第18回:露見(下)
「なるほど、これが」
「ええ。『龍玉』と掲げられておりました」
つい先日ハイネマンに発ったはずのユズリハが、少数の兵を連れて戻ってきたことにスオウたちは面食らったが、彼女が携えてきたものを見て、その行動に納得した。
シランが発見し、彼女に託したもの。
それはかつて王家で龍玉と呼ばれていた品であった。
ソウライ王家伝来の宝の中でも、秘中の秘であるはずのそれは、中央学院の博物室に無造作に置かれていたという。
さすがに今回は厳重に布にくるんでもちこまれたそれを囲む三人は、それぞれにいわく言いがたい表情を浮かべている。
「これは……彼らの額にあるあれでしょうね」
「だろうな」
スオウの執務室に置かれた卓の上に鎮座する龍玉。
それを凝視し続けていたスズシロがようやくという感じで言葉を形にするのに、スオウもしかたないというような調子で頷く。
真龍の外見上の最大の特徴といえば、その喉元で光る宝玉に他ならない。彼らはその宝玉を利用して仲間たちと意思の伝達を行うと言われている。
実際にはそれは、二つに分かれた真龍の人の姿――人態の額から頭頂部にかけて存在するものだ。
龍態が人態をその内に包み込んだとき、唯一露出するのがその部分となる。
種族を異にするスオウたちに詳細はわからないものの、おそらくはなんらかの力を秘めたものであろうことは想像がつく。
それが、そこにあった。
もちろん、あるのは宝玉状の器官だけだ。
亡骸から分離したかなにかしたのだろう。
彼らには真龍の父祖の祀り方もわからぬため、それがどんな意味を持つのかいまひとつわからない。
だが、少なくともろくに関係ない者たちに渡したりするものではないだろう。
「これが人と真龍との絆……だったわけだ」
「象徴としては、わかりやすいものかと」
「ああ。それには同意する」
ユズリハが言うのに、スオウも深く頷く。
しかし、問題が一つあった。
「だが、なにも破約を象徴するように砕けていなくてもいいとは思わないか?」
抗議するように呟くスオウの声に応えられる物は誰もいない。
彼の言うとおり、その『龍玉』は合わせて五つの大小の破片と化していた。
輝き自体もかなりくすんだものとなってしまっているが、これが破砕のせいなのか、時間の経過のせいなのか、あるいは真龍の肉体から離れているせいなのかはわからない。
いずれにしても、往時の面影は無いと思われた。
これでは、適当に展示していても、誰も目を留めないわけだ。
スオウはなおもじっとそれを見つめていたが、一つ息を吐いて首を振った。
自らの内にあったものを振り払うように。
「ともあれ、嘆いてもしかたない。考えをまとめよう」
「はい」
スズシロとユズリハは喜んでその言葉に応じる。
彼女たちの主は、完璧では無いが立ち止まり続けることも無い。二人はそれをよく知ってはいたが、こうして改めて示されれば当然に嬉しく思うものなのだ。
「まず、これが真龍……かのツェン=ディーたちが俺たちに求めていたものであるか、まだ確実ではない。だが、かなり有力な候補とはいえるだろう」
「私としてはほぼ確定だと考えますが」
「わたくしも、そう思いますわ」
「まあな。正直、俺もそう思うよ」
真龍と人との絆を示すのに、これほどわかりやすいものはないだろう。
むしろ、これ以上となると、真龍そのものが出てきてしまう。
「その上で、砕けたこれを差し出したとして、奴らが納得すると思うか?」
スオウは大きな破片の一つを手にとって掌の上で弄んでみる。見た目よりも軽く感じるのは、やはり元々が生物の器官であるからか。
あるいはシランの鱗と似たような機構があるのかもしれないなと彼は思う。
彼の母方の従姉の真の姿は、まるで水晶の竜のようであるが、その鱗は彼女の体からはがれた後で徐々にその透明さを失い、ついには漆黒に変化する。
それと同じで真龍の体にあるからこそ宝玉のように見えるのかもしれないと考えたのだ。
その一方で、彼の問いにはユズリハが小首を傾げていた。
「挑発としては満点かと思われますけれど」
「……まあ、そうだろうな」
真龍が守ると誓った人界を含め、三界を統一する。その意思と力を示して見せろと求められた。
その証しとして、この砕かれた龍玉を示して見せたら、相手はどう思うだろうか。
力尽くでもやってみせるという宣言と思われるならまだましなほうだ。
おそらくは、直接的な敵対行動と取られるだろう。なにしろ、自らの一族の象徴が砕かれて届けられるのだから。
「では、どうするか……だな」
「いっそ、素直に砕かれていたと告げてしまうというのは」
ユズリハの提案に、スオウもスズシロも黙り込んでしまう。
発言したユズリハは、ゆったりとした微笑みは保ったまま、どこか目が泳いでいるようであった。しかし、実際には両者とも馬鹿にしたという風でも無く真剣に考え込んでいる。
「実を言えば、それも一つの手だと私も思っております」
「うん。俺もそう思っている」
ほっとしたような顔をするユズリハ。その一方で、スオウは残念そうに肩をすくめた。
「だが、それは相手があのディーならば、という前提での話だ」
不思議そうな顔をする二人に、スオウは苦笑する。
「真龍はおそらく一枚岩ではない。少なくともディーの一存では承服しないだろう」
「……なるほど」
言われてみれば、魔界とて皇太子の判断だけで事は決まらない。
スオウが人界へと襲撃に出られたのも、サラの周到な準備と、義父である帝の後押しがあったればこそだ。
「……殿下は彼を評価しているというわけですね」
ディーが全権の交渉相手であれば、使えるはずだった手立てだと言っているようなものだ。
それはスオウが交渉相手としてのディーを信頼していることを意味する。
卵生が云々という会話を交わしたスズシロにはいまひとつわからない感覚だった。
「もちろんだとも。俺なら友好的とは言えない陣中に単身乗り込んで最後通牒を突きつけるなんて役、ごめんこうむる」
その度胸を賞讃してはいるものの、おそらく、それだけではあるまい。
それだけのことをやっても使者に害を為すような愚かな相手ではないことを、これまでのカラク=イオの行動から読み取った。
スオウはツェン=ディーのことをそういう人物だととらえている。
少なくとも、スズシロはそう受け取った。
「あちらはむしろ殿下の立場をそう思っているのではありませんかしら」
ユズリハが黄金の髪をふりながら、優雅に口元を手で覆う。その目が実に楽しげに揺れていた。
「まあ、親兄弟に国を追われ、孤軍奮闘、三界制覇に乗り出すなんて、冷静に考えたら成り代わりたくない立場だよな」
「あらあら、そう仰りながら、とても楽しそうでは、説得力がありませんわ」
彼女の言葉通り、スオウはその口元に笑みを刻んでいる。ふてぶてしい、それでいて人を惹きつける笑みだった。
その様子に、ユズリハの隠された笑みは深くなる。
「いちゃつくのは後にしてもらえますか」
そんな二人に冷や水のような声を浴びせかけ、スズシロは考えるように続けた。
「ともあれ、思い返してみると、ディーの発言は気になるところがありましたね」
「ええと、たしか……。今回の提案と彼自身の思惑は異なるかのような口ぶりであったような」
「ええ。様々な意見があるため、その折衷案を持ってきたというような話でした。そして、彼自身は主流派には与していないという印象でした。そう取るような言葉選びであったと思います」
スズシロの分析に、スオウは頷いた。
「奴とは別の思惑を持つ一派がある。あるいは複数。その中には、おそらく我々にとって悪意あるものも含まれているだろう。そうでなければ、あんな言い方をする意味が無い」
これもまたディーが政治的な駆け引きを正しくやってのけられるのだと信頼していることになるのだが、それはいまはいい。
相手が愚かだという前提を取るのは避けておいた方が良い。
「故にはじめから砕かれていたと言うわけにはいかん。いかんのだが……」
いい手が思いつかないとばかりにスオウは肩をすくめる。
自然、その場にいる者たちの視線は、カラク=イオの頭脳とも言える女性に向かう。
ユズリハのそれなど期待できらきらしていた。
「そう……ですね」
だが、スズシロの答えは常に似合わず歯切れ悪い。
「思うに、我々の視点は画一化の傾向があるように思われます」
「ん?」
「ですから、せめて別の見方を出来る者を呼ぶのはいかがでしょうか」
彼女の中でも答えが出ていないのは明らかな口ぶりであったが、その助言はそれはそれで価値がある。
「それはよろしいですけれど、どなたを?」
相変わらず期待たっぷりのユズリハの問いに、スズシロはこれは自信をもって答えるのだった。
「エリです」
その名を。
†
「あたしは街の運営に集中するんじゃなかったんですか?」
「まあ、そう拗ねるな」
幹部であるというのに、占領政策のほうが大事だと最初の集まりに呼ばれなかったフウロは、ぴんぴんとはねるその赤髪とそろえるように口を尖らせる。それをなだめながら、スオウはふっと真剣な表情を見せた。
「出来ることなら、お前を煩わせたくなかったというのは本音だ。足下がおろそかでは、なにも出来んからな。その上で、我らだけではどうにもなりそうになかったから呼んだんだ」
「え? あたしになんとかしろと?」
「そう願っている」
スオウが認めると、途端にフウロの精悍な顔に戸惑いの色が浮かぶ。
彼女は場の中心にある砕かれた宝玉を見てもそれがなんなのかよくわからなかったようで、ますます焦ったような顔つきになった。
「いや、その。スズシロが考えてわかんないことをあたしにってのは、ちょっと……ねえ?」
先ほどまでの態度はどこにやら。
困ったような顔を見せる彼女に、元からいた三人は思わず顔を見合わせる。
一方で、フウロと共に部屋に入ってきた少女の反応は激烈なものであった。
「それ……は……」
それが、ようやく押し出せた彼女の言葉。
それまでは蒼白の顔で固まってしまっていたくらいだ。
もちろん、弱々しく震える声を発しているいまも、その顔はいまにも倒れそうなほど血の気が引いている。
「大丈夫か? エリ」
彼女の様子を不審に思ったスオウが声をかけているのにも気づかぬように、エリはふらふらと卓に近づいていく。
思わずフウロとユズリハとスズシロの三人が支えるために手を差しのばしかけ、しかし、それをすればかえってひっかけて転ばせてしまいそうで、誰もいない空間で奇妙に手を泳がせる結果となった。
結局、ふらふらとしながらも卓にたどり着き、スオウの横でじっと砕かれた龍玉を見つめるエリ。
「この……。この、状態で、見つ、かったん、ですか」
「ああ」
喉につかえつかえ話すようなその言葉に、スオウも短く応じるしか無い。
誰もがエリの変調に驚きの表情を隠せなかった。
「私が見た時は確かに……でも、なんで……まさか……」
今度は息を全て言葉にするような勢いで猛烈に舌を動かすエリ。その言葉は周囲の者には、ほとんど聞き取ることすら出来なかった。
唯一、ユズリハだけが、なにか思い出せそうで思い出せないというような奇妙な表情を浮かべている。
「すいません。動転してしまいました」
一気に何事かを口にした後で、エリは息を一つ吸い、すっと元の話し方に戻った。顔色も先ほどに比べればだいぶましだ。
「気にするな。エリ」
スオウの声に感謝するように頷いてから、彼女は険しい顔になって、その龍玉を手で示した。
「スオウ様たちもすでにわかっておいででしょうが、これは真龍の額についていた龍玉に間違いないと思われます」
「ああ、そうか!」
ようやくその正体を理解したらしいフウロがぽんと手を打つ。
「あれ、でも、これ、砕けて……」
それから、彼女は事態を把握したらしく、エリと龍玉の間に視線を往復させ、渋い顔をした。
「これって……まずいのかな?」
「それは俺たちも聞きたい。どう思う? エリ」
スオウの問いに、エリは息を一つ吸い、悲壮な顔をする。
「非常に憂慮すべき事態です」
「といいますと?」
「真龍たちの遺骸に対する感覚は、人界とは……おそらくは魔界とも異なります」
そこで、エリは琥珀色の瞳を揺らして、どう話すか考えるようにした。
「かつてショーンベルガーの家に真龍の血が入った話は聞いていると思いますが」
「ああ」
その話はソウライでは有名だったし、スオウたちも知っていた。卵を産む種族とどうやって血を交えたかは、いまは考えないでおいたほうがいいだろう。
「真龍たちは、その人物が亡くなったあと、遺体の引き渡しを求めてきました。断るならば、その人物の血縁全てで攻めてくるとまで言ってきたそうです」
「なんと」
「ショーンベルガー家としても、自分たちで弔いたかったはずですが、結局は真龍側の強硬な姿勢に、遺体を彼らに託しました。この行動一つ取っても、真龍の執着は想像できるものかと」
沈黙が落ちる。
魔族とて、家族の亡骸を大事に思わぬ事は無い。
だが、意図的に毀損されるようなことでも無い限り、普通に弔われるのならばそれはそれでいいと思うのではないだろうか。
なにしろ、当の存在は高天にあるのだ。
いかに祀るかであり、その亡骸そのものが大事なわけではないのだから。
その感覚からすると、真龍たちのそれは妄執の類のようにも思えた。
「それは、まずいな」
とはいえ、彼ら自身の感覚とは違っていても、真龍たちがそれを大事に思うことは認めざるを得ない。
「俺たちが砕いたものだと思われるだろうかな?」
「それは……どうでしょう。むしろ……」
「むしろ?」
言いにくそうに口ごもるエリに、スオウは優しく促す。彼は卓の下でそっとエリの手を取っていた。
まだわずかに震えている彼女の手が、勇気づけられたようにきゅっと彼の手を握る。
「……その、人心を得ることに失敗したと受け取られるかと」
「そのほうがまずいですね」
エリの言葉の重大さを即座に理解したスズシロが、鋭く言う。
しばらくして、その意味を呑み込んだらしいフウロががしがしと頭をかきながら続けた。
「あたしらが無理矢理に真龍と人との絆を奪い取り、結果として砕けたものだけが残った……。そんな流れを作られちまいかねないな」
「そうですわね。我らの支配を肯んじない人々の意思と受け取られれば、彼らに大義を与えることになります」
大義という言葉は実に重い。
「たとえ他者には通じない義であろうとも、それを掲げる者は強い」
スオウがそんな風に言うくらいに。
「俺の掲げる三界制覇も、受け入れられない者は多いだろう。だが、お前たちはそれを信じていてくれる。そしてそのことで団結し、強くなっている部分はあるはずだ」
そして、皆が唇を引き結び、彼に頷き返すくらいに、強い。
彼らはその力をよく知り、そして、それが故に怖れる。
「その通りです。ですから、元来が強力な真龍に、大義まで与えるわけにはいきません」
「ただでさえ、あたしら征服者だからな」
「ええ。しかし……」
そこでスズシロがなにを続けるつもりだったかは、わからない。
「大変! 大変です!」
彼女の言葉は、そんな風に飛び込んできた女性によって遮られてしまったから。
その女性の声を聞いた途端、赤毛の女が頭を抱えているのを見ればわかるとおり、それはフウロの副官であった。
「騒々しいぞ、カリン。どうした」
それでも、すぐに気を取り直したフウロは副官を叱るように尋ねる。
「カノコ中隊長が……その、単騎で背負われてきました」
「はあ?」
フウロのはねあがった声は、全員の疑問を代表するものであった。
「ええと……。中隊長はあまり竜に乗るのがお上手でないので、扱いに長けた部下に自分を背負わせて駆けてきたらしく」
身振り手振りで背負われているらしいカノコを示したカリンは、そのまま話を続けようとする。
「ついでに言いますと、単騎なのは途中で護衛の一群が脱落したそうでして、これは……」
「ああ、それ以上はいいぞ。カリン」
副官のいつものとめどないおしゃべりが始まりかねない予兆を掴んで、フウロがぴしゃりと言った。はっとした顔で、カリンが口を閉じる。
普段は、スオウやスズシロがいるところで、そんなことをするカリンではないのだが、おそらく今日は慌てすぎていたのだろう。
実際、それで落ち着いたのか、いまはフウロに感謝するような視線を向けてきている。
「それだけ急ぐ用事があったんだろう。すまんが、ここに連れてきてくれ」
「はっ!」
そんな風にして呼ばれたカノコは、衣服に多少の汚れはあったものの、カリンよりずいぶんと落ち着いていた。
竜を操る必要が無かったために、道中で冷静に考えられたのかもしれない。
「ええと……なにかあったのです?」
場の雰囲気を感じ取り、カノコが尋ねる。
彼女が来る前から、部屋の空気が冷え切っていたような、そんな感覚を覚えたのだった。
スオウはそれに苦笑して、軽く手を振った。
「まあな。あとで詳しく話して聞かせよう。まずはお前の話を聞かせてくれ。急を要するものなのだろう?」
「はい」
そこで、カノコはぺろりと舌で唇を湿らせて、はっきりと告げるのだった。
「近いうち、人界の一勢力が、我が方を攻めてくるかもしれません」
ミズキと彼女が得た、そして、危惧したその報を。




