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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち―  作者: 安里優
第三部:人界侵攻・龍玉編
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第17回:露見(上)

 ゲデックに帰還したミズキは、戻った数日後にカノコの部隊が都市に近づいているとの報を受けた。


「カノコさんが?」

「はい。旗を見たと」

「では、歓迎の準備をいたしませんと」


 報告するウズに、楽しげに命じるミズキ。その言葉に防諜部隊唯一の隊員は小さく頷いた。


「受け入れの準備はすでに進めております」

「それだけでは足りませんことよ。ぜひ、出迎えなくては」

「え、隊長がですか?」

「もちろんですとも」


 ミズキはその灰金の髪をくるくると指に巻き付けながら、にっこりとウズに笑いかけた。


「カノコさんは幹部としても無頼としても先輩ですもの。きちんと敬意を示さねばなりませんわ」

「……それ、当人には言わないでくださいね」

「……なんでですの?」


 本当に不思議そうに小首を傾げる様子が、妙に可愛らしいことに、ウズは無性に脱力感を覚える。


「ともかく、歓迎の用意はきちんとしておきます。どうせですから、カノコ中隊長のところの憲兵たちも同道させます。それでよろしいですね?」

「ええ。諸々よろしく願いますわ」


 先ほどの疑問はともかく、ウズがしっかりと命令を果たしてくれそうな様子を見て、ミズキは満足げに頷くのだった。


                    †


「殿下が襲われたと聞きましたが、本当です? しかも罪人に」


 街の外まで迎えに出たミズキと対面したカノコは、開口一番尋ねかけた。

 周囲の兵たちが揃っておののくほどの低く暗い声であった。

 特に当日刑場にいた憲兵など血の気を失い、真っ白になってしまっている。


「まあ、事実ではありますわね」


 さらりとしたミズキの答えに、カノコの目が鋭くなる。普段は子供っぽい顔が、いまは猛った獣のように見える。


「けれど、あれは団長の手配りかと思われますわ。つまりは殿下のご意志ですわね」

「意図したもの、ということです?」

「ええ。まず間違いなく」


 カノコはしばらく探るようにミズキのことを見つめていたが、周囲の反応も観察して納得したようだった。

 その表情からへにゃっと力が抜け、ふわふわしたいつも通りの笑顔が浮かぶ。


「なるほどー。では、部下を食い殺さずにすみますね」

「あら。カノコさんもおもしろい冗談をおっしゃるのね」

「そうです?」


 絶対冗談じゃない。

 ウズをはじめとする兵たちは、そう強く確信し、震えを抑えるのに必死であった。


「ところでカノコさんは何の用でゲデックへ?」


 カノコが伴ってきた兵を収容する手はずは駐留部隊に任せて、ミズキはカノコとウズを連れて自室に戻った。

 そうしてウズの淹れた茶を飲んで落ち着いてから、彼女はそう問いかける。


「ゲデックが目的地ではないです。スズシロ様から文が届きまして、リースフェルトとハイネマンにおける捜索に兵を送れと言われました。うちの兵は細かいことが得意ですから、使い出があるのだと思いますです」

「ああ、なるほど。真龍の」

「はいです」


 こくこくと頷くカノコ。

 庶務中隊は戦闘にまるで従事しないわけではないものの、基本的には事務に長ける者が集められている。

 物品の整理にも手慣れているため、真龍が求めている品にたどり着く可能性も高いと思われているのだった。


「では、ハイネマンに?」

「兵を預けまして、私はショーンベルガーに戻るです」

「忙しないですわね」

「本拠地は大事にしませんと」


 それから、カノコは思い出したように付け加えた。


「それに、いずれはソウライ地域などは幹部一人で担当すると思いますし、私だけの苦労ではないです」

「それもそうですわね」


 ソウライはいずれカラク=イオの重要な根拠地となるだろう。

 アウストラシアの食糧生産の多くの部分を担うソウライ地域は策源地として優秀この上ないし、魔界への備えとしても軽視することはけして出来るものではない。


 しかしながら、だからといって幹部たちがそこに張り付いている状況はありえない。

 後方支援を担当するカノコやミズキはソウライにいても、前線を押し上げるフウロたちはソウライを離れ、転戦し続けることだろう。

 三界を制覇するならば、それは避け得ない。


 故に、ソウライのあちこちに行くことくらい、厭うほどのことではないのだ。


「それはともかく、なにか伝言とかありましたら、持って行きますですよ」

「そうですわねぇ……」


 しばし、ミズキは考え込む。それから、彼女はぽんと手を叩いた。


「ああ、でしたらちょうどよいかもしれませんわ。実は、近々ゲデック侯を尋問する予定でしたの。もしよろしければ、カノコさんがいるうちにそれを済ませてしまいたいのですけれど」

「はいです。その結果を携えていくということですね?

「そうですけれど、もしよろしければ同席もしていただければありがたく思いますわ」


 華のような笑みをミズキは浮かべる。

 柔らかで美しく、はなやかな表情だというのに、どこか恐ろしくも思えるそれ。

 ウズはそれを見て、ぞくりと体の芯が冷えるのを感じるとともに、毒を使うことになるのだと理解した。


「同席です? 邪魔じゃないです?」

「邪魔などと」


 不安そうなカノコに、ミズキは笑いかける。


「ワタシが殿下に許された権限を逸脱しないよう、カノコさんにはしっかり検分してほしいと思っておりますの」

「ああ、なるほど」


 スオウの名が出た途端、カノコは得心したようだった。

 幹部同士で任務に口出しするのには遠慮があっても、スオウへの報告のため事態を把握すべく同席するなら、なにも遠慮はいらない。


「日時は?」

「明日では? こちらの用意もありますの」

「では、そうしましょう」

「ありがとうございます。カノコさん」

「いえいえ。全ては殿下のためです」


 生真面目な顔で言うカノコ。

 その様子を眺めながら、この人はどこまでも本気なんだろうなあといろいろな意味で感心するウズであった。



                    †



「いやあ、しかし、貴軍は華やかでよろしいですな」


 ゲデック侯は上機嫌で二人の魔族の女性に向けて酒杯を掲げてみせる。

 それに応じて一人は優雅に、もう一人はぎこちなく杯を掲げた。もちろん、前者がミズキで、後者がカノコだ。


「これでも魔界では地味な軍だと言われておりましてよ。我が軍の象徴色は黒。天幕は一律に黒となりますし、軍服も黒基調でまとめられますもの」

「それは見る目がないというよりは、難癖の類でありましょう。黒は美を引き立てます。皆様のような美姫が黒を着こなして、目立たぬはずがないではありませんか」

「あらあら、お上手な」

「いやいや、世辞などではありませんぞ」


 たおやかな指をひらめかせ笑みを隠すミズキに、ゲデック侯は真剣な顔で言って、酒杯を呷った。


「このような美姫に囲まれ、勲を立てる。まさに男の本懐ではありませんか! 私とて、領主という立場がなかったなら……」


 そこで、彼はまた酒を飲もうとして杯が空であったらしく、手酌で注いだ。うまそうにごくごくと飲み干して、満足げに息を吐く。

 その様子に、カノコはわずかに首を傾げた。彼女の杯にも入っている果実酒は酸味と甘みとそれを支える渋みの調和がよく、たしかに飲みやすいものだ。だが、一方でそこまで酒精は弱くない。


 酔うために飲むならともかく、それなりに地位のある者がそんな飲み方をしていいものだろうか。

 恭順を示すためにあえて弱みを見せるという手もあるが、ゲデック侯爵はあまりカラク=イオに従属的ではなかったのではないか。

 そんな疑問を抱いたのだ。


「知っておりますか。名目上は我が一族の累代の配下であるヴェスブールの戦王は若き頃、傭兵として戦場に出ていたことがあるのですぞ。一方で、私など後継ぎの男子がたった一人であるばかりに、剣の稽古にすら文句を言われる始末」


 カノコの疑問など何処吹く風とばかりに、侯爵はべらべらと話し続けている。少なくとも、彼の飲んでいる酒は、舌をなめらかにする効果はあるようだ。


「それは、ばあやが心配するのはわかりますが、木剣で稽古するくらいなんだというのです。そもそもソウライでは戦など起きない。起きるはずが無い。ならば、南に冒険に出たがるのは、それはもう当然のことではありませんか」


 侯爵の台詞はどんどん熱を帯びてゆく。


「剣の腕だけを頼みに、戦場を駆け抜ける! 友との反目、大いなる敵! そして、戦の合間に訪れる美姫との恋! あこがれぬはずがありましょうか。それでも私には許されなかった。ゆるされなかったのです」


 滑りがよくなりすぎたか、もつれる舌で語り続ける侯爵を、カノコは醒めた目で見つめる。

 そんな英雄譚に語られるような活躍ができたなら、いまここで支配者となった軍の幹部二人を敗者としてもてなすような事態には陥らなかったのでは、と。

 だが、彼女は皮肉っぽくそう思った後、それを自分で否定する。


 いかに英雄であろうと多勢に無勢で勝てるわけがない。

 そうした万が一のことすら起きぬよう兵を集中させ、勝ちを手にするのが彼女たちの戦術なのだから。


 今回の電撃的運用もつまるところはそうだ。

 一都市一都市に多数の兵を当て、奇襲という手を使うことで、さらにその効果を増す。

 そのために、兵は戦うより前にまず駆けずり回り、輜重隊は必死で糧食を輸送した。

 つまるところ、侯爵の憧れるのは冒険であって、現実の戦とは程遠い。


「いえいえ、私とて自分が詩人に歌われるほどの英傑に必ずなれようとは思っておりません。しかしながら、私にはその可能性を試すことさえ出来なかったのです」


 カノコがつらつらと物思いにふけっているうちにも侯爵の長広舌は止まらない。

 もはや、カノコたちが聞いているかどうかもあまり気にならないようだった。


 そもそも、ゲデック侯は――その本質はもしかしたらいま語っているような夢見がちな人物なのかもしれないが――しっかり魔軍と戦い、そして、堂々と降伏した人物なのだ。

 徹底抗戦を挑み、引きずり倒されるような無謀な男では無い。

 それなのに、実際に干戈を交えた相手にこんなことを話すのは……。


「……この人、大丈夫なのです?」

「ええ。もう少しですわよ」


 小さな声でかみ合わない会話を交わす二人。

 なにをしかけているのだろうとカノコがミズキのほうに意識をとられたところで、がちゃんと大きな音が鳴った。


 それは、ゲデック侯が自らの前にあった料理皿に顔をつっこんだ音だ。

 目を丸くして見つめるカノコの目の前で、皿を巻き込んでつっぷしたまま、ゲデック侯はぐーぐーといびきをかきはじめる。


「ええと、これ……」

「心配ございませんことよ。まあ、普通なら病気を疑うべき状況ではありますけれど。今回に限ってはワタシの狙い通りですもの」

「はあ。毒です?」

「ええ。簡単に申し上げますと、頭の一部を眠らせてしまうものでしてよ。その直前にとても気持ちがよくなって、なんでもおいしく感じますの」


 なるほど、むやみやたらと酒を飲み、過去のことを話していたのはそのせいか。

 カノコは納得しつつ、毒や薬に酒はまずいのではなかろうかと思ったりもする。とはいえ、そのあたりはミズキはしっかり計算しているはずだ。

 そうでなくては、スオウから課されたという条件を外れてしまうだろう。


 カノコはミズキが自分からスオウの許した権限を逸脱するつもりがあるとはまるで信じていなかった。

 だが、もちろん、もしその気配があれば彼女が容赦することなどなかったろうが。


「ところで……」


 このままでは尋問が出来ないのでは無いか、とカノコが尋ねようとしたところで、侯爵のいびきが止んだ。

 すうっと何事もなかったように身を起こすゲデック侯。彼は顔についた肉の切れ端や、粥の垂れたものなどを払うこともなく、まっすぐ前を見ていた。


「おやおや、眠ってしまっていたようだ」

「そうですわね。侯爵」

「ああ、眠ってしまった」


 ミズキと侯爵のやりとりを見ながら、先ほどまでとは違う、とカノコは思う。

 見せかけであろうとなんだろうと、侯爵はカノコやミズキに敬意を示すことを忘れなかったし、こんな言い切るような会話もしなかった。

 話題を広げ、自分の言いたいことをそれに紛れさせる、そんな会話をしていたはずだ。


「ずいぶんと楽しいお話をなさっておいででしたから」

「ああ。楽しかった。ついつい昔を思い出してな」

「思い出したというのは?」

「ミュラー=ピュトゥめの娘のせいだろう。父娘して好き勝手にやりおって」


 なるほど、一部が寝ているというのはこういうことか、とカノコは納得する。ゲデック侯爵の意識のうち、彼の意思そのものが眠っているのだろう。

 なにを話して何を話さないか、いまの彼には判断が出来ないように見えた。


「ミュラー=ピュトゥとおっしゃいますと?」

「ヴィンゲールハルト・ミュラー=ピュトゥを知らないのか。戦王国群の北辺の覇者ではないか。しかも、なんとその娘がその身を傭兵にやつしてゲデックにやってきたのだ。かつての執心を思い出すのもしかたあるまい」

「なるほど、そのような方が。それで娘御がこちらに、というのはどのような仔細が?」

「知らん。だが、想像はつくぞ。あのミュラー=ピュトゥめのあだ名を知っておるか。足萎えの雷将だぞ。足萎えは事実であり、雷将もまたお似合いだ。いかに領土を受け継いだとはいえ、戦王国群の北部を平定するなど、なまなかな者では無い。その娘が戦乱のゲデックにやって来た。つまりは奴がソウライをも狙っておるという事よ」

「ほう」


 ミズキの目がきらめく。楽しげでもあり、疑わしげでもあった。

 その感覚はカノコにもよくわかる。事実であれば大変なことであるが、ゲデック侯爵にとっての真実が事実であるかどうかはわからない。

 いまわかるのは、ゲデック侯がそう信じているということだけだ。


「とはいえ、あの娘のことは、お主らのほうがよくわかっているだろう」

「そう仰いますと?」

「あの娘はゲデックを出て行った。ディステル陥落が偽情報であると証明してみせると言ってな。まあ、それは無駄だったわけだが……。いずれにしても、そちらの軍とは接触したはずだ。そうなるよう彼女の要請で我が軍が協力したのだから」


 ミズキとカノコは顔を見合わせる。

 幹部であるカノコは、カラク=イオの軍に紛れ込んできた『亡国の姫』の話を報告で聞いている。ゲデック侯の言葉から容易にそれは連想された。

 そして、ミズキはその人物を自ら尋問している。


 どちらの衝撃が強かったかは言うまでも無いことだろう。

 ミズキはきょとんとした顔で、目をしばたたかせた。カノコはその様子に睫毛長いなあと感心しつつ、先を進めるように仕草で促す。

 はっと気づいたように、ミズキは口を開いた。


「その話を詳しく聞かせてくださいな、侯爵閣下」


 彼女の声は表面上は愛想良く聞こえるというのに、実に冷たく暗く響いた。



                    †



「起きた後はどうなるです?」


 あらん限りの情報を引き出された後で、再び卓につっぷして寝入っている侯爵。それを観察するようにしながら、カノコは尋ねかける。

 彼が寝ながら喉を詰まらせて死んでしまうようなことがないよう、周囲のものを慎重に退けながらミズキはそれに応じる。


「死にたくなるほど頭が痛くなりますわね。およそ半日。ただ、昨夜は幸せな夢を見たと、そう感じながらですけれど」

「それはまだましと言うべきかどうか悩み所です」

「ですわね」


 不意に、大きな肉の切れ端を顔の高さまで持ち上げると、それを見つめ固まるミズキ。


「どうしました?」


 カノコはとてとてと彼女に近寄って、下からのぞき込むようにする。あるいは、彼女が仕込んだのとは違う毒などが混入されでもしていたかと心配になるくらい、防諜隊長は固まっていたのだから。


「いえ。棄てるのはもったいないと思いませんこと?」

「それなら、竜の餌にしたらどうです?」

「……なるほど。そうですわね」


 頷いて、彼女はそれを卓上に放り投げる。どうせなら散乱した料理とまとめて布にくるんで持って行こうと考えた結果であった。


「それはともかく」

「はい。必ず殿下にお伝えしますです」

「よろしくお願いいたしますわね。もしかしたら」

「ええ。もしかしたら、カラク=イオの一大事かもしれませんです」


 ゲデック侯から戦王国群についての情報を得、その北辺を支配する男とその娘の動きを彼女たちは知った。

 それがなにを意味するのか、それはゲデック侯の予測だけをあてにするわけにはいかない。

 それでも。


 二人の危機感は共通していた。



                    †



 そして、ほぼ時を同じくして。

 ハイネマンの中央学院の博物室で、こちらもカラク=イオの二人の幹部が顔を見合わせていた。


「まさか、堂々と展示してあるとはねえ」

「しかしながら、これは……」

「あれよねえ」


 一人はシラン。展示物を見下ろす彼女は、眼帯に覆われていないほうの目を白黒させている。

 もう一人はユズリハ。シランがベーアとの交渉に煩わされること無くハイネマンの鎮撫に当たれるよう派遣されてきた彼女もまたなんと言っていいかわからないという表情。


「これは……。ユズリハに戻ってもらうほうがいいかもね。これを携えて」

「着いたばかりで帰っては、なにか怪しく思われませんこと? いまや我々の行動は兵だけではなく、人界の者たちも注目していると思われますけれど」

「あなたの行動を疑われることより、秘匿性と確実性を重んじるべきだと思うわ。うちの兵を疑うわけじゃ無いけど、重要すぎるもの」

「……ですわね」


 ユズリハの懸念ももっともであったが、いまはそれよりも大事なことがあるとシランはきっぱりと告げた。

 ユズリハのほうも、結局はそれに同意する。


「では、直属の者を用意させますわ。ああ、それと」

「なに?」

「真龍の求めるものを見つけたのはシランさんであることはきちんと殿下にお伝えしますわね」

「やめてよ。嬉しくもなんともないわ」

「それでも事実は事実ですもの」


 困ったように笑うユズリハに、シランは目をくるくる回しながら天を仰ぐ。


「そうね。困ったことにね」


 シランがそう言って、二人は揃って気鬱げにため息を吐くのであった。

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