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カークスの隣席

『カークス様、お庭の薔薇がとても綺麗ですね』


『メリルは何色が好きかい?』


『えっとね……。 白も赤も黄色も好き、ピンク色はもっと好き。 でも一番好きなのは赤です』


『メリルは赤が好き?』


『はい。 この色はね、私の心なの』


『メリルの心なのか』


 あれはまだメリルと出会ったばかりの頃。


 我がウォーカー伯爵邸の庭園に咲き誇るたくさんの花達の間を手を繋いで歩いた。

 俺が九歳、メリルが六歳。

 散歩が楽しくて、はしゃぐ姿を大人達がお茶を飲みながら眺めていたのを覚えている。


 あの頃のメリルは金髪に近い栗色の髪を綺麗にロールして、風に靡かせる姿が人形のようで美しかった。

 俺が誉めると、頬を染めて嬉しそうで。

 毎朝、侍女に髪を巻いてもらいながらお喋りをするのがきっと楽しいからだと言う。

 侍女はメリルの他愛ない話をはい、はい、と笑いながら聞いてくれるのだと。

 時には巻き方も教えてもらったりして、女の子な自分を楽しんでもいた。


 そんなメリルは薔薇の花がとてもよく似合う。


 庭園のあちらこちらから香る花は鼻腔をくすぐり、気持ちを穏やかにしてくれた。

 それは薔薇のようなメリルと気持ちが通じ合っていたからだろう。


『メリル、素敵な香りがするね』


『花を愛でるとね、優しい気持ちになれるのですよ』


『例えばどんな?』


『だってカークス様のお顔、楽しそうに笑っていらっしゃるもの』


『メリルだって、同じだよ』


 俺はメリルと一緒にいると楽しくて時間を忘れてしまうくらいだった。


 普段の俺は、父上が雇った家庭教師に習って机に向かうばかり。

 それ以外では音楽を嗜んだり、読書をしたり。

 時には父上相手に現在の社会のあり方を学んだり。

 それはそれで有意義ではあった。

 いつか自分が伯爵位を継いだ時の為に必要な時間だったから。


 だから誰かと笑って散歩したり、はしゃいだりなんてそんな事は殆どなかったのだ。

 俺にとってのメリルと過ごす時間が本当に嬉しくて、大切だった。


 俺の父上のウォーカー伯爵とメリルの父上のベネット子爵はその昔、同じ寄宿学校で学んだ友。


 当時は今のように男女で学べる機会はなく、男子のみ。

 ただ平民はもちろん、下級貴族に対する風当たりは冷たく、ベネット子爵も例外ではなかった。

 そんなベネット子爵の友となったのが俺の父上。

 地位で人間を見る学友とは線引きをしながら、決してベネット子爵を見捨てたりしなかった。

 勉学自体はどちらかというとベネット子爵の方が優秀で、父上は何度も助け船を出してもらったらしい。


 気の合う二人が寄宿学校を卒業した後も付き合いが続いたのはそれだけが理由ではない。

 卒業後の大戦でも共に戦い、生き抜いた戦友でもあるのだ。


 そして二人がそれぞれの婚約者と婚姻の儀を行った時、誓ったのだと言う。

『もしも互いの子供が男と女だったら伴侶にしようではないか』


 そこで、その時が来たと思った二人が俺とメリルを引き合わせたのが運命のあの出会いだったのだ。


 そう、俺達は運命で結ばれていたのだ。


 なのに……。



 ☆ ☆ ☆



「ベネット子爵、お待ち下さい! 私はメリル以外の女性を伴侶にするつもりは……」


「君は知らなかっただろうがね。 あのジョルジュ君の屋敷には、私が仕事先の面倒を見た女中がいるのだよ」


「え……」


「その女中が私に泣き付いて来た。 つい数日前の事だ。 どうしてだと思うかね」


「いえ、私には……」


「彼女が言うには、アイリス嬢が暇を出したのだ」


「知りませんでした」


「ならば教えなかったのだろう。 君はアイリス嬢と屋敷の寝室に二人きりで何日も籠っていたのだからね」


「ご存知だったのですね……」


「何か申し開きする事はあるかね?」


 俺は愚かだ。

 知られるかもしれないとか知られたらとか、そんな事は考えていなかった。

 ただ、想いだけが勝ってしまった。


 ほんの少しでも自分の理性が残っていたなら引き返せたかもしれないのに。


 身体中が震え、指先が冷たい。

 もしも今立ち上がったら倒れてしまうかもしれない。


 どうして今になってこんなに後悔するのだろうか。

 どうしてアイリスの元に向かう前に、その二文字が浮かばなかったのだろうか。


 今、こんなにもメリルに会いたい。


 それはきっと、メリルが失われようとしているからだ。

 アイリスをこの先失ったとしても、メリルを失うくらいなら耐えるのは容易い。


「ウォーカー君、間違いは誰にでもあるものだ。 私とて一度も間違えなかったとは言わない。 だがね……」


 ベネット子爵は苦悩を噛み締めるように大きくため息を吐いて言った。


「悪いのは私も同じなのだよ」


「ベネット子爵?」


「私は怒りに任せてメリルに言ったのだ。 女中から聞いた君の行いをね」


「メリルのお父上ですから……」


「メリルは言ったのだ。 こうなる事はわかっていた、と」


「メリル、が?」


「アイリス様の幸せを願った私への罰なのです、そう言ってメリルは倒れたのだよ……」


 メリルが倒れた、その言葉を聞いた俺は瞬間的に立ち上がり、そこから出て行こうとした。


「ウォーカー君、待ちたまえ。メリルの居場所はわからないのだろう」


「探します、行きそうなどこか……。 早くメリルの元に行かないと」


 おそらく放心状態だったのだ。

 メリルの行きそうな場所なんてわからない。

 何もわからないのに。

 それでもじっとなんてしていられない。

 もう迷いは存在しなかった。


 どうしてなのだろうか。

 夢から覚めたような気がする。

 自分のものではなくなっていた意思が甦って来たような気がする。


「私はね、父親なのだよ。 父親にとって娘は命より大切で、そして幸せになってもらいたいのだ」


「私とメリルは運命で結ばれています。 絶対に私が……」


「メリルは別荘にいるよ。 そこで、療養を兼ねて静養している」




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