第七章
早朝、汽示那は楼詞宮地域の近くにある池にいた。
彼がボートの桟橋に立つと、カモや鯉が自然と集まってくる。
汽示那は、パンのクズをそこに放り投げて微笑んでいた。
桟橋の先に、遠慮という文字を完全に無視した足音が近づいてくる。
「面白いものが見つかったんですわー」
猫背の中年で、樹崩したスーツを着ていた。
維縞開発会社の灰司だ。
「ウチのサン=フールも居ますが、ちょっと見てみませんか?」
「あー、そうだなぁ」
汽示那はそのまま彼について行った。
「隊長さん?」
桟橋の横から、呆れるような声がした。
維砂理が真剣な顔をして立っていた。
「一人でどこに行こうと? 無防備ですね」
一瞬、敵意ある目を灰司に向ける。
「……え、そうか?」
意外そうな汽示那である。
「そうです。あとであなたが死体で発見されるのは面白そうですが、色々面倒なことになるので」
一言の多い彼女は、当然のように横についてくる。
「まぁ、何でも良いですけども」
灰司は灰司で、意に介してはない。
彼が案内したのは、楼詞宮の中央地区で、重機が密集しているところだった。
今はどれも動いていないが、彫られた地面は三メートル以上になっている。
辺りに、ところどころ人影がいるが、サン=フールのメンバーだろう。
「……今のところ、異常はない。まぁ、異常な状態だけどな」
紅愚が近づいてきて、簡素に報告した。
灰司はうなづいた。
赤汽隊の二人が穴の底を覗く。
まだ動いていないモノから、ゆっくりと動作を起こしている、影の山があったのだ。
「すごいな。絶対まともじゃないとこ暴いたね、これ」
驚きもせず、淡々と汽示那が言う。
「どうやら、旧楼詞宮の貴族の邸宅っぽいですね。本人の影も含めて、幾機あるのかわかりませんが、とりあえず、生きているところは凄いですね」
「影響は? あれだけいれば、あんたらの脳みそ砕くぐらい、一瞬だろう?」
維砂理が脅すように言う。
電影は人の影に接触するとした場合、影響する。もちろんそれ以外にも共鳴など色々ある。
「ウチのサン=フールが抑えてますし、今のところは大丈夫です」
「いっぱいいるねぇ。で、どうすんの、こんなに」
のん気な汽示那は、まるで他人事だ。
灰司は二コリとした。
「一度、検体してから、商業用の電影の元にします。何しろ、天然ものですからね」
「天然もの、ね。そりゃあ、良いかもなぁ」
この二人に会話させていたら、緊張感も何もない。
「食い物みたいにいうな」
維砂理が思わずツッコむ。
「食い物にするつもりですから」
灰司も負けていない。
「最悪だな。食当たりに気を付けろよ?」
「食べるのはウチらではなく、五都市ですしね。食当たりとは、良い話がでました」
何を言おうが無駄かと、維砂理は思った。
「どうして、俺が呼ばれた?」
汽示那から素朴な疑問がでる。
「あー、マテリア・フレームで、移動させるのを手伝って欲しいんですよ」
「そういうことね。維砂理、連中を呼べ」
維砂理には文句も何もない。
すぐに言う通りに通信機で部下たちを集める。
「いやぁ、思ったより早く面白いことができそうで良い発見ですよ。ああ、それから……」
上機嫌だった灰司は、汽示那に顔を向けた。
「五都市連合が、赤汽隊に軍を差し向けるそうですよ。ウチも、ここでの子社という立場から独立して、新たに会社になりました」
維縞開発会社代表取締役である吾環と灰司が喧嘩したという噂は聞かない。
おそらく、経営戦略の一端だろう。
汽示那は大した驚きもしなかった。
代わりに空中に視線をやる。
「なんで俺らが戦うんだろうねぇ」
根本的な疑問を吐き出してくる。
「……んー、なんでっていわれましてもねぇ。一応、お仕事でしょう?」
灰司が苦笑する。
汽示那はぼんやりとしたままだ。
「いやねぇ、ただやるだけなら、その辺の匪賊と変わらないじゃないか」
「大義名分のことを言ってるんだよ。戦争じゃ『失敗しないほうが勝つ』って決められてるんだ」
維砂理が面倒くさそうに補足した。
「失敗から勝んですか。それはまた楽なものですね」
「言葉のあやだ。ちゃんと万全な準備したほうが勝つ。失敗しないってのは、そう言うことだろ」
「ああ、それならわかりますが……大義名分かぁ」
灰司は穴を覗きながら呟いた。
影たちを見つめてから、顔を上げる。
「ふむ。じゃあ、その準備をちょっとしますか。紅愚、この電影たちを上がらせろ。ラボに連れていくよ」
五都市連合の軍はそれぞれ四千を数える五個の軍二万が、五本の街道に別れて旧楼詞宮を目指して進軍していた。
総司令官は当初、流離羽の名が挙がっていたが、当人が遠征に反対ということで揉めに揉めた。
どこの都市の代表が出てもバランスを欠く。
結果、それぞれの都市の軍を率いる指揮官の合議制という形をとることになった。
「ピクニックかな?」
マテリア・フレームに跨った珂露と寄り添わせながら、瑞稀は嗤っていた。
「あまり、不謹慎なことを言うのは控えてほしいものだが」
鷹揚に言った風で少々強めの言葉を吐いたのは、後ろに続いている遼嘉だ。
鹿炭市の軍指揮官として任命されて従軍していたのだ。
彼は表面でみせないようにしているつもりだろうが、明らかに終始不機嫌だった。
知ったことでもないがと思いつつ、その理由はわかる珂露だった。
ぞろぞろと進むマテリア・フレームは、市民軍と言いながらそこらじゅうの匪賊からかき集めたものだ。大体、一つの都市から正規軍四千人を出すなど負担が大きすぎる。
ところが遼嘉が選んだのは、主な有力な匪賊達ばかりだった。
逆に都市に居ない間に、彼らへの被害を避ける意図があった。
万が一のために沙深を残してある。
軍指揮官というのは良いが、遼嘉には都市貴族の立場というものがあった。
鹿炭市中央に短期間で食い込んだ彼である。
上手く行けば、それこそ上昇気流に乗れるだろう。
任命の意図はこの状況から言って、明らかな遼嘉潰しに他ならないとしても。
この状況は、上昇する気流が起こらない雰囲気でいっぱいだった。
不機嫌にもなろうというものだろう。むしろ、機嫌が悪いで済んでいるのすら、相当なものだ。
一方の赤汽隊だが、すでに五千の部隊を出して、フルクー河という運河を右に、フロキー山脈を左に置いた、狭い平原の通路に陣を敷いているという。
五都市の軍勢は、一斉にその部隊目指して進んだ。
「先鋒は他都市に譲って、うちらは後方で予備兵の位置にいるのがいい」
珂露が平原の彼方に運河を覗き込みつつ、遼嘉に告げた。
まだ少年の言うことに、遼嘉は意外とすんなり受け入れる。
「ただ、一応理由も知りたいな」
子飼いの匪賊リーダーたちよりも、珂露のほうを近くに寄せている彼だった。
「赤汽隊の先発は、ウチらの足止め部隊だよ。そこにわらわらと集まったんじゃ、本隊が来た時の予想がつくじゃないか」
「なるほどな、分かった。珂露の言う通りにしよう」
鹿炭軍の進軍速度を落としつつも、彼らは戦場に向かった。
赤汽隊前衛はやや小高くなっている丘に八っつの方陣を作って二列になり、待ち構えていた。
そこに鹿炭軍を覗いた四都市の軍が、地響きを鳴らしながら我先に突入を開始した。
射程距離にはいってから、赤汽隊の抵抗は意外にも弱いものだった。
射撃もまばらで、怯え固まっているとしか諸都市軍にはみえなかった。
一気に方陣を突き破るために、群れをなして襲い掛かろうとした瞬間である。
いきなり、左手から巨大な爆発が連続して起こり、土の柱が立った。
次には、大量の水が凄まじい勢いで諸都市軍のマテリア・フレームを押し流した。
丘の上から、今までとは打って変わり、強力な射撃が始まった。
諸都市群の前面は大混乱に陥る。
平原にも水が侵入して、地面が泥濘化する。
「これはこれは……こんな罠まであったのか」
遼嘉が後方から双眼鏡で覗き込みながら、前線が崩れるさまを見た。
彼の耳に、山脈を覆っている森のほうから轟音が聴こえ、思わずそちらを向く。
丁度、前線から鹿炭軍の後方を挟んだ真ん中あたり目掛けて、マテリア・フレームの群れが突入してきたのだ。
強化繊維の民族衣装を着て、普段見られないような鬼神の相をした汽示那が、騎上ライフルを片手に先頭を切っていた。
五千ほどだろう。だが、整然として陣形を固く組んだまるで弾丸のような軍だった。
統制をほとんど失い、狭い地域でひしめき合っている諸都市軍中央は、次々とマテリア・フレームが簡単に吹き飛ばされて、あっという間に粉砕された。
「撤収だ!」
遼嘉は迷うことなく部下たちに叫んだ。
壊走する諸都市軍に巻き込まれる前に、鹿炭軍は戦いに参加することなく、後尾隊から順に退却していった。
汽示那は逃げる敵を容赦なく追撃していた。
前面の部隊が濁流に押し流されたところを集中砲火を喰らい、もはや軍の体をなしていない烏合の衆と化した諸都市群の兵たちは、各地で殲滅させられていった。
唯一、赤汽隊が距離を取り続けていたのが、しっかりと部下を握って完全な一個の軍団としてある、遼嘉の鹿炭軍だった。
望遠鏡で珂露が赤汽隊を覗くと、丁度同じくこちらをみていた汽示那が気づき、ニヤリと笑った。
珂露は驚きを隠すために鼻を鳴らして、望遠鏡を降ろした。
手つかずのままの鹿炭軍を距離をとりながらも、しばらく追ってきたが赤汽隊だが、結局、途中で軍を引き払って行った。
「派手に行って、派手にぶちのめされたね」
マテリア・フレームを走らせながら、やれやれというように、瑞稀が今度の会戦を評した。
『楼諷宮の威明は未だに存命である。都市として未成熟な相手に、我々を滅ぼすことはできない』
灰司は各都市にそう、伝えて回った。
遼嘉はあえて深夜に鹿炭市に到着した。
連絡を受けた沙深の部下が、密かに各所の城門を開く。
遼嘉の軍は六隊に別れて、それぞれ街の目的地に進んでいった。
珂露と瑞稀は、外で待つ彼のそばに居た。
『こちら第一隊、任務完了』
『こちら第五隊、任務完了』
次々と、報告が入ってくる。
遼嘉は、鹿炭市の有力者をそれぞれ部下に襲わせたのだ。
静かに、六隊までの行動が終了すると、彼はほくそえんで、跨っているマテリア・フレームを進めた。
彼の部下たちは、鮮やかに鹿炭市の有力都市貴族をことごとく亡き者にしていたのだ。
都市に入り、朝を迎えると、遼嘉は宣言した。
「自分は、鹿炭市市長として以降、都市の政治に身を注ぐ覚悟である」
人々は、携帯通信機に号外として送られてきたニュースに驚きもしなかった。
抵抗勢力はすでにない、ただの市民たちなのだ。
鹿炭市をの取った遼嘉のように、諸都市では、それぞれ有力な都市貴族が新たに権力を得ていた。
そして、彼らが頭上に抱いたのは、流離羽だった。
彼は五都市連合帝国皇帝を名乗り、堂々と戴冠したのだ。
彼の元、イカヅチは正式に復活させられることになり、珂露と瑞稀にも声が掛かった。沙深にもだった。
「とういうわけだが。まぁ、組織といっても各自それぞれが活動する予定なので、そんなにお堅いものじゃない」
沙深が、己の持つ邸宅に珂露と瑞稀を呼んで言った。
珂露は、仏頂面だった。
彼は直接、流理羽に拒否の意を伝えて、旅の準備を進めていたが、却下された上に沙深が強引に名前を入れておいたのだった。
「大体、今頃イカヅチを復活させるとか、怪しんだよ」
不平と変わらない口調でつづける。
「あいつ、皇帝になるとか微塵も様子見せてなかったしよ」
「何か損することでもないだろう。気にするな」
イカヅチ隊長となった沙深は、半ば浮かれているようだった。
先が思いやられる。
「で、あたしたちは、何するの?」
瑞稀は、ソファに寝転んでいる。
広い部屋で天上も高く、家具も少ない。
大きく放たれたバルコニーには、森が見えた。
「サン=フールとテラスカの撃滅、だね。瑞稀、仲間の仇は取るよ?」
スゥっと、普段明るい瑞稀の表情が一瞬、醒める。
「……言われなくとも」
「俺は俺でそれどころじゃないけどな」
珂露は、部屋の端でぼそりと声を出す。
史海を見つけて破壊しなければならないのだ。
彼にはそれを優先する理由があるのだ。
「わかってる。珂露のほうのサポートもこちらの本部で全面協力する」
物わかりの良い上司を気取った、沙深だった。
珂露は返事をせずに軽く鼻を鳴らしただけだった。




