第三章
言えるが細い水路が縦横に走った瑞々しい空気の街だった。細い石畳の道に建物は白い色が多く、樹木が多く植えられている。
一見美しい都市だが、中央から離れれば離れるほどに治安が悪くなる。
「なんで、おまえら帰って来たんだ?」
細いすらりとした身体に、広い袖のブラウス、サロペットロングスカートをはいてセミロングの髪にパーマをかけた少女が、二人を小屋に迎えた時にいきなり言い放った。
十七歳。名を沙深といった。
「何でもクソもねぇ……てか、人んちに勝手に入ってくんな」
飾り気のない、最低限の物だけのリビングでソファに腰かけた沙深のそばに、椅子を引いてきた珂露はどかりと座った。
その後、不機嫌そうに無言である。
瑞稀といえば、暗い面持ちで挨拶もせずに、二階にある沙深の寝室にむかった。
「あー、いつものか?」
珂露はうなづく。
彼はイカヅチの呪いと名付けていた。
沙深は面倒くさそうに、丸出しにしている広い額を掻いた。
「ったく、いつまでもウジウジとしやがって」
「うるさい。何で帰って来たってのはどういうことだ? サン=フールの奴が出てくるとは聞いてないぞ? 挙句に四輪フレームには電影がしかけられていたし。イチから説明してもらおうか?」
静かだが、ややドスの効いた声で沙深を睨みつける。
「……あぁ、素敵……」
うっとりとした表情で、沙深は珂露をみつめながら唇に指を置いた。
珂露は衝動的に殴ってやろうかと思ったが、逆に沙深は喜ぶにちがいない。
そういう趣味の少女なのだ。
自制した醒めた表情も危ういので、いたって無表情になる。
「いいから言え」
「はい……」
手遅れになりかけていた。
「そもそも、あたしに話を持って来たのは、遼嘉本人からだよ」
鹿炭市で新興勢力として名のある人物だった。遼嘉は一代で財を築き、都市貴族という地位にも昇っている。
歳は二十八のはずだ。
清濁合わせ呑む性格で、悪名高い匪賊から五都市間名士まで人脈がある。
特に、五都市連合という会議で護民官の地位を与えられている流羽雨という人物と昵懇の中だというのは有名だ。
一方の沙深はまっとうな鹿炭の都市貴族の生まれである。
都市中央部に邸宅を持ち、都市外に私有農地と工場をもつ。
両親はどうであれ、彼女は何かと政治や匪賊の世界に首を突っ込んでいる。
「あんたらにとっても丁度いいと思ってね。どうよ、あたし流石じゃね?」
「結果を知ってか?」
胸を張る沙深に、ぼそりとツッコむ。
「知ってるけど?」
「汽示那が桐縞をつかって楼詞宮の開発を本格的に認めた。俺たちは、邪魔するのに失敗した。丁度いいも何もない。ついでというより、本音だが、俺たちはもう連中にはかかわらないで過ごしたいんだよ。それが流羽雨だの、サン=フールだのが出てきて、正直ムかついてる」
怒りを押し殺してはいるが、つい饒舌になってしまった。
沙深はしばらく彼を眺めてから言った。
「何時までも、身を隠している場合じゃないかもしれないだろう? しかもおまえらに会いたいっていわれてるぞ、遼嘉から」
「瑞稀待ちだ。多分、喜ばれないだろうがな」
短く返事して、口を閉じた。
そっぽを向いた表情は、さっさと帰れと言っていた。
「なぁ、あたしも噛むことにした。文句は言わせないぞ?」
目だけが向けられる。
「……なんで?」
「面白そうじゃないか?」
沙深は思い切りい口だけで笑みを造った。
ロクな事考えていないようだ。
だが、それほどに実害があるとはおもえなかったので、珂露は黙って返事もしなかった。
「実は、もう会合場所をここに指定している」
「……人んちを何だと思ってる?」
珂露の言葉は二回目だった。
「ウチじゃダメだし、変なところ行けないし、向こうに行くと目立つからね」
沙深は都市貴族のお嬢様なのだ。幾ら変態でも態度がデカくても、厄介ごとに首を突っ込んでいても。
両親はさぞ頭の痛いことだろうと、珂露は同情した。
「何時にした?」
「今日のな、あー、あと一時間後」
珂露は何も言わずに、首の付け根を掻いた。
「あー、すいません、早くについてしまいました。沙深嬢が入っていくのを見かけたので」
いきなり、根明まるだしの陽気な声が玄関に響いた。
入って来たのは、ローブをまとい、タンクトップとハーフのガウチョパンツを履いた少女だった。
赤い髪をボブにした長身で均衡の取れた運動の得意そうな姿だ。
まだ十代だろう。
「コーヒーでも飲める店を探してたのですが、無かったので少々早いかと思いましたがお邪魔してみました」
ニコニコと明るい笑顔で彼女は軽快な足取りで、二人のそばにきた。
「ああ、流羽雨嬢。待っていたところだから、むしろ歓迎ですよ」
沙深が席を譲りかけるが、お構いなくと言って、キッチンから椅子を持ってくる。
「あなたが、電影師の珂露さんですね。今回はご苦労様です。おかげで、助かりました」
「助かった?」
無邪気にも感じる対応をされて、珂露はむしろ困惑した。
流羽雨はうなづいた。
「汽示那に反対派の存在を見せつけることが出来たんですよ。あなた方は良くやってくれました」
「それはありがたいね。俺は関わったことに後悔してるが」
「あなた方の実力は本物です。さすが沙深嬢ですね。素晴らしい方々とお知り合いになられている」
「で、褒めるためだけにきたのか?」
沙深が照れるのを無視して、珂露は口をはさむ。
「いえ、頼み事ですよ。当然、依頼として」
「受けましょう」
珂露がいうより早く、沙深が承諾する。
彼が睨むが、知らぬ顔だ。
一方の流羽雨は、爽やかな態度で、珂露に向き直った。
「君、史海をご存じですか?」
珂露はいたって平静な様子を保った。
しかし、内心の驚きは隠せない。
何故、流羽雨が史海を知っているのか。
丁度一年ほど前か。イカヅチを真似て作った電影を史海と名付けたのだが、気づくと所有者であるはずの珂露から逃亡して、行方不明になっていたのだ。
何の反応も返って来なかったというのに、流羽雨は喋り出す。
「凄まじい電影なのですが、史海というのは。それが、楼詫宮結社のテラスカに出入りしていると聞きまして。知っての通り、五都市は楼宅宮の末裔を名乗っている楼詫宮の復活を図る組織です。赤汽隊とも違う。あそこが無用な力を得るようになると、少々困ったことになるのです」
「随分と熱心だが、あんたが五都市連合の護民官になって、多額の金を動かすようになったって話を聴いてるんだがな」
一部のアンチ派からは、流羽雨は金儲けの政治ゴロとよばれているのだ。
「政治にはお金がかかりますから。それと史海の話と関係ありましたが?」
流羽雨はニコリとした笑顔で軽く受け流した。
「……幾ら出す? 史海を始末すればいいんだろう?」
しらばっくれた珂露は軽く首をかしげてみせる。
流羽雨は笑いを押し殺して、考えた。
「ちなみに、地位も名誉もいらない。金だけくれ」
「あー、そう言うことなら、五都市連合から出る、生涯年金でどうでしょう?」
意外なものが現れる。
つまりは、珂露が報酬を受け続けるには間接的にも、五都市連合が存在し続けてもらわなくてはならないということだ。
「……額によるかな?」
「議員並みの金額は保障しますよ」
珂露は考えた。
途中、資産を運用することに成功するなら、五都市連合にこだわらなくて済むだろう。
「わかった……」
「そこで、話は遼嘉さんのところにいくんですよ」
流羽雨は一見話を飛ばすように続けた。
「彼が支援しているキダラという組織は、反五都市連合で楼詞宮派なんですよね」
だからどうしたのかと、珂露は黙っていた。
「史海は、ただテラスカに出入りしているだけじゃないということです」
テラスカの実行部隊として、キダラが使われている。
面倒くさい話だ。
口に出さずに珂露は思った。
キダラは最近、遼嘉が自己の影響下にいれた匪賊である。
反都市連合として、鹿炭市を拠点に過激なテロ行為を繰り返していた集団だ。
「ただ、遼嘉さんは有力な五都市連合の関係者なのです」
「キダラは遼嘉の傘下に入った。それで文句はないんじゃないのか?」
「彼らの手で、どれぐらいの血が流れたか、お分かりですか?」
つまり、被害関係者が存在を許してはいないということだ。
「それについて、遼嘉本人はどう思っているんだ?」
「何も聞いてません」
即答だった。
わざわざ彼女が話を持って来た以上、答えは一つ。
取り込んだならば、煮るも焼くも自由というわけだ。
「色々大変だな。あんたは契約が交わされた物に、どんどん条件を加えてゆくのが、交渉だと思っているのか?」
「いえ、単にお気を付けくださいと言っているだけですよ」
珂露は鼻を鳴らしただけだった。
突然、インターフォンが鳴った。
ドアまで行ってのぞき窓から外を見るが何もない。無視して戻ろうとすると、ドアに何か小さなものが当たる音がした。
ゆっくりと警戒しながらドアを開けたが、薄暗い外には何の気配もない。
足元を見ると、一つ、薬莢の付いた拳銃の弾丸とわかるものが転がっていた。
辺りに目を凝らしながら、手だけでつまみ上げると、ドアを締める。
明理の元、弾丸の側面に、細く、×2キダラと彫られていた。
珂露は目を細める。
×2というのは、彼と瑞稀のことだろう。
ここで、どんな話題がでたか、わかっているというのだ。彼らは。
「……おまえへのメッセージがないのは、どういうことだ?」
珂露は璃羽流に弾丸を放り投げてよこした。
受け取って手の中に軽く目を落とした彼女は、表情も変えなかった。
「私には遼嘉さんが付いているからじゃないですか?」
なんてことものもないかのような返事に、珂露は舌打ちした。
壁のペーパー・ヴィジョンでは、コメディアンが電影を使ったコントをしている。
スーパーマーケットに生活必需品や食料を買い出された結婚したての若いダンナが、カゴにメモ通りの物を入れていくのを、電影役の相方がすぐにそれを棚に戻し、代わりにお菓子や酒を入れていくというものだった。
番組を変えると、電影を持つことの便利さをあらゆる生活の角度から説明した、特集が組まれていた。
帝国が崩壊し、五都市が勃興し始めた頃より、電影は注目され始めていた。
電影はやりようによっては、様々なロジスティックスをこなすことができる。
仕様によって、持つ数によっては、万能と言っていいだろう。
だが、電影を持つためには、普通の人間は移植手術が必要だった。
費用は莫大である。今は一部の都市貴族か、元々持っている者にしか浸透していないのが現状だ。その技術は旧帝国が開発したものである。
民間に流布した電影は、市民たちの羨望の的でもあった。
醒めた目で、ソファに座りながらぼんやりと眺めていると、袖と丈の短い薄い黒色のパジャマを着た瑞稀が眠そうな顔で隣に座ってきた。
大きくあくびをして、息を深く吐く。
「……何だか解んないけどさぁ、訳の解んない話してたね」
意味をなさないことを言う。
「あー。たしか、世の中は複雑怪奇らしいからな」
「ふーん。でもまぁ、やることは決めたから安心して」
午前二時四十分だ。
珂露はちらりと彼女に目をやった。
いつもなら夜は呪いで情緒が不安定になるはずの瑞稀である。
こんな時間に起きてくるのも珍しい。一度寝たらなかなか目覚めないのだ。
「ヤなこと考えかけてたけど、沙深たちの話聞いてたら、そっちに意識いっててさぁ」
「そかぁ」
ニヤニヤしながら、瑞稀は大きな目を向けてくる。
「おっもしろいこと思いついったんだ! これがねぇ、ビックリだよ? もう、多分伝説作れる!」
「そこまでは、別にいらないなあ」
思わず苦笑いする。
「あ? 何? せっかく考えたのに、興味ないって?」
瑞稀は低い声で拗ねるように、睨みつけてくる。
「あー、あるある。あるよ」
「よし、なら明日実行するから!」
元気に言うと、少女は跳ねるようにソファから立ち上がった。
「楽しみにしててね!」
そのまま階段を上り、再び自室に戻る。
結局、それだけを言いに来たのか。
少し呆れかける。
珂露も軽く寝ることにした。
予測不可能な瑞稀のことだ。体力を温存するためには、必要だろうと思った。
朝も少し回った九時に二人は、ハムとチーズにパンとコンソメソープという朝食を取っていた。
瑞稀が出発するのは十一時だと言うので、まだまだ時間がある。
二人は時間になると、フレームで組んだ四輪自動車に乗り込んだ。
珍しく、運転は瑞稀だ。
途中、大通りの脇道にある広いロータリに入ると、大型トラックが六台とバスが一台停まっていた。
クラクションを鳴らすと、派手な返事が一斉に返ってくる。
「ようし、いくよー!?」
窓から外に向かって気勢をあげつつ車を発進させると、トラックたちはそのあとをついてきた。
「どこの連中だ、あれ?」
「適当にトラックもってる匪賊を募集したら、集まってきた人たち」
彼女は鼻歌混じりに、答える。
トラックを引き連れ、都市部から出てやって来たのは、一つの大きな工場の前だった。
車を停めた瑞稀は外にでて、工場を囲むように進むトラックに手を振った。
近くにはバスが待機している。
蒸気のような煙を出すホーンが勇ましく各車で鳴ったかと思うと、トラックは




