十一、友人
放課後の部室。三人揃っての反省会が始まるところだ。
「咲ちゃん、とりあえず貴女が無事でよかったわ。であの時、何があったか聞きたいんだけど。話せる?」
いつの間にか呼び方が変わっているな、とどうでもいいところに意識が向く。
「ご、ごめんなさい……」
咲本人は朝から意気消沈と言った雰囲気で、上手く会話にならない。帯刀と顔を見合わせて、どうしたものかと考えていた。
「別に咲を責めてるわけじゃないんだから。私も帯刀も無事だったし、咲も何ともないんでしょ? なら良いじゃない、ね? そうでしょ?」
涙目で頷く咲を見ると、これ以上言及するのが憚かられる。帯刀も同意見らしく、
「まあいいわ、落ち着いたら話してちょうだい。その間に私達の状況を報告するわね。」
と言い、私達が屋敷に逃げ込んでから、家に戻るまでの話を聞かせた。彼女は話を最後まで黙って聞いていた。
しばらくの沈黙の後、咲は重い口を開ける。
「私、屋敷にいるのが怖くなって逃げただけだよ。アリスは電話にでないし、どうしたらいいかわかんなくなって……二人と違って怖い目にあったわけじゃないし、自分が弱虫で、嫌になっちゃって……それで……」
言葉を詰まらせ、再び涙目になってしまう。私が咲の背中をさすってあげると、少しばかり落ち着きを取り戻した。
「あのね、咲ちゃんが術式を描いてくれなきゃ危なかったの。初めてあのサイズの陣を描いたとは思えない出来だったわ。それにね、こんな活動をしているからには、危険を察知して逃げることは愚かな判断とは言えない。むしろ今回咲ちゃんは、最も適切な判断をしたと私は思ってるわ。」
私も賛同しつつ、咲の頭を撫でてあげた。
「さて、部活はここまでにして、今日は帰ってゆっくり休みましょう。」
お言葉に甘えてさっさと帰ることにする。支度を整えて私達は帰宅した。
部屋に戻った私は動きやす格好に着替え、ある場所へと向かう。名田町にそびえる屋敷、西野邸。日中帯に歩く分には、趣のある美しい町だ。夜中と違い、散歩している者もチラホラと見かける。
しばらく歩くと、あの忌まわしき柵の場所までたどり着いた。流石に人目があり、入り込むのは難しいと判断した私は、蔦をかき分けて柵越しに中の様子を伺うことに。
魔方陣は跡形もなくめちゃくちゃにされていた。あちこちに指の跡が残っており、手で消し去ったことがわかる。
「そこで何してる!」
突然声を掛けられパニックに陥ったが、その顔を見て拍子抜け……
「なんて、ビックリした?」
そこには、ケラケラと笑う帯刀の姿が。とりあえずデコピンをお見舞いしてやり、柵の中を見るように促す。
「むむぅ、何かあるの?」
額をさすりながら独り言を呟いていた帯刀だったが、中の光景を見て雰囲気が元に戻る。
「間違いなくあの女だよね……つーかこれ私達帰った後にやったんじゃない?」
私がそう思ったのは、屋敷から出て柵を捻じ曲げ道路に出るまでは、ごく短い限られた時間しかなかったからである。
「確かにそうかも。となると、堕閫童磔は退散したのか……それとも……」
肝心の私を付け狙う方がどうなったかがわからない。ヤツの住処などはないのだろうか。もちろん住処がわかったところで、何をできるわけでもないが。
「決着つけたいなら方法がなくもないわよ?」
私はその言葉に動揺した。あんな怪物をどうにかできる想像がつかない。だが目の前で異形を封じた彼女ならば信用できる。このままアイツに付きまとわれては、一般的生活すらもままならない。
「わかった。どうすればいいか教えて。」
目を丸くして私を見つめる帯刀。どうしたのかと思えば、
「へぇー、度胸あるわねぇ……あんなことがあって、まだ一日も経ってないのに。」
なんて顎をさすり感心している。
「まあいいわ。立ち話も何だし移動しましょう。」
そう言って歩き出した彼女を横目に、屋敷を見上げるが、昼間に見ても、大した恐怖を感じることはなかった。
どこで話し合うか相談した結果、私の部屋に行くことに決まる。玄関を開けると母の姿が。
「お帰りなさい。あら? そちらの方は?」
母は私の後ろを見ている。どう紹介したらいいか悩んでいると、帯刀の方から話を切り出した。
「オカルト研究部の部長、帯刀婭里寿と言います。伶奈さんとは同級生です。よろしくお願いします。」
綺麗なお辞儀を決める帯刀に、母は少しばかり戸惑っている様子だ。
「そ、そうだったの。伶奈をよろしくね、婭里寿さん。何もないけどゆっくりして行って下さいね。」
そう言って母はリビングに戻って行き、ケーキとジュースを用意してくれた。
部屋に入り、折り畳みのちゃぶ台を引っ張り出す。ケーキを設置しながら、いつ帯刀が話を切り出すかを待っていた。ところが彼女は、ケーキを美味そうに頬張るばかりで、一向に話を始めようとしない。
「ねぇ、帯刀……私さ、正直言って不安なんだよね。今まで過ごしてきた環境が急激に変わって。でもこれって帯刀と会ったからじゃないかって思うときもあるし……なんだかわからないんだよ。」
もぐもぐしながらも表情は真剣そのものの帯刀。咀嚼を終えて食べた物を飲み込むと、こう言い放った。
「なるほどねぇ。確かに貴女が一番大変そう。」
うんうんと頷く彼女。まるで他人事のような態度に、少し腹が立ってきた。
「ちょっと! 私だって大変だったんだよ?! それをさ! 他人事みたいに!」
しかし彼女は、相変わらず平然とした態度を取っている。
「……貴女、昔から変な体験してるでしょ?」
鳥肌が立つ。帯刀の言う通り、私は小さい頃から変な現象を目の当たりにしてきた。
「ねぇ、何かわかるの? 何がわかるの?!」
少し興奮気味に捲し立てる。すると小さく溜息を吐いて、彼女は答えた。
「まあそれはいいとして、本題に入りましょう。多羅女と堕閫童磔は、錐馬の西にある林が住処らしいの。実際に確かめたわけじゃないから確証はないけど。行ってみる?」
その林は、私達が昔から遊んでいた場所である。そんな思い出の地がヤツらの住処と聞いて、少し不思議な気分になった。
「昔はよく遊んだ場所なんだけど、何かあったかなあ。」
それよりもヤツらと対峙した時、一体どうするつもりなのかが気になる。私がそれを聞くと、とんでもないことを帯刀は言い出した。
「異形から赤ん坊を引き剥がす。根源を断てば相当弱体化するはずよ。色々と大変だけど、できないことはないわ。」
しかし実行するとなると、しっかりとした予行演習が必要になるだろう。
「咲はどうする?」
私の一言に静止する帯刀。
「彼女は連れて行かないほうがいいかもしれないわ。精神が不安定な状態みたいだし、落ち着くまで安静にさせときましょ。」
確かにその通りだろう。あの調子では心配だ。私が了承のための声を出した時。廊下の方から音がしたかと思うと、階段を駆け下りる音が。
「嘘、咲?!」
窓から見下ろすと、咲が走って出て行くところだった。これは大変なことになった……落ち込んだ咲は、いつになくネガティブ思考となるのである。
「どうしよ……なんか気落ちしてたもんなあ。ああでも、帯刀が心配して言ったのはわかってると思うから……」
そう言って私はベッドに寝そべり、やるせなさを味わっていた。一方で帯刀は、何か考え事をしているらしい。
「ねぇ帯刀? 結局どうするのさ。……ねぇ? 聞いてる? おーい、たーてーわーきー。」
問いかけにも曖昧に答えるのみで、おそらく聞いてないのだろう。仕方がないので、目を閉じてごろごろしていた。
「……きろ。……おきろー。起きろー。」
気がつくと外には、夜の帳が降りている。帯刀がベチベチと私の腹を叩いており、それに合わせて余分な肉が波紋を作っている。
「うおぉぉ、やめろぉぉー……」
唸り声を上げながら、帯刀の鼻を摘んでやめさせる。時計は夜の七時を差していた。
「うげっ! もうこんな時間なの?!」
帯刀は叫ぶ私を冷ややかな目で見ながら、一冊のノートを手渡してきた。中を見ると、どうやって堕閫童磔の動きを止めるか、引き剥がす時はどうするのか、などが書かれている。
「読んでおいてね。私は帰るから。」
そう言って彼女は私の家を後にした。残された私は、とりあえず内容を確認してみることに。ざっと見た感じこんなことが書いてあった。
まず三重に張った術式を用意する。これらは動殺の式、一、ニ、四を用いること。対象は力を持った異形であり、長く足止めすることは不可能である。
本命を引き剥がすには、特殊な刃物を必要とする。これには私が所持する短刀を用いる。本命が分からなければ意味がないため、周りに張り付いた赤子の霊を剥がす必要あり。赤子を傷つける必要はないため、御札を用いた方法が効果的。
警戒すべきは多羅女も同様。罠に多羅女が掛かる可能性あり。複数の罠を必要とする。というような話が淡々と書かれていた。ページをめくると、動殺の式と書かれた三重円が描かれている。
「とりあえずご飯食べようかな。」
寝起きで考えるのが嫌になった私は、ひとまず腹ごしらえすることにしたのだった。
次の日、何事もなく朝を迎え、私は通学路をふらふらと歩く。いつもより早く出たのだが、咲はどうやら既に登校したらしい。まあたまには距離を置くことも必要なのかもしれないなと、自分に言い聞かせる。ふとなんともない、細い路地が目に入ってきた。時間に余裕があったので通ってみることに。
五十メートルほど歩いたところで、誰かに呼ばれたような気がして立ち止まる。特に誰がいるわけでもない。ただ、ひっそりと佇む小さな祠が。気になって入ってみると、一人の小さい男の子が背を向けて立っているではないか。
「ねえ……」
声を掛けると彼は、ゆっくりこちらに顔を向ける。
「お姉ちゃん、駄目だよ。死んでしまうよ。」
私は意味がわからず、しかし彼の異様な雰囲気に何も言い返せない。
「だからこれ、持って行って。」
手渡されたのは、ボロボロになった古いお守り。かすれて読みづらいが、辛うじて安産祈願と書いてあるのが理解できた。これを見て私は悟る。何故知っているのかを聞いてみるようと顔を上げると、そこには誰もいなかった。
「おや、若い人が珍しい。」
急に声を掛けられ振り向くと、見知らぬおばあさんが。
「あ、いや、すみません……」
咄嗟に謝ってしまった私を見ておばあさんは、
「何も怒っとるわけじゃないよ。」
と笑っている。
「ここは錐ノ神様がお祀りしてある祠さ。昔は立派な本殿があったんだけどね。土地開発で神社が取り壊されて、この場所に移されたのよ。気の毒にねぇ。」
祠以外には何もない、神社というにはあまりにも見窄らしい見た目。立地は最悪で、家々に挟まれて太陽の光が差すこともない。
「そうだったんですか……おばあさんはよくここに来られるんですか?」
おばあさんは頷くと、祠の前まで歩いてきた。お供え物を置いた時、おばあさんは私が持っていた物に気付き表情が険しくなる。
「あんた、それを返しなさい。祠の中勝手に漁ったらいかんよ。」
そんなことを言われても、別に盗ってなどいない。しかし彼女の形相を見ると、返さないわけにはいかなかった。私がお守りを置いたのを見届けると、おばあさんは、
「今度やったら承知せんからね。」
と吐き捨てて帰って行く。私はと言うと、一目散に学校へ向かって走って行ったのだった。




