第六章
目にも止まらないとは、まさに今の瞬間のことだった。
昼間から街を歩いていた人ごみの中である。
突然に二人の男が至近距離からナイフを取り出した。
珂露にソフトクリームを渡すと同時に瑞稀は腰から消音拳銃を抜く。
一方の男の顎の下に銃口を食い込ませて引き金を引き、同時にもう一人の腹部にも弾丸をみまった。
致命傷ではない相手の顔面に即一発撃ち込む。
一瞬の早業だった。
すぐに拳銃をホルスターに納めて何事もなかったかのように、人々の流れのままに歩き出す。
「……今の、キダラの連中か?」
「知らない。なんか鬱陶しいから撃ったの」
自分のソフトクリームを受け取って、美味そうに舐める。
「すげえ。銃拳師だぞ、あれ……」
どこかからか、彼女らを眺めていた通行人が、驚きの声を上げる。
気づいた人々が、死体の周りに輪を作って騒ぎ始めた。
「ちょっと道かえようか」
珂露は言うと、脇の通りに入った。
一気にうらびれた家屋が並んだ、細い路地である。
この時期だというのに、瑞稀が街に出たいとせがんだので、仕方なく外出したのだが、危惧した通りになった。
「……もー、言いたいことはわかってるよー」
ずっと珂露は無言になっていたのだ。
瑞稀は反省しているようで、どこか不満げな様子だった・
「ほら。食べかけだけど、欲しいんでしょ。ホントにソフトクリーム好きなんだなぁ、珂露は」
「どこからキャッチした電波に返事してるんだ、おまえ」
「さすがだねぇ。でも、慢心してるんじゃないのかなぁ。わざわざ忠告したのにさ、ふらふらと出歩くとかさ」
いきなり間延びした緊張感のない口調の声がかけられた。。
通りの向こうで一人の青年を先頭に、四人の男が集まった。
キダラか。
珂露は足を止めた。
獣のようなお面を首に下げた青年は、半そでのシャツから伸びた両腕にタトゥが入っている。革のズボンと編み込みブーツ。
杜戯だった。
「真正面から来るとはね。おつむ大丈夫か?」
珂露はつまらなげに言い放つ。
「むしろ、褒めてほしいぐらいなんだけどなぁ。ああ、ちなみにおまえの家は爆破しておいた。まったく、せっかく仕掛けたのに、居ないんだもんよぉ。焦るじゃんか」
後半、愚痴のようなものになりつつ、杜戯は言う。
「……へぇ。てめぇ、家の恨みはデカいぞ?」
瑞稀が遊びに出かけようと言ってくれたのが、幸いしたようである。
彼の隣で、ない胸を張っているが、面倒なので珂露は目もやらない。
「受け止めきれないから、その気持ちは心にしまったままにしておいて欲しいね」
背後から、空気を揺るがすようなエンジン音が響いた。
見ると、タンクを積んだ巨大な六輪フレームが狭い路地の入口に入ってきた。
通常バンパーのある部分には、ねじれた刃が凶悪に回転していた。
運転席には人型をした黒い姿がある。
「電影か」
珂露の足元に元にある影が左右に二枚広がった。
うち、一枚が浮き出てきて、通常の人間の二倍近い大きさになり、スピードを出して突進してきた四輪フレームを正面から受け止めた。
四輪フレームは癇癪を起こしたかのように身体を震わせる。
珂露の電影の腰から肩をつっかかりに、瑞稀が跳ねて昇ってゆき、運転席の電影の目の前にくると、拳銃で顔面を二発撃った。
「それ以上、撃つな、瑞稀!」
珍しい珂露の叫び声に、少女は一旦、彼の元に降りてくる。
「あららん。バレてるかぁ」
杜戯はのん気に呟く。
「あー、あのタンクだね」
「そういうことだ」
巨大な六輪フレームから鼻を刺すような油の匂いがした。
杜戯が片手をあげると、路地の両脇のいたるところから、手に握られた拳銃の銃身が現れた。
「どっちにしろ、終わりだよ?」
彼はニヤけた。
杜戯の言葉の語尾に、爆発するかのような銃声が連続して起こった。
瑞稀が両手の銃で、辺りのキダラ連中を一気に撃ち殺して行ったのだ。
複雑な上に素早さのあまり、腕の動きを目で追うのも困難だった。
杜戯が驚く間もない。
凛露の電影はゆっくりと六輪フレームを持ち上げていた。
優雅に瑞稀がマガジンを入れ替えている。
「なんだよ、おい……バカなことがバカみたいに起きるじゃねぇかよ……」
呆れるしかなかった。
自宅爆破に失敗し、二人を追尾しながら準備をして、路地に引き込んだのだ。
だというに、今、伏せていた部下たちはあっという間に倒され、爆発させようとしていた六輪フレームは、弧を描くように杜戯たちのほうに放り投げられて来た。
杜戯は舌打ちした。
後ろの四人が一斉に空中の六輪フレームを拳銃で撃つと、タンクの灯油が空を揺るがして爆発した。
辺り中に炎がばらまかれて、路地の両脇でメラメラと燃え上がる。
とっさに、杜戯は後ろに身体ごと頭を反らした。
いつの間にか距離を詰めていた瑞稀が、彼の足を踏み、顔面に銃を付きつけてきていたのだ。
銃弾が頭部のあった場所に放たれる。
左から部下が拳銃を彼女に向けると、下から銃を持った手で打ち上げられて、その眼前で銃口が止まる。
引き金を引こうとする寸前に、杜戯が足を払う。
身体を跳ね上げてよけると、ついでにとばかりに、他の二人を瑞稀が狙い撃つ。
見事に胸部を貫かれた一人は倒れ、肩口に食らったもう一人は身体を後ろに吹き飛ばす。
縦の軸に固定された瑞稀に杜戯は銃を抜いた。
その手に一旦触れた彼女は、足を乗せて跳ねるようにすると、肩にもう一方の足をのせて、後ろに降りる。
その場から杜戯は飛びのいた。
半身をねじり、片手だけを後ろに向けた瑞稀の銃が、杜戯の居た空間に弾丸を放ったのだ。
瑞稀はすぐに標的を変え、手を前に向けて肩を撃った男の胸部に二発撃ち込んで止めをさす。
杜戯は振り返りつつ、頭の中では信じられないといった思いで一杯だった。
一瞬と言っていい。
彼の作り上げた組織が、たった二人にしかも短時間で崩壊させられている。
目の前で、残った二人の部下が、メリハリの付いた舞うような動きをする瑞稀に撃ち殺される。
杜戯は両手に拳銃を握り、瑞稀に向けた。
一発、威嚇で発射して、距離を詰める。
軽くよけた瑞稀は左手の拳銃を向ける。
上から腕を叩き落した時に、引き金が魅かれて、杜戯のつま先で銃弾が跳ねた。
顔面に付きつけた拳銃は、右手で内側に払われる。すると、杜戯の胸元に瑞稀の拳銃が向けられていることになった。
身体をひねって半身になって射線をそらした杜戯の膝裏に、蹴りが入る。
思わず、前のめりになった後頭部を、銃床で殴られた。
意識が消える。
舐めすぎていたか。
あっという間のできごとだった
すでに夕刻近い。
まるで一直線に彼をいざなうように、ガス灯に明かりがついていた。
気が付いた杜戯は、道端に倒れたままだった。
敗北感と挫折感と絶望感がどっと身体に重くのしかかる。
銃拳師とは、あそこまで凄まじいものだったのか。
挙句に一方の電影師の実力はほとんど出されていない。
とてもじゃないが、相手にできる存在ではない。
鹿炭市のキダラは全滅した。
一介の匪賊から身を起こして、都市に住めるまでになったというのに。
杜戯はどうにか身を起こしてしゃがんだ。
見ると、龍のお面が石畳の上で割れていた。
いつの間にか、乾いた笑いが喉の奥から湧き出てくる。
全てが一時の夢だった。
幻だったのだろう。
だんだんと笑いに力が入って来た。
「あの、大丈夫です……?」
たまたま通りかかった女性が、不審気に声をかけてきた。
まだ彼女が言葉を終える前に、杜戯は無造作な腕の動きで、彼女に三発弾丸を喰らわせて撃ち殺した。
倒れ込んだ彼女は、もうピクリとも動かない。
まったく実感がわかなかった。
するすると、地面に張り付いた黒いシミが彼に近寄って来た。
『この世界は全て仮のものだよ』
影だった。
ただし本体がない。
『君に本物の世界を見る権利を与えよう。そして、皆に気づかせるんだ。君が抱いた真実を』
ぼんやりと顔を上げると、影が自分の物の中に入っていった。
ただ、それだけだった。
全て夢なのだろう。
瑞稀に最初に言い含めていたが、杜戯を殺さなかったのは保険だった。
いきなりの襲撃には驚いたが。
もどってみると家を爆破・破壊された、事実が目の前にあった。
目の前の廃墟と警察の黄色いテープを前にして、現実を否定することはできない。
「あーあ……見事だね、これ。沙深のところにでも行く?」
「俺、あそこは嫌だ」
「遼嘉?」
「何されるかわからない」
「じゃあ、どうするの?」
言われて、珂露は携帯通信機で、遼嘉に連絡をいれた。
「流離羽がどこにいるか知りたい」
開口一番で、彼は聞いた。
『ニュースは見たぞ。派手にやったようだなぁ、おまえら。流石だよ。離流羽なら、ホテルに泊まってるぞ』
皮肉も何もなかった。
珂露は場所と連絡先を聞いたので、あっけなく通信をきる。
すぐに流羽流と通信を変えた。
『……ああ、お二人ですか。構いませんよ。いつでも訪ねてきてください。部屋は用意してますので』
流理羽は根明特有のテンションで、珂露を歓迎した。
「いやぁ、遼嘉のところに行くと思ってたので、嬉しい限りです」
シティホテルの一室で、流理羽はニコニコしていた。
「依頼は半分、こなしたよ。杜戯はいたけど、逃げられたわ」
珂露はあえて直接には答えなかった。
「丁度いいところにきましたね。依頼の件は、大丈夫です。今後、どう出るか面白味が増すというものですしね」
流理羽は早速動いていたらしい。
杜戯が支配していた街道をすぐ、護民官の名のもとに五都市連合で奪回したと聞いた。
彼女は連合での立場を確実に強化したらしい。
「……五都市連合って形を造るの、本気なんだな」
「当然ですが?」
むしろ、何の疑問があるのかという、流理羽の態度である。
「物好きだなぁ」
珂露は、鼻を鳴らす。
今回の話に、彼ら二人が関わった事実は出てこない。
目立ちたくないのでありがたかったが、いかにも作為を感じるところが、珂露には逆に面白かった。
疑問もある。
何事もなかったかのように構えていた遼嘉だが、キダラは彼の保護下である。
さらにはテラスカの下部組織でもあった。
遼嘉がこのまま黙っているのかどうか。
「それについては、問題ありませんね」
流理羽はワインをもってきて、グラスに注ぐ。
珂露と瑞稀も目で勧められたが、無言で断った。
香りを楽しむようにすると、彼女はグラスに一口つける。
「遼嘉には、一つご褒美を上げます。だから、何の心配もないのです」
まるで全てを見透しているかのような言い方だ。
それでいて、少女は上から目線なのを隠しもしない。
五都市連合の護民官職としても若すぎる。
瑞稀か自分と同じ十六か十七ぐらいではなかろうか。
だとしたら、実力で護民官職に就いたというわけではなさそうだ。
いや、すでに実力というか、狡猾さはかなりみせつけられているが。
バックに誰かいるか、それともそうというな名家か。
どっちにしろ、謎の多い人物である。
「で、丁度いいというのは?」
聞いたが、瑞稀が眠そうにしているのが気になった。
元々体力のある方ではない。
昼間に遊び、挙句にあの暴れようである。
そろそろ限界だろう。
「そうですね。まずは瑞稀嬢を寝室に案内させますか」
珂露の考えを読んで、流理派は水を向けると、人を呼んで部屋に連れて行かせた。
ボーイと一緒に同じ階の部屋に案内させて、ベッドに寝かしつける。
戻って来た珂露は、ソファに持たれて座った。
流理羽は、一人掛けの椅子でまだワインを飲み続けている。
「近々、維縞社と会合をしようとおもっているところです」
先に彼女が口を開いた。
「へぇ……」
珂露はあまり関心もない返事をする。
「丁度いいというのは、彼らがサン=フールをもっているところなんですが、別にそこに限らず、ちょっとあの会社に揺さぶりをかけて欲しいんですよ」
正直に話してきたのは、信頼の証か、あけっぴろげなのか?
判断がつかないところで、珂露は少し困る。
「揺さぶりって曖昧だなぁ。何すればいいんだよ?」
「んー、あれでしょう。史海の話は置いておくとして、サン=フールの件については積極的に出ないつもりでしょう、珂露?」
軽く頬を釣り上げた。
やはり、この少女は鋭い。
「どうしてかはわかりませんが、狙われているのは、あなたの相棒ですよ? 放って置いていいのですか?」
「挑発したって無駄だよ。サン=フールは、維縞が作った組織だ。維縞が勢力を落とせば、自動的に消えてゆく」
「勢力を落とすとかいう根拠は?」
珂露は、軽く流理羽を指さした。
くすりと笑った流理派は、ワインを軽く喉に透す。
「近々ですが、五都市連合が、赤汽隊を討伐する軍を起こします」
「あんたがやるのか?」
流理派は首を振った。
「とんでもない。反対の立場ですよ。勝てるわけがない」
「じゃあ、どうするんだ?」
「その後の処理で出てくる人たちが一杯いるでしょう。困る方も多いでしょう。その為の対策を今からするつもりです」
「揺さぶりをかけるのと、どう関わりがある?」
「その時に、やってくれればいいのです。維縞との会合はそのあとでやるので」
とてつもない食わせ者だと、珂露は思った。
だが、今、逃亡した影や対イカヅチ・メンバー狩りを側面から援護できるのは、彼女しかいない。
「まぁ、なるようになるだろうから、どうにかするさ」
珂露は、とりあえずといった風に言った。




