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カークスの真実

 ベネット子爵邸を後に、すぐさま馬車に乗った。


 本当は今からでもメリルのいる別荘に行きたかったが、何せ距離がある。

 以前何度か立ち寄らせてもらったが、気候が良くて療養するにはピッタリな場所だ。


 子爵の話ではメリルの体調は酷いものではなく、命に関わる事はないという。


 ただ、父親としては静かに過ごさせてやりたかったのだろう。

 いつ帰って来るかわからない、文すら届かない俺を待つよりずっと心の安定が保てる、と。


 俺はどれだけ謝罪しても後悔しても、取り戻せない宝物を壊してしまった気がする。


 帰り際、ベネット子爵が言った。


『メリルはね、君が彼女とどのような関係になったとしても受け入れる心の強さを持っていたよ。 おそらく今も、ね』


 君自身が見て来たものが真実なのか確かめなさい、そうも言った。


 メリルとやり直したい。

 もう一度、初めて出会ったあの頃のように。


『君のこれからを見させてもらう。 その上で婚約破棄するかどうかを検討する』


 ベネット子爵の最終通告だ。


 これからの俺の行動次第で何もかも失うか、或いは……。



 ☆ ☆ ☆



 屋敷に帰り着いたのは夕方を遥かに過ぎた夜遅い時間帯だった。


 一息吐きたいところだが、そうもいかない。

 玄関ポーチで出迎えるジョージにすぐ出立の準備をするように伝えた。


 ところが、ジョージの様子がおかしい。


 いつも冷静に仕事のできる男が、しきりに屋敷の中を警戒するのだ。

 オドオドというよりも、まるで潜入する不審者か踏み込む捜査官のように気取られないようにしているのだ。


「ジョージ、どうした?」


 彼は声を抑えながら、何かを伝えようとしている。


「カークス様、あの……」


 すると、屋敷内から俺の名を呼ぶ女の声が聞こえる。


「カークス」


 それはメリルの、貴族令嬢として培って来たものとはまるで違う。


 例えるなら、平民女がどれだけ血の滲むような努力をして清楚な貴族に化けたとしても完璧には化けられない資質の違いが如実に現れた時のような。


「アイリス嬢?」


 彼女は玄関ポーチに出て来て姿を表した。

 それはとても嬉しそうに。


「カークス、待っていたわ」


 そう言いながら彼女は、俺の胸に抱き着くようにしがみつく。


「アイリス嬢、どうして君がここに……?」


 俺はアイリスを無理矢理引き剥がして距離を取った。


「君はいったい、ここで何をしている?」


 婚約者でもない彼女がどうして我が物顔でここにいるのだ。

 あの、俺を惹き付けた微笑みの眼差しで。

 ところがアイリスは全く何の疑問も感じないらしく、当たり前のように言う。


「ここは貴方と私の家になるでしょう?」


「は?」


「それよりもアイリス嬢だなんて他人行儀な言い方はやめて」


 事態が上手く飲み込めない。

 俺は思わずジョージに視線を移した。


「今日の昼頃、こちらの方がいらっしゃったのです。 カークス様の新しい婚約者になったのだと言って」


 ジョージはとても不愉快そうだ。


 もちろん俺も初耳な話と無神経な訪問に怒りを覚えつつ、冷静に話をしようと心掛けた。


「どういうつもり?」


「だって私のお腹にはカークスとの子ができる予定なのだもの」


 恥じらいを見せつつ、まるでそれが事実のように言う。


「できる、予定?」


 これは玄関先で話す内容ではない。

 覚悟していたつもりだが、さすがに違和感を拭えない。

 ジョージは不服な顔をしていたが、話は応接間でなければ無理だ。


「すまないが、ジョージ。 女中にお茶を持って来させたら、君以外は誰も近付けさせないようにしてくれ」


「承知致しました」


 応接間へ移動すると、さっそくアイリスはふかふかのソファーに悠然と座ってお茶を手にした。


 俺はソファーに座る気にはなれず、窓辺にもたれ掛かるように立ったままだ。

 ジョージにも居てもらう必要があると感じた俺は、部屋の隅で状況を見守らせている。


「それで、アイリス嬢。 説明してくれるだろうか」


「何の事?」


「君のお腹に俺の子がいると言うが」


「正確にはまだよ。 これからできる予定だから」


「だが、俺が君とその……関係を持ったのはジョルジュの屋敷での、ほんの数日前の事だ」


「えぇ、そうね」


「だったら」


「でも、貴方の子ができるわ」


「どうしてそんな事がわかる」


「私にはわかるのよ」


 そう言って、意味深に微笑んだ。

 それが俺の知るアイリスではない気がするのは確かな感覚のはずだ。


「だとして、ジョルジュはどうするつもりだ」


「彼なら大丈夫よ。 私の事が好きで好きでたまらないのだもの」


「そういう問題ではない!」


 ヌルヌルに泡立てた石鹸相手に話をしているようで、なんとも気持ち悪い。


「どうしたの、カークス? そんなに怒るなんて変よ?」


 アイリスはティーカップをテーブルに置くと、俺の側に来て頬に手をかざそうとする。


 その手が肌に触れそうになった瞬間だった。

 俺の中で、わけのわからない虫酸が走ったのだ。

 それが嫌悪だと気付いて、激しくはね除けた。


 あぁ、やはりそうなのだ。


「俺が馬鹿だった」


「貴方の事を愛しているのよ」


「俺が愛しているのはメリルだけだ」


 途端、アイリスの顔から表情が消えた。

 まるでそこから切り取ったように。


「私を求めた貴方がそんな事を言うなんておかしいわ」


「あぁ、君を欲しいと思った俺は世界一の愚か者だ」


 アイリスの顔が醜く歪んでいく。


 そうだ、その顔を待っていた。


「アイリス嬢、君に聞かねばならない事がある」


「何かしら」


 俺は大きく息を吸い込み、そして吐き出して言った。


「君はアイリス嬢ではない」


 彼女は答えない。

 まるで、だから何だと言うの、とでも言いたいようだ。


「君の本当の名はミアだ」


 アイリスという名の女は聖女の笑みで、そっとお腹に手を当てた。



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