Part5「悪夢」
ある日のことであった。
まりあは優介が恵子と談笑しているのを目撃した。
ホモのはずの優介が女子に対して見せる笑顔。自分には見せてくれない笑顔。
美鈴と恵子は例外と知っていたはずだが、まりあはやるせない思いが去来する。
裕生にアンナが付きまとう。
親友・チヒロの兄ということだかららしい。
裕生もじゃれつかせている。それだけのはずだ。
しかしそれでも詩穂理には割り切れない。
恭兵はもてる。そして彼からアプローチをかけることもある。
そのうちの一人。栗原美百合。
春風のような柔らかい女性。
その二人を見たなぎさは、ああまで女らしくするのは自分には無理だと思った。
とある一件から大地大樹を意識するようになったあすか。
「女であること」に嫌悪感を抱く彼女が、家庭科で作ったクッキーを大樹に渡していた。
それを大樹は食べて見せ「旨い」とまで言った。
ただの評価。そのはずなのに美鈴の胸はもやもやする。
「はぁ。いつになったら優介は振り向いてくれるのかな」
仲良しの四人だが元々は互いの恋愛を助け合う「同盟関係」
どうしても話題は好きな相手に関することだ。
現在は人気のない校舎裏で四人で心情を吐露し合っていた。
「私も同じ思いです。高嶺さん。ヒロくんてばデレデレと」
珍しいヤキモチだ。
「美鈴は心配です。あすかさんがああまで女らしくなった原因が大ちゃんだし、大ちゃんもその気になったりは」
「だったらあたしはどんだけ心配すりゃいいのさ。キョウ君たら。女を何人も」
届かない思いに歯噛みしていた。
「ならば奪い取れよ」
「誰?」
謎の声に警戒するなぎさ。
「好きなんだろう? 戦って奪い取れ。力が足りないというなら貸してやる」
「ほ、本当に力を貸してくれるの?」
まりあが代表するが「協力を申し出た」と思ったのは全員一緒だ。
つまり四人とも「力を欲してしまった」
「ああ。受け取れ」
その男。栗生が腕を振るうと、保持されていた四つのアマッドネスの魂がそれぞれに融合する。
「きゃあっ」
「な、何かがわたしの中に」
「何だ? 何もかもぶち壊してやりたくなってきた
「や、やめて。美鈴が美鈴で無くなっちゃう」
少女たちは少女で無くなりかける。
異形への変貌が始まった。
好きな相手への報われぬ恋。そこに付け込まれて魔物に取りつかれた。だが
「助けて。大ちゃん。助けて」
「ヒロくん。ヒロくんなら……私のヒーローならきっと助けてくれる」
愛する少年に助けるを求め、異形へと変わりつつある腕を伸ばす二人。
「そうだよ。化け物をキョウくんが好きになるはずがない」
「優介。優介のためにも人間でいなくちゃ」
異形へと転じかけた四人だがそれぞれの思い人である少年を支えに、すんでのところでそれは阻止した。人に戻る。
「驚いたな」
負け惜しみではない。心からの驚嘆を示す栗生。
「参ったな。一度つけた以上はやり直しがきかないんだが……まぁいい」
栗生はさほど落胆した様子も見せず、話し続ける。
「心に闇のない人間などいない。もう一押しだ。きっかけさえあれば貴様らは人間でなくなり、我らの配下になる。せいぜい働いてもらうぞ。くくく。はぁーっはっはっ」
栗生は立ち去っていく。
四人は何とか『悪意』をおしこめると、精根尽き果てたように跪いた。
「ど、どうしよう。美鈴、人間じゃなくなったの? なんだろう。この気持ち悪い感じ。それが美鈴を暴れさせようとしている」
「ああ。あたしもだ。今まで感じたことのない黒い感情が……すべての物を破壊してやりたい気持ちが渦巻いている」
「大丈夫です。人間としての良識さえあれば抑えられるはずです。人間は弱いけど強いはず。その強さを忘れなければ」
「そうよ。優介に好きになってもらうためには、人間やめるわけにはいかないもの」
四人の少女はこうして悪魔を内包した。
いや。卵を温め続けていたというべきか。
それが今、孵化してしまった。
「クッククク。礼を言うぞ。戦乙女たちよ」
「生前」のまりあの声にエフェクトをかけた感じのアマッドネス特有のくぐもった声。
「取りついたはいいがこやつら。なかなか体を明け渡しはしなかった」
半漁人がくぐもったなぎさの声で言う。
「だが貴様らが嫉妬心をあおってくれたおかげで」
およそ「素体」が詩穂理と思えないほど尊大な物言いの猛牛怪人。
「そのどす黒い感情にシンクロしたことで魂を融合させ、こうしてわれらは肉体を得たのだ」
美鈴の肉体を利用した蟲の異形が得意げに言う。
「ふふふ。わざわざしいたげて負の感情を高めていたのだが、貴様ら戦乙女がきっかけとはとんだ皮肉だな。それもお前らが唱えるという『愛』がもたらしてこのざまよ」
すでに勝ち誇っている栗生。精神を揺さぶる目的なのは間違いないが、それは効果覿面であった。
「みろ。この醜い姿を。これがこいつらの本性よ」
確かにものの見事に『化け物』と化していた。
美少女達が無残な姿だ。
「人を愛するなどといえば綺麗だが、他者にとられるのを嫌うあまり欲望が走り、こうして化け物になったのだ」
配下を化け物呼ばわりだが、完全に上に立つ存在らしい。
ゆえに言われている四体も黙って耐えていた。
今にして思えば、まりあたちがああまで服従していたのも、この異形たちに半分心を乗っ取られていたからではないか?
この「変身」は戦乙女たちに絶望感を突き付けた。
「何ということっ。わたくしたちが引き金を引いたというのですか?」
悲鳴にも似たブレイザの叫び。
「人を愛するのは素晴らしい事です。けど、きれいごとだけじゃない」
ジャンスがつぶやく。
二人とも栗生のセリフを繰り返していた。完全に打ちのめされていた。
「でも、こんな気持ちに付け込むなんてっ」
かつて幼なじみの少女が同じように「嫉妬」から異形に転じ、それを制することの出来なかったセーラが泣きそうな声で言う。
対する「怪人」たちは得意げだ。
長いこと魂だけだったのが肉体を得たのだ。それゆえに高揚感を感じていた。
「復活させてくれた礼に我らの名を教えてやろう」
いうまでもなく、追い討ちの皮肉だ。
同時に武功争いのための名乗りでもある。
「まずは我。オオタカの化身。タオ」
「われはマト。トビウオの力を持つ」
「そしてわが名はイギ。水牛の戦士」
「最後の私はナホ。テントウムシの能力をもつ」
各々名乗っていく。
しかし聞こえていなかった。
戦乙女たちはあまりの展開に呆然としていた。
いや。セーラは一度ファルコンと闘ったゆえか切り替えが早かった。
「どうして!? どうしてそんな付け込まれるほどの闇を抱えてしまったの? まりあさん。詩穂理さん。なぎささん。美鈴さんっ」
悲痛な叫び。だが半人半獣と化した「元・少女」たちは答えない。
代わりに栗生が低く「やれ」とつぶやく。
「命令」を受けまりあ……否。もはや「まりあ」とは呼べない。
便宜上「ホークアマッドネス」と呼ばれるそれの腕が背中の翼と一体化していく。
完全に腕が消失し、代わりに翼が巨大化した。
乳房がなければ人のサイズであるがタカそのものだ。
そのホークアマッドネス・飛翔態が羽ばたいたと思うと高く飛び上がる。
「このパターンはっ!?」
「いけないっ」
覚えのある戦乙女たちは防御態勢になる。
高度をとったホークアマッドネスは腕を戻すと、羽で作られた手裏剣を雨あられと降り注がせる。
「やっぱりっ」
セーラもブレイザも経験済みの手口で、予知していたので間に合った。
これはかろうじて防いだものの、この隙で他の三体の攻撃を食らってしまう戦乙女たち。
なぎさ……「フライングフィッシュアマッドネス」はセーラを圧倒する。
詩穂理……「バッファローアマッドネス」は角を突き立ててブレイザに突進する。
美鈴……「レディバードアマッドネス」は羽音を立ててジャンスに挑みかかる。
学校を戦場として、3対4の戦いが始まった。
「何だ!? あれは?」
「映研が撮影しているのか?」
呑気というには気の毒かもしれない。
いきなりそんな「怪人」が「日常」に現れるはずがないのである。
ましてやそれがこの学校のアイドル的存在のまりあや、オリンピック候補のなぎさ。教師より博識ではないかという詩穂理。女子力の塊のような美鈴の「変化」した姿とは思わない。
だが部活動の中を突っ切る際にアマッドネスと化したなぎさと擦れ違いスパッと切れて出血。
猛牛と化した詩穂理に突き飛ばされ、その衝撃で吹っ飛ばされたのを見てこれが「惨劇」と理解した。
「うわぁーっ。化け物だぁーっ」
しかし逃げようにも正門はまさにバトルの真っただ中。
裏門に逃げようとするがまりあ…ホークアマッドネスの手裏剣が足を止める。
結果として全校生徒の大半が校舎に封じ込められた。
「人質」をとられた形だが、正直それを気にする余裕のない戦乙女たちだった。
分散された三人の戦乙女。
1対1が三組といいたいが、ここに遊撃であるホークアマッドネスがいる。
その連携に気をつけないといけない。
セーラがそんなことを考えていたらいきなり頭上からつかまれた。
ホークアマッドネス・飛翔態にとらわれたのだ。
「うわあああっ」
飛ぶことのできるセーラであるが「とらわれた状態」で急上昇はすさまじいGもあり思わず悲鳴が出る。
「離して。離して。まりあさん。正気に返って」
素体となった少女の心に訴えかけるが、鷹の異形は無視を決め込んでいる。
上昇は約150メートルの高さで止まった。
元が少女で非力ゆえこの高さが限界だったのか?
あるいはこれだけあれば十分だから止まったのか?
「いいだろう。離してくれる」
どちらにしてもこの高度で離すのは殺意以外の何物でもない。
「死ね」
言葉にも明確に殺意を籠め、ホークアマッドネスはセーラを解き放つ。
セーラー服姿の少女は重力にとらわれ落ちていく。だが
「キャストオフ」
冷静にまずは攻撃重視のヴァルキリアフォームに。そして
「超変身」
右手の赤いガントレットをたたくと、レオタード姿のフェアリーフォームに転じ、光の翅を出現させ、その飛翔能力で再び元の高さへと。
「な、何!? 貴様……宙を舞えるだと?」
羽ばたいてホバリングしているホークアマッドネスが驚きを隠せない。
どうやら太古の時代に戦乙女とは戦ってはいないらしい。
「おあいにく様。空をテリトリーとしているのはあなただけじゃないの」
ここでは強気に「敵」に対する態度。だがわずかな期間とはいえどクラスメイトとして接した間柄ゆえに思いもある。
「お願い。まりあさん。人間に戻って。貴女とは戦いたくないの」
対ファルコンアマッドネスで見せた「甘さ」がここで顔を出す。
「くくく。無理だな。この娘は長年あの小僧を思い続けていた」
水木優介のことであるのは間違いない。
「いくら思いをぶつけてもなびかぬ相手。それをお前があっさりたぶらかした瞬間に心が闇に飲み込まれた。ゆえにこうして我は肉体を得たのだ」
「それは誤解……と、言っても無駄ね」
まりあと闘うこと以外にも、以前の友紀の一件を思い出して暗澹たる気持ちになっていた。
(あの時そのままだわ。あの時はあたしの躊躇が逆に友紀を苦しめた。それなら……)
セーラは気迫をその目にたたえた。
「待ってて。まりあさん。あなたを今、その化け物から解放してあげる」
「勇ましいな。怖い怖い」
おどけてみせる。癪に触るがセーラは無視を決め込んだ。
「だが忘れるなよ。お前が男をもう一人たぶらかし、そしてもう一人の女の心を闇に落としたことも」
ホークアマッドネスもお構いなしに続ける。
「はっ!?」
恭兵も自分にかかわっていた。
それを思い出した瞬間の隙を狙い澄ましたように下からの衝撃。そして捕縛。
「だ、誰?」
セーラはしがみつく相手を見た。
フライングフィッシュアマッドネス……なぎさの変わり果てた姿だ。
眼下を見ると温水プールのある建物。その屋根から飛んだ。
その天井のガラス部分が破られている。
プールからそこを突破してセーラに飛びついたのだ。
水の助けを得ればそんな芸当も可能だった。
「くたばりやがれぇぇぇぇぇぇ」
翅にしがみつく。それゆえか高度を維持できない。
(トビウオなら滑空でしょ? 垂直に飛ぶんじゃないわよっ)
心中で悪態をつくセーラ。
(ま、まずい。いくらフェアリーでも自分以外にもう一人。それも落とす気満々の相手にしがみつかれては)
ゆっくりだが落ちていく。屋根が迫る。
(飛べないなら)
セーラは衝撃に備えるのと、もう一つの理由からマーメイドフォームへと転じた。
建物の屋根を突き破り温水プールに落下した。
衝撃で引き離される両者。
(やはりテリトリーである水中に引きずり込んだわね)
セーラの眼前にフライングフィッシュアマッドネスがゆらりと潜水していた。
(でも今のあたしにとっても水中はバトルフィールドよ)
半漁人と人魚の戦いだ。
レディバードアマッドネスは早くはないが、小回りのきく飛行能力を有していた。
直線的なら狙いもつけやすいのだが、変則的で的を絞れないジャンス。
とりあえず右手のリボルバーではきちんと狙い、左手のオートマチック拳銃では「当たればラッキー」程度の感覚で「ばらまいて」いた。
ところがそこにもう一体の空飛ぶ怪人。ホークアマッドネスが現れた。
空から二体同時の攻撃。
手裏剣ではなく腕を出して剣での攻撃だ。
さらには翼を完全に仕舞い込み、地上に降りて細腕を豪腕に変化させて剣で切りかかる。
上と下の連携攻撃。
そもそも「素体」となった「まりあと美鈴」も仲が良かった。
そのせいもあってか抜群の連携だった。
(くっ。あたしたちじゃこうはいかないわね)
変なところで感心しているジャンスは、体育館まで押し込まれた。
(なるほど。遮蔽物のあるところであたしの弾丸をよけるのね。遮蔽物はすり抜けるけどね。とはいえ)
物陰から出ては攻撃を仕掛けてくるレディバードアマッドネスは厄介だった。
ホークアマッドネスは他への援護か飛び出した。
しかしテントウムシの異形が睨んでいる。
とてもではないが、あの気の小さな美鈴が元とは思えない。
そのままブレイザの背後に回るホークアマッドネス。バッファローと二体でブレイザを挟み撃ちだ。
「くっ。前方の猛牛。後方の猛禽ですか」
気持ちを落ち着かせるためか軽口めいた言葉を発する少女剣士。だが
「タオ。こやつはこのイギにやらせろ」
「何?」
猛牛の怪物が一対一を要求した。
「ふふ。やはりヤキモチゆえか、この器の少女が望んでいるわ」
二足歩行の水牛はまるで仇を見る目でブレイザを見ている。
(くっ。あれを見てしまった詩穂理さんは嫉妬心にかられ、それでアマッドネスに堕ちたと。不覚)
理知的な詩穂理が元なのに、殺意を隠そうともしない目をしているのを見て、ブレイザはおのれを責めた。
「そういうことか。ではその間わたしは……あっ」
様子を見にやってきた優介を見つけたホークアマッドネス。
「優介ぇーっ」
その瞬間だけまりあ本来の声が出た。
あっという間に飛翔態になると、その美少年をさらって高い空へと消えていった。
「……」
「……」
呆然とする両者。それほどまでに見事な「色ボケ」ぶりだった。
(高嶺さん。こんな時まで……くっ。いかん。器の少女が今ので心を取り戻しかけたわ)
強引に「人の心」をおしこめるバッファローアマッドネス。
「あわわわ。どうしましょう。こんなやりにくい相手だなんて」
セーラの使い魔。黒猫の姿のキャロルが狼狽している。
「うむ。それ以上に数で負けている。やむを得ん。こうなったら助けを呼ぶか」
落ち着き払った黒犬・ドーベルが判断を下す。
「任せな。ひとっとぴいってくらぁ」
カラスの使い魔。ウォーレンがやはり空へと消える。誰を呼ぶかは一人しかいない。聞くまでもなかった。
ただ相手はこの場所を知らない。案内を要するからウォーレンは迎えに出た。
「我々は」
「ええ。それぞれの主を助けないと」
黒猫と黒犬は主の元へと走る。




