第十四章
進軍二日目の野営時である。
食事も終わった夜は、満月が空に浮かんでいた。
歌の上手い瑞稀が、夕食時には兵士たちのアイドルになっていた。
「ねれん!」
興奮気味の瑞稀が、野営地の恥の草原で一人寝転がって夜空を眺めていた珂露のところに来た。
大量の手持ち花火の束を抱えて。
「お、花火か。いいねぇ」
珂露が上体を起こす。
丁度彼女が、火を点けているところだった。
「え?」
束になった全ての花火にだ。
ド派手は炎が吹きあがる。
端につけた紐を振り回して瑞稀はきゃーきゃー叫ぶ。
炎の舞とでもいうべきか、火を相手に混乱して逃げ回っているというべきか。
一人、楽しそうに騒ぎながら、駆けまわってる。
珂露は、何してんだこの子と思いながらも、笑みをこらえきれなかった。
突然、炎の束が弾けて辺り中に火の粉が飛び散った。
瑞稀はすぐに紐を離して両手を自由にする。。
珂露も跳ね起きる。
月に照らされて、独特なシルエットが彼らに向かって歩いてきていた。
「どうせ火遊びするなら、もっと過激に行こうぜ?」
紅愚が二人に不敵な笑みを浮かべる。
「今度は、敵ってわけかい。その代わり身の早さは、覚えがあるなぁ」
クスリと笑って、珂露は二枚の影を開く。
「余計なことを考えないほうが、楽に死ねるぞ」
「あんたは、あたしに勝てたっけ?」
あえて瑞稀が挑発する。
「それは、俺のセリフだなぁ」
紅愚は珂露に向かって跳んだ。
その眼前に脇から瑞端が現れる。
いつの間にか開いていた電影が立ち上がり、少女の顔面を鷲掴みにすると、後方に振り投げた。
「おまえ、それ……」
「そう、電影だ」
紅愚の電影は高速の演算を行う。
強力な侵入で、珂露の電影が地面に固定された。
舌打ちした珂露は、脇にあった刀を抜く。
だが、足が電影に張り付いているので、動けない。
「まぁ、死んどけ」
紅愚は両手の拳銃を向けた。
いきなり、背後から彼の側頭部に蹴りが入れられる。
数歩よろけてひざまずいた紅愚は、すぐにその場から離れた。
銃声が数発響く。
戻ってきた瑞端が、ためらいもなく一気に距離を縮めてくる。
紅愚は適当に狙って撃って、瑞端に避けさせて一瞬の間をつくる。
そのすきにもう一枚電影をだして、瑞稀の影に接触して干渉する。
「え、なにこれ!?」
驚きの声をあげる。
「電影の支配だ。それをやられると、身体の自由が効かなくなるどころか、下手すりゃ勝手に動かされる!」
珂露が説明する。
「支配ぃ~?」
確かに彼女の動きが鈍くなっている。
「こっちこい!」
瑞端は紅愚に向けて威嚇の銃弾を放ちながら、出来るだけ急いで珂露の脇のそばまで駆けた。
紅愚が素早く動けなかったのは、珂露がもう一枚電影を広げ、プレッシャーを与えたためだった。
電影は、何をするかわからない。
なまじ、電子万能世界であらゆるものを操っていた旧世界の技術のために、用途は無限なのだ。
それは、ただ存在するだけで、知っている相手に警戒させるに十分な存在だった。
珂露と瑞稀の影が重なった時、空気の爆ぜる音がした。
とたんに、瑞稀の身体は軽くなる。
紅愚の電影からの介入を全て弾いたのだ。
ただ、それでも珂露の足は地面に張り付けられたままだったが。
「やれるか?」
珂露は真剣に彼女に聞いた。
「任せな、やれるともさ。珂露だっているんだ」
自信に満ちた答えが返ってきた。
透き通るような瞳の彼女を見て、珂露はうなずいた。
電影で、空間封鎖を行う。
紅愚と瑞稀の周りは閉鎖されて、狭い空間に閉じ込められた。
銃拳師として恰好の舞台ではある。
またかという風に、紅愚は身構えた。
瑞稀は凶悪と言ってもいい笑みを浮かべつつ、両手に銃を構える。
紅愚と瑞稀は同時に駆けよった。
無駄な弾は使わないのと、確実に相手を撃ち殺すの条件を満たすには、近距離での射撃になるのだ。
遠くからの早撃ちなど、拳銃を使わない者の幻想にすぎない。
結果、銃拳師は格闘と言っていいほどに接近して戦うことになる。
互いに迷うことなく間合いに入り、銃口を向け合わせる。
右によけ、紅愚の左腕を外から払い、態勢を整えると、右手の拳銃で胴体を狙う。
引き金を引く寸前にすくい上げるような蹴りで、右手を上に弾かれる。
左手の拳銃を構えようとするところを、すり抜けるように内側から紅愚の腕が伸びてくる。
巻き込むような動きで避けようとする瞬間で、互いに二発づつ狙った弾丸を撃つが、外れる。
かがんで懐に入った瑞稀は、腹に膝蹴りをくれて、次に紅愚の左足の甲を踏みつける。
紅愚は痛みにわずかにかがみながら両手を前に出す。
上から両腕を右手で叩き落とし、瑞稀は左手の拳銃を首に突き付けた。
一歩後ろにして身体を反らしたと同時に弾丸が発射される。
もう一発。
瑞稀の左手の拳銃が、紅愚の右肩を撃ちぬく。
「くっ!?」
紅愚は次の瞬間には踏んだままの脚の太ももに銃弾を喰らっていた。
右手の銃を瑞稀に向けようとした動きは、痛みのせいで鈍かった。
胸、首、顔面と連続して瑞稀は彼を両手の拳銃で撃った。
ついでに、足元の影にも二発、撃ち込む。
紅愚は、膝を立てたまま、後ろに倒れた。
瑞稀が深い息を吐くと、珂露の空間閉鎖は解かれ、涼しい夜風がボブの髪をなでる。
彼女は銃をしまい、珂露の方を見てニッコリ微笑むと、一本指を立ててじゃれた。
地平線上に雨逆がかすかに見える草原に、軍隊はいた。
雨逆軍とその前方に赤汽隊である。
槍のような陣形を取り、静かに四都市連合軍を待っていた。
午後を丁度過ぎた頃である。
流羽雨は、行軍隊形から軍を展開した。
「さぁて。どうなるやら」
汽示那は先頭でマテリア・フレームに乗り、気楽な声を上げた。
どうもこうしたもないではないかと、維砂理は思った。
ただ、いつも余裕があるのは、こうしていながら無敗を誇る、汽示那に従っているからだとは思っている。
だからといって、気が抜けて楽になるわけではない。
逆だ。
戦闘前の緊張がとれることはたしかだが、いざ戦いとなったときの汽示那の鬼神のごとき気合に包まれ、自分までが力量以上の結果をだしてしまうのだ。
数は赤汽隊一万に、雨逆軍一万だった。
赤汽隊の数が不安定なのは、脱走や病気などがあとを絶たないからだった。
彼らは旧帝国の兵士の生き残りである。
だが、それでは余りに未来がないと絶望するものも多い。
そこから隊を逃げたり、酒やクスリに走ったりするのだ。
汽示那は一切その点には触れなかった。
彼が処刑も厭わず厳しいのは軍規だけであって、日常の生活は余りに緩い。
風が地響きを伝えてくる。
「そろそろだ」
急に轟くような良く通る声が後方まで響いた。
汽示那の表情が変わっている。
維砂理も気を引き締めた。
全ては、この一戦に掛かっている。
孤偽徒は好かないが、旧楼託宮皇帝とならば仕方ないのだ。
自ら指揮を取らずに兵だけをだした孤儀徒は、相変わらず机の上でウィスキーを飲んでいた。
事実上、皇帝となってからは、酒漬けと言って良い。
そばには狐のお面をつけて、半そでの強化繊維でできた民族衣装から伸びた腕に龍のタトゥーを入れた男が、所在無げに調度品などをぶらぶらとみていた。
「紅愚が殺られたそうだ」
孤儀徒は感慨もなく言った。
「ああ、あいつは影持ったといっても使い方もわからないままだったからな。どうせ、いずれ珂露達に殺られるとは思ってたよ」
背を伸ばし、彼の方に顔を向ける。
「おまえは、あの二人が邪魔とは思わないのか?」
「邪魔どころか、仇だよ」
「なら、どうしてこんなところで暇してそうにぼんやりしている?」
「やることには順番というものがあるからな」
ほとんど八つ当たりのような孤偽徒の口調に、杜戯はさらりと受け答えをしていた。
「ところで孤儀徒。おまえはどうして、電影にならない?」
意外なことを言われたかのように、孤儀徒は瞬きした。
「私が? 電影に? 何故だ?」
「電影の支配者になっておきながら、本人だけが人間のままでいいとでも? あのプライドの高い臣民は納得するのか?」
孤儀徒は思わず黙った。
「電影になれよ、孤儀徒。そうなれば、おまえは本当の楼詫宮帝国の皇帝になれる」
「私はこのままで……」
「ダメだな。それじゃあ、意味がない。逆に臣民に殺されるぞ?」
酒に濁った目を、潤ます。
急に彼は嗚咽をはじめた。
「ここ数日、眠れなかった。私を呼ぶ声がどこかからか、聴こえてくるんだ。その時、私の身体が半分ほど、電影になっている。どういうことだ? 私は電影になどなりたくはない! なりたくはないのだよ、杜戯!!」
狐のお面が見下ろしてくる。
「……残念だが、手遅れだ。旧帝国の臣民は皆、おまえを求めている。この都市の電影たちも当然、おまえを求めている。電影になるしかないんだよ、孤偽徒」
孤偽徒は杜戯を見上げた。
「……どうにも、ならないのか?」
杜戯は内心、喜色に包まれていた。
「ああ、無理だ」
彼の手で権力者たちが堕ちてゆく。
その快楽は、何にも代えがたいほどの快楽がある。
孤偽徒のさまは、杜戯を十分満足させるものだった。
「わかった……」
しばらくして、彼は決意するように言った。
確認するかのように、再び杜戯を見る。
「私は、旧帝国の皇帝として認められているのだな?」
「ああ、もちろんだ」
孤儀徒はうなづいた。
グラスの中身を一気にあおり、満足げな笑みを浮かべた。
「私は皇帝だ。一体、何の文句があるというのか」
自分に言い聞かすように独白する。
杜戯は電影を一枚広げた。
それはゆっくりと身を立ち上がらせて、孤偽徒に腕を伸ばす。
電影の手は孤儀徒の肩にのった。
孤偽徒は軽く痙攣のように震えた。
手をのせられたところから、ゆっくりと身体が暗くなってゆく。
信じられないとでもいうような視線を向けつつも、孤儀徒は文句も言わなかった。
「……これで、私は……街の皆と一緒に……」
代わりに途切れ途切れの声をかすかに出す。
やがて孤儀徒の身体は真っ黒い、電影の姿になっていた。
雨逆軍と、四都市連合軍は、互いに陣を展開して向かい合っていた。
早朝の四時である。
白々と太陽の光が差し込み始めているが、まだ風は冷たい。
不思議なことに雨逆都市群の兵士は電影ではなく、人間だった。
流羽雨のそばには、遼嘉がいた。
「都市住民が全員というわけじゃないんですね」
「傭兵かもしれませんねぇ」
流羽雨がまっとうなことを言うが、遼嘉は首を振った。
「多分、全員じゃありません。で、兵役には人間のままの奴らが駆り出されたというところじゃないでしょうか」
いわゆる烏合の衆というやつだと、遼嘉は付け加える。
それはそうとと、遼嘉は言った。
「失敗したようですな」
「いうほどでもなかったですねぇ」
彼女は涼し気で、気にしていない様子だった。
二人はすでに紅愚の死を兵士から報告として受けていた。
当の珂露と瑞稀は鹿炭軍の正面にいた。
彼らとはかなり距離がはなれている。
「諦めるつもりはありませんか?」
「今のところないですねぇ」
遼嘉はいったん、間を置く。
同じ、雨逆の陣を眺める。
「たかが小僧と小娘二人を犠牲に、鹿炭を捨てるおつもりですか?」
ゆっくりと、流羽雨が遼嘉の横顔に鋭い目をやる。
遼嘉が目を合わせると、すでにぼんやりとした涼し気な瞳に戻っていた。
「随分と惚れ込んでますね」
「あなたと私では、ものの見方が違うんです。あなたは状況を観るが、私は人を観る」
「色々役に立つ、という私の意見とは違った考えなんでしょうな」
「その言葉が、あなたが状況を観ている証拠だ」
流羽雨は笑った。
「あなたは意外と人が好きなんですね」
「ええ、まぁそうですなぁ。大体人生、一人で過ごすには長すぎると思いませんか?」
「どうなんでしょうかね」
お互いの感覚の違いを確認し合い、二人は笑った。
流羽雨は、スッキリとしたような様子で、連合軍のマテリア・フレーム軍を眺めた。
「この戦闘で生き残るかどうか、ですね」
「それは、了解したと判断しますよ」
「どうにでも?」
遼嘉は失笑した。
彼女は少々、プライドを傷つけられたらしい。
意外に虚栄心があると思ったのだ。




