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影帝楼詩  作者: 谷樹 理


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第四章

 壁のペーパー・ヴィジョンでは、コメディアンが電影を使ったコントをしている。

 スーパーマーケットに生活必需品や食料を買い出された結婚したての若いダンナが、カゴにメモ通りの物を入れていくのを、電影役の相方がすぐにそれを棚に戻し、代わりにお菓子や酒を入れていくというものだった。

 番組を変えると、電影を持つことの便利さをあらゆる生活の角度から説明した、特集が組まれていた。

 帝国が崩壊し、五都市が勃興し始めた頃より、電影は注目され始めていた。

 電影はやりようによっては、様々なロジスティックスをこなすことができる。

 仕様によって、持つ数によっては、万能と言っていいだろう。

 だが、電影を持つためには、普通の人間は移植手術が必要だった。

 費用は莫大である。今は一部の都市貴族か、元々持っている者にしか浸透していないのが現状だ。その技術は旧帝国が開発したものである。

 民間に流布した電影は、市民たちの羨望の的でもあった。

 醒めた目で、ソファに座りながらぼんやりと眺めていると、袖と丈の短い薄い黒色のパジャマを着た瑞稀が眠そうな顔で隣に座ってきた。

 大きくあくびをして、息を深く吐く。

「……何だか解んないけどさぁ、訳の解んない話してたね」

 意味をなさないことを言う。

「あー。たしか、世の中は複雑怪奇らしいからな」

「ふーん。でもまぁ、やることは決めたから安心して」

 午前二時四十分だ。

 珂露はちらりと彼女に目をやった。

 いつもなら夜は呪いで情緒が不安定になるはずの瑞稀である。

 こんな時間に起きてくるのも珍しい。一度寝たらなかなか目覚めないのだ。

「ヤなこと考えかけてたけど、沙深たちの話聞いてたら、そっちに意識いっててさぁ」

「そかぁ」

 ニヤニヤしながら、瑞稀は大きな目を向けてくる。

「おっもしろいこと思いついったんだ! これがねぇ、ビックリだよ? もう、多分伝説作れる!」

「そこまでは、別にいらないなあ」

 思わず苦笑いする。

「あ? 何? せっかく考えたのに、興味ないって?」

 瑞稀は低い声で拗ねるように、睨みつけてくる。

「あー、あるある。あるよ」

「よし、なら明日実行するから!」

 元気に言うと、少女は跳ねるようにソファから立ち上がった。

「楽しみにしててね!」

 そのまま階段を上り、再び自室に戻る。

 結局、それだけを言いに来たのか。

 少し呆れかける。

 珂露も軽く寝ることにした。

 予測不可能な瑞稀のことだ。体力を温存するためには、必要だろうと思った。

 朝も少し回った九時に二人は、ハムとチーズにパンとコンソメソープという朝食を取っていた。

 瑞稀が出発するのは十一時だと言うので、まだまだ時間がある。

 二人は時間になると、フレームで組んだ四輪自動車に乗り込んだ。

 珍しく、運転は瑞稀だ。

 途中、大通りの脇道にある広いロータリに入ると、大型トラックが六台とバスが一台停まっていた。

 クラクションを鳴らすと、派手な返事が一斉に返ってくる。

「ようし、いくよー!?」

 窓から外に向かって気勢をあげつつ車を発進させると、トラックたちはそのあとをついてきた。

「どこの連中だ、あれ?」

「適当にトラックもってる匪賊を募集したら、集まってきた人たち」

 彼女は鼻歌混じりに、答える。 

 トラックを引き連れ、都市部から出てやって来たのは、一つの大きな工場の前だった。

 車を停めた瑞稀は外にでて、工場を囲むように進むトラックに手を振った。

 近くにはバスが待機している。

 蒸気のような煙を出すホーンが勇ましく各車で鳴ったかと思うと、トラックは速度をつけて工場に突入していった。

 簡単に壁を突き破り、トレーラーの半分まで突き刺さったトラックから、運転手たちが降りて、戻ってくる。

 詰めていた警備員が慌てて正面から、珂露たちの車に向かって駆けてくる。

「はい、どーーーーん!!」

 瑞稀が叫ぶと、トラックが詰んだ爆薬に一斉に点火されて、工場が吹き飛んだ。

 警備員たちが信じられないという風に、爆煙の中に呑まれた建物に振り向いて、呆然とたたずむ。

 炎の中からは、黒い人の姿をした塊が次々と逃れ出てきて、それぞれの方向に走っていった。

「……凄まじいな」

 ようやく、珂露は口にした。

 トラックの運転手たちが戻ってきて、次々とバスに乗り込むと、瑞稀も運転席に戻り、車を取って返して来た道を戻っていった。




 紅愚は桐縞開発会社の仮私設からでて、旧楼詞宮の工事現場にいた。

 深夜も作業をやめない重機たちが、轟音を鳴らしている中、灰司が報告にやってきた。

「なるほど。実によくやってくれましたね」

 五都市連合に属するサン=フールは、桐縞からの要請で会社の情報・警備部門に紅愚を出向させていた。

「あまり、褒められた結果だとは思えませが」

 紅愚は物静かだが芯のある声で言った。

「赤汽隊は少しでもダメージを食らったのがショックのようですよ。何しろ、今まで傭兵部隊としても軍事組織としても最強だったのですからね。根無し草とはいえ」

「やったのは、俺じゃありません」

「だけど、汽示那は疑心悪鬼になっている。あえて、私は誤解を解いてません。結果良ければ良いのです」

 楼詞宮の残兵である大陸最強の軍組織相手に、堂々と駆け弾くする灰司は、ただものではないなと、紅愚は思った。

 噂では、桐縞本社から楼詞宮の開発を支社化して進めるという話もある。

 そうなれば、灰司は社長である。

「それにしても、ここは本当に呪われたところですね」

 灰司は相変わらずの猫背で、工事の様子を眺めながら言った。

 ところどころに、赤汽隊の兵が緊張して立っている。

 何故なら廃墟や土を弄っていると、突然に電影が出現して、作業員に襲い掛かるのだ。

 赤汽隊は作業員を守るが、最終的には情報・警備部の部長である旗爾(きじ)少年の出番だった。

 灰司がどこからか連れてきた電影視で、十七という歳の割に恐ろしい程の実力を持っている。

 元イカヅチ・メンバーでは無いかと疑がわれたほどだった。

 今、楼詞宮から現れる電影は全て旗爾の管理下にあるといっていい。

 最終的にどう電影を使うかは、灰司の判断による。

 まだ、彼は電影をどうこうするつもりはないようである。

「楽しみですよ。ここに旧楼詞宮が復活するのが」

 



 楼詞宮から少し離れた位置に駐屯陣地を置いた汽示那は、隊長の天幕でワインをチビチビと飲んでいた。

 いたって平和そうな彼の様子に、維砂理は不機嫌そうに黙って天幕内の長椅子に座っていた。

 ワインを置いてあるテーブルをひっくり返して、蹴りを入れたい衝動に駆られるのを、必死に我慢していた。

「……なんだよ、そんなに気分悪いのかい、維砂理?」

 鼻歌でも口ずさみそうな汽示那だった。

 維砂理は、酒の代わりに、マグカップにいれたコーヒーを口にする。

「あんな大敗は初めてだ。気分悪くて当然だろう。しかも、どこのどいつが相手だったのか、判別も付いていない」

「まぁ、会戦なんか時の運だよ。何時までもウジウジやってたって仕方がない」

「反省の一つも必要だ。勝ち戦ならいいが、特に負け戦ならな」

「言いたいことはわかるけどさぁ。次行こう次」

「次?」

「桐縞と組んだおかげで、五都市連合からは狙われなくなったわけだけど、話はそこで終わってないじゃんか?」

「終わりじゃないのか?」

 維砂理は根っからの軍人だった。

 マテリア・フレームを使った用兵では、赤汽隊で最も優秀な女性である。

 気骨も太く、精神的にも強い。

 しかし、矜持が強すぎる面もあった。

 その強靭で人を見下した態度を見越した汽示那は、灰司との会談で最初のインパクトを与えようと一人先行させたのだ。

「終わるわけないじゃないか」

 彼は上機嫌に鼻で笑う。

 グラスのワインを干し、瓶からもう一杯分、注ぐ。

「楼詞宮がある程度復興される寸前に、俺たちは灰司を追い出すんだよ。そして、本当の大陸の主人が誰か、五都市の連中に見せつけてやる」

 涼しい顔をして言う汽示那に、維砂理は驚きを通りこして、むしろ呆れた。

 相変わらず何を考え出すかわからない男だ。

「追い出した後の乗っ取り工作もすすんでるしねぇ」

「そんなところまでか……」

「まぁねぇ」

 今度は、そんな重要なことを黙っていた彼に、蹴りを入れてくなる維砂理だった。

「どっちにしろ、我々の前衛部隊を粉砕した奴は存在する。何時かどこかでぶつかるぞ?」

 のん気な態度のままの汽示那に、彼女は気合を入れるように言う。

「戦には時期ってもんがあるのさ、維砂理。こっちが地盤を固めておけば、いくらでも時期は稼げる。機会を待つのもまた一興じゃないか」

「野垂れ死だけは避けられるってことだな」

 せいぜいの皮肉を言って、維砂理は立ち上がった。

「元々根無し草なんだから、そこはウチら意外としぶといと思うけど?」

 応じた汽示那のまえから、彼女はワイン瓶を手に取った。

「まぁ、これからどうなるか、楽しみにしてるわ」

 振り返りもせず、維砂理は瓶を持って、自分のテントに帰っていった。

 汽示那はやれやれと、苦笑する。

 天幕の隅から、もっと高級で上質なワイン瓶をもってきて、グラスにあけた。

「つーか、どうなることやらなぁ」

 本音を独白して、ワインの香りを楽しむと、彼はワインに一口付けた。

 














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