Part6「激闘」
「な、何が起きているんだ? なぎさがあんな化け物に……」
さんざんアプローチをかけているまりあも怪物へと転じたのにかかわらず、最初になぎさの心配が出た恭兵。
「わからねぇ。だが助けねえとよ。シホを人間に戻さないと」
考えるより行動。裕生は牛になった幼なじみを探して駆け出した。
「美鈴……」
大樹もその巨体で走り出した。体育館を目指している。
「くそっ。なぎさのバカがっ」
恭兵も温水プールへと走り出した。
温水プール。フライングフィッシュアマッドネスとセーラ・マーメイドフォームの戦い。
セーラはこの形態の時は長い髪がいわば「えら呼吸」をして酸素を取り込むため、活動時間に制約がなかった。
しかし魚類型のアマッドネスではアドバンテージにはならない。
二人はにらみ合いを続けていた。
やはりフライングフィッシュもセーラと闘った記憶はないらしく、様子をうかがっていた。
セーラの方は躊躇もあり、こう着状態に陥っていた。
それでも心を決めた。
(仕方ないわ。ちょっと痛いけど我慢してね。あなたを人間に戻してあげる。もともと女の子だから大丈夫だし)
アマッドネスは爆発して果てると素体となった人間が男性だった場合女性化する。
アマッドネス怪人が女性ばかりで、その時点で倒されるからか。
あるいは再生の際に男性とする遺伝子情報を得られないためか分らない。
セーラはいつも相手を女子に変えてしまうことを割りきれなかった。
しかしこの場合はもともと女子だ。だから躊躇はその点ではない。
(でも、元の姿を思うと殴りにくいわね)
スポーツ少女らしい快活な笑顔のなぎさ。それを思うとやりにくい。
(ううん。だからこそあんな醜い化け物にしとくわけにはいかないわ)
単に焦れたか。あるいは憎悪が勝ったか。
打って出たのはフライングフィッシュアマッドネスだった。
手首から生えているひれを使って切りつけてくる。
(くっ)
水着は魔力の鎧だから傷一つつかないが、むき出しの手足や顔が傷ついていく。
(凄まじい殺気。いや。憎悪。なぎささんの嫉妬心をアマッドネスが増幅させ、その負の感情がアマッドネスを強くする。あたしにとっての悪循環だわ)
防戦一方のセーラ。だか相手の攻撃を布の鎧」で受け止め、隙ができた瞬間に、逆襲の突破口とすべく携帯していた伸縮警棒を「銛」へと変化させる。
(ごめんなさいっ)
心中で詫びつつ銛を突き刺そうとする。
ところが鱗に阻まれて刺さらない。
小さな魚相手なら相対的に巨大な刃物で突き刺す形だが、人間大の相手で鱗も大きくて厚い。
しかも角度の問題で微妙に刺さりにくい。
(くくく。無駄だ。貴様も水の中でそれなりに動けるようだが我の比ではない)
水中だから言葉は届かない。だがなんとなく正確に考えていることが理解できたセーラ。
(それなら)
セーラはプールの底に足をつけると、頭上に両腕をかざす。
深さのあるプールだ。だから空中から落ちても激突していない。
沈むセーラを追ってくる海人。
それを見てセーラは腕を回した。
本来なら水陸どちらでも相手をリフトアップして、猛烈な回転を加え、できた大渦ないし竜巻に相手を放り出して粉砕する大技。トルネイドボンバー。
その空回しでとりあえず大渦を発生させる。
そのままフライングフィッシュアマッドネスを巻き込んで放り出すつもりだ。
異変が起きた。
フライングフィッシュの両足が融合して魚のそれになる。
人の脚なら上下。しかしそうではなく魚同様に左右にくねり推進する。
骨格まで変わったとしか思えない。
胴体も変化していく。
丸く、そして流線形に。顔も魚そのものに。両腕は大きなひれへと変化していた。
半漁人ではなく本物のトビウオ。それも人の大きさである。
(くっ。つまり人であり続けようとした反動で、ここまで人でないものへと変わったということなのね)
そしてもっとも泳ぐのに適した肉体に変化したフライングフィッシュアマッドネス・遊泳態は大渦に逆らわず流れに乗る。
渦を自分の力で加速して、その力を逆に利用してセーラに攻撃を見舞う。
さらには全身の鱗をはがしてそれも渦に乗せた。
すぐに再生されたのでフライングフィッシュアマッドネス自体は無傷だが、漂う凶器がセーラ・マーメイドフォームのむき出しの顔や手足を傷つける。
体育館のレディバードアマッドネスとジャンスの戦いはジャンスが押されていた。
レディバードは上空で口から毒液を吐く。胃酸の変化したものなのか強酸性の液体だ。
本人の喉や口も焼けるが、それはアマッドネスの再生能力があるので問題なしであった。
「うわっとと」
大げさによけるジャンス。
「もうー。年頃の女の子がそんな大口開けてちゃダメでしょ。美鈴さん」
可愛い顔立ちだがセーラ/清良よりシビアに対応できるジャンス/順であった。
助けるために撃つ覚悟はできていた。
だから躊躇はない。ただ単純に当たりにくかった。
複雑な動きで狙いを絞りにくいこと。
小さ目なこと。
そしてやはり
(うーん。やはりあれが美鈴さんと思うとやりにくいわ)
土壇場で割り切れていない。
だが当の美鈴……だった存在は殺意を隠す気もない。
その姿がさらに変わる。
ヘルメット状の部分が大きくなり、背中全体を覆う「甲」になる。
下半身の脚のつき方も人と違ってきた。
体型も円形に近くなる。
人のサイズではあるがテントウムシそのものの姿へとなった、
(そこまで人間やめちゃうなんて……人の心を捨てたということかしら。それだけあたしに対する「憎しみ」が強くなっちゃったみたいね)
レディバードアマッドネス・成虫態は例の強酸性の液体を宙に吐く。
それを翅であおりその結果として毒霧になった。
(どうりで体育館なんかを選ぶはずだわ。ここなら風で散ってしまうこともないわね。ちょっと息を止めといたほうが……い、いや違うっ)
噴霧はしばらくは漂う。だが霧散しない。一部は雨のように降ってきた。
(狙いはこっち?)
いくらジャンスが凄腕のガンナーでも「雨」は撃てない。
逃げるしかない。
それをあざ笑うようにそばを飛んでいくテントウムシの異形。
「つっ」
その羽音がむやみやたらに耳につく。
(違う。この「音」自体が攻撃手段。音。すなわち振動がダメージをあたえてくる)
ジャンスの分析は当たっていた。
「くふふ。なかなかしぶとい。ならこれはどうだ?」
レディバードは天井に向けて飛ぶと照明をつりさげている部分に毒液を浴びせた。
腐食していく。
そしてそれを立て続けに行う。
やがて自重に負け落下していく。
「ちょ……そんなのあり?」
こうなると自衛のために照明を撃つしかない。
その隙に背後から接近したレディバード。
「しまっ……」
時すでに遅し。
ジャンスの背中に六本の「足」で止まると、レディバードアマッドネスは左右に顎が展開するその肉食性の口で首筋にかぶりついた。
グラウンド。ブレイザVSバッファローアマッドネス。
半分は人であるが、まるで闘牛のようだった。
「キャストオフ」
ブレザー姿から和服の少女剣士姿に。
屋内の戦いではないため校舎内からたくさんの生徒が戦況を見守っている。
彼らはホークアマッドネス……まりあが飛び去ったのを知らないため、逃げられないと思い込んでいる。
だからブレイザが水牛の化け物を倒してくれるのを固唾をのんで見守っていた。
それが学園一の才媛。詩穂理の変わり果てた姿とも知らずに罵声を浴びせている。
(糸井……お前は一体?)
あすかも見ていた。
まさかあの化け物と真っ向勝負をするのか?
自分とて退かざるを得なかったのに?
「まるで変身ヒーローみたいでかっこいいにゃ」
恵子もそばにいる。語尾から察するにまだ余裕があるらしい。
浴びせられる罵声も「自分への声援」と変換させたバッファローアマッドネス。
気持ちよさそうに首を回す。
「うーん。檜舞台じゃないか。そう思わんか? 剣の戦乙女」
心なしか楽しそうに聞こえる。
実際になぶるのを楽しみにしている。
「……ぜんぜん。むしろ最低の気分ですわ」
やはり「知り合い」を斬るのは気が乗らない。
(以前はセーラさんを叱咤したのに……そのセーラさんの甘さがうつったのかしら?)
だから今度は自分を叱咤した。
(しっかりしなさい。ブレイザ。奴を斬れば詩穂理さんは元に戻せる。ここはいくさ場。気を引き締めないと)
「ではこの面前で公開処刑と行くか。我から寝取った貴様をな」
「失礼な。そんなふしだらではありませんわ」
「いいわけならあの世でしろ」
「その言葉、そっくりお返ししますわ。詩穂理さんに取りついたのを、わが身の不運と知りなさい」
「ふふふ。行くぞ」
殺し合いなのにわざわざ宣言することに違和感を覚えたが、バッファローアマッドネスが突っ込んできては考えてられない。
(初撃を躱しできた隙に後の先をとる)
猛スピードで突っ込んでくるバッファローの角を食らわないように紙一重でかわそうとした。
その方向が悪かった。バッファローアマッドネスの右腕の餌食。
しかも繰り出したのは拳ではなく蹄。右腕の手首から先が牛の足そのものだった。
突っ込んできた勢いと、腰を中心にしたひねりを利かせたストレートパンチがブレイザの頬桁を砕く。
悲鳴も上げずに吹っ飛んでいく。
まともに食らって吹っ飛ぶ無ブレイザだったが、それでもいつまでも伸びていない。
「あつつ。詩穂理さんが女の子の顔を殴るような無頼漢だとは、夢にも思いませんでしたわ」
強がりと挑発を兼ねた言葉を口にしつつブレイザは立ち上がる。
エンジェルフォームなら攻撃力と引き換えに、肌の見えている部位も守られている。
衣類の部分だけにガードを残し、後はすべて攻撃力に回したヴァルキリアフォームだったのが災いした。
「無頼にもなる。貴様はこのシホリの意中の男を籠絡したのだ。恨まれて当然」
「たわごとを。意図してそのように思い込ませ、詩穂理さんの負の感情を持たせることでやっと顕現できた『寄生虫』が」
これは明らかな挑発だ。
「おのれ。そんな口のきけぬようにその平たい胸を串刺しにしてくれる」
恥ずかしがっていた胸の大きさだが、実は詩穂理はひそかに自分を見下していたのではないかとブレイザは思った。
怒り任せに突っ込んでくるバッファローに対して居合の体勢で待ち構える。
角が胸板を貫くかと思いきやもっと下。腹部に右腕の「蹄」が角より先にめり込んでいた。
「ぐふっ」
子宮の辺りだ。本来は男のブレイザだが現在は女の身。大事な部位には違いない。崩れ落ちる。
「ふふふ。そんな安い挑発に乗ると思ったか。ま、そうは考えてなかったろうが、この使い方は考え付かなかったようだな」
いわば「角の攻撃」と決めつけた思い込みが招いた結果だ。
「しかし手の内を二度までをさらしたか。それならそれで角と蹄の二択を迫る戦い方もあるが、その様子ではそこまでもいるまい」
本当に上から目線で言う。
(こいつ……力任せに見えたのはフェイク? そう思い込ませて頭の良さを隠していた。まさかそんな部分で詩穂理さんについたわけでは)
何か考えていないと気絶しかねなかった。
「策で敗れ、そして力にも屈する。完全なる敗北で絶望と屈辱ののちに死を与える」
非道だった。人とは思えぬ。
まさにそのままで左手の五本指が蹄へと変わっていく。
そのまま両手……否。「前足」を地におろす。
両足……「後ろ足」も変化する。四つん這いではない。完全に四足歩行の生き物になった。
そこには一頭の水牛がいた。
二本の脚以上のパワーをその四足で生み出し、角を突き立てたバッファローアマッドネス・突進態が迫りくる。
「くっ。そこまで畜生に堕ちるとはっ」
だがむしろ人の姿からかけ離れたことで、ブレイザはやりやすくなった。
これなら角にだけ集中できる。
彼女は豪力態。ガイアフォームへと転じる。
狙いは攻撃手段であり頭部を守る盾でもある角。
すれ違う刹那にかわして斬馬刀ガイアブレードをふるう。
アルテミスの細い剣どころか、通常のブレイザソードでもこの突進では弾かれて角を切れないと判断したからこの大剣だ。
多少大ざっぱでもこれならダメージを与えられる。
狙い通りの角に当てた時だ。
「きゃあっ」
強烈な痺れを感じて思わずのけぞる。
バッファローアマッドネス・突進態は勢い止まらず走り去ったので追撃を受けなかったが、ブレイザもしばらくしびれが抜けなかった。
「ま、まさかその角が電気を帯びているとは?」
どうりで蹄の攻撃を捨てたはず。
二の手どころではない。さらに隠していた。
「ぐふふふっ。かすっただけで大ダメージ。貴様が生き延びたいなら無様に背中を見せて逃げるしかないぞ」
あからさまな挑発だ。武人の心を刺激する。
「なら角ではなくそのそっ首を跳ね飛ばしてくれてやりますわ」
それでもアマッドネスを爆散させればバッファローから詩穂理に戻せる。
しかしガイアフォームの限界時間が来てしまった。
裏門近くにある高い樹の上に優介は置かれていた。
自力で降りようにも高さゆえに風があり、なかなか踏み切れなかった。
ホークアマッドネスはいない。いや。戻ってきた。
へし折ったらしい木の枝を、くちばしにくわえて飛翔態で帰ってきた。
それをすでにある程度できている部分に足す。
「巣」を作っていた。
手で行わずくちばしを使うあたり、ますますタカに近づいていた。
優介はだいぶ冷静になった。
そこで一つの可能性として「巣作りするまりあ」の姿を携帯電話で録画していた。
そしてまた飛び去る。
仲間の援護もせず、ひたすら巣作りに励んでいた。
怪人となっても優介との愛が最優先だった。
温水プール。発生した大渦を見て駆け付けたキャロルが驚愕する。
「これはトルネイドボンバー? ならもはや勝敗は――ち、違うわっ。セーラ様が押されている!?」
渦の中央にいるのはセーラだが、その渦は今はフライングフィッシュ遊泳態が作っていた。
「何だ? 何が起きているんだ。これは?」
恭兵も駆け付けたが何もできない。
水中。セーラはじっと耐えていた。
(そろそろ変化してもいいころ。あの魚そのものの姿。そしてえら呼吸でダイレクトに水を取り込んでいる。そろそろ)
タイミングを合わせたわけでもあるまいが、フライングフィッシュの泳ぐスピードが緩む。そして止まった。
苦しそうに動くと、再び半人半獣の「海人体」へと戻る。
(な、何が起きたのだ? く、苦しい)
のど元を押さえるのは「人間だった時」のくせか。
(やはりね。前にもあったわ。こんなこと。ピラニアのアマッドネスが淡水である川に逃げ込んだ時はよかったけど、東京湾に近づいたら海水に近くなって苦しみだしたのを)
その時と逆のケースだ。
(トビウオは海水魚。淡水じゃ生きられないはずよ。ましてやこのプールにはこれがある)
セーラはプールの底にある白い塊をとって見せる。
(そ、それは?)
「なぎさの知識」がそれを消毒用の物と伝えた。
それをもろにえらから取り込んだのだ。
アマッドネス・マトはそんな知識はない。
なぎさにしてもプールの水は安全という認識しかない。
無防備になるのも当然だった。
(く、くるしい)
肺呼吸も可能な肉体になってフライングフィッシュアマッドネス・海人体は水面から顔を出す。そのまま水を出てしまう。
呼吸をするのを最優先して周辺に気を配る余裕もない。だから接近にも気が付かなかった。
そこに恭兵がいた。
端正な顔を怒りにゆがめていた。
「何してるんだよ。お前は」
普段の「学園の貴公子」とは思えない乱暴な言葉遣い。
(キョウくん?)
封じ込めたはずのなぎさの心が動きを止めさせた。
彼は見上げる半漁人……その口にためらわずキスをした。
「ひゃああ」
怪人を追って浮上したセーラはまさかの光景に赤くなる。
そしてもう一つの「まさかの光景」
真横に広がった魚の口が「少女の唇」へと戻る。
そこを中心に半漁人の顔がなぎさへと戻っていく。
ぽろぽろと鱗。ひれが落ちていくと一糸まとわぬ姿に。
(お、おのれぇぇぇぇぇっ)
「邪悪な魂」が抜けたのがセーラとキャロルには感じられた。
醜悪な姿にもかかわらずためらいなく口づけをしたその行為。
「愛」がそれを追い出したのだ。
全裸のなぎさに纏いつくように下着。そして制服が再生されていく。
(爆発もしてないうえにこの再生。やはりアマッドネスの力そのものは抜けきってないわね。でも、とりあえずは)
気を失ったなぎさを両手で抱えた恭兵。
「まったく。バカだバカだと思ってはいたがこれほどとはな。僕があんな半漁人に心惹かれるわけないだろう」
「でも、それならどうしてキスしてあげたの?」
この時のセーラは『女子高生生活』もあり完全に女の子だった。
「決まってるだろ」
もう他の女の子に見せる気障な表情の金髪美少年。
「お姫様は王子様のキスで目覚めるものなんだよ」
ここまで気障だと逆にほめたくなる。セーラはそう思った。
その彼女に恭兵は真顔で言う。
「なぎさと闘っていたのは君なんだろ。戦える力があるんだね?」
状況証拠でそう思ったようだ。
正解なのだがどう答えたものか迷うセーラ。
「頼む。その力でまりあも救ってやってくれ」
そういわれてセーラはまりあ……ホークアマッドネスを思い出した。
「なぎささんはお願いしていい?」
「ああ。こいつとは腐れ縁だ。保健室くらい付き合ってやるよ」
それを聞いて「女の子」として満足したセーラは、フェアリーフォームに転じるとホークアマッドネスを探すべくキャロルとともに飛び去った。
体育館。
まるで吸血鬼のようにジャンスの首筋に歯を立てるレディハード。しかし
「ふっ。この距離ではバリアははれないな」
割と余裕のジャンスが、密着したレディバードの腹部に二つの拳銃の銃口を向ける。
むろん見えない。だが背中に密着しているのはその六本脚が示す通り。
それに向けてでたらめに乱射する。
「ぎゃあああああっ」
見もしないでの射撃だがさすがに至近距離。十数発の弾丸を食らう。
思わず離れて上空に逃れてしまう。
首の出血にかまわずジャンスは黒いリボルバーをまっすぐにのばし、ピンクのオートマチック拳銃の銃口にはめ込んだ。
銃なのはイメージだけ。
魔力でできたそれは魔弾を射出するためのもの。変化は自在だった。
連結した銃がガトリングガンへと変化する。
同時にジャンスの姿も黒いボブカットにネコミミが鎮座するゴスロリ姿。ロリータフォームへと。
これは攻撃手段を変えたのもあるが、肉体を再構築するために超変身したという方が大きい。
首の傷がふさがった。そして銃口を上に向け巨大テントウムシめがけて乱射する。
「どっせぇーいっ」
めちゃくちゃだった。アマッドネス以外には基本的にすり抜けて無害だが、それでも多少は物理的に影響もある。
何発かは天井や鉄骨に当たり跳ね返る跳弾となり、上と下からの二重攻撃だ。
「こ、これはたまらん」
レディバードは高度をとるが
「ぐあっ。ま、まずい。ここにはまだ」
皮肉にも自分が散布した「毒霧」に自身がやられた。墜落する。
背中を地につけて足を痙攣させる。よくある蟲の死に方そのものだ。
蟲そのものだと不利と悟ったか、あるいは単にその形態を維持できなくなったのか。
巨大テントウムシが、人と蟲の中間の姿へ戻っていく。よろよろと立ちあがる。
追撃したいジャンスだが彼女自身も呼吸を整えるのが先決。
その隙に
「こ、ここは出直してタオとの連携で」
毒霧の漂う上空をさけ、普通に出入り口から出ていこうとする。
そこに立ちはだかる巨大な壁。大地大樹。
「どけっ」
動かない。それどころかレディバードアマッドネスを捕えた。
見様によっては愛しいものを抱きしめているようにも見える。
「ナーイス。そのまま抱えていてねぇ」
魔力消費が大きいロリータフォームから通常のヴァルキリアフォームへと戻ったジャンスは、右手のリボルバーでアマッドネスを狙う。
逸れて大樹に当たっても人間には被害がない。大樹ではかゆくすらあるまいと、同タイプのパートナーを持つシャンスは判断したのもある。
だがそんな彼女の予想とは違う展開になる。
大樹が力を籠めてレディバードを抱きしめる。
相撲でいうさば折りか。その凄まじいパワーで締め付ける。
「ぎゃああああっ。は、離せ。離すのだ」
苦悶の声をあげる蟲の異形。しかし大樹は鬼のような表情で締め続ける。
「離さん。美鈴。俺がお前をそんな姿になるように追いつめたというなら、お前が人に戻るまで俺はこの手を絶対に離さない」
要点のみ。ほとんど単語しか言葉にしない大樹が、異例の長さで言葉を紡ぐ。
その「特別さ」がおしこめられた美鈴の光を蘇らせる。
(大ちゃん……)
レディバードには責め苦の力技が、「美鈴」には優しい抱擁に感じられた。
やがてレディバードアマッドネスが動かなくなった。
あろうことかアマッドネスが単なる人間に「落とされた」。
気を失った。
オレンジ色を中心にしたカラフルな体色がアイボリーというかクリーム色という感じに変化する。
まるでさなぎだった。成虫のはずが逆行してさなぎになった。
それが「羽化」して、制服姿の美鈴が中から気絶した状態で出てきた。
「抜け殻」はぽろぽろと崩れ落ち、砂のようになって消えた。
「美鈴……」
鬼から仏になった大樹。今度は優しくそっと抱きしめる。
「思いが抱きしめる……抱きあうことで通じたんですね」
この時のジャンスは女の子としての表情をしていた。
「……」
大樹は無言で美鈴を抱えて歩き出す。ジャンスが後に続く。
(でもなぁ。爆発してないからアマッドネスの力はそのままのはずなんだよね。ま、彼なら平気かな。なんか邪心めいたものもぬけていたし)
すぐにでもどちらかの援護に回りたいジャンスだったが、本人のダメージも大きい。
ゆっくりとしか歩けなかった。
何度か突進をかわしたブレイザだが、「布の鎧」に守られていない部分の角による裂傷が増えていく。
そして感電のダメージが蓄積する。
動きを止めてから確実に心臓を貫く気……むしろなぶり殺しに思えるバッファローの攻撃だった。
(さて。こうなったらわたくしも覚悟を決めないと)
ヴァルキリアフォームのままブレイザソードを腰だめに構える。居合抜きだ。
(狙いは喉元。ぶつかる直前にアルテミスフォームになって斬る)
斬る覚悟ではなく、「命を捨てる」覚悟だった。
(命を捨てて生を拾う。そんなところですわね。これは)
一方の水牛もそんな覚悟を感じ取った。
「面白い。貴様の最後の勝負だ。受けてやろう」
もとより貫くつもりだったのだ。これも一興と猛牛は考えた。
猛烈な勢いで走り出した。
互いに相手に集中していて接近者に気が付かなかった。
走るバッファローアマッドネス・突進態に一台のサイドカーが近寄り、そのカーゴ部分から一人の少年が飛び乗った。
「ドーベル? 風見くん!?」
飛び乗られたバッファローアマッドネス・突進態は驚いて急停止。
背中の存在をすぐさま振り落とそうと暴れるが裕生は持ちこたえている。
その間にサイドカーモードから黒犬に戻ったドーベルがブレイザの元に駆け寄る。
「ご無事でしたか。ブレイザさま」
「ドーベル。あれはどういうことです?」
眼前の「ロデオ」を指し示す。
「彼に協力を仰ぎました。力づくでも策でもダメなら、搦め手と思いまして」
一方のバッファローアマッドネスは猛烈に暴れて、邪魔者を振り落とそうとしている。
しかしさすがに裕生は日ごろからスタントマン目指して鍛練を続けているだけのことはある。
「暴れ牛」は専門外とはいえど、あっという間にまたがって自分のズボンのベルトを水牛の首に巻きつけ「手綱」とする。
「ええい。降りろ」
焦れて叫ぶイギ。
「やなこった。絶対に離すもんか。降りないぜ」
その言葉通りいくら暴れても裕生は降りなかった。
「風見さん。危険です。離れてください。それにその角は電気を帯びてます」
「今オレが離れたら、こいつは二度と人間に戻れなくなる気がする。シホ。聞こえているか? 頼む。オレが悪かったなら謝る。人間に戻ってくれ」
(ヒロくん?)
詩穂理の「光」がともった。
「無駄だ。こいつはもはやただのメス牛よ。人間などという脆弱な生き物ではなくなったのだ」
諦めさせようとバッファローアマッドネスことイギは発言する。
「こいつがもう人間に戻れなくて一頭の牛だっていうなら、一生オレが飼ってやる。乳搾りだってなんだって世話はオレがしてやる」
(乳搾り? ヒロくんに飼われる? 私が家畜に?)
その単語が意外な効果をもたらす。詩穂理のたくましすぎる想像力が発動した。
どこかの牧場。
農夫姿の裕生が牛舎に干し草を運んできた。
「元気か? シホ」
シホと呼ばれたのは眼鏡と豊かな胸がトレードマークの黒髪の美少女ではない。
毛並みの美しい乳牛『しほり号』だった。
空想故家畜のイメージで水牛ではなく一般的なホルスタインになっていた。
「ほら。飯だぞ」
干し草がしほり号の前におかれる。
「彼女」にはそれがごちそうだった。
トーストとコーヒーがほしいとは思わなかった。炊き立てごはんと焼き魚というのもいらなかった。
ただ干し草を食べ、胃に送り、それを口に戻す反芻を繰り返していた。
「それじゃ絞ってやるな」
機械ではなく手で「しほり号」の乳しぼりを開始した裕生。
「胸」を揉まれているのに恥ずかしさはなかった。ただ気持ちよかった。
「おや? シホ。お前」
「発情している」と判定されたしほり号の前に、一頭の『オス牛」が連れてこられた。
(え? 私をまさか)
実際の畜産だとあらかじめ容器に入れたもので人工授精させる。
だがこれは空想。そして「悪夢」
もっと単純なイメージが出た。
しほりは一頭のメス牛として、オス牛に貫かれてしまった。
次第に大きくなるしほり号の腹。
人としての「契り」ではなく、獣として「交尾」したのに日が経つにつれ高まる母性本能。
ただし牛としてのそれが彼女を幸せな気持ちにしていた。
やがて
「せーのっ」
獣医と裕生。他にも何人かがしほり号の「大事な部分」を凝視しているが「彼女」は恥ずかしさを覚えない。
ただただ陣痛に耐えている。
裕生達が引っ張ると一頭の子牛が生まれた。
そう。しほりの子供だ。
(ああ。わたしの赤ちゃん)
母牛となったしほりは舐めて毛づくろいをしてやる。
よたよたと立ち上がった仔牛が自分の乳を飲んでいる時に「母として」の幸福を感じていた。
しかしそれも長くは続かない。
肉牛として仔牛が出荷れさて行く。
「もぉーっ」
悲しげに訴える仔牛。殺されるのが分かっているようだ。
「もぉーっ」
人の言葉を発することのできないしほりだが悲しみは伝わる。
(やめて。わたしの子供を食べないで。食べるなら私を)
「そうだな。お前もそろそろ食べてしまうか?」
(ヒロくん?)
「約束通りだ。一生お前の面倒見てやったぜ。ここでつぶされるからお前の一生もここまでだ」
文字通り首に縄をかけられた。
絞首刑のイメージを抱いたが、殺処分する場所へ連れて行くためのものだから大差ない。
(やめて。ヒロくん。私は詩穂理よ。殺さないで)
しかし人の言葉が出てこない。牛の鳴き声にしかならない。
「ああ。シホ。お前はいい肉になるよ。何がいいかな? ステーキ。しゃぶしゃぶ。牛丼なんてのもいいかな」
その目はあくまで「家畜」いや。すでに「食肉」を見る目である。
「安心しろ。ちゃんとオレが食ってやる。お前はオレの血肉となってずっといっしょだぜ」
(ずっと一緒? それもいいかも。い、いや。やっぱりいや。人として隣にいたい)
「いやぁぁぁぁぁっ」
疑似的に『メス牛』の生活を体験した「詩穂理」は、戦慄した。
同時に普段は考えもしなかった「人であることのありがたみ」を感じた。
「嫌だ。牛になんてなりたくない。人間がいい」
バッファローアマッドネスから詩穂理の声がした。
「き、貴様。心を取り戻したというのか?」
今度は怪人としての声が出た。だが暴れていたバッファローアマッドネスがとまった。
「主導権を……だ、だめだ。心を取り戻したらやはり元の持ち主のほうが強い。奪い返され……」
詩穂理が肉体を奪い返した。そして地面についていた「前足」が「腕」に戻っていく。
それどころか変身直後から蹄だった右手も五本指に。
「後ろ足」が両足に。突進態から怪人態にまで戻った。
「出てって。私の体から出て行ってください」
明確な拒絶を示した。心のリンクは完全に切れた。
(くそぉおおお。その男さえ現れなければ)
皮肉にも裕生がらみの嫉妬で取りついたイギは、裕生の出現で詩穂理から切り離された。
その魂は飛んでいき、やがてロゼに取り込まれた。
急速にしぼみ、同時に肌を覆っていた黒い毛が引っ込んでゆく。
胸もしぼみ、人のそれに戻る。
「おっと」
裕生がベルトをかけていた首も白く細いものに戻った。首を絞めないようにあわててベルトを外す。角も頭部に引っ込んでいく。
完全に人間の少女に戻った。しかも制服姿だ。
「やべっ」
またがっていた裕生は崩れ落ちる詩穂理をあわてて支えた。
体勢を直していわゆる「お姫様抱っこ」で保持する。
詩穂理は取りつかれ、変身して、違う生き物として戦い、そして疲れ果てて気を失っていた。
裕生の腕の中で眠っていた。
「よかった……今度は助けられたんだな」
母親を目前で水死させた裕生が言う「今度は」である。
涙が裕生から零れ落ち、詩穂理の顔に落ちた。
それが頬を伝わり口に入った。
(な、なんだかものすごいラブシーンを見せつけられた気分ですわ)
ブレイザは赤面していた。
紙一重の勝負に挑むつもりだつただけに、拍子抜けしたのも本音。
「ドーベル」
「邪悪な魂が抜けたのは感じました。ただ」
「ええ。服が再生されていたり爆発しなかったりと、アマッドネスの力が残っている危険性はあります。けど」
ブレイザとドーベルは裕生と詩穂理を見る。
腕の中で安心して眠る詩穂理。それを愛しそうに見つめる裕生。
「あの様子なら大丈夫でしょう」




