第八章
杜戯はとぼとぼとした足取りで、登鸞にいた。
この都市も、五都市連合帝国として新しい体制を敷いていたが、見たところ市民生活にさした変化はない。
軍と前権力者たちは失墜したが、都市まで攻め込んでこなかった汽示那のおかげで、新しい体制の雰囲気は明るいものだった。
腹立たしいことに。
鹿炭のキダラを失ったと同時に各地の部下が離散した彼に、電影が言ったのだ。
この都市に君の全てがあると。
初めて電影が彼のところに来たとき、この世は幻だといった。
何となく、杜戯の思いの片隅にあったものだった。
彼は生家に向かった。
狭い石畳が縦横に走った街並みを、迷うことなく進む。
廃墟となっていたが、確かに杜戯が生まれ育った家がそこにはあった。
埃にまみれた空間は、当時を思い出させる。
杜戯の父は平凡な没落貴族だったが、祖父は旧楼詞宮帝国に仕えていた。
祖父が何をしていたかわからない。
ただ、重要な仕事を与えられていたというのは確かだ。
帝国崩壊後、それなりの地位に居ても良かった父が、旧友たちから迫害されたのと、何か関係はありそうだった。
父は具体的には何も言わなかったが、明らかに祖父を憎み、自分の立場はすべて祖父のせいだと悪態をつき続け恨んで死んでいった。
杜戯は、祖父の部屋に行くと、綺麗だった頃には見たこともなかった扉が一つ、壁にあることに気づいた。
倒れた本棚の裏にだ。
建付けの歪んだ扉は、開けるのに多少の力が必要だった。
窓はなく、開いた扉からの光が差す。
その先は祖父のものよりも三倍はあろうかという薄暗い空間の部屋だった。
杜戯は元の部屋にあったカンテラに明かりをつけて、中に入った。
部屋は大きな机と椅子が置かれただけで、本と辺り中に散った紙の山の中といった様子だった。
足場の紙を踏みつけながら机の前まで来ると、杜戯計画と書かれたノートが数冊置かれていた。
自分の名前だ。
思わずノートを開いて、丁寧に書かれた文字を目で追う。
『……人を影にする手段は実用段階まできた……』
飛び込んで来た文章に、一瞬、釘付けになる。
それから、彼はむさぼるようにノートを読み続けた。
祖父が記したことによると、帝国末期には人々は電影となり、人間としての肉体を捨てていったらしい。
肉体を持った人間は、帝国では被生産者として蔑まれていた階級にあるという。
祖父は、人間の電影化には危惧の念を抱き、反対していた立場だった。
積極的に、電影の力を持った人間を作ろうと研究をしていたらしい。
そしてついに、完成したのだ。
祖父は無差別に、その人間を大陸に散らしていった。
彼らは、銃拳師と呼ばれ、帝国崩壊以後に派生してた。
同時に、さらに完成形を目指して一人の人間を造っていった。
こうして、杜戯と名付けられた赤ん坊が生まれた。
杜戯はそこまで読んだ時、愕然とした。
自分が何者であるか、はっきりと記されているのだ。
杜戯は狐のお面をかぶり、突然、登鸞にあるイカヅチ支部に現れた。
ただの大き目な一件の喫茶店のはずだ。
場所は祖父のノートに一覧として載っているところだった。
登鸞での隠れ家はそのまま支部としてつかわれていたのだ。
店に入ると、店員が案内に来たが無視して、影を一枚、扇のようにスライドさせた。
「……史海」
影は独立したように両手を前に出した形になった。
足元から銃声が連続して鳴った。
とたん、数名いた客たちが、弾かれたように血を吹き出しつつ、倒れた。
目の前の店員も、額に穴をあけて、崩れていた。
店の奥からどやどやと、足音が響き、四人の男女が緊張した面持ちで、現れる。
「よう、イカヅチの連中だな?」
杜戯は彼らに目をやって、ニヤリとした。
彼らが持つ両手の拳銃が構えられる前に、電影の史海が影の姿をとったまま、拳銃を撃つ。
四人はあっという間に身体中に弾丸を喰らって、絶命した。
杜戯は、テーブルの一つに近づくと、残っていたコーヒーを一気飲みする。
誰のいない椅子に座り、煙草を取って口に咥え、火を点けると、煙を吐く。
紫煙は彼の満足げな姿をぼやかせていた。
また、身体が重い。
頭がさえているが、猛烈な眠気も同時に来ていた。
瑞稀はホテルのベッドの中で、丸くなる。
頭の中は、すでにぐちゃぐちゃだ。
あらゆる顔、悲鳴、怒号。
全てが彼女を責めているかのように感じ、恐怖と羞恥心が心に刺さる。
耐えきれずに、たまに鋭いうめき声を上げてしまう。
布団の中の彼女の影が、ホントは別に震えだす。
感情を潰して幾人も殺してきた。幾人も裏切って来た。
だが、イカヅチが解散になった途端、潰していたはずのものが洪水のように時折、あふれだす。
自分にかかわった人間は、皆死ぬ。いや、自分が殺している。
直接にも、間接的にも。
影の腕が彼女の首に伸びる。
殺せと、頭のどこかで命じる声がする。いや、意思がある。
殺した瞬間の映像が連続する。
影が彼女の首を絞しめる。
思わず、腕で宙を払いのけて、拳銃を撃つ形に手を振るう。
冷汗が吹き出ている。
息が荒い。
影は普通のままだ。
何もない、静かな寝室。




