第十三章
「なるほど。そういうことですか」
深夜だ。
まだ起きていた流羽雨は、二人に椅子を勧め、飲み物を持って来た。
「ならちょうどいいですね」
クスリと笑う彼女に、コーンポタージュのマグカップを持った二人が、顔を上げる。
「なにか考えが?」
珂露が聞くと、微笑みが返ってきた。
「この際です。楼託宮関連を全て滅ぼしてしまいましょう」
いっそ清々しいほどの物言いに、二人は驚いた。
流羽雨はワザとらしく、不思議な顔をした。
「どうしました? 大体、五都市に皇帝がいる時点で、もう不自然でしょう?」
雨逆の孤儀徒のことだった。
こいつは、どこまで……。
珂露は驚きを通り越して、呆れた。
「そうすれば、犯人もあなた方の前に現れます。一石二鳥ですね」
「でもさぁ。孤儀徒の皇帝位はあなたが推挙したようなものじゃないの?」
瑞稀が素朴な疑問を投げかける。
流羽雨はニッコリとして首を小さく傾げた。
「どうでもいいことです。物事の状況は常に変わりますからね」
また、何でもないかのように言い放つ。
ここ最近の五都市の状況は、羽離流に転がされているといって良い上なのをわかっててである。
二人に休んでいろと言った流羽雨は、ソファの一つに腰かけて、携帯通信機を操作し始めた。
スイートルームは、相変わらず広い。
ソファは幾つもあり、ゆったりとできるスペースに満ちている。
影の国。
雨逆は他の諸都市からそう呼ばれていた。
孤儀徒は執務室で、ウィスキーのロックを飲みながら葉巻をふかし、不機嫌に机で指先を叩いていた。
司灰の死は伝わっていた。
灰弛館は、混乱中だという。
うやむやの中、会社が消滅することはありうるだろう。
そこに五都市のうちの四都市が声明を発表し、孤偽徒の皇帝位を認めないと言い出しだのだ。
後ろ盾を無くした途端に、彼らは旧帝国の末裔として、偽帝国の偽帝の存在を許さないという。。
「奴らは一旦、満場一致で認めたではないか!」
思わず、荒げた声をだした。
グラスを傾け、ウィスキーを喉にそそぐ。
熱い息は、怒りをそのまま現したようだった。
部屋の端で、維砂理が黙って椅子に座って、醒めた目で彼を見ていた。
彼女は、すでに孤儀徒の狭量を見抜いていた。
汽示那がこのような男に雇われるなどとは、共感できないでいる。
維砂理の上司は、連絡を受けると、迷うことなく二つ返事で、快諾してしまったのだ。
いきなり、孤儀徒は、維砂理の椅子のサイドテーブルを見る。
まだウィすいーの入ったグラスが置かれたままになっていた。
「……飲まんのかね?」
維砂理は、軽く肩をすくめた。
「安い酒は身体に合わないんですよ」
あからさまな態度に、むしろ孤儀徒は笑った。
「しかし、君たちが味方してくれるというのは、嬉しい限りだ。四都市も迂闊には手を出せないだろう」
「私は反対の意見をだしたがな」
一々うるさい奴だと、一笑する。
少しは、孤儀徒は冷静になった。
「他都市の動向は?」
「それは、あんたの方が詳しいじゃないのか?」
「楼託宮への敵対を宣言して以来、ウチの情報網はズタズタだよ。見事なもんだ」
「なるほど? とりあえず、軍備は整えているようだ。発動されるのに一週間後というところか」
マテリア・フレームが普及して以来、軍事行動の準備は以前に比べて各段に上がっている。
「それにしても早すぎる。以前から用意していたか」
「警戒されてたんだろうな」
孤儀徒は鼻を鳴らした。
「奴らは自らよってたつ旧帝国の末裔というモノを否定しようとしている。これから、何を建前にしていくのか知らんが、面白いことをする連中ではあるな」
まるで他人事ののように言って、ウィスキーのグラスを傾ける。
こいつもかと、維砂理は思った。
美味そうに飲む酒が、不愉快だった。
流羽雨は机にある報告書の束を、黙々と一枚一枚読んでいた。
基本、秘書や部下がやるべき仕事だが、彼女自らチェックしなければならない書類も多い。
脇の紙に時折メモを取り、要点をまとめていく。
早朝からの作業は、考えつつメモを進めていると夕刻近くまで経っていた。
珂露のことである。
史海を造り出した上に軍事にも通じている、電影師の実力者だ。
イカズチでトップクラスの瑞稀とすら組んで、保護者役まで努めている。
しかもまだ若い。
流羽雨は、延々と彼の資料を集め、調べていた。
まるで全てにおいてイレギュラーだ。
危険すぎるのだ
彼女は一日中悩んでいた。
生かすべきか殺してしまうかどうかを。
結論としては今殺すのはもったいないが、生かし続けるにはリスクが高すぎる。
彼女は椅子にもたれ、冷えたコーヒーを口につけた。
正面からやって、始末できる相手とは思わなかった。
何より、そばには常に瑞稀もいるのだ。
自滅してもらうか。
そうなると、タイミングが難しいが、隙を見て仕掛けるしかない。
「やれやれ……」
深く息を吐き、愚痴の代わりにする。
それ以前に、四都市による雨逆討伐の司令官に、彼女が選ばれていた。
前回の司令官不在を皆が反省したのだ。
相手には、赤汽隊もいるという。
珂露の力が必要だった。
だが、バランスというものを考えねばならない。
携帯通信機で、一人の男を呼ぶ。
三十分もして、フロントから連絡があり、すぐにドアがノックされた。
「開いてますよ」
中に入って来たのは、長身で、皿のような帽子をかぶった長身の男だった。
紅愚だ。
「色々、大変だった見たいですね?」
水を向けたが、相手の表情に変化はない。
「まぁな」
「ところで、これはオフレコですが、珂露に勝てますか?」
唐突な質問でも、どうした様子のない紅愚だった。
しばらく考えた末に、やっと言葉を吐く。
「……勝てるでしょう。瑞稀がいなければ」
「なるほど。二人では?」
「難しいですな」
「誰かが手をかすとしたら?」
「足手まといは要りません」
「いえ、おそらくかなりの電影師です。珂露に匹敵するぐらいの」
「ならそいつにやらせればいいんじゃないですか?」
「彼も、最後はあなたに始末してほしいんですよ」
初めて紅愚は笑いのようなものをみせた。
「欲深い上に腹黒いですね」
「嬉しい言葉ですね」
皮肉に、流羽雨は口にした。
紅愚は鼻を鳴らす。
「なんでも言うことは聞きますよ。あの二人を殺したいのは俺の意思でもありますし、それが終わったら暇になるので」
「頼もしいものですね」
「まぁ、プライドの問題ですがね」
「プライド……ねぇ」
自分には無縁の単語だった。
「ところで、マテリア・フレームでの戦いはどうです?」
「俺は電影師なので、専門外ですね」
「なるほど」
流羽雨はうなづいた。
そして、椅子に座りなおす。
「これから、雨逆との戦争がはじまります。あなたはその間、先に言った電影師に会っておいてください」
「噛まないでしょうね?」
紅愚の精一杯のジョークだった。
流羽雨は軽く笑う。
「大丈夫ですよ。多分」
完全に自信があるわけではなかったが、一応、そう言っておいた。
四都市連合軍が雨逆に向かって進撃を開始する。
夏も真っ盛りになり、行軍は熱の強い光とともに進むことになった。
四軍は先に集結して、一団となって街道を北上してゆく。
流羽雨のマテリア・フレームの脇には、珂露と瑞端のものがあった。
「今回は、全軍で押切ます」
彼女は事前に珂露に作戦を伝えていた。
「赤汽隊と正面からやるつもりか?」
ただ突撃するという流羽雨に、少年は呆れたようだった。
「いえ、三都市の軍の最後尾に遼嘉と我々の軍を置く形ですよ」
「……そこで突撃を持ちこたさせるつもりか」
「ええ。その間に、突破された三軍が包み込む形になるということです」
「一度分断された軍がそううまくいくかな? 良くて乱戦じゃね?」
「それでいいんです」
珂露も瑞稀も乱戦には圧倒的に強い。
だからと言って、二人でどうにかできるわけではないが、珂露はふと、赤汽隊の汽示那を思った。
彼は必ず先頭に立ってくるだろう。
「ふむ……」
何とはなく納得してしまった珂露だった。
今回、沙深は留守番だった。
彼女は彼女で忙しいらしい。
流羽雨は高らかに、電影からの解放という聖戦だと四都市と軍に宣言した。
兵士たちの指揮もあがる。
四軍は行軍隊形で、街道をゆっくり歩いてゆく。
脇の草原からは多数の蝶が舞っていた。




