第十五章
平原が揺れ、轟いた。
赤汽隊が動いたのだ。
凄まじい勢いだった。
四都市連合軍の第一列はその迫力に、ぶつかる前から浮足立った。
やがてすぐに、赤汽隊が真正面から突撃する。
四列横隊を組んでいた連合軍は、あっさりと三列まで崩された。
鬼神のごとき赤汽隊の攻撃力に、第一陣は突破されて、第二陣が現れた。
迷うことなく、汽示那は襲い掛かる。
マテリア・フレームは崩れるように破壊されてゆく。
逃げ惑う第一陣と第二陣の残兵たちは、続く雨逆の軍に掃討されていった。
「これは、計画も何もないですなぁ」
遼嘉は前線を眺めつつ、言った。
流羽雨の様子は、あくまで涼しい。
何か手があるのかと、遼嘉は思ったが流羽雨の表情を読み取って愕然とした。
この少女、また何か考えている。
もう一度、戦いの真ん中に目をやる。
遼嘉は突然、ひらめくように確信した。
おそらく汽示那と話がついているのだろう。
次は、汽示那の武力をもって、己の権力としようというのだ。
おそらく、電影の帝国を滅ぼした後に、人間の帝国を築くためだ。
そのためには、ずっと人間のままであった赤汽隊は実力も加えて最高の足場になるだろう。
「ちょっと、行ってきます」
本隊の後方から、彼はマテリア・フレームに乗って鹿炭軍の先頭へと移動した。
そこには、珂露と瑞端が黙って、赤汽隊との衝突を待っていた。
「あらま。こんなところにどーしたのさ?」
近づくと、瑞端がのん気な声をかけてくる。
「おまえらはここにはいたら後々、立場が悪くなる。今のうちに雨逆に行け」
唐突な言葉に、珂露は首を傾げた。
「どういうこと?」
「羽流雨はこの戦いに勝つ気がない。電影使いもあとでどういう扱いを受けるかわからない。今のうちに、良いとこ取りしておけ」
「……あー、なるほどねぇ」
流石というべきか、珂露はすぐに理解した。
「まーた、あの人が仕組んだんだねぇ」
同じく、瑞稀が呆れた様子を見せる。
「そう言うことだ」
遼嘉がうなづくと、珂露は息を吐いた。
「でも、俺は兵力を持っている」
「それが大事だから、取っておけ」
珂露は全てわかったという風ににぃと笑ってマテリア・フレームを走らせ出した。
瑞稀も続く。
「まぁ、これで丸く収まるなら、問題はない」
代わりに鹿炭軍の先頭に立ち、遼嘉は赤汽隊への迎撃に備えた。
戦場を大きく迂回し、二人は雨逆の都市に入った。
彼らは電影が普通に日常の人間のように行き来きしている通りを不思議にも思わないまま、維縞開発会社社長の邸宅を目指した。
中央部から少し外れた場所にある高級住宅街に孤儀徒の家があり、二人はマテリア・フレームに乗ったまま、塀を越える。
人の気配がしたのは、裏の中庭だった。
「孤偽徒!?」
瑞端が脇にテーブルを置いたデッキチェアに電影が一人、座っているだけだった。
「……ほう、おまえらが珂露と瑞稀か」
天気が良いというのに孤儀徒はの声は陽気で、不気味なものだった。
「おまえ、その恰好……」
珂露は思わず、口にする。
孤儀徒と思われる電影は、小首を傾げた。
「何かな? 問題でも? これでも私は私だ」
開き直ったような言い方だった。
「……そうかい。どうだっていい。おまえには死んでもらう」
マテリア・フレームから降りた珂露は、鞘から刀を引き抜いた。
「どうだっていい……そうさ、私はどうだっていいんだ。ただな、あれが黙っているかどうかだな」
孤儀徒は邸宅のベランダに視線をやった。
見ると、狐のお面をかぶった青年らしき男が腰かけて、こちらをじっと眺めている。
「……杜戯、か」
珂露は相手の名前を呟いた。
「よぅ、久しぶり」
手を振ると、立ち上がってゆっくりと、五メートルほど離れたところまでやってきた。
珂露は彼の足元を一目見た。
「史海もいるな?」
「ご明察」
杜戯はその場で影を一枚開いた。
それは自分の意思をもっていると主張したいのか、ゆらゆらと揺れた。
「珂露、珂露。それに瑞端、待ってたぞ。ずっと待ってたぞ。今度こそ……」
杜偽は両手に拳銃を握った。
真っすぐ二人に向かって走り込んでくる。
「殺す!!」
珂露の振った一刀を脇によけて、拳銃をそのこめかみに当てる。
引き金が魅かれる寸前に、珂露はしゃがんだ。
そのまま、電影の史海を刀でつき貫こうとするが、影はするりとよけた。
杜戯の顔面に蹴りが入り、彼は思わず、数歩よろける。
瑞稀だった。
すでに拳銃を抜いている。
「ガキどもが、調子のんじゃねぇ!!」
杜戯の両腕のタトゥlの龍が浮かび上がり、二人に伸びていった。
「電影、か!?」
珂露は、刀を振るが、鎌首をもたげるようにした龍によけられる。
さらに接近して横薙ぎにする。
だが、龍は刀に巻き付くようにして、そのまま珂露の腕の上まで昇ってきた。
いきなり胴体部分が、弾かれるように小さく爆発する。
悲鳴を上げるように大きく口を開けた龍は、珂露から距離を取った。
瑞稀の銃弾だった。
彼女も、龍を接近させないように、拳銃を撃ちながら、移動し続けていた。
珂露は瑞稀のほうに走りながら、影を二枚広げた。
瑞稀がけん制の引き金を引き、龍が身構えた時を狙って、上段から刀を振るう。
龍の身体は真っ二つになり、悲鳴にならない悲鳴を上げて、地上に落ちた。
珂露の肩に凄まじい種撃が来て、思わずよろめいた。
左肩に近い胸部分だったが、腕ごと麻痺して動かない。
杜戯の銃弾かと思ったが、見ると史海が持った拳銃だった。
「珂露!?」
瑞稀は叫んで、一気に杜戯との距離を詰める。
史海の腕を踏んで、片手で杜戯に拳銃を向ける。
撃たれる前に杜戯は腕を払って代わりに銃口を突き付けた。
それも、もう一方の腕で外に弾かれる。
史海の自由な腕が伸びたが、踵で思い切り踏んで、動きを封じた。
彼女を台にして、珂露が二人の間に入り、右手の刀を横薙ぎにする。
刃は、拳銃で受け止められ、一方の銃を向けられる。
その間に、瑞稀が杜戯の顔面を狙う。
横に跳んで、杜戯はイラついた息を吐いた。
「史海、何している!?」
足元の電影は、軽く両手を広げた。
「……まさかと思ったんだがなぁ、杜戯。俺はおまえの電影になった時点で、一般の括りに陥ったらしい」
「どういうことだ?」
「つまりは、おまえが邪魔で能力を発揮できないってわけさ」
自嘲するような声だった。
「なん……だと?」
杜戯は舌打ちした。
「化かされたなあ」
珂露は笑った。
足元の電影を発動させる。
「なんだ!?」
杜戯が言った言葉だけを残し、急に彼の姿は龍と史海ごと消えた。
珂露が空間封鎖により、電影の中に封じ込めたのだ。
息を吐き、緊張が途切れると、珂露は瑞稀に身体を持たれかけた。
失血のせいか、身体が重く、それでいてどこか気持ちが良い。
「珂露!? 珂露!?」
瑞稀の声が遠くに聞こえる。
珂露は返事をしているつもりだったが、いつの間にか意識が途切れていた。
四都市連合軍は粘った。
正確には、遼嘉の必死に指揮によってだ。
彼は鹿炭軍に八ツの方陣を組ませて、汽示那の軍に完全防御の態勢を取った。
赤汽隊が暴風雨のような突進力で、五つまで破った時、バラバラだった他の都市連合軍がまとまり出した。
彼らは赤汽隊に横と後ろから攻撃を開始したのだった。
雨逆軍は別の都市軍が乱戦している。
「……おやまぁ……」
汽示那は、完全に包囲された様をみて、他人事のような声を出した。
「もっとも弱いところから突破口を開きます!」
維砂理がマテリア・フレームの向きを変えながら、叫んだ。
「約束はどうなったやら。まぁいいか……維砂理、行くぞ!」
「はい!」
赤汽隊は鹿炭軍を避けて、雨逆の軍との乱戦を同時にこなしている軍に向かって、一団となって襲い掛かった。
ただでさえ、半ば勢いで赤汽隊を囲んだが、乱戦を抱えている彼らは指揮系統が混乱しており、あっという間に赤汽隊に突き抜けられた。
彼らは、そのまま草原を明後日の方向に走っていった。
「追撃はするな!!」
遼嘉は必死に四軍に命令を出していた。
やることがあるのだ。
雨逆を完全破壊するという。
それはまさに地獄の業火と言ってよかった。
雨逆市は略奪され、破壊され、挙句に計画的に火をつけられた。
逃げ惑う電影たちは、都市を囲んだマテリア・フレームに容赦なく射殺される。
現場指揮を執っていた遼嘉の元に、流羽雨がやってきた。
「……どうかしましたか?」
彼はあえて彼女に聞いた。
「燃えているな……」
「……ええ」
流羽雨は感慨深化に、炎を眺めた。
「で、これからどうするので、閣下?」
遼嘉は意地の悪い質問をした。
気にもしないで、流羽雨は応えた。
「凱旋だ。それだけかな。ところで、例の二人はどうした?」
「それが、戦いの最中に連絡が取れなくなりました」
「そうか。それは残念だ」
遼嘉の適当な言葉に、適当に返事をするといった風だった。
炎はやがて消える。
電影が住んだ最後の都市として、廃墟が残るのだろう。
流羽雨はそれから、ただただ、雨逆の都市を眺めていた。
意識を取り戻したのは、どこかの医療施設の個室ベッドだった。
横では、窓を開けて外を眺めている瑞稀がいた。
「あ、起きたね」
気づいた瑞稀は、振り返って微笑んだ。
「あー、情けねぇ」
珂露は呟いて、痛みに耐えながら上体を起こした。
「ここは?」
「雨逆から一日行ったところにある村の病院」
珂露は、四都市連合軍の衛星兵に緊急処置を受けて、他の怪我をした兵士たちととともに運ばれてきたのだった。
「調子はどうだ?」
珂露は逆に瑞稀に聞いた。
彼女は気分が上がると、その後、同じぐらい下がるという癖がある。
「どっちのセリフだよ?」
笑って、瑞稀は窓の傍に立った。
そして、壁から床に伸びた彼女の陰に、拳銃を向けて一発、撃った。
「治ったら、どっか旅に出ようか、珂露?」
「あ、ああ。そうだな。もう、騒動は済んだことだしね」
珂露は気楽な声で言った。
瑞稀が後悔という背負った影を撃ったのを見ながら。
了




