第16回:仕置
処刑場が思わぬ形で血に染まった、その数日後。
ディステル城内に用意されたスオウの部屋に、一人の兵士が出頭してきた。
顔面蒼白で緊張のためかぷるぷると震えている彼女の名は、金剛宮ヒタダミのウツギ。シラン率いる偵察大隊の兵卒である。
今回の会議に出席したシランがハイネマンから連れてきた部隊の中にいたのだろう。
「どうした、ウツギ。シランからなにか伝言か?」
「いえっ! きょ……本日は私の罪を告白しに参りました!」
その言葉に、スオウは先ほどまで共に書類仕事を片付けていたスズシロと顔を見合わせる。
「罪とは?」
そうスオウが落ち着いた調子で促すまで、ウツギは直立不動の姿勢を保ち、顔を青くしたり赤くしたりしていた。
「はい。先日の刑場で気づかされたのです。どんな軽微なものであろうと規律を破ればそれは罪となると。ですから、私もその意味で彼女たちと同じ罪人ということになります……」
最後のほうは弱々しく語るウツギ。そのあまりに痛々しさに、スズシロは同情するような調子で問いかける。
「その……なにをしたのです?」
「はい。さいころ遊びを」
要は賭博である。
札を使ったものにしろ、さいころを使うものにせよ、軍規に照らせば賭博は禁止されていた。
「はあ」
ただし、スズシロが気が抜けたような声を出すのも不思議では無い。
賭博は禁止というがそれも軍規を厳格に適用した場合で、実際には黙認されているのが実状だからだ。
例外的に、命じられた任務を賭けの対象とすることは厳しく禁じられている。だが、これは交渉による交換なども禁じられているものである。賭博だからというのとは話が違う。
過去の軍事法廷の判例を考えても、賭博そのものが重い罪となることはまずなかった。
相手を奴隷化するような悪質な条件が、詐欺の案件として提訴された例があるくらいだ。
「一体なにを賭けて?」
「さ、酒です」
「……嗜好品をね」
ますますどうでもいいというようにスズシロが顔をしかめる。
一方で、ウツギは震え上がっていた。スズシロの表情を嫌悪ととったのだろう。
スオウはその様子に苦笑しながら助け船を出した。
「酒といっても阿呆薬ではあるまい?」
「まさか、そんな!」
阿呆薬というのは、麻薬を混ぜた酒のことだ。一般には他の呼ばれ方をすることもあるが、軍では一貫して阿呆薬と呼んでいる。
自ら心を壊す者がはまり込むものなど、そうした呼び方で十分という考えであった。
もちろん、ウツギは阿呆薬などやったことはおろか見たことも無い。
「では、まあ……。いや、それよりお前にここに来るように言ったのは誰だ?」
ふとスオウは疑問を口にする。ウツギはいよいよ背筋を伸ばして、その答えを口にした。
「シラン大隊長殿であります!」
「つまり、シランに罪を告白しに行ったら俺の所に行けとなったのか?」
「いえ! 最初は分隊長に相談しました。ところが、あれよあれよと話が持ち上がりまして」
その答えに、スオウとスズシロは再び顔を見合わせた。今度の両者の表情にはどこか納得の色がある。
「やはり、私はとんでもないことをしでかしてしまったのだと身に染みました……。そこで大隊長殿にどう償えばよいか尋ねましたところ、ぜひ殿下のところへ行けと」
「なるほど」
納得顔でスズシロは頷き、ついていた卓から立ち上がる。それから、ウツギの傍によると彼女に微笑みかけた。
「それは、彼女たちの厚意を無にするわけにはいきませんね」
「はっ」
いまひとつよくわからない声かけであったが、参謀の言を無視するわけにもいかない。ウツギはスズシロをじっと見て、次の命を待った。
スズシロのほうは、そんな彼女に先ほどまで自分がかけていた椅子を示す。
「あそこ」
「え……?」
「座って」
「は、はい」
言われるままに腰掛けるウツギであるが、スズシロの席につくとなると、そばにスオウがいることになる。
ほとんど隣り合うようなところに全軍の指揮官がいるのだ。緊張しない方がどうかしている。
どうしたらいいかさっぱりわからないウツギの肩をぽんと叩き、スズシロは部屋の隅を指差した。
そこには小ぶりな石の炉があり、茶釜がかかっている。
「ウツギ。あちらでちょうど湯を沸かしています。殿下にお茶を淹れて差し上げて」
「わ、私がですか!?」
「ええ。……ああ、それとも殿下が淹れます?」
「ああ、構わんぞ」
「やります! 私がやります!」
まさかスオウに茶を淹れさせるなど出来るわけも無い。彼女は弾かれるように立ち上がり、茶釜に駆け寄った。
「結構。では、お茶でも飲みながら、ゆっくりと殿下に話を聞いていただきなさい」
「は、はい」
返事をしてから、ウツギはスズシロが部屋を去るつもりなのだとようやく気づいた。
つまり、彼女はスオウと二人きりになるのだ。
そのことを意識した途端、さらに頭がぐちゃぐちゃになり、ひたすら茶釜を見つめることになるウツギ。
その様子にくすりと笑みを漏らして、スズシロはスオウに目礼して部屋を出る。
彼女にはよくわかっていたのだ。
部下の不始末で一人の女性をおぞましい目に遭わせ、その命を奪ってしまったことへの無念。
加害者たちには自ら始末をつけたとはいえ、彼女たちを犯行に走らせた責任は、人界にまで連れ出した自分にあると理解した上での慚愧。
そして、自らが推し進める侵略の中で、大なり小なり似たような、あるいはまったく違う形の悲劇が繰り返されるであろうという確信。
様々な感情を呑み込んで、あくまで自らの為すべき事を為したと平静な顔をしている一人の男。
彼女は彼のことをよくわかっていた。
そして、そんなスオウの気持ちを少しでも和らげようと、可愛らしい罪を真剣に告白するウツギを送り込んできたシランやその部下たちの心情も。
実によくわかっていた。
だから、彼女は去る。
少しでも、純真で真摯なウツギがスオウのことを慰めてくれることを願って。
†
「え、ええと、その……お茶です」
間違いなく普段の倍は時間をかけて、ウツギは茶を淹れ終えた。
スオウの前に茶杯を差し出すときなど、こぼしたらその場で死んでしまおうと決意しながらやり遂げた程だ。
その後で、自分の分も淹れないのかと返されたときには、卒倒しそうになったが。
ともあれ、彼女はスオウの勧めに従って自分の茶も用意してから席に着いた。
「ありがとう。……ウツギは甘い茶が好きなのか?」
ウツギが自分の分を淹れている間に口をつけたスオウが尋ねるのに、ウツギはあわあわと動揺し始める。
「あ、あの、甘いのはだめですか。は、蜂蜜があったので、てっきり、その!」
「落ち着け。なにも責めてるわけじゃない。単なる趣味嗜好の話だ」
「あ。は、はい」
ウツギはごくりとつばを飲み込んで、なんとか落ち着こうとした。
「その、疲れたときなどは甘いものが……」
「なるほどなるほど。俺は欲張りな性質で、甘いのも渋いのも好きでな」
「さすがです!」
何がさすがなのかさっぱりわからないが、なにか言わずにはいられないのだろう。言われたスオウも特に気にした風はなかった。
「ちなみにあの蜂蜜はスズシロの実家の産だそうだ」
「参謀閣下の? ということは、まさか翡翠氏の?」
「そうなるな」
「ほわぁ」
おかしな声を漏らし、己の茶杯を握る手に力を込めるウツギ。
翡翠氏の蜂蜜酒が魔界の富貴にとってあこがれであるように、庶人にとっては、翡翠氏の蜂蜜というだけで垂涎の的であった。
それをよりにもよって魔界の外で口にする事になるとは。
そう意識して、ウツギはますます自分が場違いだと感じた。
その一方で自らが犯した罪を、なんとしてでも償わねばという使命感もある。
「あの、私はどうしたら……」
「まあ、そう急くな」
スオウが言うと、ウツギは素直にこくと頷く。さすがにまだ堅さは取れていないが、茶杯を握っていることでほんの少しだけ落ち着いてきたようだった。
「少し話をしよう。ウツギは、先の処刑を見て告白しようと考えたわけだよな?」
「はい」
「そうか。では奴らもなんらかの役にはたったわけだ」
「いえ、それは……」
言いかけて口ごもる彼女に、スオウは落ち着いた声で告げる。
「いいんだぞ、言いたいことを言っても。不作法だなんだと叱る者もここにはいない」
ウツギはそれでも躊躇う素振りを見せたが、覚悟を決めたように顔を上げ、スオウの顔を真っ直ぐに見つめた。
彼女はそうやってちゃんと顔を上げるべきだな、とスオウは思う。
胸を張って前を向くのが似合う娘だと。
「では、僭越ながら申し上げます。私が感じ入ったのは殿下に対してであって、あのような唾棄すべき輩にではありません」
それから、彼女はスオウが口を挟もうとするかどうか確認するように一息ついてから続けた。
「殿下は、私自身明確な形に出来なかった戦士の持つべき誇りについて語ってくださいました。ああ、そういうことだったのかと、まさに腑に落ちたのです」
ウツギは言葉を発する度にぐいぐいと身を乗り出して熱っぽく続ける。
「我らは殿下の楯、殿下の矛。そうなるために生まれ、そうあることを学んだのです。泥にまみれる訓練の日々も、眠ることすら出来ず知識を詰め込んでいたあの日も、全てはそのためにあったのだと。ふるうべき時に力をふるい、守るべき民を守る。我らの生は、それを為すための心を育む日々であったのだと、そう得心したのです」
「そうか……」
スオウの言葉は、なんとも言えない調子を帯びていた。
喜びや悲しみといった言葉では現しきれない複雑な感情がそこに込められているようだった。
だが、ウツギはそれに気づいているのかいないのか、自分がスオウにぐっと近寄っていたことに気づき、慌てて体を戻している。
「そ、その……私だけではありません。おそらくは皆そうであったでしょう。もちろん、殿下のなさりように恐ろしさを感じた者もいると思います。しかし、それはきっとやましいところがあるからです」
そこで、彼女は少し恥じ入るように微笑んだ。
「私などは、あの時点では自らの罪を自覚していませんでしたから、ただただ感嘆しておりました。あのような力を持ち、さらには沈着にそれをふるえるとは、と」
「まあ、あれはな……」
苦笑するように言って、スオウはしばし考えるようにした。
「ウツギは……あの時なにが起こったのか把握しているのか?」
「わかりません」
意外にも彼女はあっさりと自分の理解が及ばないことを認めた。
「ですが、殿下が自ら確信して行い、そのようになったのですから、それでよろしいのではないでしょうか」
「……そうか」
再び発せられたその言葉は、先ほどにはなかった温もりを持っている。それは確実にウツギがもたらしたものであった。
「ウツギは、俺のご先祖様が、我らの体――人の姿と獣の姿を共に持つこの体を作り出したと知っているか?」
不意にスオウはそんなことを尋ねた。いきなりの話題の転換に、しかし、ウツギはしっかりとついていく。
「はい。初代皇帝陛下が、神々と同じ脆弱な身に竜の因子を取り込むことで、この大地の力を用いることの出来る体をお作りになったのですよね?」
「よく知っているな」
初代皇帝が魔族の基を築いたことは誰もが知っている。ただし、そうと知っていても、それがどういう意味かわかっていない者は多い。
まして竜の因子という部分をしっかりわかっている者は、知識人と言われる層くらいなものだ。
感心した皇太子が優しい声で誉めると、ウツギはほんのりと頬を染める。
「ええと……。その、少々勉強しました」
それがスオウのことを知りたいがため、手当たり次第に話を聞いたり資料をあたったりした結果だとはとても言えないウツギであった。
「そうか。とはいえここまでは知らないだろう。かつて初代皇帝たる俺の先祖、太祖ハリは悩んでいた。神を気取る詐欺師たちと袂を分かったものの、人界の人々を神族の支配から解放するには力が足りないと」
ウツギはそれまで以上に真剣に耳を傾ける。当たり前の事だが、皇帝家の者が知る古代の出来事を聞く機会などまずないのだ。
「いまはいざ知らず、当時の神々は様々な生命維持装置を身に付けなくては出歩くことすらできなかった。生まれ変わる前の魔族もまた同じだ」
「なるほど……」
「それではいかにも弱すぎる。偽りの神々の支配を覆すため、なにが出来るのか。ハリ自身は生命維持装置の小型化に成功していたが、それを配るだけで事は解決するだろうか。彼はそう考えながら、新たな大地をさまよった。そして、後に帝都となる火山島の地下に彼は至った」
ごくりとウツギの喉がなる。
帝都がなぜ帝都であるか、彼女は真剣に考えたことがなかった。
漠然と、内海を通じてどの地方にも行けるからだろうと思ってはいたものの、スオウの話からするとそうではないのかもしれない。
「地下には大都市が広がっていたと口伝はいう。我らの都市とは根本的に異なりながら、高度な知性を感じさせるその都市は、通路の様子からしていまの魔族の数倍もの大きさの住人が築いたと思われた。そして、地熱を利用してその機能を確かに維持していた。それなのに、住人の姿は無かった」
「無人の……巨人都市ですか」
「ああ。だが、ちょっと違う。巨人の都市ではない。巨大な龍の住処だったんだ」
「竜ですか?」
スオウはウツギの素直な反応に笑みを刻む。
魔界では、竜は身近な動物だ。小型の竜を愛玩している者もいるし、その中には対象を兄弟のように思っている者もいることだろう。
だが、結局は知性あるものではない。
多少の知能はあるにせよ、都市を作り上げられるような存在であるとはとても思えないに違いない。
「竜ではなく龍だよ。真龍がその後継者を名乗る存在だな」
「真龍がですか……?」
「ああ。そして、龍とはかつてこの星に生まれ、この大地で生き、地下に高度な文明を築き上げ、そして、滅んだ。そんな種だ」
ウツギは思わず息を呑む。
そんな存在のことを、ウツギは聞いたことが無い。噂ですら聞いたことがないということは、表には出てきていないということだ。
いま自分の聞いている話がどれだけ重要なものなのか、遅まきながら彼女は気づく。
おそらくは、皇帝家の者しか知らぬ秘事をいま打ち明けられているのだと。
「ハリはそんな龍種の最後の一頭……この星の古き支配者を見つけ出した」
そこでスオウは目を輝かせて声を弾ませる。
「なんと、龍はすぐにハリの言葉を理解することで、その高度な能力と知性を示したらしいぞ」
どうやったらそんなことが出来たのだろうな、と彼は笑った。
まるで子供のように楽しげに語る彼の姿に、ウツギは思わず微笑んでしまう。
「それから、最後の龍と魔族の祖は何日も話しこんだ。そこでなにが語られたのか、そこまでは皇帝家の者でも知り得ない。ただ、こう伝えられてる」
そこでスオウは一度言葉を切り、彼女が静かに聴き入っているのを確認した。
スオウでさえそうせざるを得ないくらい大切なことなのだと、ウツギは思い知らされる。
「太祖ハリは、龍よりこの星の支配権を譲られたと」
そして、彼はそんな言葉を語った。
ずんとウツギの体が重くなり、体の中心がかっと熱くなった。
それだけの反応を一兵卒に起こさせるだけの力をその言葉は持っている。
自らを含めた魔族とは、偽りの神々を討ち滅ぼすために生まれたと、ウツギは教えられてきた。
父母も、その父母も、そのまた父母もそれを疑わなかっただろう。
だが、それだけではない。
それだけではなかったのだ。
自ら課した使命だけではない。託された責務も彼らは生まれながらに持っていたのだ。
「これによってハリは皇帝たることを決意し、仲間たちの体を作り替えることもまた決めた。この大地の力を得るため、この大地の支配者たるべく、この地に生きる竜をその身に取り込もうとな」
ウツギは自らを恥じた。
太祖が竜の因子を魔族の体の中に混ぜ込んだと知ったとき、なぜ動物のそれを我らに……という気持ちがどこかにあったからだ。
それがどんな意味なのか考えもせず、ただの思い込みで判じたことを彼女は恥じた。
「一方、自分はその最後の龍そのものを取り込んだ……と伝承は続くんだが、このあたりはどうもうさんくさい。皇帝家にずっと伝わっているはずなのに、異伝があるからな。俺としては、そちらの異伝のほうが好みだ」
「どんな……ものなんですか?」
聞きたいか、とスオウは尋ねる。
是非、とウツギは素直に求めた。
「帝都の地下にはいまも一頭の龍が眠っているんだそうだ。さんざんに語り明かした友が再び訪れることを夢見て、な」
そうであったらいいなと望みながら、ふと彼女は疑問に思う。
「殿下なら……確かめてみようとなされたのでは?」
スオウはにやりと歯を剥いた。獰猛でありながら子供っぽい、不思議な魅力を持つ表情であった。
「子供の頃にな。だが、帝都は知っての通り火山島だ。地下に続く道を見つけるのは難しくてな。いや……いまならば……」
「帝都に戻ったときは、ぜひ露払いに」
「そうだな」
二人は笑った。
悪だくみをする子供同士の笑いであった。
「ともあれ、ハリが魔族の体を作り替えたのは間違いない。そして、そうするための力を彼は己に与えた。それが、皇帝家には伝わっている」
笑いが収まったところで、スオウは真剣な表情に戻り、小さく肩をすくめた。
「だから、まあ、俺が魔族に対して色々出来るのは俺の功績じゃない。太祖帝のおかげってわけさ」
だが、ウツギはそんなスオウの態度を不思議なものを見るかのような表情でみていた。
きょとんとしていると言っていいだろう。
「どうした?」
さすがにスオウもその反応は予想していなかったのか、どこか不安そうに尋ねる。
ウツギは、困ったように口をすぼめた。
「いえ、その、私も口がうまいほうではありませんから、なんと言えばいいのかわからぬところもありますが」
「うん。言ってみてくれ」
「その……。殿下の力の淵源がどこにあろうと、それをどう使うかにこそ意味があるのではないでしょうか。殿下がかの罪人に罰を下されるとお決めになり、そのようになされたのなら、それは殿下の行動であり、価値であると思います」
それから、ウツギは一つ首を傾げて付け加えた。
「それに、考えてみれば、我らの持つ力はそもそも全てが太祖帝のおかげなのではないでしょうか」
「ははっ」
一瞬、虚を突かれたような顔つきになったスオウは、そうして笑いを爆発させた。
「あははははははは!」
「で、殿下!?」
「そうだな。その通り。その通りだとも、ウツギ」
なおも大声で笑いながら、スオウはウツギの肩をばんばんと叩く。まるで友人同士がやるような親しげな仕草に、叩かれる方は目を白黒させて身を固まらせていた。
「どんな力を持っていようが、意を決して何を為すかが大事だな!」
「はい。それはそうだと」
スオウはぱんと手を打ち合わせて、ようやく自らの笑いを止めた。
それから、彼はじっとウツギの事を見つめる。
「では、これからすることも、俺の意思として、きちんと受け止めてもらおう」
「はい。それはもちろん」
「ウツギは罪を自覚し、告白しに来た。そうだな?」
「あ、はい」
そうだった!
ウツギは内心で冷や汗をかいた。
スオウが優しく接してくれるものだから、すっかりくつろいでしまっていた。気づけば、自分で淹れた茶も、もうほとんど残っていない。
一体いつの間に飲んでいたのか。
自分にしてはたくさん話したというのは、意識していたが。
「では、俺が罰を下そう」
「は……はい」
ついに己に罰が宣告されるらしい。
ウツギはなにを言われても受け入れようと肚に力を込めた。
「とはいえ、皆の前で公表するほどのことではない。この場で済ませてしまおう」
「で、殿下手ずからですか?」
「そうだ。不服か?」
「まさか!」
スオウに下される罰なら、なんでも受け入れると心に決めたばかりである。まして、それを執行までしてくれるというのだ。
なにをいやがることがあろう。
彼女は一つ息を吸って、卓にこすりつけるように頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「うん」
彼女に頭をあげるように言い、さらにスオウは目を閉じるよう促した。
ぎゅっと目をつぶった暗闇の中、どんな衝撃が来ても耐え抜こうと、ウツギはむしろ体の力を抜いた。
固まった体では、強い力を受け止めることは出来ないと知っていたからだ。
だが、そんな準備は何の意味も無かった。
なぜなら、スオウの温かく柔らかな手が彼女の体を抱きしめ、さらに熱くさらに柔らかなものが唇を包んだのだから。
「あの!」
すっとスオウの身が離れたあと、目を見開き、己の唇に手を触れてなにごとかを確認するようにしていたウツギが調子外れの声を発する。
「い、いまのは罰になりません」
「そうか?」
「そうです!」
「ふむ。それでは」
スオウは再び口づける。
今度は目を閉じていなかったため、彼が近づいてくるのも、己の唇に触れるのもしっかりと認識できた。
さらには舌でとんとんと叩かれて、本能的に唇を開いてしまった。
燃えるように熱く、信じられぬほど柔らかな舌が己の口内を蹂躙するのを感じれば感じるほど、ウツギは自分がどんどん馬鹿になっていくと自覚していた。
「で、ですから!」
それでもなんとか残った理性を総動員して抗議する。
「なあ、ウツギ」
「は、はい」
スオウはそんな彼女にとてつもなく優しい声で応じた。それだけで先ほどの口づけを思い出してしかたない声だった。
「俺が、なんであの秘伝をお前に話したと思う?」
「わ、かりません」
彼の指が彼女の頬をなで、声がはね上がる。
ふと、ウツギはスオウが先ほどよりずっと近いまま身を保っていることに気づいた。
その距離を特に不思議とも思わないようになっている自分にも。
「お前に感謝しているからだよ。誇りを持ち、まっすぐに生きているお前にな」
「そのよう、な……」
「だから、本当は罰なんてお前には必要無い。むしろ礼のほうがお前にはふさわしいのだろう」
そこで彼はウツギの頬から指を離した。
「ただ」
離れていくぬくもりがとてつもなく寂しい。
「罰は罰でいいものだろう?」
「……はい。……じゃ、じゃなくて」
きゅっと卓の下で手を握る。
そうしていないと、彼に手を伸ばしてしまいそうだったから。
「ウツギ。お前はどちらを望む?」
彼女は考えた。
自分がどうすべきかを。
ほうけた頭はそれを受け入れなかった。
彼女には考える必要などなかった。
自分がどうしたいかを。
とろけた体はそれをすぐに口にした。
「……罰のほうを」
それから、彼女は機会を見つけてはスオウの下に罰をねだりに来ることになるのだが、これは言うまでもないことであろう。
†
ぼーっとしっぱなしのウツギが何度か列から外れて大目玉を食った事を除けば無事にハイネマンに戻ったシラン一行は、戻って早々にベーアが音を上げたことを知る。
和睦を主張するベーア側の提案は当然つっぱねられたものの、これをきっかけとして交渉が始められるのは確実だ。
カラク=イオによるソウライ支配への行程は一段進んだと言えるだろう。
それは、真龍たちとの約束の時が刻一刻と近づくことを意味する。
そして、スオウたちはいまだ知らぬことながら、足萎えの雷将が主導する人界の連合軍の戦略も一段階進められることになるだろう。
アウストラシアに垂れ込める戦雲は、しばらく晴れそうにはなかった。




