベル男爵邸に寄った。


 そこで驚く話を聞かされた。

 それは俺自身も想定していなかった内容だ。


 もちろん、彼女にも会いに行った。


「君は双子の妹だったそうだね」


「聞きたくないわ、そんな話」


 アイリスは耳を手で塞ぎながら身体中で拒否する。


「昔は双子の誕生は不吉な証として喜ばれてはいなかった。 だからキャンベル夫妻は産まれたばかりの双子のどちらかを手元から手放す事にした」


「やめて!」


「そして選ばれたのが君だった」


 それは残酷で悲しい話だ。

 それでもアイリスのした事は許されないのだ。


「君は平民の、子供を欲しがっている夫婦の家に出された。 そして当然、その平民の家の子として普通に暮らしたのだろう。 ところが成長して、自我が目覚める年齢になった頃にある人物に出会った。 それがもう一人の双子の姉ミアだ」


「そんなの、知らないわ」


「キャンベル男爵は元々は騎士だ。 貴族ではないにしても幸せに育ったはずだ。 そのミアとどこかで出会した君はインスピレーションを感じたのだろうね。 そこから始まったのかもしれない、君の地獄が」


 俺は一つ深呼吸をして、お茶を喉に流し込んだ。


「ミアはね、全てを思い出したのさ。 君に崖から突き落とされて記憶を失った事も、会った事もない親と暮らすようになった事もね」


 アイリスは両手で顔を覆い、次第に声が震えていく。


「どうして? どうして私だったの?」


「君は本当の御両親も、育ての御両親をも恨んだのだろう。 だからキャンベル男爵邸でミアに成り代わった。 ミアからアイリスという名の姉に」

 

 そう、アイリスの本来の名前はミアだ。


 そして本来のアイリスであるはずのミアは記憶を失い、君を育てた親に見付けられ、その家でミアと間違えられた。

 だからミアとして生きて来たのも偶然なのだろう。


 アイリスからすればミアがどうなろうと関係なかったはずだし、寄宿学校で再会したのには驚いただろう。


「私、死に物狂いで努力したわ。 騎士の娘としてアイリスとして絶対に誰にも知られないように。 そしてお父様が男爵になって最初のパーティーに出席した時に貴方やジョルジュと出会ったのよ」


「そうらしいね」


「貴方は幸せそうにメリル様といたわ」


「あの頃の俺はメリルが可愛くて夢中だった」


「えぇ、だから私はジョルジュの婚約者になったのよ」


「最初からそのつもりだったわけか」


「そうでなければ、ただの伯爵家の婚約者になったりしないわ」


 もうすっかり男爵令嬢のアイリスではなくなっている。

 これが本来の彼女の姿だったのか。


「君の姉は結婚して、もうすぐ子供も産まれる。 君の事を知っても、自分がミアではないと知っても、それでも今のまま平民のミアとして生きて行くつもりだと俺に言ったよ」


 あぁ、残酷な未来が君には待っている。


「侯爵子息のヒューゴにミアを襲わせるように唆したのは君だよね?」


 アイリスが欲しがったものは本当は何だったのだろうか。


「憎かったのよ。 あの子は平民として育ったのに、私よりも遥かに貴族らしかった。 私は誰にも愛されないのに、あの子は愛してくれる男がいる」


 それは違うよ。

 君は愛されているじゃないか。


 ジョルジュに、キャンベル男爵に。


「キャンベル男爵はね、ずっと前から気付いていたのさ。 君が本当はアイリスではない事に」


「え?」


「君が犯したミアへの悪意と嫉妬は、全て自分達のせいなのだと。 だから君をミアでもアイリスでもない、もう一人の娘として見る事にした」

お読み頂き、ありがとうございます。

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